説明
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*ピアノソナタは1951年に改訂され、安川加寿子によって初演された。長らく改訂版の自筆譜が行方不明となっていたが、2008年に再発見された。今回、その改訂版が出版される。
《ピアノのためのソナタ》は、1948年10月に完成して、同年12月に毎日ホールで開いた個展において平尾妙子が初演した。情感と憧憬に満ちた《ヴァイオリン・ソナタ》からまっすぐに衝動と苦悩の《ピアノ・ソナタ》へと。そこには、確かな創作姿勢や心理的なプロセスのつながりがある。が、前作で経験した情意と現実との矛盾に対する苦悶は、この作曲家の唯一のピアノ独奏曲を、内心の闘いともいえるディオニソス的な様式にむかわせ、平尾の美学の領域を拡大させる結果となった。
そうしたことが、当時この作品に風あたりを強くさせたのかも知れない。しかしこれは、大きな転換期をもたらせた重要作であるばかりか、内容と意匠との見ごとに均衡がとれた完成度の高いこの作品は、それ以降の日本のピアノ曲に対して、古典とよぶにふさわしい姿で存在する。なお技法的には《ヴァイオリン・ソナタ》の方向をさらに推進させて、五度和声の接触点に、新しい語法を手にいれている。
第1楽章には、〈苦悩と不安に戦慄う魂のたたかい 一瞬かがやく抒情的な陽光も暗い嵐の雲で覆われてしまう〉と付言されている。内面の苦悩を吐き出すような短いポコ・レントの導入部からはじまるが、その右手と左手それぞれのイデーは、これからあとの曲想や構造に深くかかわっていく。アレグロ・モルトの8分の6拍子に移り、導入部の右手の動機にもとづくあえぐような第1主題は、これも低音部のパターンがまた、のちの展開部で重要な役目を果たす。第1主題は、くり返されてしだいに拡大し、激越さを加える。これが頂点を突くと、まもなく抒情的な第2主題が姿を見せる。が、長くは保たれず、すぐに烈しい音塊によって切断される。展開部は、第1、第2両主題の苦闘がくりひろげられ、導入部で聴いた落ちついた低音の運びによって再現部にはいる。やや音形を異にしているが、まずは提示部が正常に復帰し、あとに短いコーダで結ばれる。もちろんソナタ形式である。
第2楽章には、〈緩やかに歌われる魂の宣告 次第に高潮に達し、又、寂しく終わる〉とある。前楽章の激闘から憩うように、ゆるやかな民謡ふうの旋律がレントで流れる。中間部はしだいに高揚して、冒頭の旋律が見え隠れしながら、精力的な上行下行をへ、はじめの楽想が再現する。最後は8分の12拍子に拡大された静かな動きのなかに消えていく。3部形式がとられている。
第3楽章は、〈速度と運動のめまぐるしい世界〉とだけ書かれているように、これまでの感情の動揺を決然と断ち、純粋な抽象世界にみずからを昇華しようとする。爆発的な和音にはじまり、その動機を連ねたアレグロ・アッサイの無窮動ふうな動きに移っていく。勢いよく飛び跳ね、舞いあがり舞いおり、旋回する運動のなかに撥剌たる第1主題が刻まれ、迅速な発展のあとに第2主題が朗々とうたい出されて、はなばなしい展開部にはいる。続いて定石どおりの再現部が訪れ、いっそう勢力を加えたコーダでこのソナタ形式による終楽章を閉じる。上野 晃(平尾はるな氏の許諾のもと掲載)