吉池拓男の迷盤・珍盤百選(35) 文豪、鍵豪、二足の草鞋

THE 19 HUNGARIAN RHAPSODIES Played by 19 Great Pianists – VAI AUDIO VAIA/IPA 1066-2 1994年
Strauss Waltz Transcriptions Janice Weber(p) – ASV C DCA 540 (LP)1985年
WIEN, WEBER und STRAUSS Janice Weber(p) – IMP Masters MCD 12 1989年
RACHMANINOV transcriptions – Janice Weber(p) IMP Masters PCD 1051 1993年
Lola Astanova: Beautiful Classical Pianist, the Original Anti-Anxiety Adult Coloring Book 2020年

「正気だった6人の大人がセックス台風に巻き込まれる」、
「疲弊したシニシズムを笑いとセックスと陰謀の陽気な行列で着飾っている」、
「深い思考を刺激しないが雨の日の良い伴侶となるようなテンポの良いサスペンス」
「映画化権を譲渡!」━━━

 米amazonのBooksサイトにこんな内容紹介や書評が躍っている女性作家がいます。彼女の公式サイトでは7冊の小説が紹介されています。中でも、表の顔はヴァイオリニスト、しかしてその実態は米国秘密諜報員というLeslie Frostを主人公にしたちょいお色気スパイアクション小説はシリーズ化されています。残念ながら日本で邦訳出版されたものはありませんが、映画化権も売り買いされているようなので、米国ではそれなりに人気の大衆小説家なのでしょう。作家の名はジャニス・ウェーバー(Janice Weber)。小説の主人公さながらに彼女にももう一つの顔があります。それはピアスニトです。彼女の公式サイトには「作家」と「ピアニスト」の2つのページが用意されています。トップページでは「作家」の方が左側、「ピアニスト」が右側に並んでいるので、「左の方により重要なものを配置する」というホームページデザイン原則に則れば、彼女は「作家」としての自分をより重視しているように思えます。

Lola Astanovaの本は本当に塗り絵のようです

 ジャニス・ウェーバーのように二足の草鞋を履いたピアニストは沢山います。音楽関係のエッセイや教育本や自伝などを著した人は数知れずでしょうが、特大の草鞋はなんといってもイグナツィ・ヤン・パデレヅスキ(Ignacy Jan Paderewski)。第1次大戦中からポーランド独立のために活動し、ポーランド共和国第二共和政の第2代首相になっています。政界進出中はピアニストとしては活動しなかったようですが、引退後復帰。第2次大戦中は亡命政府の首相にもなっています。まさに音楽史上空前の二足目草鞋でした。20世紀前半の最高のピアニストとして語り継がれるヨゼフ・ホフマン(Josef Hoffman)は発明家としても活躍し、自動車の装置などを開発して特許を取りまくり、かなり儲けたといいます。俳優業ではピアニスト役(しかも本人役)が多いものの美貌で人気を博したアイリーン・ジョイス(Eileen Joyce)がいますし、かのスヴャトスラフ・リヒテル(Sviatoslav Richter)はグリンカの伝記映画でロン毛のフランツ・リスト役を務めていて大いに笑えます。ちなみにリヒテルは絵も得意だったそうで一時は画家を目指していたそうです。珍しいところでは週刊誌で水着グラビアを披露したリューボフ・チモフェーエワ(Lubov Timofeyeva)。どこかの海岸の岩の上で撮影したショットを今でも覚えています。クラシックのアルバムも出しているローラ・アスタノヴァ(Lola Astanova)はオトナの塗り絵本モデルを務めています。タイトルは「Beautiful Classical Pianist, the Original Anti-Anxiety Adult Coloring Book」、スゴいですねぇ。著作権の関係で中身はお見せできませんが、彼女の肉体美を全面的に展開したオトナの塗り絵が満載です。塗り絵本の表紙には「100% SATISFACTION」などと意味深な文字が躍っています。

THE 19 HUNGARIAN RHAPSODIES Played by 19 Great Pianists

 さてジャニス・ウェーバーに戻りましょう。彼女はピアニストとしてはどうなのか。その力量を如実に示すのは、VAIから1994年にリリースされた「THE 19 HUNGARIAN RHAPSODIES Played by 19 Great Pianists」でしょう。これは歴史上の有名ピアニストの録音を一人一曲ずつ選んで全曲盤に仕立てた企画アルバムで、グレゴリー・ベンコ(Gregor Benko)とウォード・マーストン(Ward Marston)というピアノマニア界の大巨頭がプロデュースしています。ここで錚々たる歴史的ピアニストたちと並んで大トリの第19番の演奏を務めているのがジャニス・ウェーバーなのです。しかも、この企画のために大巨頭たちからの要請で新録音をしています。いかに”そのスジの人”の間で彼女が評価されているかお分かりかと思います。

 彼女はマニアの間でもう一つの記録の持ち主としても知られています。ゴドフスキーのシュトラウス両手用編曲全3曲を1985年と1989年の2度録音しているのです。この複雑な難曲の全曲盤を複数回リリースしたのは彼女しかいません。2回とも他にローゼンタールやフリードマンのシュトラウス編曲ものも併せて弾いていて、しかも全く同じ選曲(収録曲順は違う)です。録音の演奏時間データは下記の通りです。

 ASV DCA 540 (LP)  1985IMP Masters MCD 12 1989
Rosenthal: Fantasia on Johann Strauss7:4711:16
Godowsky: Wein, Weib, und Gesang8:0813:21
Friedman: Frühlingsstimmen7:139:03
Godowsky: Kunstlerleben13:1916:51
Friedman: O Schöner Mai8:089:11
Godowsky: Fledermaus8:5011:59

 演奏時間が大きく違うのは、ASV盤の方では曲中の繰り返しをほとんど行っていないためです。演奏自体もASV盤の方がテンポが速めで勢いがあります。IMP Masters盤は音楽の潤い重視の大らかアプローチで、最初に聴いたときは別人かと思ったものです。確かに5年という短いインターバルで同じ収録曲のアルバムを出す場合には、こうした差異をわかりやすく演出するのも手でしょう。ASV盤はおそらくCD化されていません。シュトラウス=ゴドフスキーの両手用全3曲が入ったアルバムでは、完成度の点からはアムランに軍配が上がるでしょうが、ウェーバーのASV盤も多少粗削りな情熱に彩られた魅力ある1枚といえるでしょう。

 ジャニス・ウェーバーは1993年にユニークなラフマニノフ編曲集をリリースします。「愛の喜び」「愛の悲しみ」といった定番の編曲以外に、歌劇「アレコ」から「若いジプシー乙女の踊り」「ジプシーの男の踊り」の作曲者によるピアノ独奏版という珍しいものも弾いています。特に「ジプシーの男の踊り」のノリノリキレキレの突っ走り演奏は呆気にとられます。で、このアルバムの最も珍なるは最後に収められた「イタリアン・ポルカ」。この曲は1906年に作曲者本人による2台ピアノ版が出版されています。ここで演奏されているのは1938年にそれを改訂したバージョン。2台ピアノに加えてトランペット独奏が入ります。このトランペットのおマヌケな付け足し感と言ったら相当なもので、これまた呆気にとられます。CDの解説によればラフマニノフのマネージャーの企画発案だったようですが、うーーーむ、やめておいた方が良かったかと。ま、おかげでジャニス・ウェーバーのアルバムの忘れらない想い出とはなりました。

 ジャニス・ウェーバーはこの他にも演奏不可能な難曲として有名なリストの超絶技巧練習曲1838年版の全曲録音、さらにオルンスタイン作品集、最近では「薔薇」とか「海」をテーマにした作品集などをリリースしています。つまり、変な人、なのです。バリバリ系の豪腕を有する鍵豪ピアニストですが、レパートリーがとにかく変。フツーの刺激では我慢できない体質なのかもしれません。このあたりが「正気だった6人の大人がセックス台風に巻き込まれる」小説の作家でもある彼女のこだわりなのでしょうか。

SWIEN, WEBER und STRAUSS Janice Weber(p) –ASV番
IWIEN, WEBER und STRAUSS Janice Weber(p) – IMP Master盤
RACHMANINOV transcriptions – Janice Weber(p)

 マルチな活躍をするアーティストはマルチな刺激によって芸を多角な側面から磨くことがあります。こうした二足の草鞋を履いたピアニストの個性も楽しみの一つです。

【紹介者略歴】
吉池拓男
元クラシックピアノ系ヲタク。聴きたいものがあまり発売されなくなった事と酒におぼれてCD代がなくなった事で、十数年前に積極的マニアを終了。現在、終活+呑み代稼ぎで昔買い込んだCDをどんどん放出中。

吉池拓男の名盤・珍盤百選(34) 絶滅危惧の罵詈雑言芸

クラシック名曲「酷評」事典(上・下) ニコラス・スロニムスキー編 YAMAHA(書籍) 
d‘Indy Orchestral Works 2  Symphony No.2 etc.  Rumon Gamba/Iceland so.  CHANDOS CHAN10514

 ミューズプレスの細谷代表から本が送られてきました。『クラシック名曲「酷評」事典』。この本について好きに書いてほしいとのこと。どうやら私の事を黒豹組(良い変換だ)の一員だと思っているらしいのです。無礼千万雨霰、私には「人と違う何かをやろうとしたアーティストへの愛」があります。ただその愛情表現がちょっとゆがんで下手なだけです。この本の酷評群にはそのような「愛」がほとんど感じられません。何のためにこれほどの「酷評」を書いたのか不思議なほどです。(お前には言われたくはないというツッコミは謝絶)

 もっとも酷いのは、編者のスロニムスキーも前書きで特筆していますが、1903年にニューヨーク・サン紙に載ったドビュッシーの作品に関しての評で(要約すると)

「この前ドビュッシー本人に会ったけど、東洋のお化けのようなチョーキモイ顔した奴で、着てるもんもチョーダサ。こんな顔した奴の曲だもんでチョーヒデェ。」

というものでしょう。書いたのはJames Gibbons Haneker (1857-1921) という人物でWikipediaにも長々と経歴があるように、あらゆる芸術ジャンルの評論家として大変に高名だった人です。おそらく当時のアメリカで有数の文化人でした。大正13年に日本で刊行された「ショパンの藝術:全作品解説」の著者ジェームス・ハネカーもこの人ではないかと思われます。これほどの人物が公表したドビュッシー評が先ほどのもの。元の文章には顔のディテールの悪口がもっと細かく書かれています。今の時代なら、大炎上一発レッド。ネット上の匿名の書き込みでもこんなレベルのものは少ないでしょう。時代的にロンブローゾの影響でもあったのでしょうか。ま、ファッションのダサい奴の作品はアカンというのは、なんとなく首肯できますが……。マーラーに関する1909年の批評も酷いもんです。(要約すると)「こんなユダヤ人訛りのドイツ語を話しているような音楽は意味なしで空っぽ」です。書いたのはRudolf Louis(1870-1914)という指揮者兼評論家。まぁ、今の時代ならモサドに抹殺されそうですよね。

