吉池拓男の迷盤・珍盤百選 (24) 珍曲へのいざない その3 執念の人々

Unknown Piano Music of Alkan – Original works and transcriptions John Kersey(p)RDR CD30
Piano music of Sydney Smith (1839-89) Original works and paraphrases John Kersey(p)RDR CD24

忘れられた作曲家や埋もれた作品を世に出すことに凄まじいパワーを注いだピアニストがいます。代表的なのはアルカンの復活に心血を注いだ人たち。19世紀末頃はリストやショパンと並ぶ大作曲家と言われていたのに、20世紀前半段階でほとんど誰も弾かなくなっていた(ま、そりゃ無理ないかな)アルカンの復活にRaymond Lewenthal(1923 – 1988)とRonald Smith(1922 – 2004)は凄まじい情熱を傾けました。この2人が交流を持っていたのか、どう影響し合ったのかはわかりません。しかしこの2人の執念なくしては、アルカンの復活は無かったでしょう。日本でも中村攝(金澤攝)が1990年頃、アルカン・リバイバルに執心していました。今現在は森下唯が集中的にアルカンに取り組んでいます。これまでの先人たちが難しすぎて手を出さなかったスケルツォ・フォコーソop.34に見事な演奏で光を当てたのは森下の素晴らしい成果と思います。ともあれ21世紀になってピアノサークルの発表会やストリートピアノでもアルカンを弾く人がいるような世の中になったのはLewenthalとSmithのおかげです。彼らの執念に深く深く感謝しましょう。(余談ですが、Kapustinが世界中に知られて弾かれるようになったのは、日本のピアノ愛好家たちの力と私は思っていますが、どうでしょう。)

さて、忘れられた作曲家や埋もれた作品の復活に心血を注ぐ演奏家は、数多く存在していると思います。その中でもかなりアツイのがイギリスの音楽学者でピアニストのJohn Kersey先生でしょう。彼は19世紀ロマン派のピアノ音楽の発掘に執念を燃やしており、自ら録音してリリースし続けています。彼のCDは(私が買った時、そしてたぶん今も)輸入CD店やamazonでの取り扱いはなく、彼のホームページから直接買うしかありませんでした。そのCDリリース数たるや凄まじく、聞いたことのない作曲家名や珍曲に溢れたサイトのカタログアーカイブスコーナーもあり)を見るだけで嘆息の嵐となってしまいます。一応連番であるCD番号はすでに103です。

私が買ったのは「Unknown Piano Music of Alkan」と「Piano music of Sydney Smith」の2枚。ただでも珍曲作家扱いのアルカンのさらに「知られざるピアノ音楽」とは何だ?と見てみると、

  1. Handel=Alkan: Chœur des Prêtres de Dagon from ‘Samson’
  2. ‘Il était un p’tit homme’: Rondoletto, op. 3
  3. Weber=Alkan: Chœur-Barcarolle d’Obéron (Les filles de la mer)
  4. Beethoven=Alkan: Chant d’Alliance (Wedding Song)
  5. Désir, petit fantaisie
  6. Variations quasi fantaisie sur une barcarolle napolitaine, op. 16 no. 6
  7. Grétry=Alkan: Marche et Chœur des Janissaires
  8. Nocturne no 3 in F sharp major, op. 57
  9. Marcello= Alkan: ‘I cieli immensi narranno’ from Psalm 18
  10. Gluck=Alkan: ‘Jamais dans ces beaux lieux’ from ‘Armide’
  11. Variations on ‘La tremenda ultrice spada’ from Bellini’s ‘Montagues and Capulets’, op. 16 no. 5
  12. Réconciliation: petit caprice mi-partie en forme de zorcico, ou Air de Danse Basque à cinq temps, op. 42
  13. Variations on ‘Ah! segnata è la mia morte’ from Donizetti’s ‘Anna Bolena’, op. 16 no. 4
  14. Anon=Alkan: Rigaudons des petits violons et hautbois de Louis XIV
Unknown Piano Music of Alkan – Original works and transcriptions

