Moment with Annette Annette DiMedio(p) Direct-to-Tape Recording DTR8704CD 1994年
Arrangements and Variations for Digital Piano Gordon Green CENTAUR CRC 2187 1993年
HIGH FIDELITY OOM-PAH-PAH FOR NON-THINKERS Guckenheimer Sour Kraut Bandほか Jasmine JASMCD 2697 2019年
「Moment with Annette」というアルバムには極めて痛……もとい、極めて珍しい特徴があります。収録曲の解説を演奏者自身が書いていること自体は珍しくありませんが、このアルバムの曲目解説は「演奏者であるAnnette様が創ったポエム」なのです。例えば、(私の拙訳ですみませんが・・・)
橋の上に立ち 月に誘われて水面を見下ろす
彼の影が静かな水に映り 夢が叶う
二人はリズミカルに動き 心の旋律は一つになる
うーーーむ、いったい橋の上で夜中に何をしてるんでしょうかね。さて、このポエム、何の曲の紹介でしょうか、わかりますか? 実はこれ、ショパンの夜想曲第13番ハ短調なのです。ちょっとはづかしいでしゅね。
お次は、
時の流れの中 私の魂は舞い上がる
悲哀と後悔が快く過ぎ行く
私という存在の最奥に飛び込む
そこで歓喜、情熱、そして究極の平和を見つける
このポエムで何の曲だかわかった人、はい、いらっしゃいますか? いたら天才というかもうほとんどエスパーか霊能力者ですね。これはヒナステラのピアノソナタ第1番第2楽章の解説ポエムなのです。収録されているすべての曲(*1)にAnnete様のポエムが付いています。ポエムを読んでも、演奏理解の参考には(たぶん)全くなりません。むろん楽曲の情報性も皆無です。
ポエムだらけのアルバムはジャケ写もご覧の通り。ピアノの上に乗っかってグラビアモデルの定番「下から見上げ目線」のポーズ。うーーむ、ちょっと、なんだよなぁという感興と同時に、古い世代のおっさんである筆者は、大切な楽器の上に乗っかるという行為自体に抵抗感が沸き上がります。(ちなみにお前もお前もお前もだぞ、ピアノに乗るな!)
ではこのアルバム、演奏自体はどうなのか。とある1曲を除いて、まったくフツーの出来です。ダメとか下手とか個性的とかいうのでもありません。ブックレットのポエムほどの破壊力はないのです。では、そのとある1曲とは……まずポエムをご紹介しましょう。
太鼓のリズム シンバルの炸裂
音の花火を持ってきてください
赤と白と青が空に満ち 大気に歓喜と祝典が溢れるように
うん、これは少しだけ何の曲かわかりますね。そう、スーザ作曲「星条旗よ永遠なれ」です。Annette様はアルバムの最後で星条旗を弾いています。星条旗と言えば、かの魔神Hの定番。多くのピアノ弾きの人生を狂わせたり、昭和の御代には「星条旗を弾くような奴は芸術家にあらず」などと蔑みの象徴にもなっていたりした有名編曲があるのですが、Annette様はなんと自作編曲(arr: DiMedio)を披露しています。しかしこのAnnette様編曲のベースは明らかに魔神Hのもの。なので正確には、Sousa=魔神H=Annette様という表記にすべき仕上がりです。ではどの辺を変えているのか。星条旗の形式をABCBCBとすると、まずAはかなり魔神H編に近いです。続く1回目のBは割と独自性の高い編曲で、魔神H編から低音部のリズムパターンを減らす代わりに、高音部の装飾を手の交差で左手で取り、さらに合いの手的な旋律線を加えて、より複雑な印象を与えます。Cはまるっきり魔神H。注目の2回目のBは魔神Hよりはズンチャッ、ズンチャッのマーチリズムが立っていて複雑ながらも素直な印象です。ただ残念な事にメインメロディーをごく一部弾くことを諦めています。最後の3回目のBはほぼ魔神H編です。特筆すべきこととしてAnnette様の演奏はテンポが吹奏楽演奏並みに速いこと。魔神H御自らの演奏は確かに衝撃的なのですが、冷静に聴けば星条旗の吹奏楽演奏と比べるとかなりテンポが遅い。その点Annette様は一般的な印象通りのテンポ感で飛ばして行きますので、これは爽快です。時折左手に現れるオクターヴ下降音型の速さも頑張っています。
さてこのAnnette様、まだご健在です。しかもこの星条旗の動画を2014年に公開しています。正直、これはあまり観て欲しくない動画です。テンポがずうんと遅くなり、演奏時間自体1分近く伸びています。それなのにオクターヴ進行は滑らかではなく、相当残念感満載ですので、編曲法の確認程度にとどめてください。
さて、Annette様の“詩情”溢れる星条旗を聴いた後は、より個性的な星条旗で心を潤しましょう。もっと過剰なピアノ系星条旗が聴きたいという貴方には、Gordon Greenの星条旗よ永遠なれがオススメ。電子ピアノによる打ち込み演奏ですが、ほぼカオスに近いような莫大な音数が詰め込まれており、冒頭部分など3~4人がそれぞれのピアノで勝手な音楽を同時に弾いている(そのうち1人は間違いなく星条旗よ永遠なれですが……)ような感じ。ま、コラージュと言えばコラージュっぽいですがね。途中からはバラバラ感はなくなり、ひたすら過剰装飾と過剰トレモロのさすが打ち込み電子ピアノという世界が繰り広げられます。ラストには恐ろしく速いトリルが延々と鳴らされますが、ピアノの速すぎるトリルはホイッスルか電波障害音にしか聴こえません。ピアノ作品は音が多すぎるとほんと美しくないですねぇ。
逆にココロ暖まる星条旗をという貴方には、Guckenheimer Sour Kraut Bandの星条旗よ永遠なれがオススメ。この管楽バンドは1949年に結成されてカリフォルニアを中心に人気を博し、36年間活動を続けて3枚のアルバムを遺しています。彼らが1958年に発売した「MUSIC FOR NON- THINKERS」(*2)は、お得意のポルカやワルツに加え、ハンガリー狂詩曲第2番なども演奏しているアルバムです。ここで演奏されている星条旗よ永遠なれが実にスバラシイ。特に、構成的言うとABCBB(2回目のCは省略してます)の2回目のBに男声独唱が入るのですが、ここが得も言われぬ絶妙な味わい。素晴らしい調性感覚で、心豊かに和みます。
すっかり星条旗尽くしになってしまいました。ま、とりあえずは梅田譲新大統領就任記念ということにしときましょう。
(*1)Moment with Annette収録曲
Rachmaninoff:Etude Tableaux op.39-5/Scriabin:Etude op.2-1,op.8-12/Chopin:Nocturne op.9-2, op.48-1/Debussy:La Cathédrale engloutie/Prokofiev:Toccata op.11/Ginastera:Piano Sonata no.1 op.22/Sousa (arr:DiMedio) The Stars and Stripes Forever
(*2) Guckenheimer Sour Kraut Bandの「MUSIC FOR NON- THINKERS」は現在「HIGH FIDELITY OOM-PAH-PAH FOR NON-THINKERS」というタイトルのCDに、他のバンドのLP盤と共に収録されいます。LP発売時のジャケット写真は彼らの雰囲気をよく表しています。
【紹介者略歴】
吉池拓男
元クラシックピアノ系ヲタク。聴きたいものがあまり発売されなくなった事と酒におぼれてCD代がなくなった事で、十数年前に積極的マニアを終了。現在、終活+呑み代稼ぎで昔買い込んだCDをどんどん放出中。