 本に収録されている多くの「酷評」は罵詈雑言ではありますがさすがにこれらほど酷いのはあまりありません。真面目に音楽解析的に書いているものも(少ないですが)あります。しかし、正直、大多数の酷評は、その音楽がどういうものだったのかもよくわからないようなひたすらの酷評。酷評そのものを一つの文学ジャンルとして切磋琢磨しているとしか思えないクリエイティブな罵詈雑言のオンパレード。まさに “酷評芸”とでもいうべき世界です。そこに「他人の不幸は蜜の味」という人類共通のニーズがマッチし、酷評芸合戦というべき醜態が繰り広げられています。もう、サイコパス映画のように悪意のエンターテインメントとして楽しむしかありません。ま、残念ながら勧善懲悪はありませんが。

Vincent d’Indy: Orchestral Works, Volume 2

 この本の罵詈雑言がどの程度正鵠を射ているか、試せる曲が1つあります。上巻のp.148~9にダンディの交響曲第2番の酷評がずらっと並んでいます。ダンディの交響曲第2番と聞いて音楽がすぐ思い浮かぶ人はおそらく日本では特殊な数人しかいないでしょうから、かなりコアなクラシックファンでもCDもしくは配信で聴けば、当時の評論家の気持ちで「初演」を体験することができます。どうですか? そこに書いてある酷評の数々、納得できましたか? 確かに当時よりは不協和音だらけの世界に慣れた私たちの耳ですが、虚心坦懐、ダンディの交響曲第2番をどうお感じになったか、お聞きしたいものです。

 さて、この本を読み進めていくと、少し残念な情報の欠落に気付きます。それは酷評が書かれた経済的な背景です。評論家(もしくは文化部系記者)といえどもお仕事です。お仕事で罵詈雑言を書く場合はかなりの覚悟が要ります。狭い業界で罵詈雑言をまくしたてていては、次のお仕事が来なくなって、あっという間に失業してしまいます。雑誌や新聞は広告や情報が頂けなくなるでしょう。演奏会にご招待ではなく自費で行き続けるのも結構な負担になります。罵詈雑言を公言するからには、必ず経済的保証があるはずなのです。例えば世を二分するような芸術運動のどちらかの流派に寄稿先が属していて、どんなに他派の罵詈雑言を書いても自分の属する流派からはお仕事が約束されている(ハンスリックはこれかな?)とか、音楽家本人のいる地域社会から物凄く遠いので何言ってもたぶん報復は来ない(アメリカの新聞社はこれか?)とか、音楽とは無縁の本業があって原稿依頼が来なくなってもなんとでもなるとか、某新聞や某週刊誌のように記事の正しさなんてどうでもよくって滅茶滅茶なことをウケ狙いで書いて売るのが営業方針とか。いずれにしろそのあたりの情報が全くないのがなんとも残念です。人間の行動には多くの場合経済的事情があります。その経済的事情にまで踏み込んだ考察が欲しかったですね。例えばリヒャルト・シュトラウスの「ドン・ファン」をボロクソに酷評した評論家が11年後に一転して絶賛している例が取り上げられています。これは評論家の耳が新しい音楽に慣れたからだと編者は語っていますが、本当にそんな単純な理由でしょうか? 前言撤回もほどがある場合、なんかウラがありそうに思えます。ま、評論家なんてもともと節操がないもんよ、と切り捨てることもありでしょうがね。この本はあくまでも「事典」なので列記表記に留まらせていると思います。が、どなたかさらに一歩踏み込んで、音楽評論業界の歴史的な業を抉り出していただけないでしょうか。

 今の時代、ここまでの酷評はなくなりました。下手に酷評なんぞしたら訴訟に巻き込まれる世になったのかもしれません。ましてや人の生まれ持った容姿や人種などをネタにして嘲るなどもってのほか。ネットの炎上は一歩間違うと社会的生命(時には本当の生命)を失うことになりかねません。なによりも業界がますます狭くなって、評論家やライターの経済的背景が濃密になり、音楽雑誌への寄稿やCDや演奏会の解説書きのお仕事をいただくためには、滅多なことでは酷評なんてできないというシガラミ地獄が一層顕著になっているのかもしれません。少し前の話ですが、某評論家氏は時折匿名で音楽業界や演奏への強烈な批判記事を非音楽系雑誌に書いていました。彼にはそういう道しかなかったのだと思います。ま、その記事は非常に面白かったですがね。

 絶賛も酷評も心の汚れた私はみなウラがあると思っていますので一概に信じることはできません。しかし、絶賛や酷評そのものを一つのエンターテインメントとして受け止めれば、それはそれで成立する……あ、だからこの本で取り上げられるような「酷評芸」が華開いたのかな。しかし、本書で取り上げているような酷評はもう絶滅危惧種です。最も使われている非難語は「不協和音」と思われますが、すでに「不協和音」の使用は何の非難の対象でもなくなっています。「旋律がない」も多用されていますが、これだって今どきは珍しくもない。「不道徳」だって様々な芸術ジャンルで人類交尾くらい描かれるのは当たり前。本書で「なじみなきものへの拒否反応」(編者の前書きより引用)として罵詈雑言の原動力となった要素が現代では批判の対象になりません。ポリコレとかコンプライアンスとかSDGsとかの御旗が高らかに振られている現代において、新たなるクリエイティブな罵詈雑言=ちょっと口の悪い建設的進言の道はどこにあるのか、人としてあまり美しくはないですが、探し求めるのも現代文化ライターの課題なのかもしれません。

【紹介者略歴】
吉池拓男
元クラシックピアノ系ヲタク。聴きたいものがあまり発売されなくなった事と酒におぼれてCD代がなくなった事で、十数年前に積極的マニアを終了。現在、終活+呑み代稼ぎで昔買い込んだCDをどんどん放出中。

吉池拓男の名盤・珍盤百選(33) 寸劇「迷走・CD企画会議」~黒人ピアニストたちの肖像~

George Walker in Recital George Walker(p) Albany TROY 117  (1994年)
JOHANN STRAUSS by LEOPOLD GODOWKY  Antony Rollé(p) FINNADAR RECORDS 90298-1 (1985年、LP)
A LONG WAY FROM NORMAL Awadagin Pratt(p)  EMI CLASSICS  CDC 5 55025 2 0 (1994年)

○弱小クラシックCDレーベル 魔煮悪classics 本社会議室

部長:50代男性  年々下がる売り上げに悩み続ける中間管理職
社員A:25歳男性 クラシックが何となく好きなニートっぽい兄ちゃん
社員B:36歳女性 入社10年を超えた中堅社員

部長:それでは企画会議を始める。皆もわかっていると思うが、クラシック音楽産業は衰退の一途にある。その大きな要因はやはりスターの不在だ。昭和の頃は道端のオッサンでもクラシックの指揮者は?と聞かれれば「カラヤン」くらいの名前は出てきた。新入社員のA君、今のベルリンフィルの常任は誰かな?

社員A:え、、、、、えっと、えっと……ぺ?……プ?……ペトルーシュカ、じゃないし……

部長:まぁ、そんなもんだ。私も先日、クラシック音楽酒場に行ったが即答できた奴はいなかった(筆者実話)。それほど今はスター不在なのだ。しかぁし、そんなことは言っていられない。何としてでもリスナーの財布のひもを緩めるスターを探し出すのだ。

社員B:よろしいでしょうか、部長。

部長:おお、Bくん、逸材に心当たりがあるかい?

社員B:クラシックといえど、古よりスターは美男美女もしくは夭折の天才と相場は決まっています。昔よりは演奏の腕はハイレベルになったと思いますが、正直、みな似たり寄ったり。さっそく音大に行って虚弱な美男美女プレイヤーを探してきます。

部長:いやいや、そのコンセプトはちょっとルイ風(※)かなぁ。確かにみてくれは大事だが、もう少し新しいコンセプトはないかね。

社員B:では、困難と闘う感動のストーリー性という点で、独裁的な国家から政治的迫害を受けている芸術闘士はいかがでしょうか?

部長:タコ・ロストロ路線だね。しかし、今、それほどに顕著な政治的迫害は(ピーーッ)国でもない限りいないんじゃないか? (ピーーッ)は演奏家へのコンタクトも大変だろう。それに芸術的自由だとか政治思想路線の闘争系はもう流行らないのではないかね。

社員B:では、感動のストーリーという点では(ピーーッ)でしょう。既に(ピーーッ)や(ピーーッ)という先例がありますから、市場は安定しています。

部長:こらこら、企画会議での発言は気を付けたまえ。最近オリンピックの演出で内部のブレスト的なやり取りが漏れて大変な事態になったことを忘れたか。間違っても(ピーーッ)とか(ピーーッ)とか(ピーーッ)とか言ってはいかんぞ。

社員B:では(ピーーッ)との闘いはどうですか?それを前面に出したセールスは過去に例はありませんから、斬新なのでは?

部長:ぶぁっかもん!!うちを潰す気か。(ピーーッ)はなし、なし、なし。

社員A:あのぉ……最近のネットの流行りで「ポリコレ」っていうのがあるみたいなんですけどぉ……

社員B:ポリコレ、いいわね、それ。部長、最近の流行りでは人種問題やジェンダー問題などが世界的にもホットなムーヴメントね。

部長:確かに。批判する奴がいたらポリコレ攻撃をかませばよいしな。

社員B:なんか全体的にポリコレの捉え方が間違っているようには思いますが……まぁ、音楽的価値以上の有無を言わせない価値が付加されることにはなりますね。

社員A:それって(ピーーッ)と同じですね?

部長:だから、(ピーーッ)とか口にするなって。お願いしますよ、ほんとにもう。

社員B:まずはより一般的な所から人種問題を取り扱うのはどうでしょう。

部長:ジェンダー問題はダメなのかね?

社員B:それも重要ですが、音楽業界はもともと(ピーーッ)ですし、今更殊更(ピーーッ)を主張しても割とスルーされてしまうのではないかと。

部長:確かに。では人種問題で行くか。

社員A:少し前、ネットニュースでよく見たのは「Black Lives Matter」ですね。やっぱ黒人の人たちへの問題が世界のトレンドかな。そういえば、黒人のピアニストってクラシックではほとんど見ないですね。

社員B:私もほとんど知らない。部長は?

