説明
近代イギリスを代表する作曲家、ヴォーン・ウィリアムズの代表曲の一つ、「トマス・タリスの主題による幻想曲」のおそらくは初のピアノソロ編曲が登場です。トマス・タリスは16世紀イギリスの作曲家で、合唱音楽を主に作曲しています。ここで用いられた主題は「大司教パーカーのための9つの詩篇歌」第3曲「なぜ異邦人は憤り、民はむなしいことを思い描くのか」で、ヴォーン・ウィリアムズによる原曲は、2群のオーケストラと弦楽四重奏のために作曲されました。ルネサンス期らしいフリギア調のメロディが印象的な曲です。
編曲者による序文より
レイフ・ヴォーン・ウィリアムズは、同時代の他の作曲家ほど広く一般に知られているわけではありませんが、私にとっては長い間特別な魅力を放つ存在でした。なかでも弦楽オーケストラのための作品群には、ひときわ惹かれるものがあります。その中でも《トマス・タリスの主題による幻想曲》は、とりわけ神秘的で、時を超えた、深い精神性を感じさせる作品です。この幻想曲は1910年に書かれ、16世紀のイギリス・ルネサンスの作曲家トマス・タリスによる讃美歌の旋律に着想を得ています。そこには、古めかしさと不思議なまでの現代性が共存しており、内省と畏敬の念に満ちた空気が漂っています。
この作品が持つ特別な力、それは広大な響きの空間を呼び起こし、聴く者を光と影のあいだに漂うような世界へと誘うことだと、私は感じています。多層的な音の重なりや旋法的な響きは、初期イギリス音楽の清らかさを想起させつつ、同時にジャンルの枠を超えた表現を実現しています。
今回のピアノ編曲は、その原曲に対する私なりの敬意の表れです。豊かなオーケストラの響きを、より親密なピアノという世界へと置き換えながらも、その精神には忠実でありたいと願いました。原曲をそのまま再現するのではなく、ピアノという楽器が持つ、教会の残響すら思わせる表現力を通して、この幻想曲の幽玄な魅力を再構築することを目指しました。
ヴィンチェンツォ・マルテンポ
2025年4月