THE 19 HUNGARIAN RHAPSODIES Played by 19 Great Pianists – VAI AUDIO VAIA/IPA 1066-2 1994年
Strauss Waltz Transcriptions Janice Weber(p) – ASV C DCA 540 (LP)1985年
WIEN, WEBER und STRAUSS Janice Weber(p) – IMP Masters MCD 12 1989年
RACHMANINOV transcriptions – Janice Weber(p) IMP Masters PCD 1051 1993年
Lola Astanova: Beautiful Classical Pianist, the Original Anti-Anxiety Adult Coloring Book 2020年
「正気だった6人の大人がセックス台風に巻き込まれる」、
「疲弊したシニシズムを笑いとセックスと陰謀の陽気な行列で着飾っている」、
「深い思考を刺激しないが雨の日の良い伴侶となるようなテンポの良いサスペンス」
「映画化権を譲渡!」━━━
米amazonのBooksサイトにこんな内容紹介や書評が躍っている女性作家がいます。彼女の公式サイトでは7冊の小説が紹介されています。中でも、表の顔はヴァイオリニスト、しかしてその実態は米国秘密諜報員というLeslie Frostを主人公にしたちょいお色気スパイアクション小説はシリーズ化されています。残念ながら日本で邦訳出版されたものはありませんが、映画化権も売り買いされているようなので、米国ではそれなりに人気の大衆小説家なのでしょう。作家の名はジャニス・ウェーバー(Janice Weber)。小説の主人公さながらに彼女にももう一つの顔があります。それはピアスニトです。彼女の公式サイトには「作家」と「ピアニスト」の2つのページが用意されています。トップページでは「作家」の方が左側、「ピアニスト」が右側に並んでいるので、「左の方により重要なものを配置する」というホームページデザイン原則に則れば、彼女は「作家」としての自分をより重視しているように思えます。
ジャニス・ウェーバーのように二足の草鞋を履いたピアニストは沢山います。音楽関係のエッセイや教育本や自伝などを著した人は数知れずでしょうが、特大の草鞋はなんといってもイグナツィ・ヤン・パデレヅスキ(Ignacy Jan Paderewski)。第1次大戦中からポーランド独立のために活動し、ポーランド共和国第二共和政の第2代首相になっています。政界進出中はピアニストとしては活動しなかったようですが、引退後復帰。第2次大戦中は亡命政府の首相にもなっています。まさに音楽史上空前の二足目草鞋でした。20世紀前半の最高のピアニストとして語り継がれるヨゼフ・ホフマン(Josef Hoffman)は発明家としても活躍し、自動車の装置などを開発して特許を取りまくり、かなり儲けたといいます。俳優業ではピアニスト役(しかも本人役)が多いものの美貌で人気を博したアイリーン・ジョイス(Eileen Joyce)がいますし、かのスヴャトスラフ・リヒテル(Sviatoslav Richter)はグリンカの伝記映画でロン毛のフランツ・リスト役を務めていて大いに笑えます。ちなみにリヒテルは絵も得意だったそうで一時は画家を目指していたそうです。珍しいところでは週刊誌で水着グラビアを披露したリューボフ・チモフェーエワ(Lubov Timofeyeva)。どこかの海岸の岩の上で撮影したショットを今でも覚えています。クラシックのアルバムも出しているローラ・アスタノヴァ(Lola Astanova)はオトナの塗り絵本モデルを務めています。タイトルは「Beautiful Classical Pianist, the Original Anti-Anxiety Adult Coloring Book」、スゴいですねぇ。著作権の関係で中身はお見せできませんが、彼女の肉体美を全面的に展開したオトナの塗り絵が満載です。塗り絵本の表紙には「100% SATISFACTION」などと意味深な文字が躍っています。