部長:ジャズなら山ほど知っているが、確かにクラシックはあまり聞かないなぁ。その辺を調べてみる必要があるな。きっと知られざる素晴らしい演奏家が沢山いるに違いない。よし、今日は解散だ。次回のmtgまでに二人は色々調べてきてくれ。

社員A・B:了解しました。

~a few days later~

部長:では企画会議を始める。クラシックの黒人ピアニストについて調べてきたかね?

George Walker in Recital George Walker(p)

社員A:はい、部長。僕はGeorge Walkerっていう人を見つけました。めちゃクールなキャリアの人です。彼のホームページに経歴が書いてあって、そこらじゅうに「黒人で初めて first black」という言葉があふれています。音楽学校を出た最初の黒人ピアニストとか、大手の交響楽団や演奏会場に出演した最初の黒人とか、ピューリッツァー賞を取った最初の黒人とか、まさに黒人クラシック音楽家のパイオニアです。

部長:CDは出ているのかね?

社員A:amazonで検索したんですけど5~6種類はありました。ここにあるのは「George Walker in recital」です。1曲目のスカルラッティのソナタL.S.39、びっくりしますよ。

社員B:この曲って、こんなスイング感のあるリズムなの?

クリックで拡大

社員A:いやいや、もともとはかっちりとした2分の2拍子(譜例1)ですよ。Walkerの演奏はまるで8分の6拍子(譜例2)。さすがのリズム感っていう感じでしょ?

部長:ほかにもショパンや、ベートーヴェンを弾いてるようだが、スイングするのかね?

社員A:この曲だけです。

部長・社員B:えっ?

社員A:こんな不思議なリズムアプローチはこの曲だけです。あとは極めてまともです。同じスカルラッティももう5曲弾いてますが、極めてまともです。

社員B:なんで? これだけ……でも、面白いわ。これ。

部長:確かにこの1曲目は衝撃的に面白いが、インパクトが続かないなぁ。B君の方は誰か見つけたかい?

社員B:幻のピアニスト見つけました。

部長:なに、幻。そりゃよい宣伝文句だ。

社員B:名前はAntony Rollé。弾いているのはゴドフスキのシュトラウス編曲もの全4曲です。

JOHANN STRAUSS by LEOPOLD GODOWKY  Antony Rollé(p)

部長:シュトラウス=ゴドフスキのあの超難曲を、しかも全曲だとぉ。良く見つけた、偉い!

社員B:しかもこの録音、1985年にLPで出たきりでCD化されていません。

部長:ますますレア感upだねぇ。で、幻というのは?

社員B:この人、その後消息不明なんです。ネットでいくら検索しても出てきません。ピアノはアール・ワイルドに師事したらしいです。そしてデビューアルバムは1980年のメットネル作品集。2枚目がこのゴドフスキです。このアルバムを最後に消息不明です。

部長:消息不明か……交渉が大変そうだが、面白い。で、出来は?

社員B:いたって普通です。下手ではないですが、特に際立ったものはありません。

部長:あの難曲を普通に弾くだけでも大したもんだが、「いたって普通」かぁ……

社員B:で、そんなこともあろうかと、もう一人見つけてきました。どうです?このジャケット。

A LONG WAY FROM NORMAL Awadagin Pratt(p)

社員A:WOW 、Cooooool!

部長:インパクト特大だねぇ。しかもアルバムタイトルが「A Long Way from Normal」、正常からの遠い道のり。イイね、イイね、イイね。そそられるねぇ。

社員B:部長、違います。正常から遠いのではありません。

部長:はぁ? このジャケ写なんだから、どう見てもそうだろう。

社員B:このAwadagin Prattというピアニストは、イリノイ州のNormalという町の出身なんです。だからその故郷を遠く離れて随分と来たもんだという意味です。

部長:なんだ、それ。半分サギじゃないか。で、演奏は?この風体だけのことはあるだろうね?

社員B:極めてまともです。正統派の極みです。コンクールで優勝もしていますが、そりゃ優勝するだろうなという見事なNormal仕上がりです。技巧的にも安定しています。

部長:リストもバッハもフランクもブラームスも、みな真っ当か?

社員B:ひたすらに真っ当です。これはこれで素晴らしいことです。

部長:みてくれで過度な期待をしてはいけないということか……他にはいないかね?

社員A:すみません、今回は見つかりませんでした。

社員B:クラシック音楽が盛んな欧米ではもともと黒人人口は比率的にそれほど多くはありません。おそらくは歴史的・経済的問題も絡んでクラシックミュージシャンは絶対数が意外と少ないのだと思います。

部長:そうか。うーーーん、黒人ピアニストならではのリズム感とかノリとかを期待したのだが、Walkerの1曲を除いて真っ当路線か……

社員A:あのぉ……これって結局、人種とかに関係なく、真っ当に勉強した人は真っ当な結果を出すことができるということではないですか?

社員B:まずは中心値的な部分がきちんとできるということね。変な思い込みは禁物ね。

部長:なんか少しいい話でまとまったねぇ。けど、うちの企画としてはどうしたらよいのかますますわからなくなった。困った。

社員B:うちもまずは真っ当な路線を大事にしましょう、部長。

社員A:ですよ、部長。

部長:いや、真っ当路線は往年の巨匠たちが極上の結果を残してしまっているから、もう今更なんだよなぁ。やはり生き残りを賭けて過去にない斬新な企画を考えねばならないと思うんだよ。

社員A:じゃあ、やっぱ(ピーーッ)とか(ピーーッ)で行きましょうよ。

部長:ぶぁかもんっ!!!だから、そういうことは言ってはいかんって。

補記: 
※ルイ風……「古い」の実在した業界用語。ふるい ⇒ るいふ ⇒ るいふー。ルイ風は筆者による当て字。

【紹介者略歴】
吉池拓男
元クラシックピアノ系ヲタク。聴きたいものがあまり発売されなくなった事と酒におぼれてCD代がなくなった事で、十数年前に積極的マニアを終了。現在、終活+呑み代稼ぎで昔買い込んだCDをどんどん放出中。

吉池拓男の名盤・珍盤百選(32) 一人芝居「さびれた音楽工務店の情景」 ~イタリアのへんなやつ2~

COMPOSIZIONI OSSESSIVE  Marco Falossi(p)  VELUT LUNA  CVLD 184 2009年
romantic pieces for piano Igor Roma(p)  Challenge classics CC72154  2006年
ENCORES  Igor Roma(p)  STEMRA IR2 2009年

○どこの町にもありそうな小さな工務店
 ただし、机の上には設計図ではなく楽譜や五線紙が散乱している
 どうやら“音楽工事”を請け負う特殊な工務店のようだ
 ヲタクっぽい営業担当のおっさん(吉池主任)がお客さんの電話に対応している

(♬電話着信音~)

『はいは~い、こちらはサクサク改作、貴方のミュージックライフを斬新リノベーションの伊太利音楽工務店でございます。はぁ? いやいや、カ・イ・ザ・ンではなく、カ・イ・サ・ク、改作を承っております。私、改作推進部営業の吉池と申します。移調、短縮、左手用、連弾化などなどお客様のご希望の工事を縦横無尽に承っております。本日はどういった改作工事のご要望でございましょうか? はい……はい……えっ、それは難題ですなぁ。ショパンと映画音楽が大好きで多忙なリスナーに超効率的に楽しめる音楽を提供したいと。ほぉほぉ、なるほど……うん、お任せください! 弊社にはそんじょそこらの工事業者を超えた発想と力量を有する選りすぐりの職人が在籍しております。このお仕事ですと……適任がいますよ。名前はMarco Falossiと言います。え、聞いたことない。いやいや、彼は楽譜絵師として知る人ぞ知る存在、大作「モーツァルト」をはじめ、最近では「ピアノ」とか「フォーク」などを仕上げておりますよ。その楽譜絵で培った匠の技でご要望にお応えいたしましょう。で、映画音楽はどのような曲をご希望で? はい……はい……シンドラーのリスト、チャップリンのライムライト、そういったあたりですね。で、ショパンは…あ、おまかせですね。わかりました。早速、Falossiに取り掛からせますので、どうぞご安心ください。では完成しましたらご連絡いたします。伊太利音楽工務店、吉池が承りました。』

  ~a few days later~

COMPOSIZIONI OSSESSIVE  Marco Falossi(p) 

『お客様、お待たせいたしまた。弊社ならではの合体工事で最高の効率化を実現いたしました。タイトルは「ショパンの変装」。「変奏」ではないですよ、「変装」です。ショパンは練習曲op.10-6をセレクトさせていただきました。どうです。ご希望の映画音楽たちとショパンを同時に演奏してしまうという最高度の効率化合体工法をご提示させていただきました。如何ですか?……えっ……はぁ……ただ同時に弾いてるだけで、いまいち調和していない? どこが楽譜絵で培った実力なのかわからない? しかも弾くのが難しすぎる? いやいやいやいや、お好きな音楽をいっぺんにお楽しみいただける弊社自慢の仕上がりですよ。まさに職人Falossiの真骨頂。ん~~~、そうだ、職人Falossiの別の作品「強迫的な作品」をサービスでお付けしましょう。いやいやそうおっしゃらず、お受け取り下さい。ええいっ、「情緒不安定な作品」「雄弁な作品」「修辞的な作品」「不確実な作品」「退行した作品」「無意味な作品」などもドドンとまとめて35曲お付けしましょう。ニクいね旦那、もってけドロボー。テレフォンショッピングでも滅多にお目にかかれない大盤振る舞いですよ。どうですか。え、そんな面倒くさいタイトルのゲンダイオンガクはなんぼあっても疲れるだけ? いやいやお客さま、お客さま、そうおっしゃらずに、ぜひぜひご笑納をっ、毎度のご贔屓をっ……』

○どこの町にもありそうな小さな工務店
 前回の受注からしばらくたったある日の午後
 ニッチ過ぎる業種のせいか、ヒマで眠そうな営業担当。
 そのとき、久々の電話が鳴り響く。

(♬電話着信音~)

