あれでもなくこれでもなく〜モートン・フェルドマンの音楽を知る(10) 音楽の表面-2

(文:高橋智子)

2 Between Categories (1969)  2つのアンサンブル、2つの時間

 1960年代後半からのフェルドマンの楽曲でも依然、自由な持続の記譜法による室内楽曲が多くを占めている。この時期の楽曲のいくつかは同じ編成の2組のアンサンブルを1つの曲の中で並走させて、より複雑な音楽的な時間を創出している。このような傾向を持つ楽曲として「First Principles」(1966-67)、「False relationships and the extended ending」(1968)、「Between Categories」(1969)の三部作があげられる。今回はこの三部作の最後の作品に当たり、自由な持続の記譜法による60年代のフェルドマンの楽曲を締めくくる「Between Categories」を検討する。

 フェルドマンは1983年に行われたレクチャーの中で「Between Categories」を次のように紹介している。

では、次の曲はたしか……Between categories……この曲は重要ではないけれど……とにかくBetween categoriesだ。私の曲「De Kooning」を聴いたことのある人にとって、この曲は(De Kooningと)そっくりそのまま同じ構成だ。この曲で重要なことを1つあげると、私にとってのこの曲のアイディアの要は、ドッペルゲンガーのように同じ編成の2つの小さなグループを使うことだった。それは音色がシンメトリーだからという、それだけの理由で、ある種の気味の悪いシンメトリーをなしていた。だが、実際は同じ音楽ではない。終わりに差しかかる頃にようやく、一方のピアノでのアルペジオが、いくらか距離をとってもう一方のピアノから(訳注:アルペジオを)引き受けている様子が聴こえる。

Then, probably the next piece is… Between categories… I think, it’s not important …anyway Between categories. For those of you that heard my piece De Kooning, it’s very much the same format. And I think the one important thing about the piece, that is, the essential idea of the piece for me, was to have two small groups, like a doppelganger, of the same instrumentation and it was a kind of, creepy type of symmetry, only because of the symmetry of the colours. But not really of the same musics. Only towards the end do you hear an arpeggio on one piano taken up in some kind of distant relationship with the other piano.[1]

 フェルドマンがここで「ドッペルゲンガー」と表したように、スコアには2つの全く同じ編成のアンサンブルの譜表が配置されて同時に進む。この曲を「重要ではないけれど」とフェルドマンは言っているが、「De Kooning」以降の自由な持続の記譜法の変化や、同じ編成のアンサンブルの並置がもたらすより複雑な時間の感覚の点で「Between Categories」は注目に値する曲と言ってもよいだろう。フェルドマンの言うように、「Between Categories」は記譜法や編成において「De Kooning」と同じ構成の曲とみなすことができる。だが、さらに近い曲として、1965年に作曲された「Four Instruments」があげられる。「Four Instruments」の編成は「Between Categories」と同じピアノ、チャイム、ヴァイオリン、チェロ。「Between Categories」で頻繁に見られる同じ音の反復がこの曲でも用いられている。

Feldman/ Four Instruments (1965)

 ペータース版のスコアにはこの時期の他の自由な持続の記譜法とほとんど同じ演奏指示「同期している音と単音の持続は極度にゆっくりと。全ての音は、特に何も記されていない限り、休符を挟まずにつなげられている。ダイナミクスはこれ以上ないほど控えめに、しかし聴こえる程度に。Durations of simultaneous and single sounds are extremely slow. All sounds are connected without pauses unless notated. Dynamics are exceptionally low, but audible.」[2]が記されている。1965年12月21日にカーネギー・ホールで行われた演奏会「新しい音楽の夕べ Evening for New Music」で初演された際のプログラムノートには「音の順序だけなく、単音、同期する音のすべてが決められているが、音と音の間の実際の持続は演奏者が演奏する時に決定される。このような意味で、それぞれの奏者は指揮者の機能も持っている。Though all single and simultaneous sounds are given, as well as their sequence, the actual duration between sounds is determined at the moment of playing by the performer. In this sense each performer has a conductional function.」[3]と、演奏家の役割が出版譜よりも詳しく書いてある。2曲とも記譜法は「De Kooning」とほぼ同じ形態の自由な持続の記譜法だが、「Four Instruments」 と「Between Categories」では拍子のある小節にも音が書かれている(「De Kooning」では拍子のある小節全てに全休符が記されている)。

 これら3曲の関係は「De Kooning」(1963)の編成や記譜法を土台としてできたのが「Four Instruments」(1965)、さらに「Four Instruments」を拡張して複雑にしたのが「Between Categories」(1969)と整理することができる。