さてジャニス・ウェーバーに戻りましょう。彼女はピアニストとしてはどうなのか。その力量を如実に示すのは、VAIから1994年にリリースされた「THE 19 HUNGARIAN RHAPSODIES Played by 19 Great Pianists」でしょう。これは歴史上の有名ピアニストの録音を一人一曲ずつ選んで全曲盤に仕立てた企画アルバムで、グレゴリー・ベンコ(Gregor Benko)とウォード・マーストン(Ward Marston)というピアノマニア界の大巨頭がプロデュースしています。ここで錚々たる歴史的ピアニストたちと並んで大トリの第19番の演奏を務めているのがジャニス・ウェーバーなのです。しかも、この企画のために大巨頭たちからの要請で新録音をしています。いかに”そのスジの人”の間で彼女が評価されているかお分かりかと思います。
彼女はマニアの間でもう一つの記録の持ち主としても知られています。ゴドフスキーのシュトラウス両手用編曲全3曲を1985年と1989年の2度録音しているのです。この複雑な難曲の全曲盤を複数回リリースしたのは彼女しかいません。2回とも他にローゼンタールやフリードマンのシュトラウス編曲ものも併せて弾いていて、しかも全く同じ選曲(収録曲順は違う)です。録音の演奏時間データは下記の通りです。
ASV DCA 540 (LP) 1985 | IMP Masters MCD 12 1989 | |
Rosenthal: Fantasia on Johann Strauss | 7:47 | 11:16 |
Godowsky: Wein, Weib, und Gesang | 8:08 | 13:21 |
Friedman: Frühlingsstimmen | 7:13 | 9:03 |
Godowsky: Kunstlerleben | 13:19 | 16:51 |
Friedman: O Schöner Mai | 8:08 | 9:11 |
Godowsky: Fledermaus | 8:50 | 11:59 |
演奏時間が大きく違うのは、ASV盤の方では曲中の繰り返しをほとんど行っていないためです。演奏自体もASV盤の方がテンポが速めで勢いがあります。IMP Masters盤は音楽の潤い重視の大らかアプローチで、最初に聴いたときは別人かと思ったものです。確かに5年という短いインターバルで同じ収録曲のアルバムを出す場合には、こうした差異をわかりやすく演出するのも手でしょう。ASV盤はおそらくCD化されていません。シュトラウス=ゴドフスキーの両手用全3曲が入ったアルバムでは、完成度の点からはアムランに軍配が上がるでしょうが、ウェーバーのASV盤も多少粗削りな情熱に彩られた魅力ある1枚といえるでしょう。
ジャニス・ウェーバーは1993年にユニークなラフマニノフ編曲集をリリースします。「愛の喜び」「愛の悲しみ」といった定番の編曲以外に、歌劇「アレコ」から「若いジプシー乙女の踊り」「ジプシーの男の踊り」の作曲者によるピアノ独奏版という珍しいものも弾いています。特に「ジプシーの男の踊り」のノリノリキレキレの突っ走り演奏は呆気にとられます。で、このアルバムの最も珍なるは最後に収められた「イタリアン・ポルカ」。この曲は1906年に作曲者本人による2台ピアノ版が出版されています。ここで演奏されているのは1938年にそれを改訂したバージョン。2台ピアノに加えてトランペット独奏が入ります。このトランペットのおマヌケな付け足し感と言ったら相当なもので、これまた呆気にとられます。CDの解説によればラフマニノフのマネージャーの企画発案だったようですが、うーーーむ、やめておいた方が良かったかと。ま、おかげでジャニス・ウェーバーのアルバムの忘れらない想い出とはなりました。
ジャニス・ウェーバーはこの他にも演奏不可能な難曲として有名なリストの超絶技巧練習曲1838年版の全曲録音、さらにオルンスタイン作品集、最近では「薔薇」とか「海」をテーマにした作品集などをリリースしています。つまり、変な人、なのです。バリバリ系の豪腕を有する鍵豪ピアニストですが、レパートリーがとにかく変。フツーの刺激では我慢できない体質なのかもしれません。このあたりが「正気だった6人の大人がセックス台風に巻き込まれる」小説の作家でもある彼女のこだわりなのでしょうか。
マルチな活躍をするアーティストはマルチな刺激によって芸を多角な側面から磨くことがあります。こうした二足の草鞋を履いたピアニストの個性も楽しみの一つです。
【紹介者略歴】
吉池拓男
元クラシックピアノ系ヲタク。聴きたいものがあまり発売されなくなった事と酒におぼれてCD代がなくなった事で、十数年前に積極的マニアを終了。現在、終活+呑み代稼ぎで昔買い込んだCDをどんどん放出中。