『ふぁいふぁ~い、こちらはサクサク改作、貴方のミュージックライフを斬新リノベーションの伊太利音楽工務店でございます。ほぁ? あのですね、カ・イ・ザ・ンではなく、カ・イ・サ・ク、改作ですってば。私、改作推進部営業の吉池と申します。移調、短縮、左手用、連弾化などなどお客様のご希望の工事を縦横無尽に承っております。本日はどういった改作工事のご要望でございましょうか? はい……はい……えっ、それは超難題でございますな。かの魔神Hお得意のモシュコフスキ作品に魔神がビビるくらいの難化工事を施してほしいと。うううむ、難化による魔神超えですか……これは、お高くつきますよ。え、音の量には糸目をつけないと。これは頼もしいお言葉。わかりました。弊社にはうってつけの職人がおります。名前はIgor Romaと申します。え、聞いたことがない。ま、そうでしょうね。これまで50年以上の人生で作品集は2回しか発表しておりません。とにかく指さばきとキレ味ならば当代随一の匠でございます。モシュコフスキはどれを? 火花op.36 no.6と練習曲ヘ長調op.72 no.6ですね。お客さん、攻めますねぇ。魔神Hの十八番中の十八番じゃないですか。ようございましょう。早速仕事に取り掛からせていただきますので、どうぞご安心ください。では完成しましたらご連絡いたします。伊太利音楽工務店、吉池が承りました。』

 ~a few days later~

ENCORES 
Igor Roma(p) 

『お客様、お待たせいたしまた。弊社渾身の難化工事で前人未到の世界を構築いたしました。まずは火花 op.36 no.6。最初の32小節とそれの繰り返しは素晴らしく快速なだけで特に施工はしておりません。そこ過ぎたあたりから左右にナイスなアタックを入れ始め、36秒目くらいからは右手の原曲にある8分音符を消し、職人Romaお得意の急速な16分音符(もしくはそれ以上)の暴走乱発つむじ風状態といたしました。これぞ弊社が自信もってお届けする難化工事の極み。お客様のご要望通り右手の音数はトンデモなく増幅され、魔神H越えを実現しております。で、ラストはジャズコードを使ったなかなかオトナの仕上がりにさせていただきました。続きましては練習曲ヘ長調 op.72 no.6。どうです、この音増量。お客様の創造をはるかに超えた世界を実現させていただきました。ほぼ音数倍増の特種難化工事と自負しております。もちろん火花のラストで装飾いたしましたジャズテイストは今回は中ほどで披露させていただいています。……え?……はぁ……いくらなんでもやりすぎだと。これではとても常人では弾くことができないと。いやぁ。そうは申されましても、希代の指さばき職人Romaの技ですのでこれくらいはご勘弁いただかないと。納品に際しては火花のライブ動画仕様書、練習曲のライブ動画仕様書はお付けしましたので再度ご確認ください。

romantic pieces for piano
Igor Roma(p)

そうだ、サービスでRomaの若いころの作品集「romantic pieces for piano」から難化工事を施したアルカンのサルタレッロop.23をお付けしますよ。もちろんアルカンですから原曲は急速な上に同音連打が多くてかなり難しい8分の6拍子の舞曲です。冒頭から20秒間はアルカンの原曲のままにしてありますが、それが繰り返される所から音を分厚く加え、なんじゃこれ!の世界を開陳させていただいています。しかも急速なテンポはひるまず保ち、アルカンの狂気を孕んだイタリア舞曲をキレ良く快走。曲の進行はほぼ原曲通りで、ラストはヴォロドスのトルコ行進曲とほぼ同じ和音連打瀑布。見事な施工でしょう?どうです?……え……原曲が無名すぎて「これが難化です」と言われてもピンと来ない? 誰も知らない曲ですごいでしょと言われても困るって? いやいやそうおっしゃらずに、ひとつよろしくお願いしますよ。そうだ、Romaの新作、ラテンナンバー工法を大胆に使用した超拡大版バッハ=シロティ前奏曲ロ短調もお付けしましょう。Romaが一人二役で施工しまくったダブル難化工事の名作ですよ。さあ、ぜひお受け取りを。お客さん?お客さん? もしもーし、もしもーーし。ではでは、イタリアン・ポルカの連弾難化工事もオマケしちゃおうかな。もしもーし、もしもーーーし、お客さ~~んっ……』 

○吹きすさぶ寒風、飛び散る五線紙、そこはかとなく漂う倒産の予感

【紹介者略歴】
吉池拓男
元クラシックピアノ系ヲタク。聴きたいものがあまり発売されなくなった事と酒におぼれてCD代がなくなった事で、十数年前に積極的マニアを終了。現在、終活+呑み代稼ぎで昔買い込んだCDをどんどん放出中。

吉池拓男の名盤・珍盤百選(31) 魔煮悪ピアノコロシアム バトルChopin op. 34-1

Rudolph Ganz(p) Guild Historical GHCD2377
Wilhelm Backhaus(p) Archipel ARPCD0333 など
Arturo Benedetti Michelangeli(p) Profil PH18063 など
Sergio Fiorentino(p) KLASSICSOTAKU CD-8022
Ignacy Jan Paderewski(p) APR APR6006
Arthur Rubinstein(p) IRON NEEDLE IN 1313 など

アナウンサー:お待たせいたしましたっ! 時空を超えた音楽バトル、魔煮悪ピアノコロシアム2021、いよいよ開幕です。本日の解説は魔煮悪音楽大学非常識講師の吉池拓男さんです。吉池さん、どうぞよろしく。

解説:よし、行け、ヲタクの吉池です。どうぞよろしく。

アナ:本日のコースはFC34-1(※1)。吉池さん、見所は?

解説:コース製作者Frédéric Chopin氏の作品の中では難易度は低めです。しかし、途中6回ある「プラルトリラーから急速音階駆け上がり(譜例1)」をどう魅せるかが勝敗の決め手になりますね。ここで規定通りのポイントまでの駆け上がり、ま、これをシングルと言いますが、シングルだけでは予選通過すら難しい。さらに1オクターブ上まで駆け上がるダブル(譜例2)を決めないとメダルは狙えませんね。

譜例1:シングル
譜例2:ダブル

アナ:ダブルは確かに華麗ですが、規定を外れた反則なのではないですか?

解説:いやいや、Chopin氏の手書きの規定書には4番目の音階駆け上がり、いわゆる第4駆にダブルが書いてあるものがありますし、Petersから出版されているNew Critical Editionには第3駆と第4駆のossiaにダブルを載せています。19世紀にはこういうvariantがあったようです。ただ、コース途中の第3・4駆でダブルをかましてもお客さまは喜びません。やはり終盤間際の第5駆、第6駆の勝負ですね。

Rudolph Ganz(p)

アナ:わかりました。さあ、いよいよ最初の選手の登場です。最初の選手はスイス代表のGanz1920選手。あまり名の知られた選手ではありませんが、コース製作も得意と聞いています。さあ、スタートしましたっ!

解説:なかなかに速めでそれでいて優雅な滑り出しですね。

アナ:第1駆から第4駆は規定通りに綺麗にこなしています。さぁ、いよいよ第5・6駆、どうだっ? おおっ、ダブルですね、吉池さん。

解説:う~~ん、確かにダブルですが、スピードが足りなくてワルツのリズムがかなり崩れましたねぇ。それと第5駆の左手の3拍目、ミスってますねぇ。ダブルに挑んだ右手に気を取られたようですね。

Wilhelm Backhaus(p)

アナ:これでは高評価は難しいでしょう。さて、お次はドイツ代表、Backhaus1950選手です。Backhaus選手と言えば、LvBコースの名手として圧倒的な存在ですが、FCコースでの出場とは意外ですね。

解説:いやいやBackhaus選手は若いころからFCコースは積極的に取り組んでいますよ。なにせFC11・2(※2)のソロアレンジも自ら施しているくらいです。

アナ:さぁ、スタートです。おお、完璧なまでの規定通りで第1~4駆をこなしていますね。

解説:規定が目に浮かぶようです。これはこれでBackhaus選手らしい律儀さですね。

アナ:いよいよ第5・6駆だ、どう来るか! おおっ、ダブルだ、しかも低音にパンチ一発!

解説:しかもプラルトリラーではなく明らかにトリルからのダブルです。音多いですねぇ。ちょっとスローダウンしましたが、スローのさせ方が実に芸術的。直後に規定にない低音の増強一発を入れたのも流石です。

アナ:プラルトリラーをトリルにしてもいいんでしょうか?

解説:コース製作者はそのあたりの表記は曖昧だったようです。選手のノリに任せていいんじゃないですか。

Sergio Fiorentino(p)

アナ:さすがBackhaus選手、LvB以外でも魅せますねぇ。しかもかなり自由。これは高評価でしょう。さぁ、続いてスタイリッシュに登場してきたのはイタリア代表Michelangeli1962選手です。イタリアからはもう一人Fiorentino1979選手が出場する予定だったのですが、本人未承認の海賊登録だったそうで、出場が取り消しになっています。

解説:残念ですねぇ。Fiorentino1979選手はダブルの鮮やかさもさることながら、ラストの296小節からを重音で弾くなど小洒落ていたのですが、正規登録を待つしかないでしょう。

アナ:てなことをお話ししているうちに、Michelangeli1962選手のスタートです。美しい音、素晴らしいバランス、うっとりしますねぇ。おや、第1駆から他の選手と違いますね。

Arturo Benedetti Michelangeli(p

解説:プラルトリラーではなくトリルからシングルを優雅に決めてます。これは第5・6駆に期待が持てます。

アナ:さぁ、第5駆だっ……ダブルです、ダブルです!実に優雅なダブルです!

解説:ワルツのテンポも崩れていませんね。素晴らしい。

アナ:……っと、ここで審判団から物言いです。物言いがつきました。……フライング???どうやらフライングだということのようです。もう一度聴いてみましょう。

解説:あぁ、確かに。第5・6駆ではプラルトリラーもトリルもなく、小節の頭からいきなり音階を駆け出しますね。これならダブルでも綺麗に収まります。うーーーん、芸術点は高いのですが、確かにフライングです。

アナ:Michelangeli1962選手、どこ吹く風で飄々と構えていますが、あとは審判団にお任せしましょう。

~ Sake & Water Break ~

Ignacy Jan Paderewski(p)

アナ:さぁいよいよ競技も大詰めです。エントリー残すはあと2人。FCの本場、ポーランドからPaderewski1912選手です。いよっ、大統領!そう言いたい気分になりますね。

解説:大統領ではなく首相です。マダム殺しのエンジェルヘアが眩しいですね。

アナ:颯爽と今スタートしました。Paderewski1912選手と言えば、FCの規定に精通していて、Paderewski版というコースの規定指南書を出していますね。

解説:あの指南書は後世の人が作ったという話ですが、名前を冠されるくらいですから指南書通りの見事な技を期待したいところですね。

アナ:実に優雅な滑り出しです。まず第1駆。ここはシングルですね。

解説:シングルですが、プラルトリラーの音を2拍分延ばさずにすぐ音階に行ってますね。一連の装飾音型として弾いているようです。指南書にはこんなこと書いていませんね。

アナ:おっと、第3駆からこれはダブルか。

解説:第1・2駆と同じようにプラルトリラーから一連の動きで表現してますね

アナ:さて注目の第5・6駆……ここも一連型からのダブルです。おおっと、直後に強烈なクラスターチョ~ップ! 1発、2発、これはシビレますね。

解説:Paderewski1912選手は1911にも同じコースを攻めていて、やはりここでクラスターチョップを打っています。確信犯ですね。ただ、名前入りの指南書があるのにそれと違うことをするのは如何なものでしょうか。権力者はいつの時代もほんと言行不一致です。

Arthur Rubinstein(p)

アナ:ま、それも世の常というものでしょう。さて、いよいよ最後の選手、同じポーランド代表で優勝候補のRubinstein1928選手の登場です。

解説:この選手は1930年頃に自己批判して研鑽する前ですから暴れん坊丸出しです。期待できますよ。

アナ:さぁスタートです。快調に飛ばしてます。おおっっ、第1駆からダブルです、しかもテンポの間延びがありません。これは見事、第5・6駆への期待が否応なしに高まります。さぁ第5駆!

