Chopin by Knight Hyperion Knight(p) CD Baby 2010年 (CD番号表示なし)
(参考)Music of Chopin Hyperion Knight(p) Wilson Audiophile Recordings 2014?年
Hyperion Knightこと“天照騎士”さまは、「前編」で書いた気合の入った編曲集以降、ほとんど忘れられた存在となっていました。そんな中、アメリカのCD Babyという自主製作盤販売支援会社のレーベルからひっそりと「Chopin by Knight」というアルバムを出しました。曲目はショパンの名曲を17曲バラバラに集めたちょっと見には初心者狙いのしょーもない企画でした。
ところが、この内容がトンデモなかったのです。まさにショパンへの華麗なる侵攻。17曲中楽譜通りに弾いているのは2~3曲という自由果敢なアプローチに、私の変態心は随喜の涙を流したのでした。さらにCDの解説には各曲のセレクトや演奏に込めた天照騎士さまならではのこだわりが綴られていました。
演奏内容のご紹介に入る前に、一見バラバラな選曲の理由の一部を……
理由群その1:アメリカのポップスのヒットナンバーになったことのある曲だから
⇒ 幻想即興曲、前奏曲op.28-20、別れの曲
理由群その2:その曲のコルトーによる示唆に感動したから
⇒ バラード第1番、前奏曲op.28-4
前奏曲op.28-20がアメリカンポップスになっていたのは全く知らなかったです。確かにバリー・マニロウにそういう曲がありました。コルトーの方は、演奏聴いても「だからなんなのさ」ですがね。
さて、それでは選曲理由以上に色々とかましている演奏内容をご紹介しましょう。
ピアノ演奏史を踏まえたこだわりの内容
1曲目は英雄ポロネーズ。これは予想通り、左手のオクターブでズダダダ、ズダダダが続くところは中休みなしというブゾーニの作法です。ただそこで「始めるよ~ん」という感じのタメが入ります。CD解説には「ブゾーニ版の方がより英雄的な《騎兵突撃》感があってよいよね」と天照騎士さまは騎士らしくのたもうております。雨だれは平穏に過ぎますが、幻想即興曲で炸裂。ABA形式のAはフォンタナ版がベースですが時折自筆譜版(ルービンシュタイン版ともいわれるもの)の要素を取り入れます。で、びっくりはBの部分で、後半はほとんど天照騎士さまの独自世界となります。装飾音型の変更だけでなく、合いの手風の別旋律も添加されていて、決して悪くない“甘味料多め”の仕上がりです。練習曲op.25-1は低音下げ1発と妙なジャンプ感、革命はちょっと和音が厚い所があるかな程度。そして夜想曲2番になります。
ショパンの弟子のミクリはショパン本人が晩年に夜想曲2番を弾いたのを楽譜に記録しています。ショパンは多くの曲を二度と同じようには弾かなかったと伝えられていて、このミクリが記録した演奏譜も現行の譜面と大きく違っています(APRから出てたThe Original ChopinというCDで確認できます)。その例に倣い、天照騎士さまは、特に曲の中盤以降、思い切り変えています。一部の変更はミクリの記録したショパン晩年の変更を使いますが、天照騎士さま自作とCharles Beriganというピアニスト作の改変も加え、よりゴージャスな夜想曲第2番を創出しています。曲の終わり方も通常と違います。ミクリが記録したショパン晩年の演奏でも終わり方を変えているので、天照騎士さまのはそれとは少し違いますが「ここも変えてええんでっせ」という確信犯で弾いています。ここまでやれば、立派です。このアルバムはこの演奏1曲でも価値があると言えます。
続く小犬のワルツも原曲からは大きく逸脱します。冒頭で「ありゃ?」と思わせてから、しばらくは原曲通り。中間部を8小節過ぎたところからゴドフスキ編を数小節取り入れ、そのあとはモシュコフスキ編曲版ベース(天照騎士さまのお手加えあり)に進めます。後半は定番の重音地獄。単なるモシュコフスキ編ではなくヨーゼフ・ホフマン編もしくはイシドール・フィリップ編の要素も入っているようです。テンポは気持ち遅めですが、重音弾きに乱れはなく、見事です。
ワルツの7番はABCBAB形式の2・3回目のBで定番のラフマニノフ内声を紡ぎ、2回目のAではカツァリスとは違う内声旋律を響かせます。カツァリスの録音が1981年なので、これも「わかってやってますがな」ですね。軍隊ポロネーズ、前奏曲op.28-4、別れの曲、子守歌は低音が一部1オクターブ下に行ってます。軍隊は気持ちがわからんでもないですが、前奏曲はやり過ぎかなぁ……。練習曲op.10-4、前奏曲op.28-20は一部和音が中入り厚めになっています。夜想曲第1番の中間部にカットがありますが、これも「ルービンシュタインの作法に倣いました」との本人談で、全く違和感はありません。
期待は最後の方にあるバラ1に注がれるのですが、これが見事な楽譜通り。コルトー版の詩的な示唆に共感して弾いているらしいのですが、むしろ「譜面通りにちゃんと弾けるもんね」という天照騎士さまのどや顔が浮かびます。かなり異端のショパンアルバムではありますが、天照騎士さまのピアノ演奏史に対する広い見識とサービス精神にあふれた貴重なショパン攻め記録です。
騎士さまはいかにして或る種のCDを録音するに至ったか
さて実は天照騎士さまはもう1枚ショパンアルバム「Music of Chopin」を出しています。収録曲はソナタ3番、バラード4番、ポロネーズ5番。これが実に立派な演奏。彼にありがちな鈍重な感じもなく、上述のショパンアルバムにあるような楽譜の変更もない。きわめて正攻法な取り組みです。ただ、このアルバムは録音年月日がわかりません。Amazonの商品紹介には「オリジナル盤発売2014年」とあるのですが、解説で使われている写真は1990年のもの。「昔、正統的に弾いてたのに、独自特殊の世界に進んだ」のか「その気になったら正統的な演奏もできるんだぜ」なのか、どっちなのでしょう。私は解説に使っている写真が異様に若いことから1990年頃の録音ではないかと思うのですが……つまり「昔、正統的に弾いてたのに、新たな勝負を求めて独自特殊の世界に進んだ」ですね。
もちろん彼は今でも現役。YouTubeにはいくつか動画がありますが、ビートルズやクイーンといったナンバーを弾いて喜ばれているようです。クラシック系ではびっくりするような巨大ピアノでバッハを弾いてます。動画後半で弾く小フーガはたぶん天照騎士さまの編曲ですね。最後が異様に分厚い面白いアレンジです。この調子で果敢なチャレンジを終生続けて行って欲しいものです。
【紹介者略歴】
吉池拓男
元クラシックピアノ系ヲタク。聴きたいものがあまり発売されなくなった事と酒におぼれてCD代がなくなった事で、十数年前に積極的マニアを終了。現在、終活+呑み代稼ぎで昔買い込んだCDをどんどん放出中。