【設問1】
次の図表は、イタリアのピアニスト、マルコ・ファロッシが1997年に発表したCD「SOLO STACCATO」の解説に掲載されたものです。図表をよく読み、以下の問いに答えなさい。
- 図表の(1)と(2)に入る対になる適切な語句をそれぞれ答えなさい
- それぞれ二カ所ずつある図表の(a)~(e)に入る適切な語句を答えなさい
- (3)のBlumenfeldの項目は図表の右半分のデータがありません。その理由を答えなさい
- 図表の最終行は各項目の数値の縦の合計が記されています。(4)の2項目の数値が多い理由をマルコ・ファロッシの歴史的背景を交えて説明しなさい。
【設問2】
ヒアリング問題です。次の楽曲はある生物の姿を図形楽譜化したものです。曲をよく聴き、描かれている生物の名前を答えなさい。解答にあたっては机上配布した五線紙をメモとして利用するのは構わない。
補記:この問題集で紹介した参照用のヒアリング音源はYouTubeのものであり、映像を見ると答えが映ってしまうので、受験生がこの過去問題に取り組む際は必ず音声だけを聴くようにしてください。
【解答解説編】
みなさん、今年の入試問題は如何でしたか? 魔煮悪をお受けになろうという方でしたら、さほど悩むところはなかったのではないでしょうか。日ごろから大手の提供する基礎的なCD以外にもきちんと目を配って勉強しているかどうかが問われますね。
では設問の1を解説しましょう。この問題を解くカギは図表の数値が何を表しているかを読み解くところですね。図の右側にTOT.(計)とDUR.(尺)とありますね。おおむね尺が長いほど計の数字が多い、つまり曲が長いほど多いもの、ということがわかります。聴衆の鼾、ではありませんよ、もうお分かりですね、そう、音符の数です。そうすると図表自体は10の項目の音符の数を楽曲ごとに表したものとわかります。しかも楽曲はピアノ曲。ここまでくれば問1と問2はおのずと解けると思います。ぢっと手を見て考えてください。はい、(1)の答えは「左手」、(2)は「右手」ですね。当然2カ所ずつある(a)~(e)はそれぞれ、小指、薬指、中指、人差し指、親指となります。ピアノ曲の演奏において左右の10本の指がそれぞれ何回鍵盤を叩いて音楽を構築しているかを計数して掲載した、おそらく音楽史上初のCD解説書からの設問ですね。歴史的な奇書ですから魔煮悪を受けるような方なら何度も目にされていることでしょう。私の解説を待つまでもなく問1~2は脊椎反射的に書き込めるようでないと、魔煮悪に入ってから苦労することになりますよ。
さぁ、ここまで来れば問3はサービス問題。作曲者がBlumenfeldで右半分のデータがない、すなわち左手だけで弾く楽曲、そして尺は4分程度。答えは「Blumenfeldの左手のための練習曲 op.36を演奏したため」ですね。魔煮悪の採点基準からすると単に「左手用の曲を弾いた」だけでは減点対象になりますよ。曲名をしっかり書き込むこと。さらに“Godowskyに献呈された”と加えれば付加点が期待できますね。
問4、これは難問です。合否の分かれ目はこの問題にあるといっていいでしょう。しかもファロッシの歴史的背景を交えて説明しなさい、とありますのでイタリアのピアノ教育史の知識も必要ですね。正解はこの解説を著したイタリアのイケメンバカテクピアニスト、フランチェスコ・リベッタ先生の論述に沿って書くのが模範解答となるでしょう。たとえば、
「ファロッシは、名教師カルロ・ヴィドゥッソの流派であるピエロ・ラッタリーノの下でピアノを学んだ。同じ流派にはあのポリーニもいる。ヴィドゥッソは音符一つ一つに大きな重要性があると考えたため、門弟たちはみな美しい響きを求めて、音符一つ一つを丁寧に読み取り紡いでいく傾向にある。ファロッシはこの考え方をさらに推し進め、楽曲の演奏において各指が音符をいくつ弾いているかを計数した。その結果、手の筋構造から考えて最も弱い左右の薬指の弾く音符が少なく、最も強靭な左右の親指が最多の音符を奏でていることが明らかになった。これは指の完全かつ自律的な制御という視点から重要な示唆を含んでいる。」
となるでしょう。多少、ファロッシとリベッタ先生の独自理論の面もありますが、CD史上類を見ない指ごとの打鍵数計上文献の歴史的意義に触れておくことは、魔煮悪の道には欠かせない通過儀礼と考えます。なお、ファロッシはアルバムタイトルにもあるようにスタッカート奏法にこだわり、全曲この奏法で弾いているようですが、ピアノは延音ペダルを踏むとスタッカートの意味が薄れてしまいますね。ま、それでも感触的には確かにパラパラとした音創りで、伽藍のような響きや音楽としての感情の大きなうねりよりも、粒立ちの良い音で楽曲自体をサラサラっと構築しています。このパラパラサラサラ感が指ごとのスタッカート打鍵数の計上というこだわりに繋がっているのでしょうね。
設問2のヒアリングテストは如何でしたか? 弾かれている音楽をすぐに脳内で楽譜に起こせましたか? 魔煮悪のヒアリング試験ではメモ用に五線紙も配られているので、速記が得意な人は試験中に譜面に起こしても構いません。この問題のポイントは、楽譜のどこで折り返して次の段に行くのか、ですね。正しい所で次の段に行けば自ずと楽譜が図形化されてきます。さて、その形は。はい、蝶々ですね。ただ、ちょっとナイトラウンジピアニストの指鳴らしっぽいので、蛾、と答えてしまう人も多いのではないでしょうか。しかしこの音像からは明らかに明るい陽射しを感じます。まぎれもなく蝶々です。楽譜面だけに囚われていると音楽そのものの本質を見失ってしまうという、ま、深遠なテーマを孕んだ引っ掛け問題ですね。気を付けましょう。魔煮悪の教育現場で重要視される楽曲は譜面として存在していないものが沢山あります。演奏音源だけを聴いてすぐに再現演奏ができる、耳コピ譜面が作れる、は入学後の高成績につながりますので、ぜひともこの学力を磨いていただければと思います。
それでは、受験生の皆さんの奮闘努力を心より期待し、来年には立派な魔煮悪生になっていることをお祈りいたします。
出典:SOLO STACCATO Marco Falossi (p) 伊 IKTIUS IKT 022 1997年
【紹介者略歴】
吉池拓男
元クラシックピアノ系ヲタク。聴きたいものがあまり発売されなくなった事と酒におぼれてCD代がなくなった事で、十数年前に積極的マニアを終了。現在、終活+呑み代稼ぎで昔買い込んだCDをどんどん放出中。