解説:ダブルですね、第6駆も。微塵の揺るぎもない。さすが優勝候補。

アナ:そしてコーダ。うおおおおっ!!速い、速すぎる。まさに電光石火、前人未到の爆走ですっ!

解説:これは大変な記録が出たかもしれませんね

アナ:満場、割れんばかりの拍手と歓声です。さすがRubinstein1928選手。熱狂の渦に包まれています。

解説:待ってください。他の選手が猛然と抗議していますよ。

アナ:そうですね、審判団に食って掛かっています。何があったのでしょうか? え、なに?なに?Rubinstein1928選手は第3駆と第4駆を弾いてない??それは反則だろうって??

解説:あぁ、言われてみれば第3・4駆のセクションをカットしてますね。いやぁ、あまりに見事で気づきませんでした。芸術点的には全くOKなんですが、これは審判団、難しい判断を迫られますねぇ。

アナ:猛烈な抗議、一向に止みそうにありません。会場、混沌として参りました。これは当分結果が出そうにありません。ひとまずここで現場からの中継を終わりにしようと思います。吉池さん、今日はどうもありがとうございました。

解説:いえいえ、こちらこそ楽しませていただきました。ありがとうございました。

アナ:それでは魔煮悪ピアノコロシアム2021、この辺で失礼いたします。

※1:ショパンのワルツop. 34 no. 1のことです
※2:ショパンのピアノ協奏曲第1番op. 11の第2楽章のことです

【紹介者略歴】
吉池拓男
元クラシックピアノ系ヲタク。聴きたいものがあまり発売されなくなった事と酒におぼれてCD代がなくなった事で、十数年前に積極的マニアを終了。現在、終活+呑み代稼ぎで昔買い込んだCDをどんどん放出中。

吉池拓男の名盤・珍盤百選(30) ガヴリーロフという幸福

FRÉDERIC CHOPIN Andrei Gavrilov(p)  K&K Verlagsanstadt  LC 04457 2000年
FREDERIC CHOPIN NOCTURNES  Andrei Gavrilov(p)  UCM 2013年
Musci as Living Consciousness vol.1 Andrei Gavrilov(p) UCM/DA VINCI CLASSICS C00330 2020年

筆者は主に経済的な理由で滅多に演奏会に行きません。しかし、2020年の秋に珍しく2回演奏会に足を運びました。それがガヴリーロフです。本当は1回だけのつもりでしたのですが、あまりに自由奔放にして繊細かつ乱暴な(矛盾してるが本当)演奏だったために、それが常態なのか確認のためにもう一度聴きに行った次第です。で、2回ともほぼ同じ演奏でした。何度も暗譜がこけたり、打鍵が強烈過ぎるせいか前半だけでピアノの調律が狂いまくったのはご愛敬として、解釈やフレージングはほぼ定番ギャグの世界にまで昇華されていると深く感じ入った次第です。

ドイツグラモフォンに移籍して以降ほとんどフォローしていなかったので、今回略歴などを読み、改めてここ20年くらいの3枚のアルバム(それしかないはず)を聴き、なかなか大変な人生航路を辿って、今、こういうピアニストになっているのだなぁと勝手に解釈させていただきました。私見を交えた経歴としては、

1955年生まれ
1974年チャイコフスキー国際コンクール優勝
1976~1990年EMI専属 特に前半は暴れん坊ぶりを発揮。ガンガンバリバリの凄演多々。
80年代前半はソ連政府から政治的理由で睨まれて、なかなか大変だったようだ
1990~1993?年ドイツグラモフォンに移籍。らしくないつまらない演奏のCDを次々と出す。角を矯めてなんとやらの典型か。
1994~2000年演奏活動を離れて、哲学や宗教の研究に没頭。ま、迷ったのね。
2000年~演奏再開。ただもう忘れられたピアニストとなっていた模様。
2011年自伝発表。(筆者は未読)
2013年ショパンの夜想曲集のCDを自分で立ち上げたレーベル(UCM)から発表。たぶん10数年ぶりのCD。このCDは最初は自伝第2版の付録だったらしい。
2020年「生きていることを意識する音楽」シリーズ第1集を自分のレーベルから発売
2020年から始めたCD連作のネーミング(特に和訳)がスゴイですねぇ。迷った挙句の帰結にしては若干まだイタい感じがあります。

ではそんな迷いの時代のガヴリーロフのCDをご紹介しましょう。

★ショパン ライブ 1999年9月10日  K&K Verlagsanstadt  LC 04457

FRÉDERIC CHOPIN Andrei Gavrilov(p) 

1999年にドイツの修道院で行われた演奏会のライブ録音盤。演奏活動を離れて哲学と宗教の研究に没頭していたという時期のもの。ソナタ2番、バラード1・4番、練習曲5曲を収録。演奏解釈自体はグラモフォン時代のように真っ当で、後述する2013年の夜想曲集のようなことはありません。ただ、ガヴリーロフの長所の一つである美弱音へのこだわりも薄め。で、問題は技巧的な乱れ。いくらライブと言えども、ミスタッチや音抜け、暗譜落ちに近い別フレーズ弾きが細々とあり、特にバラード1番は悲しい出来です。2000年にこのCDを聴いたとき、個人的にはガヴリーロフというピアニストと別れを告げた思い出があります。このころ何を悩み、何処を目指していたのか。今回、宗教と哲学の日々だったという経歴情報を得てみると、この録音の出来の意味は変わってくるような感じがします。

★ショパン 夜想曲集 UCM 2013年

FREDERIC CHOPIN NOCTURNES  Andrei Gavrilov(p)

10年以上の時を経て発表された夜想曲集は、ガヴリーロフが独自の世界に旅立った事を如実に語っています。伸縮自在のテンポとフレージング、美弱音への徹底的なこだわり。2020年の来日公演での演奏とほぼ同じで、その時の印象含めて言えば「幸せなことがあって泥酔しているおっさんの鼻唄」です。もっとも特徴が良く出ているのが夜想曲第13番。特に前半は一拍ごとにテンポが変化するような凄いフレージング。右手の主旋律の歌い崩しもベテラン演歌歌手のようです。5番と9番はやたら休符やスタカーティッシモを意識した不思議なフレージング、第8番では極上の美弱音で揺らぎまくる鼻唄フレージングを聴けます。13番ほどの違和感はないのですが、いずれもテンポの揺れは激しいのでご注意ください。

このCDでは各曲のわりと長い解説もガヴリーロフが書いています。作曲者の声を直感によって現代の声に翻訳して伝えるというのが悩んだ日々の末にガヴリーロフが見つけた光明のようで、楽曲にとっぷりと身と心を委ねた姿が良くわかります。気のせいかもしれませんが、19世紀スタイルで弾いていた戦前のピアニストの演奏美学に近い香りが漂います。ただし、見方を変えると「おっさんのかなり困った自己本位演奏」でのあるので、聴く側にも度量が求められるなかなかにオモロイ演奏集です。

★「生きていることを意識する音楽」シリーズ第1集 UCM/DA VINCI CLASSICS C00330 2020年

Musci as Living Consciousness vol.1 Andrei Gavrilov(p)

あらためて見ても凄いタイトルですねぇ。収録曲はシューマンの「蝶々」「交響的練習曲」ムソルグスキーの「展覧会の絵」で、2019年の来日公演のプロと同じです。ジャケットのイラストからして、作曲家と自分が一体化していることを表現していると思われます。日本発売盤の帯裏には「この多面性を持ったアルバムによって、私は自身の新知識、技術、科学。哲学、演奏、新しい音楽のすべてを聴衆と共有している。直観を置き換えることは、音楽言語を純粋に知ることであり、それぞれの作曲家の音楽言語を純粋に知ること(日本語訳:生塩昭彦)」というありがたいガヴリーロフのお言葉が掲げられています。

で、2013年の夜想曲集からさらにどう進化したかと言うと……わりとフツーになっています。もちろん泥酔おっさん鼻唄風のこだわりフレージングは所々観られます。テンポの細かくて激しい揺れも健在です。自由度の大きい「展覧会の絵」の方がそういう行った側面は顕著ですが、全体としてみると「もっと2013年の夜想曲集の先にある独自世界を見たかった」という感想でしょうか。

かなり苦難の歴史を経てきたガヴリーロフは少なくとも2013年の夜想曲集以降、独自の新しい境地に進みつつあると思います。そのあまりに自由で“直感”的な演奏は羨ましくもあります。ライブで演奏が終わると聴衆に向かってWピースサインを突き出す彼の笑顔は、一つの確かな幸福を具現化しているように思います。演奏家はどんどん独自の道に行けばよいのです。誰も行かない道で見つけた幸せを私たちと共有できれば(あくまでも「できれば」ね)良いと私は信じます。

補記1《某所の演奏会で私の隣にいた品の良いおばさまたちの会話》
「なに、今日の演奏会。ピアノを強く叩きすぎてうるさいし、ショパンは変よね。ガヴリーロフだけはもう勘弁だって、主催者の〇〇さんに言っておくわ。」

補記2《ガンガンバリバリ時代の代表録音》
ガヴリーロフがEMI時代に録音したラフマニノフの前奏曲変ロ長調op.23-2。某ピアニストがこの演奏の2分18秒からの和音の連打は人間離れしていて呆れるしかないと語っていた。

【紹介者略歴】
吉池拓男
元クラシックピアノ系ヲタク。聴きたいものがあまり発売されなくなった事と酒におぼれてCD代がなくなった事で、十数年前に積極的マニアを終了。現在、終活+呑み代稼ぎで昔買い込んだCDをどんどん放出中。

