ショータの楽譜探訪記(1)

こんにちは、突然ではありますが、本日から「ショータの楽譜探訪記」というお題でこれまでに蒐集してきた楽譜コレクションについて月1回の目安で連載を行っていきます。

軽く自己紹介を。私、小学5年生を迎えた頃、ベートーヴェンの「月光」を自宅の自動演奏ピアノで聴いて衝撃を受け、ピアノの学習を本格的に始めたわけですが、その頃から楽譜には異常な関心を抱いていました。この関心がどこから湧いてきたのか…今考えても理由はよく分かりません。まず買い集めたのは春秋社刊行の世界音楽全集(井口基成・校訂)でした。楽譜蒐集の第一歩が世界音楽全集だったのは、当時習っていたピアノの先生宅のレッスン室壁一面に世界音楽全集が並んでいたからでしょう。両親と近所の楽器店に寄る度に楽譜をせがんでいたのが懐かしいです。そこから主にネット上でアマゾン、国内輸入楽譜屋、海外楽譜屋やオークション、ヨーロッパ留学中は海外の図書館まで行動範囲を広げ今に至るわけです。

第1弾は今月手元に届いた楽譜について話をしてみようと思います。

先々月の真夜中、ネットサーフィンをしていたところ、イギリスのオークションサイトで驚愕のロットを見つけました。それは、去年亡くなったアメリカの大ソプラノ歌手であるジェシー・ノーマンの遺品、楽譜80冊でした。(詳細はコチラから)

生前、ジェシー・ノーマンの音楽コレクション 約29000点(!)はアメリカ議会図書館に寄贈されたというニュース記事を見かけたことがあり、もう市場に出回ることはないと思い込んでいました。

今回、オークションに出品された楽譜の数多くはノーマン本人による書き込みがあり、彼女の演奏解釈を読み解く上で一級の資料となり得ます。中には、フランシス・プーランクのオペラ「人間の声」の楽譜も入っていました。この作品は、2004年、ノーマンによる日本公演で話題となっています。幸運なことに、当時の公演模様はコチラで見ることができます。

恐らく、この機会を逃したら一生出会うことはないでしょう。楽譜との出会いは常に一期一会です。悩みに悩んでオークションに参加することにしました。結果、無事に落札することができたわけですが、諸手続きにそれなりの日数を要し、1か月半ほど経って遂に手元に届きました。

厳重な梱包を解くと、そこにはA3ほどの大きさの紙製の箱が8個が入っていました。今回受け取った楽譜1冊1冊を丁寧に確認をしていくと約2/3の楽譜に、ノーマンによる速書きのサイン “JN”がありました。そして、約1/4にノーマンによる演奏に関する膨大な書き込みがありました。ちなみに、前知識が無ければ、サイン”JN”がノーマンによるものだと認識するのは困難なのではないでしょうか。なお、アルノルト・シェーンベルクのオペラ「期待」についてはフルスコア、ピアノスコア、ポケットスコアなど合わせて10冊ほどありました。彼女が得意としていたレパートリーなだけあります。

他には、ピアニストのロバート・ウィルソンと共演した際に使用したフランツ・シューベルトの歌曲集「冬の旅」の楽譜がありました。例えば、その歌曲集の「回想」では”turn head to begin song(歌い始めるために振り返って)”など、それぞれの歌曲の冒頭に舞台上の動きに関する注釈が見受けられます。また、ロベルト・シューマンの「女の愛と生涯」では、ドイツ語歌詞、一単語ずつを丁寧に翻訳(逐語訳)した跡もしっかりと残っています。他にはEMIから録音が出ているリヒャルト・ワーグナーの「ヴェーゼントンク歌曲集」(ピアノ伴奏版)の書き込み入り楽譜もありました。その楽譜にはブレスの個所、テンポ感、フレーズ、協調するべき子音などが鉛筆で書かれています。音楽に対して一切の妥協を許さなかった様子がこれらの楽譜から伝わってきます。

今回購入した楽譜は状態が悪いものも多いために近いうちにスキャンしてデータ化を急ごうと思います。これからの連載の中でそれらの楽譜を定期的に紹介をしていくつもりです。最後までお読みくださりありがとうございます。

最後に…
私はミューズ・プレスの創業当時から代表社員として働いていましたが、私事で2019年8月末に一線を退いていました。ですが、先月から休日のみの稼働のもと代表社員としてミューズ・プレスの出版業務に携わっていくことになりました。上質な楽譜が皆様にお届けできるように努力して参ります。