Feldman/ Between Categories (1969) YarnWireによる演奏[4]

左:アンサンブル1 右:アンサンブル2

Feldman/ Between Categories (1969) The Barton Workshopによる演奏

score: https://issuu.com/editionpetersperusal/docs/p6971

 ペータース版のスコアの演奏指示は編成について「ピアノ、チャイム、ヴァイオリン、チェロ(それぞれの楽器に奏者2人)Piano, Chimes, Violin, Violincello (2 of each instrument)」[5]と書いてある以外「Four Instruments」と同一なので、ここでは割愛する。この曲は2つのアンサンブルが同時に演奏を始める。本稿ではスコア上部に配置されたアンサンブルをアンサンブル1、下部に配置されたアンサンブルをアンサンブル2として曲の内容を見ていく。例えばアンサンブル1のピアノをピアノ1、アンサンブル2のチェロをチェロ2と表記する。

 この曲のスコアは全9ページ、平均的な演奏時間は10〜13分前後。この曲の各パートのおおまかな傾向は次のように表すことができる。ピアノは主に和音や音域の広いオクターヴ重複による同一音を鳴らす。フェルドマンによる楽曲解説で記されているように、後半は印象的なアルペジオが2つのアンサンブル間で受け渡される。チャイムは大半が単音で登場するが2音の時もある。チャイムはアタックのはっきりした特徴的な音色なので他の楽器とも区別しやすい。ヴァイオリンとチェロは開放弦が多用されている。アタックとダイナミクスをできるだけ抑制して演奏されるこれらの弦楽器が単独で現れる場面は、演奏者だけでなく聴き手にも緊張感をもたらす。

1ページ目
 アンサンブル1には拍子記号がない。アンサンブル2は冒頭を除いてメトロノーム記号(テンポ)を伴う拍子記号で小節線が引かれている。この違いがそれぞれのアンサンブルが異なる時間で進み行くことを示している。アンサンブル2のピアノとチャイムの前打音から始まる。アンサンブル1はフェルマータのついた沈黙を経てチャイムを鳴らし、ピアノとヴァイオリンが続く。このページで特徴的なのはピアノ1の右手の和音だ。最初に鳴らされるE4-D#5-F#5はB4-E♭5-G♭5、G4-E♭5-G♭5に形を変えて現れる。D#5-F#5とE♭5-G♭5は異名同音であるため、この3つを同質的な和音を見なすことができる。チャイム1のE♭4は、アンサンブル2の6小節目(3/2拍子)でチャイム2にも現れる。1ページ目の時点では曲の様相はまだつかめない。

2ページ目
 1ページ目の形勢が逆転してアンサンブル1には小節線が引かれ、アンサンブル2には小節線のない部分と小節線の引かれた部分とが入り混じる。上位2音をD#5-F#5またはE♭5-G♭5とする、1ページ目のピアノ1で指摘した和音が、今度はアンサンブル2の1、3小節目でピアノ2にも現れる。この和音はページ前半に配置されているため、どちらのアンサンブルのピアノがこの和音を鳴らしているのか聴き手には区別がつきにくい。同様のことはこのページ最後の小節のチャイムにも見られる。ここではチャイム1、2ともにE4が書かれている。演奏の際はそれぞれのアンサンブルは異なるペースで進むため、記譜上の配置と実際の鳴り響きが完全に同期するわけではない。だが、近い箇所で同じ楽器が同じ音高を鳴らすことがわかっており、ここでもピアノの和音の例と同じく、アンサンブル間の区別を曖昧しようとするフェルドマンの意図がうかがえる。2つのアンサンブルによるドッペルゲンガーのような効果が早速ここで発揮されている。2つのアンサンブルはそれぞれ独立した異なる時間の感覚で進み行くが、和音や音高を共有していることがここまでで明らかになった。

3ページ目
 アンサンブル1は一斉に鳴らされる和音による部分と、鳴らすべき音の順序が破線で示された部分からなる。チャイム1のC4-チェロ1のD2-チャイム1のE4が破線で繋げられて3音のフレーズを作っている。このフレーズは2回現れる。一方のアンサンブル2はこのページ全体に小節線が引かれており、その中で和音が鳴らされるだけだが、チャイム、ヴァイオリン、チェロが3小節間に渡るパターンを形成している。このページの1-3小節目(5/2, 2/2, 3/2拍子)は4-5小節目のピアノを挟んで6-8小節目にまったく同じかたちで現れる。

