説明
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福間洸太朗による序文
「マタイ受難曲」は、言うまでもなくヨハン・ゼバスティアン・バッハの最高傑作であり、西洋音楽史上においても重要な作品です。新約聖書・マタイ伝に基づいて描かれたキリスト受難の物語、全68曲・3時間以上もかかる大作で、中でも一際人気の高いアリアが、この「憐れみ給え、わが神よ」です。
イエスがユダヤ側に捕まった際に、一番弟子であるペテロが「お前も仲間だろう」と問われ三度否定した後、イエスの予言が当たったことに気づき、激しく後悔して泣き出す、というシーンが基となっています。原曲はアルトの独唱で、ヴァイオリンと美しく掛け合います。音域が近く音が重なり合う部分が多いため、本編曲では伴奏部分や歌の旋律の音域を1オクターヴ低くするなど工夫しました。なるべく原曲の音形に沿うことを心掛けましたが、ヴァイオリンと歌の旋律のどちらかを繋留音や倚音にしたり、トリルで装飾をつけたりしています。すでに2020年10月にこの編曲のCD録音を終えていますが、録音後に更に改訂し、音を変えた部分もあります。
手が届かないなど、弾きにくい部分に関しては、なるべくメロディラインが自然に聞こえるようにして、ペダルが濁らないように伴奏の音を少し早めにずらして弾くことをお勧めします。最後に、私がこのアリアをピアノ独奏に編曲したきっかけをご紹介します。 2007年、私は作曲家・武満徹を紹介するレクチャーコンサートのために、氏に纏わる文献を色々漁っていました。その中で、武満氏が生前このアリアを愛し、新作の作曲に入る前に精神を清めるために必ずピアノで演奏されたということ、更に、氏が亡くなる前日、病院のベッドでおもむろにラジオを付けたら、偶然にもマタイ受難曲が流れていた、というエピソードを読みました。この話に心を揺さぶられた私は、直ぐにピアノ独奏編曲を試みました。それ以来、私がこの編曲を弾くときは、常に武満徹という偉大な音楽家が頭をよぎります。丁度、この楽譜が出版される2021年は武満氏の没後25年にあたり、不思議なご縁を感じるとともに、出版の機会をいただいたことに感謝いたします。
福間洸太朗 プロフィール
パリ国立高等音楽院、ベルリン芸術大学、コモ湖国際ピアノアカデミーにて学ぶ。20歳でクリーヴランド国際コンクール優勝(日本人初)およびショパン賞受賞、以来五大陸で演奏活動を展開。 これまでにサントリーホール、カーネギーホール、リンカーンセンター、ウィグモアホール、ベルリン・コンツェルトハウス、サルガヴォーでリサイタル他、クリーヴランド管、モスクワ・フィル、イスラエル・フィル、フィンランド放送響、トゥールーズ・キャピトル国立管、ドレスデン・フィルなど、海外の著名オーケストラとの共演も多数。 これまでに、Naxos、ARS Produktion、Éditions Hortus、Orpheus Classical、Accustika、日本コロムビアからCDを発売している。テレビ朝日系「徹子の部屋」やNHK FMなどにも出演。第34回日本ショパン協会賞受賞。
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