吉池拓男の迷盤・珍盤百選 (13) ご尊顔を奏で奉る悦び(頭蓋骨付き)~どうみてもヘンな奴Marco Falossi その1~

Mozart  TUTTI  I  FRAMMENTI(断片全集)、SONATA K.545、333 Marco Falossi(p) 伊iktius IKT025
(参)SOLO STACCATO  Marco Falossi(p) 伊iktius IKT022 1997年 より Figura sonora teshio

えー、みなさま、本日はようこそお越しくださいました。

こちらにありますのは音符で描かれました皆様ご存じ聖モー様のシルエットでございます。なんと、奏でるだけで200余年の時を超え音楽聖人モー様のご尊顔に触れることができる聖遺物中の聖遺物、「Figura sonora Mozart」と申します。まずは聖モー様の額からそっと始めましょう。するとほどなくK.332の第2楽章が聴こえてまいります、なんと麗しい。ありがたいことです。ここで忘れていけないのは、高いB-flatの音をしっかりと保持すること。聖モー様の御髪です。この音を途切れさせると河童……もとい、トンスラになってしまいますのでご注意を。優しく後頭部を撫でれば、いきなり秘所、御鼻筋から御目の尊きライン、信者の皆様には随喜の瞬間でございましょう。そして神のごとき御耳のあたりで聴こえてくるは再びK.332。後頭部を優しくなでれば、ああ、これこそ至福、聖モー様の唇に触れまする。きっと多くの信者の方はここで気が遠くなられてしまうことでしょう。なにとぞお気をお確かに。そして顎から首筋でまた再びのK.332。秘所を去った哀しみに溢れておりまする。あとは首から下。ごゆっくり聖モー様の作品の余韻にお浸りください。え、最終段の譜面の書き方と実際の演奏の音が違っている?本来もう1段譜面がないといけないのに図形優先で誤魔化しているって? 黙らっしゃい!なんと畏れ多い。神罰が下りまするぞ。くわばらくわばら。
この聖遺物の有難みがご理解できないお方には、「Figura sonora teschio」のしゃれこうべ責めから勉強していただかないといけませんな。
それではお次の方、どうぞ。

Mozart TUTTI I FRAMMENTI – Marco Falossi(p)

さて、この有難さの極みのような楽曲を作曲し演奏したのはイタリア人ピアニストのMarco Falossi。彼が1999年に録音したモーツァルトアルバムは企画・内容ともにあまりに特異的でした。収録されているのはピアノソナタK.545とK.333、そしてピアノ作品の断片44曲(断片全集と銘打ってます)、それと上記の楽曲含むモーツァルトネタの自作曲2曲です。一見するとモーツァルトの肖像図形楽譜や全集と豪語している断片集に目(耳)を奪われますが、このCDの衝撃は紛れもなくソナタの演奏にあります。まず、ソナタK.545。ピアノ初心者用の定番楽曲として有名ですが、Falossiはとにかくやたらと速い。しかし速いことならグールドの前例があります。問題は第2楽章、繰り返しがあると片方がPresto並みの速さになり、繰り返しのない後半は高速と低速がコロコロ入れ替わります。もう何がなんやらわかりません。繰り返しを全部やって3分21秒ですから恐れ入ります(ちなみにピリスは6分04秒)。終楽章も突然の停止や急加速急ブレーキという仮免すら受からないような演奏です。K.333のソナタもかなりの快速演奏。しかも所々で入る妙な“間”。第1楽章の最後辺りでは楽譜も一部変えてます(こういうバージョンがあるのか???)。第2楽章は最終小節以外は比較的穏当に弾いています。ところが第3楽章では途中の短調になる数小節(65小節~、175小節~)をいきなり緩徐楽章並みのローテンポで弾くという荒業をかましてきます。当然、その短調部分が終わると何事もなかったかのような快速進行です。もう、おじさんはついていけません。

CDではソナタの後にモーツアルトのピアノ小品断片が44トラック入っています。本当に「断片」なので曲によっては5秒で突然終わります。フーガの作りかけなど対位法的作品が多く、しかも短調のものが多いのも目立ちます。これが全曲完成してたら結構凄いことになったんではないかと思わせる断片もあり、儚い夢に遊ぶことができる44トラックです。これはこれで史料価値は高いですね。

アルバムの最後を飾るのはFalossiが創った2曲。一つが最初にご紹介した「Figura sonara Mozart」。Falossiは最近もこの曲を弾いていてYouTubeで演奏映像を公開しています。もう一つはモーツァルトの断片をつなぎ合わせて再構成した「Pasticcio su framment di Mozart」。特に派手なお遊びをすることなく聴いた感じは“まともにモーツァルトの曲”です。ひねくれものの私からするとちょっと物足りないかな。

いずれにしろこのアルバムは、どうみてもヘンな奴 Marco Falossiならではの超個性的仕上がりです。逆に山のようにモーツァルト演奏・企画がある中で光彩を放つなら、このくらいやらないと意味がないという深い教えも包含しています。ま、放った光彩が何色だったか、どこまで届いたかは別として。

で、このヘンな奴。このアルバムの少し前にもっとイカレたアルバムを出しているのですが、それはまた次回。

【紹介者略歴】
吉池拓男
元クラシックピアノ系ヲタク。聴きたいものがあまり発売されなくなった事と酒におぼれてCD代がなくなった事で、十数年前に積極的マニアを終了。現在、終活+呑み代稼ぎで昔買い込んだCDをどんどん放出中。