初期作品や編曲もの中心のラインナップで、リリースされた2007年当時では世界初録音曲が含まれていました。初期アルカン作品は変態的な難技巧や過激な書法はほとんどなく、エルツやピクシスを思わせるようなサロン風の明るさと程よい華美に包まれています。中でもOp.16 no.6 の変奏曲はリストのタランテラの中間部と同じ旋律を使っていて、結構興味深く聴けます。編曲ものもおとなしめのものばかり。これは執念の人John Kersey先生がアルカン全盛期の変態的難技巧をあびせ倒すようなテクをたぶん持っていないことにも起因していると思います。確かにKersey先生はアルカンの交響曲のライブ録音もリリースしてます。が、アルカンに取り組んだ豪腕系ピアニストたちと比べると多少酷な感じです。もちろん「Unknown Piano Music of Alkan」の各曲はきちんと弾いてはいて、たどたどしくはないです。ただ、華麗なる系のフレーズをピアノ的美感に昇華させるまでのピアノ弾きではありません。

Piano music of Sydney Smith (1839-89)

もう1枚はイギリスの作曲家シドニー・スミス (1839-1889)の作品集。シドニー・スミスはいくつかのペンネームを使い分けながら、いわゆるサロン風ピアノ曲をわんさか書いていた人です。自作だけでなく有名管弦楽曲やオペラのブリリアントなパラフレーズも量産しています。LPやCDやYouTubeのなかった時代、音楽鑑賞と普及がこうしたピアノ編曲によって行われていたことは有名な話です。さて、このCDの注目曲は「メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲によるパラフレーズ」です。オペラ楽曲や歌曲、管弦楽曲のピアノ独奏用編曲は普通にありますが、ヴァイオリン協奏曲によるものはかなり珍しく、ゴドフスキが編曲したゴダールのカンツォネッタ(Concerto Romantique Op.35第3楽章)くらいしか知りませんでした。早速聴いてみると、全3楽章で25分くらいある原曲をそのままの順番で14分サイズに縮めています。何じゃこのカットは、という突っ込みどころは満載。第2楽章の温存度は高いですが、両端楽章はかなりザックリ行っています。ピアノ技巧的には妙なキラキラフレーズを入れたりせずに素直に創っています。楽譜はIMSLPのメンデルゾーンのヴァイオリン協奏曲のArrangementタブの中にあります。ザックリカットに耐えられるならば、ピアノ学習者用コンテンツにはなる気がします。なんといっても原曲が超有名ですからね(*1)。さて、その他にはスミスの自作曲や有名オペラパラフレーズなどが8曲ほど収められています。Kersey先生によるベストセレクションなのでしょうが、特に自作曲は身震いするほどツマラナイです。無名で終わった作曲家の実力が遺憾なく発揮されていますので、ぜひ歯を食いしばってご堪能ください。

Kersey先生が後の世で「●●●の曲が世界中で弾かれるようになったのはKerseyの執念のおかげ」と言われるかどうかはわかりません。彼の膨大な発売CDを全て買って聴き込み、その執念に共感するところから未来は広がるでしょう。私は財力もなく、スミスの曲を聴いた徒労感から、その冒険に出ることはないでしょう。未来はKerseyの門を叩いた貴方から始まります。どうぞどうかお気張りやっしゃ。

注*1:CDには収録されていませんが、スミスは同じメンデルスゾーンのピアノ協奏曲第1番の短縮独奏版も作っているようです。

【紹介者略歴】
吉池拓男
元クラシックピアノ系ヲタク。聴きたいものがあまり発売されなくなった事と酒におぼれてCD代がなくなった事で、十数年前に積極的マニアを終了。現在、終活+呑み代稼ぎで昔買い込んだCDをどんどん放出中。