Georges Cziffra Improvisations & Unpublished Pieces Klassicsotaku CD-5109
超個性派ピアニストとしては、やはりこの人を取り上げないわけにはいかないでしょう。ジョルジュ・シフラ。何を弾いてもハンガリー狂詩曲になると毀誉褒貶にまみれ、人気はあったもののあまりまともに扱われなかった鬼才です。彼は、たぶん彼しかできなかったピアノ奏法でエゲツないほどの外連味に溢れた音楽演出をかまし続けました。実は、かっちりまともに弾いた演奏の方が数としては遥かに多いのですが、独自の“しふら節”があまりに強烈で、アクの強いものばかりが取り沙汰されます。ま、当然ですね、強烈なものは強烈すぎますからね。
今回取り上げたのは極めてレアなシフラの演奏集です。シフラ本人と交流を持ち、シフラからピアノも習った香川正人さん(故人)という大ピアノヲタクが、ご遺族から音源の提供を受け、国際シフラ友の会日本支部の会員限定CDとして頒布していたもので、収録曲はこの稿の最後に載せました。注目はスタンダードナンバーによるJazz Improvisation9曲。録音は1978年で、「二人でお茶を」「煙が目に染みる」「ブルー・スカイ」「ダイナ」「聞かせてよ愛の言葉を」「ソフィスティケイテッド・レディー」など9曲を、完全に自分の手癖で弾き飛ばしまくっています。アート・テイタムのソロ演奏の3倍くらい音の多い、はっきりいって五月蠅いくらいのImprovisationです。ワイセンベルクが匿名で弾いたシャンソン集はきちんと編曲された多彩な作品ですが、シフラのは多分その場での即興演奏。どれも似た感じの展開なので続けて聴くと飽きます。が、恐ろしいほどの指と腕の回りです。万が一、ナイトクラブでこんなピアノ弾きがいたら、強烈で五月蠅くって酒呑んでいる気分ではなくなるでしょう。
シフラの即興演奏には彼の壮絶な人生が隠されています。シフラは1921年に極貧バンドマン一家に生まれ、5歳の時には家計を支えるため“神童の見世物”としてサーカスでピアノを弾いていました。客からお題を与えられるとその場で派手な即興演奏をしてみせていたのです。長じてからもパブなどでピアノを弾いて日銭を稼ぎます。ある日「真っ暗闇でピアノを弾け」という仕事を受け、行ってみると今風に言えば“暗闇ピンサロ”だったなんていうこともあったようです。こういう場数で鍛え上げた彼の即興演奏は生きるか死ぬかの半端ない境地。清く正しく音大で学んだ方々とは背負ったものが違いすぎるのです。若きシフラの演奏があまりに凄いため、評判となって音楽学校にも通えるようになりますが、その後、社会主義のハンガリーから国外逃亡し損ねて、3年間も投獄(当然ピアノは弾けない)されたりします。
このCDにはスタンダードナンバー以外にも、シフラの手癖炸裂の即興演奏がいくつか収められています。面白いのは「Arbre de Noël 」(シフラ作曲作品という表示だがかなり即興っぽい)。壮麗な教会の鐘の模倣が2分弱続いた後に、「きよしこの夜」が朗々と奏でられます。前半の鐘の模倣は聴いたものを何でもピアノ曲にしてしまうシフラの芸の一端を窺い知ることができます。惜しいことに冒頭部分の録音に欠損のあるシュトラウスの「芸術家の生涯」による即興は「こうもり」ワルツなども飛び出してかなり盛大なバカテク祭りとなります。ドヴォルザークによる即興はスラブ舞曲op.72 no.2 をベースにしており、随所にシフラ・オリジナルのグッとくる和声変更があります。「アヴィニョンの橋の上」の即興はとても短いですが、前奏部分にイカれた感じの妙なインパクトがあります。
そのほか即興でないのも弾いています。作者不明の小品(18世紀)って誰のでしょうかね。ピアノ書法的にはシフラの模倣作ではなく、本当に18世紀の作品のようです。結構アツい音楽で、楽譜が普及したら弾く人も増えるのではないでしょうか。ショパンのマズルカ2曲はシフラ節ゼロで実にしみじみと奏でられてます。猛烈に五月蠅いナンバーの後には良い中和剤ですし、マズルカ演奏としてもかなり優れているという気がします。実はシフラのショパンのマズルカ演奏は珍しく、これならもっと大量に弾いておいてほしかったと悔やまれます。
このCDは個人がシフラ家との伝手でひっそりと出していたものですので、中古市場にもまず現れないと思います。参考までに収録曲のデータを載せておきます。
Georges Cziffra Improvisations & Unpublished Pieces
- Chopin Mazurka op.6 no.1
- Chopin Mazurka op.6 no.3
- Cziffra Arbre de Noël
- Cziffra Improvisation on “Les vieilles pierres de l’Abbaye”
- Anonymous Piece (18th century)
- Chopin Etude op,10 no.4
- Cziffra Improvisation on J.Strauss “La vie d’artiste” (start missing)
- Cziffra Improvisation on a Theme by Dvorak
- Cziffra Improvisation on the French song “Sur le pont d’Avignon”
- Cziffra Jazz Improvisation on “Tea for two”
- Cziffra Jazz Improvisation on “Sophisticated lady” (version 1)
- Cziffra Jazz Improvisation on “Smoke gets in your eyes”(version 1)
- Cziffra Jazz Improvisation
- Cziffra Jazz Improvisation on “Blue skies”
- Cziffra Jazz Improvisation on “Sophisticated lady” (version 2)
- Cziffra Jazz Improvisation on “Dinah”
- Cziffra Jazz Improvisation on “Parlez d’amour “
- Cziffra Jazz Improvisation on “Smoke gets in your eyes”(version 2)
補記:国際シフラ友の会 日本支部 ウェブサイト
上記サイトは香川正人氏が運営していたが、氏の急逝により管理者不在に。
参考資料:シフラ自伝 「大砲と花」
【紹介者略歴】
吉池拓男
元クラシックピアノ系ヲタク。聴きたいものがあまり発売されなくなった事と酒におぼれてCD代がなくなった事で、十数年前に積極的マニアを終了。現在、終活+呑み代稼ぎで昔買い込んだCDをどんどん放出中。