4ページ目
 このページのアンサンブル1には小節線が一切引かれていない。ピアノ1はA♭5を最高音に据えた和音を5回鳴らす。この和音は現れるたびに構成音が変わり、また、一緒に鳴らされる楽器の組み合わせもその都度異なる。ピアノ以外のパートにも同音反復が見られ、チャイム1はC5を、ヴァイオリン1はD#4を、チェロ1は開放弦でA3をそれぞれ繰り返す。アンサンブル1には譜面いっぱいに和音が配置されているのに対して、アンサンブル2はややまばらなテクスチュアだ。ピアノ2はピアノ1と同じくA♭5を最高音に据えた和音を3回繰り返す。記譜の外見はそれぞれ異なるものの、ピアノ1とピアノ2がA♭5を共有していることから、2つのアンサンブルが完全に無関係でもないと徐々にわかってくる。ピアノ2の後半では1-2ページ目に頻出したE4-D#5-F#5が1回目は前打音を伴って、2回目は他の全てのパートと一緒に鳴らされる。以前現れた出来事が不意に再び現れる手法は、聴き手の記憶を試すフェルドマンの常套手段である。

5ページ目
 アンサンブル1は4ページ目のアンサンブル2の構成の前後を逆さまにした構成で、前半は破線による音のつながり、後半はいくつかのパートが同期する和音を中心としている。フェルドマンが解説で述べていたピアノによるアルペジオが、ここでようやくアンサンブル2に現れる。このアルペジオの構成音はG#4-A4-D5-F5-E♭6の5音で、しばしばF#1かG1の前打音を伴う。また、他の楽器と同期して鳴らされることもある。このアルペジオの和音は5ページ目ではピアノ2が2回鳴らすだけだが、以降、曲が進むにつれて登場頻度が増す。曲の始まりからここまでの地点では、同じ編成の2つのアンサンブルが各々ペースで音を散発的に鳴らし続けるだけの茫漠とした楽曲だったが、このアルペジオの登場によって「アルペジオと他の音の動き」の構図が急に浮かび上がってくる。

6ページ目
 G#4-A4-D5-F5-E♭6の和音が両方のアンサンブルで鳴らされる。このアルペジオ以外でも目を引く音の動きがいくつか挙げられる。G#4-A4-D5-F5-E♭6のアルペジオの合間を縫うように、破線と垂直線を用いて描かれるチェロ、ヴァイオリン、ピアノのパターンが現れる。ピアノ1のE♭-Dの2音に注目すると、この2音はE♭2-D4、D1-E♭1-D4- E♭4として鳴らされる。チャイムもこの2音をE♭4-D5として引き継ぐ。E♭-Dの2音は8ページにも現れる。このページのアンサンブル1の最後に鳴らされるチェロのピツィカートでのアルペジオF#2-G2- D3-F3-E♭4は、ピアノのアルペジオと構成音を共有している。アンサンブル2もピアノ2が同じアルペジオを2回鳴らす。既にこのアルペジオが曲の中心的な存在であることを音の響きからも認識できる。ここでもページの終わりに、1ページ目のピアノ1の最初の和音(左手C3-D3-B3 右手E4-D#5-F#5)がピアノ2に唐突に現れる。もちろん、この和音の再登場は耳でははっきりと把握できないが、あるいは記憶できないが、スコアを見る限りでは急に最初の和音が戻ってきたので奇妙な印象を与えている。

7ページ目
 7ページ目のアンサンブル1は6ページ目とよく似た構成で、ページの前半にアルペジオが鳴らされ、その後に破線で繋がれた音の連なりが続き、最後にチェロのアルペジオで締めくくられる。アルペジオはアンサンブル1のピアノ1とチェロ1に限定されており、アンサンブル2には現れない。このページも同じ和音やパターンによって構成されている。最初のピアノ1の2音E♭1-D4は6ページ目のE♭-Dを引き継いだものと見なされる。チャイム1のD♭4-C5は8ページ目のピアノ1と2、9ページ目のピアノ2にも現れる。ピアノ1のF-Gの2音はF1-G4、F1-G3、再びF1-G4として、音域をその都度変えて繰り返される。垂直線で繋げられたチェロ1のF2とチャイムG4もこの2音を鳴らす。F-Gは8ページのピアノ1にも現れる。このページのアンサンブル1の最後にも、8ページ目と同じくチェロ1のピツィカートでのアルペジオF#2-G2- D3-F3-E♭4が記されている。アンサンブル2は複数のパートで同時に鳴らされる和音を中心としており、アンサンブル1に比べて動きが少ない。ピアノ2の和音は半音階的に音が重ねられているのでトーン・クラスター風の様相を呈する。

