吉池拓男の迷盤・珍盤百選 (2) 先生、本当に生徒に聴かせて良いのですか?

The Weil Recital Hall Morey Hall(p) Morey Hall Recordings MH-01

Morey Hall Recordings
MH-01

2016年にSteinway & SonsのTop Teacher Awardを受賞し、今もニューヨークでピアノ教師・ピアニスト・作曲家として活動を続けるMorey Hall 先生が、1996年にカーネギーホールで開いたリサイタルの直後に同じプログラムで一発録りしたアルバムです。Steinway & SonsのTop Teacher Awardという賞がどれほど素晴らしいものかは不勉強で知りませんが、天下のSteinway & Sonsが年間のTop Teacher だと賞賛したのですから、さぞや素晴らしい教育者なのでしょう。

でも、Hall先生、これヤバくないですか? 生徒さんに聴かせて商売大丈夫ですか? 本当にこれでカーネギーホールでリサイタルしたのですか??? うーーーむ。

最初のモーツァルト(K.475、457)から、よれまくるテンポ、破綻しまくる細かなフレーズ、これ、先生の解釈なのでしょうか。前代未聞のモーツァルト演奏になっていませんか。そして、リスト。愛の夢第3番中間部。これ4分の6拍子ですよ。8分の7拍子×2じゃないですよ。そして葬送曲。不意打ちのような急速テンポ変化は先生の得意技なのですね。あと、そこらじゅうで妙なフレーズ弾いてますね。暗譜、飛びましたか? 忘れたらその場で作っちゃだめですよ。ここまでこれだけスゴければハンガリー狂詩曲第2番への期待は膨らむばかり。冒頭から3拍子っぽいリズム取り、やってくれますね。変わらぬ急発進も慣れました。ラッサンの難しいところ、ことごとく弾けてませんね、期待通りです。おっと、ラッサン終わりからフリスカのところで自作のカデンツァ入れてますね。これは洒落てるなぁ。さぁフリスカ。凄いなぁ、これ。6分06秒(194小節)から20秒にかけての珍妙なフレージング、6分50秒(236小節)の全身の生命力を奪い去るような情けないミスタッチ(確信犯なら天才)、そして8分10秒(322小節)からのリズムもテンポも楽譜も伸縮自在の泥酔したようなトンデモフレージング、ここは技巧的には簡単なのでHall先生、完全に意図的ですね……あぁ、もうきりがない。短いながらも自作のカデンツァを弾いて全曲終了、11分20秒間、お疲れさんでした。人類の録音史上、おそらくは最畸のハンガリー狂詩曲体験をありがとうございました。

CDの解説によるとBlue Sky Recordingの1996年最優秀CDにもなったそうですね。いやぁ、素晴らしい。で、Blue Sky Recordingって何?

ピアノマニアを40年くらいやってきましたが、こんなCDには他でめぐり逢っていません。「ピアノ界のジェンキンス夫人」とお呼びしましょう。ここまでやれば大したもんです。何よりもいまだに音楽活動を続け、Steinway & SonsのTop Teacher Awardに輝くところまで来たのですから感動しかありません。

で、Hall先生、改めて言いますが、本当に生徒に聴かせて良いのですか?

豪華対位法的オケ編曲! シュレーカー作「リストのハンガリー狂詩曲第2番」ほか

コダーイ/シュレーカー管弦楽作品集 ギュンター・ノイホルト指揮ブレーメン州立フィルハーモニー管弦楽団 ANTES  BM-CD 31.9084 1996年

ANTES  BM-CD 31.9084
1996年

くらくらするHall先生のハンガリー狂詩曲の後は、シュレーカー渾身のオケ版で耳掃除。歌劇作曲家として20世紀初頭のドイツでR.シュトラウスに次いで高く評価されていたシュレーカーは、リストのハンガリー狂詩曲第2番のオケ版を作ります。シュレーカー本人の興奮気味の曲紹介文がCDブックレットに載っていますが、早い話、ワインガルトナーやゴドフスキがウェーバーの「舞踏への勧誘」でやった“対位法的編曲”をハンガリー狂詩曲で徹底的にかましたぞ!というものです。ストコフスキ編の上を行っていると自画自賛もしてます。1953年にホロヴィッツが同曲の旋律を複数同時演奏するバージョンを披露していますが、その先駆的作品であり、比較にならないほどゴテゴテに対旋律で飾り立てたオミゴトなバージョンです。

曲の進行自体はほぼリストの原曲通りで、開始から2分間くらいはなんとなく対旋律っぽいのもありますが普通のオケ編曲です。衝撃は2分40秒(ピアノ版62小節目)。世代の古い私は、ラジオの混信か?CDの編集ミスで別の曲を重ね焼きしたか?と思わず再生機を確認してしまいました。有名な冒頭のフレーズに乗せてちょっとビミョーな対旋律がもわーんと始まるのです。その後、4分00秒付近やフリスカ以降は対旋律のオンパレード。曲中の旋律を使うこともありますが、シュレーカー自作のが多いですね。一番の聴き所は8分39秒(344小節)からフリスカの進行にラッサン冒頭のフレーズが朗々と重ねられ、続く8分55秒から全旋律揃い組の大カオスとなるところでしょう。計算されつくしたハチャメチャで本当に楽しい。素敵なお祭り騒ぎです。さぁ、カデンツァはどうする?と思っていると、なんとピアノ独奏。シュレーカー本人の指示ではオイゲン・ダルベール作のカデンツァを弾け、とのこと。面白いこと考えますねぇ。この演奏でもダルベールのカデンツァを弾いてますが、前半部分だけです。後半は主要旋律の重ね合わせ(ほとんど後のホロヴィッツ)なのでオケ本編とかぶると思ったのでしょうね。

このCDにはコダーイの伽藍多舞曲(よい変換だ)とハーリ・ヤーノシュ組曲も入っています。ただCDブックレットの解説の長さからしてシュレーカー1曲がコダーイ2曲の3倍くらいありますので、このアルバムの制作陣がいかにこのハンガリー狂詩曲に賭けているのか如実にわかります。そのくらい面白い対位法的編曲作品です。

【紹介者略歴】
吉池拓男
元クラシックピアノ系ヲタク。聴きたいものがあまり発売されなくなった事と酒におぼれてCD代がなくなった事で、十数年前に積極的マニアを終了。現在、終活+呑み代稼ぎで昔買い込んだCDをどんどん放出中。