説明
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今でこそこの独創的な編曲の録音が複数存在するが、かつてはわずかな録音しかなく、その中でも十分なクオリティを保ったものは少なかった。そんな中、ヴァーチャル・ピアニストであるミヒャエル・ナナサコフが90年に発表した全集録音は、人間の限界を軽々超えてこの編曲の真の価値を聴かせてくれた貴重な作品だった。そしてそれから20年、新しいテクノロジーで再録音に挑戦したのが本作である。
この録音では、ゴドフスキー本人が書いた代替フレーズ(Ossia、オシアとして知られる)もできる限り取り込み、前作を超える「全集」となっている。また、最後にはナナサコフならではのユーモア作品、第11番と第12番(ともにショパンのOp.1-5がベースとなっている)を同時演奏した作品も収録されている。
ヤマハ版楽譜「ショパンのエチュードによる練習曲」の翻訳・解説を行った西村英士による詳細な解説付き。
ゴドフスキーと楽曲について
ゴドフスキーは19世紀末〜20世紀頭にかけて活躍したピアニスト・作曲家。ほとんど独学でピアノ演奏技術を取得したにもかかわらず、比肩するピアニストは片手で数えるほどしかおらず「ピアニストの中のピアニスト」「ピアニストの王」と呼ばれた。
「ショパンのエチュードによる練習曲」は、ショパンのエチュードというピアニストにとって聖典とも言える楽曲を編曲したこと、それも他の作曲家が想像もしなかった独自の手法を凝らしたことで、他のピアニストにほとんど取り上げられることなく忘れられていった(ゴドフスキー本人は未来のピアニストに向けて書いていると称していたという)。特徴的なのが左手のみで演奏する編曲が多々あり、他の作曲家が思いもしなかったような運指を用いてポリフォニックな表現を実現したことで、ラフマニノフは「ピアノ音楽の発展に寄与し続けているのはゴドフスキーだけ」と語っている。
90年代以降、カルロ・グランテによる2度にわたる全曲録音、マルク=アンドレ・アムランによる全集、ボリス・ベレゾフスキーによる抜粋録音などで一般にも知れ渡るようになった。日本ではヤマハ・ミュージックメディアより日本語版の楽譜が出版されていて、楽譜の入手も容易である。楽譜には単に編曲だけでなく、原曲を弾く上でも有用な練習法が併録されているのが特徴。
ミヒャエル・ナナサコフについて
楽譜通りの演奏が困難だったり、演奏される機会が少なく録音も稀である作品を取り上げる世界初のヴァーチャル・ピアニスト。1955年リトアニアのヴィトリニュス生まれ、という設定であるが、実際にはプロデューサーである七澤順一が、コンピュータと自動演奏ピアノを用いて行っている録音プロジェクトである。90年に発売されたゴドフスキーの「ショパンのエチュードによる練習曲」でデビュー。当時満足な録音が無かった中で、超人的な演奏を実現して見せたことで大きな注目を集めた。