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ドイツ音楽史においても得意な位置を占めるレーガー。彼がバッハに影響を受けて書いた「無伴奏ヴァイオリンのためのシャコンヌ」を新進作曲家の西森久恭が左手ピアノ用にアレンジ。
西森久恭による序文
本曲はヨハン・バプティスト・ヨーゼフ・マクシミリアン・レーガー (Johann Baptist Joseph Maximilian Reger, 1873 – 1916)がヴァイオリン独奏のために作曲した《無伴奏ヴァイオリンのための前奏曲とフーガ》 作品117より第4曲「シャコンヌ」を、左手ピアノのために編曲したものである。全8曲中7曲が「前奏曲とフーガ」の形式で書かれているが、この第4曲のみがシャコンヌ単体で書かれている。演奏時間にして12分を超える大作であり、ヨハン・ゼバスティアン・バッハ (Johann Sebastian Bach, 1685 – 1750)の《無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ》 BWV1001-1006における〈シャコンヌ〉に比肩し得る規模と技巧を誇る傑作である。当時「左手のアーカイブ」で企画を担当していた山中哲人氏からこの編曲を依頼されたのは、私が左手ピアノの世界に関わるようになって間もない2017年秋頃のことであった。かつてブラームスの編曲によってバッハのシャコンヌが左手ピアノ音楽における重要なレパートリーとして加わったように、レーガーのシャコンヌを編曲することで左手ピアノ音楽のさらなる充実を図りたいのだという。当初、私はこの依頼に対して消極的であった。ヴァイオリン独奏、それもどちらかといえば華美さを排した質実剛健な変奏作品を、左手一本でどうやって表現すればいいのか。原曲に書かれた音をそのままピアノで拾うことは容易い。しかしそれでは単に「ヴァイオリン作品をピアノで鳴らした」以上の意味がなく、左手ピアノで演奏する必然性が生まれない。そもそも擦弦楽器の音色と機能性を意識して書かれた原曲の良さを、ピアノのような打弦楽器で再現することは不可能のようにも思われた。加えて、12分超の音楽の中に音形の似た変奏がしばしば登場することも二の足を踏む要因となっていた。ヴァイオリンならば効果のある変奏も、動きや音色に制限のある左手ピアノでは効果がないばかりか、途中でマンネリ化してしまいかねない。
半月ほどの逡巡ののち、私は「編曲」の領域を広げる方向で試験的に作業を開始した。即ち原曲をそのままピアノに置き換えるのではなく、骨組みだけを抜き出して新たに肉付けをするという、例えるならば家のリフォームにも似た作業である。この半ば作曲に近い方法によって、原曲に対する“忠実さ”は失われてしまうが、「独奏ヴァイオリンのためのシャコンヌ」を「左手ピアノのためのシャコンヌ」へと生まれ変わらせようとしていることを思えば、むしろ必要な覚悟なのかもしれない。ヴァイオリンの特性と利点が、たった一弓で表現可能な音色変化の豊かさと素早い跳躍であるのに対し、ピアノの特性と利点は広い音域と実現可能な和音の種類の多彩さ、ダンパーペダルによる音の持続とそれに伴う縦の響きの拡張可能性である。そして、そこにいくつかの制約が加わることにより左手ピアノ固有の魅力と必然性が生まれるのである。この様に編曲に当たっては、それぞれの楽器の特性の差異に終始注目し続けることとなった。
初演者:智内威雄
初演日:2019年12月4日
初演場所:兵庫県立芸術文化センター
西森久恭(にしもり ひさたか)
大阪府出身。沖縄県立芸術大学大学院作曲専修修了。2012~15年度イタリア・キジアーナ音楽院マスタークラスを修了し、Diploma di merito(最優秀賞)を2回受賞。第8回JFC作曲賞(日本作曲家協議会)入選、日伊作曲コンクール “MUSICA E POESIA TRA ITALIA E GIAPPONE” (イタリア文化会館)第1位、第34回ACL青年作曲賞ハノイ大会(アジア作曲家連盟)の日本代表に選抜され第2位、16年度イヤープレイ・ドナルド・エアード作曲家賞(サンフランシスコ)ファイナリスト、ISCM国際現代音楽協会「世界音楽の日々2017(カナダ大会)」入選、その他入賞入選。フィンランド作曲家協会のISCMレポートにて「一見の価値がある新旧の作曲家」の一人として紹介される。2010年より現代音楽セミナー「秋吉台の夏」にて研鑽を積む。作曲を近藤春恵、ジョルジョ・バッティステッリ、サルヴァトーレ・シャリーノの各氏に師事。日本作曲家協議会会員。