吉池拓男の名盤・珍盤百選(29) 珍曲へのいざない その4 なんでもコンチェルト

MENDELSSOHN THE PIANO CONCERTOS Matthias Kirschnereit(p)Frank Beermann/Robert-Schumann-Philharmonie Chemnitz  ARTE NOVA 2CD 8869738622 2  2009年
Dmitri Kabalevsky  The Complete Works for Piano & Orchestra  
Michael Korstick(p)Alun Francis/NDR Radiophilharmonie  2012年
Emil Gilels Legacy vol.9 
Emil Glels(p) Kyrill Kondrashin/Moscow Philharmonic Orchestra  DOREMI DHR-7980  2011年
RACHMANINOFF  SUITES I & II FOR PIANO AND ORCHSTRA 
Lee Hoiby(p)Jorge Mester/ London Philharmonic Orchestra, Lawrence Foster/London Symphony Orchestra   

「珍曲に名曲なし!!探すだけかなり無駄」と第22回で書きました。作曲家の才能と楽曲の出来がほぼほぼ比例する以上、無名に終わった作曲家達のオリジナル作品のほとんど全ては厳しい現実を内包しています。実際、音楽史に燦然と輝く大作曲家でも「つまんねぇな、この曲」の方が多かったりします。それほど万人に響く“名曲”は奇跡的な存在なのです。では良い珍品を見つけるにはどうしたらよいか。無名作曲家のオリジナル作品はほぼ全滅と思ってよいので、有名曲の珍なる編曲ものを探すのが効率的です。過去の珍曲シリーズでご紹介してきたものの多くは編曲もしくは再創造ものです。ダメな作曲家でも元ネタがしっかりしていると、当たりをかます確率が高くなります。

MENDELSSOHN THE PIANO CONCERTOS Matthias Kirschnereit(p)

今回は、原曲をピアノと管弦楽のための協奏曲スタイルにしてしまった編曲ものの珍品をご紹介しましょう。まずは元ネタがヴァイオリン協奏曲だったもの。ベートーヴェン自身がピアノ用編曲した通称・ピアノ協奏曲第6番ニ長調もこの類かも知れません。最近ではクロアチアのピアニスト、Dejan Lazicが5年をかけて編曲したブラームスのCDが話題になりました。ネット上にはチャイコフスキーのをピアノ協奏曲に編曲した楽譜付き動画があり、演奏はPCの打ち込み音源ですが全曲聴くことができます。ただしヴァイオリンのピアノ編曲としてはかなりお淋しいもので鑑賞は中々シンドイです。その他もきっとあるとは思いますが、割と存在を見つけにくい作品としては、Matthias Kirschnereitが弾いたメンデルスゾーン・ピアノ協奏曲集に入っていた世界初録音のピアノ協奏曲ホ短調があります。メンデルスゾーンは1842年にピアノ協奏曲第3番として書き始めましたが、第2楽章から第3楽章への移行部までで中断、あの有名なヴァイオリン協奏曲の作曲の方に移ってしまったという未完成作品です。同じ調性なので曲も同じか!と期待しますが、一部の主題の類似性が指摘されてはいるものの全くの別音楽です。この協奏曲を全3楽章の形で補作完成させたR. Larry Toddは、書かれなかった第3楽章にヴァイオリン協奏曲の第3楽章をまるまるピアノ用に編曲して引用しています。第3楽章への移行部分は書かれたというので、そこがヴァイオリン協奏曲と同じだった可能性はありますが、ライナーノートに記載はありません。で、この編曲がかなり良くできている。ヴァイオリン独奏部の動きはほぼすべて取り入れながら、ピアノ的な装飾や付加を随所に加え、立派な“メンデルスゾーン風ピアノ協奏曲”になっています。第3楽章がヴァイオリン協奏曲からの引用であることはインデックスには全く書かれていないので、CDをお店で手にしてもわかりません。聴いてみて初めてビックリという慎ましい珍品です。

その他のCDで聴けるピアノ協奏曲化は、シューベルトのピアノ連弾用の幻想曲ヘ短調、アルカンの短調練習曲の協奏曲第1楽章、ショパンの演奏会用アレグロ・チェロソナタ・演奏会用大二重奏曲、リストのスペイン狂詩曲、ムソルグスキーの展覧会の絵、ラフマニノフのピアノ三重奏曲・2台のピアノのための組曲・交響曲第2番などがあります。たぶん世界にはいろんなことにトライする連中がいますので、CD商品化されていないものを含めると実際はもっともっとあるでしょう。たとえばラフマニノフの第2交響曲のピアノ協奏曲化があったということは、ベートーヴェンあたりの交響曲が無理矢理ピアノ協奏曲化されるのも時間の問題のような気がします。

さて、CDで聴けるピアノ協奏曲化で抜群に出来の良いのは、カバレフスキーの編曲したシューベルトの幻想曲ヘ短調でしょうか。昔はGilelsの弾いた古めのライブ盤数種しか録音がなかったのですが、CPOから出たKorstickの弾くカバレフスキーのピアノ協奏曲全集にも録音が収められました(演奏自体はギレリスの圧勝)。冒頭の主題が13小節目からオケで奏でられるとき、カバレフスキーが付けた音階風のピアノ装飾は切なさ倍増で胸キュン(死語)ものです。曲後半には独自のカデンツァも挿入され、編曲者の創造的な個性が刻まれたオミゴトな編曲作品です。

Dmitri Kabalevsky  The Complete Works for Piano & Orchestra – Michael Korstick(p)
Emil Gilels Legacy vol.9 – Emil Glels(p)

RACHMANINOFF  SUITES I & II FOR PIANO AND ORCHSTRA  Lee Hoiby(p)

発売されたレーベルのマイナー度で言えばCitadel Recordsから出たラフマニノフの2台のピアノのための組曲のコンチェルト版が珍しかったでしょうか。CD盤に表記された発行年は1994年ですが、もっと以前からLPでは存在していて、ネット上の情報では1968年頃の録音のようです。編曲者は組曲第1番がRebekah Harkness、組曲第2番がピアノ演奏も務めるLee Hoibyです。曲の性格にもよりますが、第1番はピアノ入り管弦楽団の往年銀幕音楽風、第2番は結構ピアノコンチェルトしています。第1番の舟歌は予想通りのピアノ・オケ配分で始まりますが、中間部ではピアノのキラキラフレーズをあまり採用せずにオケ的に盛り上げてみたり、原曲にはない旋律を足したりと色々と仕掛けて来ます。時折ピアノならではの細かで速いフレーズをオケにさせてアンサンブルが崩れかかる所がありますが、大目に見てあげましょう。舟歌のコーダ部分は編曲者がかなり手を加えていて、最後にオケが強く奏でる4音(原曲にはない)は吹き出すほどの違和感です。中間の2曲は麗しく流れ行き、終曲の復活祭は期待通りのお祭り騒ぎ。最後で金管のブォゥッ!ブォゥッ!という咆哮(原曲にはない)が増強されるあたりは笑いのツボに嵌ります。あぁ、ラフマニノフはほとんど映画音楽なんだなぁと陥りがちな誤解にとっぷりと浸れる名アレンジです。組曲第2番の序奏は第4協奏曲を想わせるようなピアノ・オケ配分で開始されます。ワルツは少しテンポが遅いですかねぇ。2台ピアノ並みに飛ばすのはピアノとオケでは難しかったかな。ただ、高速な音列と絡んで奏でられる息の長い旋律はオケで演ると気持ちよいです。ロマンスは美しいピアノ・オケ作品に昇華していてゆったりと浸れます。終曲のタランテラはワルツ同様にテンポは遅め。たとえばアルゲリッチ姐さんとフレイレのコンビは5分20秒で演りますが、このコンチェルト版は6分54秒。おかげで快速燃焼タランテラというよりは“ご立派なピアノ協奏曲の終楽章”風になっていて、それはそれで演奏者たちの狙いだったのかもしれません。

このラフマニノフの組曲コンチェルト版も編曲者たちの想いが溢れた創造的作品になっています。とってもよい、とは言いませんがね。少なくとも編曲者でピアニストであるLee Hoibyのオリジナル作曲作品よりは遥かに「名曲」だと思います。珍曲探しの泥沼旅に疲れたら、珍編曲探しに針路修正すると素敵なオアシスが見つかる……か……も……。

【紹介者略歴】
吉池拓男
元クラシックピアノ系ヲタク。聴きたいものがあまり発売されなくなった事と酒におぼれてCD代がなくなった事で、十数年前に積極的マニアを終了。現在、終活+呑み代稼ぎで昔買い込んだCDをどんどん放出中。

吉池拓男の名盤・珍盤百選(28) バイデン大統領就任記念 星条旗異聞

Moment with Annette Annette DiMedio(p) Direct-to-Tape Recording DTR8704CD 1994年
Arrangements and Variations for Digital Piano  Gordon Green  CENTAUR CRC 2187  1993年
HIGH FIDELITY OOM-PAH-PAH FOR NON-THINKERS Guckenheimer Sour Kraut Bandほか Jasmine JASMCD 2697 2019年

「Moment with Annette」というアルバムには極めて痛……もとい、極めて珍しい特徴があります。収録曲の解説を演奏者自身が書いていること自体は珍しくありませんが、このアルバムの曲目解説は「演奏者であるAnnette様が創ったポエム」なのです。例えば、(私の拙訳ですみませんが・・・)

橋の上に立ち 月に誘われて水面を見下ろす

彼の影が静かな水に映り 夢が叶う

二人はリズミカルに動き 心の旋律は一つになる

うーーーむ、いったい橋の上で夜中に何をしてるんでしょうかね。さて、このポエム、何の曲の紹介でしょうか、わかりますか? 実はこれ、ショパンの夜想曲第13番ハ短調なのです。ちょっとはづかしいでしゅね。

お次は、

時の流れの中 私の魂は舞い上がる

悲哀と後悔が快く過ぎ行く

私という存在の最奥に飛び込む

そこで歓喜、情熱、そして究極の平和を見つける

このポエムで何の曲だかわかった人、はい、いらっしゃいますか? いたら天才というかもうほとんどエスパーか霊能力者ですね。これはヒナステラのピアノソナタ第1番第2楽章の解説ポエムなのです。収録されているすべての曲(*1)にAnnete様のポエムが付いています。ポエムを読んでも、演奏理解の参考には(たぶん)全くなりません。むろん楽曲の情報性も皆無です。

Moment with Annette – Annette DiMedio(p)

ポエムだらけのアルバムはジャケ写もご覧の通り。ピアノの上に乗っかってグラビアモデルの定番「下から見上げ目線」のポーズ。うーーむ、ちょっと、なんだよなぁという感興と同時に、古い世代のおっさんである筆者は、大切な楽器の上に乗っかるという行為自体に抵抗感が沸き上がります。(ちなみにお前お前お前もだぞ、ピアノに乗るな!)

