説明
19世紀後半を代表する偉大なピアニストであり作曲家でもあるアントン・ルビンシテイン。その歌曲をもとにしたピアノ編曲集が登場しました。編曲を手がけたのは、演奏や指導、作曲、教育など多方面で活躍するジョナサン・サマーズです。
ルビンシテインは生涯で200曲以上の歌曲を作曲しましたが、現在では演奏の機会はきわめて稀です。彼の歌曲は、ドイツ・リートの伝統を基盤にしながらも、気品ある旋律の流麗さとロシア的な深い抒情を兼ね備え、ときに劇的な高まりを見せます。今回収録された編曲は、ルビンシテインを知り尽くしたサマーズによる精選であり、ルビンシテインの歌曲の神髄をピアノ編曲を通して味わうことができることでしょう。
収録楽曲
I. Verlust(喪失)
II. Him had I chosen from all others(私が誰よりも選んだ人)
III. The Asra(アスラ人)
IV. See, now the Spring(春)
V. To thy health drink I(君の健やかさに盃を)
VI. Waldeinsamkeit(森の孤独)
VII. Tragedy(悲劇)
VIII. Kennst du das Land(あの国をご存知?)
IX. The Sparkling Dew(煌めく霧)
X. The Turbulent Waters of the Kur are boiling(クル川の荒れ狂う水は煮えている)
編曲者による序文
アントン・ルビンシテイン(1829-1894)は、19世紀後半における最も偉大なピアニストの一人です。彼は、その解釈力と自然な自発性で知られ、バッハから当時の同時代の作曲家に至るまで、幅広いレパートリーを持っていました。ルビンシテイン自身は作曲家として記憶されることを望んでいましたが、生前において大規模作品のうち人気を博したものはごくわずかであり、特に《ピアノ協奏曲第4番 ニ短調》やオペラ《デーモン》が知られています。20世紀前半には、彼のピアノ独奏曲の一部がレパートリーとして残り、レオポルド・ゴドフスキー、ヨーゼフ・ホフマン、イグナツ・パデレフスキといった当時の偉大なピアニストたちによって録音されました。これらのピアノ作品には、《ヘ調のメロディ》、《ワルツ・カプリス》、《ロマンス 変ホ長調》、いくつかの《舟歌》、《スタッカート練習曲 Op. 23-2》、そして《カメンノイ・オストロフ Op. 10》などが含まれています。現在では、彼の6つの交響曲と5つのピアノ協奏曲のすべてを録音で聴くことができますが、彼のオペラやオラトリオの大部分はほとんど知られていません。《失楽園》、《バベルの塔》、《ドミトリー・ドンスコイ》、《フェラモール》、《ハイデの子供たち》、《マカビーズ》、《ネロ》、《商人カラシニコフ》などがその例です。
これらの作品が顧みられないのは理解できます(上演のための金銭的な面だけでなく)。なぜならそれらの楽曲は現代の聴衆にとってあまり魅力的ではないからです。しかし、ルビンシテインの作品の中で、不当に忘れ去られているジャンルの一つが彼の歌曲です。現在、彼の歌曲として知られているのはわずか3曲にすぎません。それらは、20世紀初頭の録音が存在するもの、あるいは晩年のフランツ・リストによるピアノ編曲によって知られるものです。《アスラ人》、《クル川の荒れ狂う水は煮えている》(しばしば《黄金が足元に転がる》と訳される)、そして《きらめく露(Es blinkt der Thau)》がそれです。しかし、ルビンシテインは200曲以上の歌曲を作曲しており、その多くが鋭い感性を持つ歌手によって再評価されるに値します。彼はしばしば、選んだ詩の内容を繊細に反映させ、美しい旋律を生み出していました。ルビンシテインは主にドイツ語の詩を用いて作曲しており(彼は人生の一時期をドレスデンで過ごしました)、一部の詩はロシア語にも翻訳されています。彼の選んだ詩には、失われた過去への憧れや、ほろ苦い若き恋といったテーマが頻繁に見られ、これは彼自身の音楽に対する嗜好にも通じています。彼は「ショパンとシューマンの死とともに音楽は終わった」と書いています。
この見過ごされてきたレパートリーを研究したのち、私は気に入ったいくつかの歌曲をピアノ編曲することにしました。それによって、歌手たちの関心を引き、原曲の形でこの音楽を探求するきっかけになればと願っています。《Verlust 喪失》、《Him who I had chosen from all others 私が誰よりも選んだ人》、そして《Tragedy 悲劇》の最後の部分は、そのメロディの美しさにおいて特筆に値します。
私は歌曲のオリジナルの構成をできる限り保持し、不要な音の洪水によって本来のスタイルを損なわないように編曲しました。ただし、最初に編曲した《クル川の荒れ狂う水は煮えている》だけは例外になります。なぜなら、原曲は単純なメロディの繰り返しと変化のない伴奏で構成されていたからです。
ルビンシテインはしばしば「コン・モート(動きをもって)」というテンポ指示を用いましたが、これは必ずしも明確ではありません。そのため、私は参考のためにカッコ付きのメトロノーム記号を加えました。これはあくまでも解釈の助けとなる指針であり、最も重要なのは、ピアニストが歌声を模倣し、豊かで多彩な音色を追求することだと考えています。ルビンシテイン自身は「タッチ」の達人でした。彼の時代においては、「タッチ」はピアノ演奏において極めて重要であり、高く評価されていましたが、現代ではほとんど忘れ去られています。1881年、ロンドンでのルービンシテインの演奏を聴いた批評家J・S・シェッドロックは、次のように書いています。
「彼は最も偉大で、かつ最も稀有な才能の一つを持っている――それは精緻なタッチである。時に彼はピアノを弾いているのではなく、歌っているようにすら聞こえる。また、彼は対比が何であるか熟知しており、力強く燃え上がるようなパッセージと、優雅さと繊細さを極限まで要求されるパッセージの両方を見事に表現することができる。しかし、何よりも素晴らしいのは、彼が各作品の精神に深く入り込み、それらをまるで霊感に満ちた即興演奏のように聴かせることである……」
ジョナサン・サマーズ
2025年
ジョナサン・サマーズ プロフィール
15歳でロンドンの王立音楽院の中学部に奨学金を得て入学し、18歳で大学院の学位を取得。 その後、ロイヤル・カレッジ・オブ・ミュージックで学び、ディプロマを取得した後、演奏、伴奏、指導、教育、作曲、研究など多くの音楽活動を続けている。主な研究テーマは、過去のピアニストと歴史的なピアノ録音であり、この分野における第一人者として860ページに及ぶ著書も出版されている。
2003年、ジョナサンはソプラノのレベッカ・プラックとともに歌曲集「ロバート・フロストの5つの詩」を初演し、2005年にはロサンゼルス国際リスト・コンクールで優勝、ロンドンとブタペストでコンサートを開催した。
現在は、大英図書館のクラシック音楽部門のキュレーターを務めている。