8ページ目
 7ページ目はアンサンブル1に動きがあり、アンサンブル2は動きが少なかったが、ここで形勢が逆転する。アンサンブル1のピアノ1では、7ページ目のピアノ1で頻出したF-Gの2音がF2-G5-G6とF1-G3に姿を変えて現れる。チャイム1は6ページ目のE♭4-D5と、7ページ目の音型D♭-C5を引き継いでいる。アンサンブル1で目を引くのがB♭だ。ヴァイオリン1が開放弦でB♭4を、チェロ1がB♭3を、ピアノ1がオクターヴ重複でB♭3- B♭7を順番に鳴らす。その間、アンサンブル2はピアノ1がE♭-Dの2音とアルペジオを交互に鳴らしてこの2つをさらに印象付ける。チャイム2もE♭4-D5としてE♭-Dをピアノから引き継いでいる。6ページ目と同じく、このページの終盤に、ピアノ2が突然思い出したように1-2ページで何度も鳴らされた和音E4-D#5-F#5(左手にC3-D3-Bを伴う6ページ目と全く同じ和音)を一撃する。
 8ページ目に記されている音の出来事をまとめると、そのアンサンブル2の破線で結ばれた音の動き以外は、そのほとんどがこの楽曲の中で既に起きた出来事だとわかる。言い換えれば、一見、無秩序、無規則に配置されているそれぞれの音の大半が他のパートとつながりを持っている。

9ページ目
 アンサンブル1はピアノ1がアルペジオを鳴らすのみで、その後の最後の1小節は5/2拍子。どのパートにも音符が書かれていないので実際は全休符だ。なぜここに拍子記号が必要なのかを想像すると、フェルドマンがここで意図していたのは測られた沈黙の時間だったのではないかと考えられる。アンサンブル2は8ページ目のアンサンブル1のいくつかの出来事を引き継いでいる、あるいは繰り返している。チャイム2は8ページ目のチャイム1同じくD♭-C5を鳴らす。チェロ2、ヴァイオリン2、ピアノ2は8ページ目のアンサンブル1のドッペルゲンガーとして、B♭をそれぞれの音域で鳴らす。

 以上のように、2つのアンサンブルの関係に注目して「Between Categories」の出来事をたどってみた。2つのアンサンブルは各自のペースで進み、スコアを読んでいても、演奏を聴いていても、1-4ページ目までは曲の特徴が掴みにくく、2つのアンサンブル間の関係も判然としない。だが、5ページ目でピアノのアルペジオが現れると霧が晴れたように曲の様相が明らかになり、2つのアンサンブルは決して無関係ではなく、いくつかの音楽的な出来事を共有しているのだとわかる。しかし、フェルドマンの楽曲の例に漏れず、2つのアンサンブルの関係は聴き手にはすぐにわからないように仕組まれている。この曲がセクション1で解説した同題のエッセイとどのくらい関係があるのかはっきりと判断できないが、この2つを無理やり引きつけて考えると、エッセイ「Between Categories」での「表面」の概念は、もしかしたら1-4ページまでの混乱した様相に具現されているのではないだろうか。ここまでの判然としない響きが描く混沌は構成されていない、つまり作曲されていない時間のあり方の比喩とみなすこともできる。

 次のセクションでは1960年代のフェルドマンの自由な持続の記譜法の独自性と、この記譜法に類似したいくつかの作品を参照する。


[1] Morton Feldman Says: Selected Interviews and Lectures 1964-1987, Edited by Chris Villars, London: Hyphen Press, 2006, p. 177
[2] Morton Feldman, Four Instruments, Edition Peters, EP 6966, 1965
[3] Morton Feldman, Four Instruments, from Program Notes of Evening for New Music, Carnegie Recital Hall (December 21, 1965) このプログラムノートは フェルドマンの著作集Give My Regards to Eighth Street: Collected Writings of Morton Feldman, p. 20に“Four Instruments”として収録されている。
[4] YarnWireによる演奏はスコアのレイアウトをある程度忠実に再現した演奏で、2つのアンサンブルがどこを演奏しているのかがスコアでも把握しやすい。2つ目のリンク、The Barton Workshopによる演奏はYarnWireに比べると全体的にテンポが遅い。2つのアンサンブルはスコアのレイアウトをやや逸脱する傾向があり、YarnWireの演奏よりも茫漠とした印象を受ける。
[5] Morton Feldman, Between Categories, Edition Peters, EP 6971, 1969

高橋智子
1978年仙台市生まれ。Joy DivisionとNew Orderが好きな無職。
(次回は2月4日更新予定です)