ではこのアルバム、演奏自体はどうなのか。とある1曲を除いて、まったくフツーの出来です。ダメとか下手とか個性的とかいうのでもありません。ブックレットのポエムほどの破壊力はないのです。では、そのとある1曲とは……まずポエムをご紹介しましょう。

太鼓のリズム シンバルの炸裂 

音の花火を持ってきてください

赤と白と青が空に満ち 大気に歓喜と祝典が溢れるように

うん、これは少しだけ何の曲かわかりますね。そう、スーザ作曲「星条旗よ永遠なれ」です。Annette様はアルバムの最後で星条旗を弾いています。星条旗と言えば、かの魔神Hの定番。多くのピアノ弾きの人生を狂わせたり、昭和の御代には「星条旗を弾くような奴は芸術家にあらず」などと蔑みの象徴にもなっていたりした有名編曲があるのですが、Annette様はなんと自作編曲(arr: DiMedio)を披露しています。しかしこのAnnette様編曲のベースは明らかに魔神Hのもの。なので正確には、Sousa=魔神H=Annette様という表記にすべき仕上がりです。ではどの辺を変えているのか。星条旗の形式をABCBCBとすると、まずAはかなり魔神H編に近いです。続く1回目のBは割と独自性の高い編曲で、魔神H編から低音部のリズムパターンを減らす代わりに、高音部の装飾を手の交差で左手で取り、さらに合いの手的な旋律線を加えて、より複雑な印象を与えます。Cはまるっきり魔神H。注目の2回目のBは魔神Hよりはズンチャッ、ズンチャッのマーチリズムが立っていて複雑ながらも素直な印象です。ただ残念な事にメインメロディーをごく一部弾くことを諦めています。最後の3回目のBはほぼ魔神H編です。特筆すべきこととしてAnnette様の演奏はテンポが吹奏楽演奏並みに速いこと。魔神H御自らの演奏は確かに衝撃的なのですが、冷静に聴けば星条旗の吹奏楽演奏と比べるとかなりテンポが遅い。その点Annette様は一般的な印象通りのテンポ感で飛ばして行きますので、これは爽快です。時折左手に現れるオクターヴ下降音型の速さも頑張っています。

さてこのAnnette様、まだご健在です。しかもこの星条旗の動画を2014年に公開しています。正直、これはあまり観て欲しくない動画です。テンポがずうんと遅くなり、演奏時間自体1分近く伸びています。それなのにオクターヴ進行は滑らかではなく、相当残念感満載ですので、編曲法の確認程度にとどめてください。

Arrangements and Variations for Digital Piano – Gordon Green

さて、Annette様の“詩情”溢れる星条旗を聴いた後は、より個性的な星条旗で心を潤しましょう。もっと過剰なピアノ系星条旗が聴きたいという貴方には、Gordon Greenの星条旗よ永遠なれがオススメ。電子ピアノによる打ち込み演奏ですが、ほぼカオスに近いような莫大な音数が詰め込まれており、冒頭部分など3~4人がそれぞれのピアノで勝手な音楽を同時に弾いている(そのうち1人は間違いなく星条旗よ永遠なれですが……)ような感じ。ま、コラージュと言えばコラージュっぽいですがね。途中からはバラバラ感はなくなり、ひたすら過剰装飾と過剰トレモロのさすが打ち込み電子ピアノという世界が繰り広げられます。ラストには恐ろしく速いトリルが延々と鳴らされますが、ピアノの速すぎるトリルはホイッスルか電波障害音にしか聴こえません。ピアノ作品は音が多すぎるとほんと美しくないですねぇ。

HIGH FIDELITY OOM-PAH-PAH FOR NON-THINKERS

逆にココロ暖まる星条旗をという貴方には、Guckenheimer Sour Kraut Bandの星条旗よ永遠なれがオススメ。この管楽バンドは1949年に結成されてカリフォルニアを中心に人気を博し、36年間活動を続けて3枚のアルバムを遺しています。彼らが1958年に発売した「MUSIC FOR NON- THINKERS」*2)は、お得意のポルカやワルツに加え、ハンガリー狂詩曲第2番なども演奏しているアルバムです。ここで演奏されている星条旗よ永遠なれが実にスバラシイ。特に、構成的言うとABCBB(2回目のCは省略してます)の2回目のBに男声独唱が入るのですが、ここが得も言われぬ絶妙な味わい。素晴らしい調性感覚で、心豊かに和みます。

すっかり星条旗尽くしになってしまいました。ま、とりあえずは梅田譲新大統領就任記念ということにしときましょう。

*1)Moment with Annette収録曲
Rachmaninoff:Etude Tableaux op.39-5/Scriabin:Etude op.2-1,op.8-12/Chopin:Nocturne op.9-2, op.48-1/Debussy:La Cathédrale engloutie/Prokofiev:Toccata op.11/Ginastera:Piano Sonata no.1 op.22/Sousa (arr:DiMedio) The Stars and Stripes Forever

(*2) Guckenheimer Sour Kraut Bandの「MUSIC FOR NON- THINKERS」は現在「HIGH FIDELITY OOM-PAH-PAH FOR NON-THINKERS」というタイトルのCDに、他のバンドのLP盤と共に収録されいます。LP発売時のジャケット写真は彼らの雰囲気をよく表しています。

【紹介者略歴】
吉池拓男
元クラシックピアノ系ヲタク。聴きたいものがあまり発売されなくなった事と酒におぼれてCD代がなくなった事で、十数年前に積極的マニアを終了。現在、終活+呑み代稼ぎで昔買い込んだCDをどんどん放出中。

吉池拓男の迷盤・珍盤百選 (27) 嘘か誠か イタリアの不思議な音

Fiorentino EDITION vol.2 THE COMPLETE LISZT RECORDINGS  Sergio Fiorentino(p) PIANO CLASSICS PCLM0041(6枚組) 2013年
Fiorentino EDITION vol.4 EARLY RECORDINGS 1953-1966 Sergio Fiorentino(p) PIANO CLASSICS PCLM0104(10枚組) 2016年

セルジオ・フィオレンティーノ(1927~1998)は謎の多いピアニストです。メジャーレーベルからのレコードリリースはありません。来日公演もなく、少なくとも存命中に日本国内では全く知られていませんでした。いくつものコンクールに優勝したとされてますが、入賞歴ゼロという記述もあります(1947年のジュネーヴで2位は確か)。わかっているのは演奏活動を始めて間もない1954年に、南米であわやの飛行機事故に遭遇し、以降トラウマで飛行機に乗れなくなって、演奏活動から身を引いてしまったこと。教職に専念する一方で、マイナーレーベルで細々と録音を続けていたこと。しかもそれらは架空のピアニストの名前で売られていたりしたこと。積極的に演奏活動を始めたのはもう晩年になってからだったことなどなど。

で、少なくとも遺された録音から判断するに、素晴らしいピアニストであったことは間違いありません。ミケランジェリは「イタリアで俺以外でピアニストと呼べるのはフィオレンティーノだけだ」と言っていたそうです。ピアノ編曲者としても独創的で優れた作品を多く遺していて、ラフマニノフのヴォカリーズなどは恐ろしく少ない音なのにピアノが無駄なく鳴る見事な技を見せています。ワイルド編の対極ですね。復刻はAPRなどから行われていましたが、2012年からPIANO CLASSICSで全4集計28枚のCDが体系的にリリースされ、彼のスタジオ録音のほぼ全貌が明らかになりました。この中の第2集と第4集が今回ご紹介するCDです。彼が表舞台から姿を消していた時期(1950年代・60年代)に録音されていたもので、壮年期の演奏を堪能できます。ただ、これらの演奏を凄い、凄いと手放しで悦ぶには少し躊躇する点があります。それは当時の彼の録音の担当者がWilliam H. Barrington-Coupeだったということです。こやつはあのJoyce Hattoの夫、つまり“ハットー事件”の主犯なのです。Barrington-Coupeは、自分のConcert Artistというレーベルから、他人の演奏を勝手にピックアップしてデジタル処理で手を加えて(時には本当に“改良”してしまって)CD化し、妻のハットーの名義で次々と発表していました。さらにBarrington-Coupeはフィオレンティーノの名前でも大量の偽録音を出していました。その真贋を区別したサイトもあるほどです。音楽詐欺と改竄の権化のような人物が関わっていたのですから、その演奏の真贋や質などにもどうしても疑いの目が光ってしまいます。ただ、PIANO CLASSICSから出た28枚は、晩年のフィオレンティーノと親交のあったErnst A. Lumpe(LP時代の匿名・偽名演奏の発掘と特定の研究家。上記真贋サイトの作成者)がプロデュースしています。Lumpeは研究家の観点から偽録音を除外し、真贋という点ではかなり信用はおけるものとなっていると思われます。

Fiorentino EDITION vol.4 EARLY RECORDINGS 1953-1966よりCD9

前置きが長くなりました。このPIANO CLASSICSのフィオレンティーノの演奏には演奏の良し悪しはさておき、不思議な音のする録音が含まれています。それは第4集「EARLY RECORDINGS 1953-1966」のCD9に収められたショパンのアンダンテ・スピアナートop.22。初めてこの演奏を聴いたとき、家庭内BGMとしてながら聴きしていたこともあって「あれぇ、アンダンテ・スピアナートだけど変な編曲しているなぁ。左手パートだけハープで演奏してる。」と思ったのです。演奏を確認してみてビックリ。フィオレンティーノによるピアノソロ演奏でした。慌ててきちんと聴き直しましたが、やはり左手の伴奏部はハープに聴こえます。当然のことながら、アンダンテ・スピアナートに続いて華麗なる大ポロネーズも演奏されていて、そこでは全くハープ音は聴こえません。さらに言うと、この録音は1960年9月11~13日にハンブルクでポロネーズ全16曲+op.22を一気に録った時のものなのですが、他の曲からはここまでのハープ音は聴こえません。強いて言うなら幻想ポロネーズの冒頭部分で少しする程度でしょうか。実に不思議で、しかも美しい音色です。使用したピアノに関するデータはありません。フィオレンティーノはヴィンテージピアノにも関心が高く、古いエラールでの録音も遺しています。このポロネーズ全曲録音もそうしたピアノを使用した可能性があります。所々、ヴィンテージっぽい音がしなくもないです。ただ、零細なマイナーレーベルの一気録りにそういうこだわりが通用したかは疑わしい所です。単に安く調達したのがくたびれかけた楽器だったのかもしれません。この録音にはさらなる逸話があります。Barrington-Coupeはこの全曲録音は出来が悪いとして、5年もお蔵入りさせた後、フィオレンティーノではなく架空のピアニスト名の廉価版LPで発売してしまうのです。のちの音楽詐欺師の一端を垣間見るようなエピソードです。では本当に出来の悪い演奏なのか? 私は全くそうは思いません。Op.22のポロネーズは豪快ではないもののキレッキレですし、英雄のあのズダダダズダダダ部分の加速も羨ましい限りです。なんといっても普通はつまらない8番以降の初期作品をイイ歌いまわしと指さばきで聴かせ倒してくれます。そしてアンダンテ・スピアナートの不思議で魅力的な音。ショパン・ポロネーズ全17曲版の録音としては相当イケてる仕上がりと思いますが、如何でしょうか。

Fiorentino EDITION vol.2 THE COMPLETE LISZT RECORDINGS

音と言えば第2集「THE COMPLETE LISZT RECORDINGS」のCD3(APRから出ていた「Contemplative Liszt」というアルバムと同じ内容)にも特徴的な録音があります。このTrack 1の前奏曲「泣き、嘆き、悲しみ、慄き」はピアノの音自体がとても悲しいのです。音楽が悲しいだけでなく音そのものにこれほどの悲しみが籠っているのは、ラフマニノフの弾いたシューベルトの「セレナーデ」やリパッティの弾いた「イエス、私はあなたの名を呼ぶ」と並ぶものと思います。録音が古いだけじゃん、なんて突っ込みは野暮というもの。フィオレンティーノの場合、同じ日に録音された楽曲も収録されていますが、音の悲しさはTrack 1がの前奏曲「泣き、嘆き、悲しみ、慄き」が頭抜けています。演奏家の力と録音条件がコラボした素敵な偶然をこのCDで素直に楽しめます。

……で、やはりふと思うのです。この不思議な音も、想像以上に良い演奏も、本当に本物なのだろうか、と。音楽詐欺師の錬金術に惑わされているだけなのではないか、と。

哀しいことです。

【紹介者略歴】
吉池拓男
元クラシックピアノ系ヲタク。聴きたいものがあまり発売されなくなった事と酒におぼれてCD代がなくなった事で、十数年前に積極的マニアを終了。現在、終活+呑み代稼ぎで昔買い込んだCDをどんどん放出中。

吉池拓男の迷盤・珍盤百選 (26) 珍曲へのいざない 番外編 歌謡曲クラシック列伝

上田知華+KARYOBIN  WARNER L-10151E (1979年) *1
春野寿美礼 Chopin et Sand -男と女-  EPIC RECORDS ESCL 3495 (2010年)

クラシック音楽のポップス化は洋の東西でこれまで大量に行われています。ヒットチャートを飾った楽曲も少なくありません。日本でも古くはザ・ピーナッツの「情熱の花」(1959年)、同じ原曲のフレーズをさらに多く取り入れたザ・ヴィーナスの「キッスは目にして!」(1981年)、平原綾香「Jupiter」(2003年)、SEAMO「Continue」(2008年)あたりが売れましたね。中でも平原綾香は全曲クラシックというアルバムをこれまで3枚リリースしています。まぁ「Jupiter」でデビューした平原綾香がクラシックを演るのは当たり前な感じがあるのですが、意外なところではその昔、殿様キングスが全曲クラシックネタというアルバム「パロッタ・クラシック」(1983年)というのを出してました。その中の収録曲では「係長5時を過ぎれば」は多少知られてますかな。楽曲がヒットしたわけではないですが、人口に膾炙したといえばCM NETWORKの「ちちんVVの唄」(ディスコバージョンよりオーケストラバージョンの方が面白い)もありました。CM音声からはわかりにくいのですが、この曲の歌詞はかなり春歌っぽく、令和の世で人前で歌うことは厳しいものがあります。そういえばシュワちゃんのCMが流れた1990年のレコード藝術誌の読者投書欄に「ちちんVVの唄はショスタコーヴィチに対する許しがたい冒涜だ」という檄文が載ったのも覚えています。あの頃はまだそんな純粋培養系聖クラマニが棲息していましたし、レコ藝誌側もそんな投稿を掲載したりする感覚が残存していたのですね。

さて、歌謡ポップス化したクラシック、しかもピアノ曲からのものをいくつかご紹介しましょう。全曲ピアノ曲という由紀さおり・安田祥子のアカペラスキャットアルバム「ピアノのけいこ」が一般的には良く知られてると思います。バイエルから4曲歌うなど見事な大衆路線である一方、トリに収録されたトルコ行進曲などは中々に見事です。ただ、このアルバムはクラシックの楽曲を歌謡ポップス側の人がほぼ音符そのままで「声で演奏」したもの。どうせなら歌詞を付けちゃったものの方が余計なイメージが色々と添加されていて面白い。

まずは上田知華+KARYOBINが1979年に発表したアルバムに入っていた「BGM」という曲。大人になり切れないお馬鹿さんな彼より私の方が先に大人になってしまった、という内容の別れを予感させる歌詞です。さぁ、この曲、何でしょうか。実はベートーヴェンのピアノソナタ第8番「悲愴」の第3楽章なのです。わりと原曲に沿ったアレンジで、ABACA形式からACAでワンコーラスを創っています。Cのところの歌詞なんて「笑い転げて生きられたなら 少女は女にならずに済むわ」(作詞:山川啓介)ですからね。ベートーヴェン様もびっくりでしょう。よくCをこういう風に変えたもんだと感心すると同時に、ちょい苦笑のツボに嵌ります。上田知華+KARYOBINはピアノ五重奏(ピアノ弾き語り+弦楽四重奏)というかなり特殊な編成のグループでしたので、こういうクラシックな楽曲には音色的に合っていました。編曲及び音楽ディレクターは作曲家の樋口康雄。ピアノ五重奏版の悲愴ソナタ第3楽章としても随所に良い感じを醸し出していて納得のアレンジです。

ピアノ曲の歌謡ポップス化アレンジとして珍しいものには、ショパンの幻想即興曲があります。もちろん古いミュージカルナンバー「I’m always chasing rainbows(虹を追って)」は有名です。アメリカの往年のシンガーは結構歌っていて、幻想即興曲の中間部のメロディをゆったりと引用して淡い夢と希望を紡ぎます。で、中間部のメロディーをポピュラー音楽として歌うのは想像の範囲内なのですが、2010年に幻想即興曲のあの急速な冒頭部分に歌詞を付けて歌うという快挙(または暴挙)に出たアルバムが発売されます。歌ったのは日本の春野寿美礼。元宝塚歌劇団花組トップスターで、2007年の退団後もミュージカル女優として活躍しています。彼女が発表した「Chopin et Sand -男と女-」はクラシックから5曲(ショパン3曲、シューマン、マーラー)選んで歌っているミニアルバムです。この中の「メモワール -Memories of Paris-」が幻想即興曲なのです。さすがにあのフレーズを急速なままは歌いません。テンポをぐっと落とし、ものすごくムーディーに壊れかけた恋を歌うのです。冒頭のフレーズに付いた歌詞は「私がこのままこの部屋出て行けば 永遠にあなたを失うでしょう」(作詞:菅野こうめい)です。原曲の13小節目からなんて「ねえ何か話してよ まだ愛してるなら」ですからね。ウーーーム、雰囲気や良し。問題はメロディラインです。たとえテンポを落としたとしても、人間が歌うことなんて全く想定外で書かれているメロディですから、音域は極めて広く、ぽんぽん飛びます。これを歌うだけでも大変な作業と思われますが、宝塚っぽさとアンニュイな雰囲気を保ったまま歌い続けた春野寿美礼の努力には頭が下がります。ま、でも、結果的には選曲ミス、かなぁ。いずれにしろあの幻想即興曲をここまで変容させてしまった音楽的衝撃という点では弩級でしょう。なお、同じアルバムにはショパンの夜想曲第20番をタンゴっぽく演った「追憶のバルセロナ」も収録されていて、これもかなりのインパクトがあります。

メタモルフォーズされた音楽は、作曲者が思いもしなかったような魅力が引き出されることがたまにあります。その新たな魅力、往々にして時代の最新の衣を纏った魅力は、原曲の演奏解釈にプラスになることがないわけではない……ようなやっぱダメなような……ともあれ演奏においてオモシロイ“抽斗”にはなるでしょう。開けるかどうかは別としてね。それが歌謡曲クラシックの魅力のひとつです。なかなか見つけにくい存在ですが、ぜひとも探索してみてください。ひたすらにアンニュイな幻想即興曲とか、「笑い転げて生きられたなら少女は女にならずに済むわ」という詞が脳裏に木霊するような悲愴を聴いてみたいじゃないですか。

クラシックには良質のメロディーがわんさかあります。ネタに困った音楽プロデューサーやミュージシャンが新たな発掘と改変を続けて行ってくれることでしょう。改変の幅は創造力の続く限り広大無辺です。その中でもかなり振り切った方の好例として春野寿美礼のアプローチは語り継がれると思います。ま、私は本稿の脱稿後、二度と聞かないとは思いますが・・・

*1:上田知華+KARYOBINのアルバムは演奏者名とアルバムタイトルが同じ。

《補足:その他の私のおすすめ歌謡ポップス化クラシック 3題》

  • ブリーフ&トランクス 「ティッシュ配り」(1998年)
    ラヴェルのボレロにギャグ系の歌詞を付けたブリトラの傑作。メロディだけではなく低弦と小太鼓が刻むリズムの方にも歌詞を付け、そちらを先行させたのが秀逸。彼らにはクラシックネタの楽曲がいくつかあり「小フーガ ハゲ短調」「カテキン」などもよい。
  • ザ・ズートルビー 「水虫の唄」(1968年)
    イントロにベートーヴェンの田園交響曲冒頭、歌のサビにメンデルスゾーンの春の歌を引用して創られている。ギャグ系の歌詞だが、春の歌の部分の歌詞は曲想に合っていて麗しい。
  • 薬師丸ひろ子 「花のささやき」(1986年)
    モーツァルトのピアノ協曲第23番第2楽章。薬師丸ひろ子の合唱部的な透明感あふれる歌唱が美しく、ヲジサンの中の乙女心に切なく響く。クラシックの歌謡ポップス化の中の名品と溺愛している。女優歌唱の珍品としては高岡早紀の「バラ色の館」もある。妖しい雰囲気が良いが歌唱力に難があって薬師丸には遠く及ばない。

【紹介者略歴】
吉池拓男
元クラシックピアノ系ヲタク。聴きたいものがあまり発売されなくなった事と酒におぼれてCD代がなくなった事で、十数年前に積極的マニアを終了。現在、終活+呑み代稼ぎで昔買い込んだCDをどんどん放出中。