1970年代からは曲も長くなる。フェルドマンは演奏に5~7時間を要する「String Quartet 2」(1983)などの長時間の楽曲で知られているが、この傾向も1970年代から始まる。しかし、ある日突然フェルドマンの音楽が長くなったわけではない。また、曲の長さだけが延びたのではなく、音楽の書法そのものにも変化が伴っている。先に引用した演奏会評の約2年後にあたる1975年3月24日発行の『Village Voice』に掲載されたフェルドマンの「Instruments 1」(1974)について書いた文章の中で、ジョンソンはこの曲の特徴を次のように描写している。
フェルドマンのすべての曲と同様に、概して楽器は孤立した音と和音を演奏し、テクスチュアも比較的まばらだ。だが、初期の楽曲には起きたことのない多くのジェスチュアも見られる。ミュート付きのトロンボーンは時折グリッサンドを演奏する。オーボエの音によるシークエンスは旋律のような性質に近づいているともいえるだろう。柔らかなティンパニとバスドラムのロールがたまに挿入される。とある箇所でマラカスの静かなさざめきが始まる。その穏やかさにもかかわらず畏怖さえ感じさせる背景のなかで、それはとても劇的だ。
As in all Feldman’s works, the instruments generally play isolated tones and chords, and the texture is relatively sparse. But there are also a number of gestures which never occurred in earlier pieces. The muted trombone plays occasional glissandos. A sequence of oboe tones may become almost melodic in character. Soft-timpani and bass-drum rolls occasionally intrude. At one point a quiet swish of maracas comes in, so dramatic in the context that it seems almost scary for all its gentleness.[5]
「Instruments 1」はアルト・フルート兼ピッコロ、オーボエ兼コール・アングレ、トロンボーン、チェレスタ、打楽器奏者2人による6人編成の室内楽曲だ。演奏時間は約18分。記譜法は「Voices and Instruments 2」とほぼ同じ形式で書かれているが、ここでジョンソンが解説しているように、トロンボーンの低音域でのグリッサンド、オーボエの音型、打楽器の用法などの点でこれまでのフェルドマンの楽曲にはない要素が新たに加わっている。この文章の終盤では、ジョンソンはフェルドマンの楽曲が響きによる空間と実際の演奏時間両方において規模が大きくなっていると指摘する。
今や彼はこれまで以上の大きさで作曲しているが、大きなキャンヴァスの使い方を語っていたことがある。大きなキャンヴァスにはマラカスの奇妙なグリッサンドや風を切るような音が絵の中に入り込む可能性もおおいにあるのだと。60年代の彼の曲は全面絵画とみなすことができ、最初から最後まで一定のムードを保っていた。しかし、今は音楽の残りの部分からむしろ著しく際立った領域を彼のキャンヴァスに見出すこともある。これもまた色の問題だ。60年代の彼の作品の大半がパステルで描かれていたが、現在、彼は茶色やグレーもたまに使う。
He talked about how, now that he was working on a larger scale, using larger canvases, there was a greatest possibility that a strange glissando or a swish of maracas would enter the picture. One could say that his pieces of the ‘60s were all-over paintings, which maintained a constant mood from beginning to end. But now, one sometimes finds areas in his canvases which stand out rather sharply from the rest of the music. It is also a question of color. While his work in the ‘60s was done largely in pastels, he now uses occasional browns and greys as well.[6]
ここではキャンヴァスが曲の長さや規模にたとえられていて、60年代の楽曲をパステルで描かれた全面絵画とみなすならば、70年代前半の楽曲はグレーや茶色の色彩にマラカスによるグラデーションが加わった、より微細な変化を描いた大きなキャンヴァスの絵画ということができるだろう。ここでジョンソンが書いているとおり、60年代後半から70年代前半にかけてのフェルドマンの楽曲には太鼓類、マラカス、カスタネットなど打楽器のトレモロやロールが頻繁に現れる。次のセクションで解説する「The Viola in My Life」の1、2、4番でもこれらの打楽器が用いられており、弦楽器、管楽器、鍵盤楽器、声の音色に陰影や奥行きを感じさせる効果をもたらしている。70年代前半の楽曲によく見られる打楽器のトレモロは音の空間的な広がりに寄与しているとも考えられる。
score https://www.universaledition.com/morton-feldman-220/works/instruments-1-2896
「Instruments 1」に見られたような音の響きの余韻や広がりを受けて、フェルドマンの音楽が次第に長くなっていったのではないだろうか。楽譜が出版されている70年代の主な楽曲の演奏時間とその変遷を見てみよう。これらの演奏時間はUniversal Editionのスコアに記載されている演奏時間を参照した。
1970年に作曲された楽曲
- Madame Press Died Last Week at Ninety: 4分
- The Viola in My Life 1: 9分45分
- The Viola in My Life 2: 12分
- The Viola in My Life 3: 6分10秒
1971年に作曲された楽曲
- The Viola in My Life 4: 20分
- I Met Heine on the Rue Fürstemberg: 10分
- Rothko Chapel: 30分
- Chorus and Orchestra 1: 15分
1972年に作曲された楽曲
- Cello and Orchestra: 19分
- Chorus and Orchestra 2: 22分
- Voice and Instruments 1: 15分
1973年に作曲された楽曲
- String Quartet and Orchestra: 22分
- Voice and Cello: 7分
1974年に作曲された楽曲
- Voice and Instruments 2: 12分
- Instruments 1: 18分
1975年に作曲された楽曲
- Piano and Orchestra: 21分
- Instruments 2: 18分
- Four Instruments: 6分
1976年に作曲された楽曲
- Oboe and Orchestra: 18分
- Voice, Violin and Piano: 5分
- Orchestra: 18分
- Elemental Procedures: 20分
- Routine Investigations: 9分
1977年に作曲された楽曲
- Neither: 55分
- Piano: 25分
- Instruments 3: 15分
- Spring of Chosroes: 12分
1978年に作曲された楽曲
- Flute and Orchestra: 35分
- Why Patterns?: 35分
1979年に作曲された楽曲
- Violin and Orchestra: 65分
- String Quartet No. 1: 100分
1971年の「The Viola in My Life 4」20分、「Rothko Chapel」30分を皮切りに、1972年以降から「Cello and Orchestra」(1972)、「String Quartet and Orchestra」(1973)をはじめとする20分前後の曲が増えてくる。その後、依然として1973年から76年までの間も20分前後の曲が続く。1977年の1幕編成、演奏時間55分のオペラ『Neither』を経た1978年から「Flute and Orchestra」35分、「Why Patterns?」35分、「Violin and Orchestra」65分と、以前よりさらに曲が長くなり、1979年には100分を要する「String Quartet No. 1」に行き着く。80年代以降はよく知られているように、さらに長い大曲が生み出されることとなる。本稿で既に述べたバッファローへの転居によって作曲に集中できるようになったことや委嘱の増加が、フェルドマンの曲が長くなった環境的な要因として考えられる。また、1976年にバッファロー大学 Center of the Creative and Performing Artsの演奏旅行でイランのシラズを訪問した際、フェルドマンが現地で絨毯の世界に目覚めたことも1970年代後半以降の長時間の楽曲と大きく関係している。中東の絨毯と後期の楽曲についてはこの連載で後に解説する予定だが、ここでごく簡単にまとめると、連綿と続く細かな織のパターンが1970年代後半以降のフェルドマンの記譜法や時間の感覚に大きな影響を与えたといわれている。
このセクションでは「普通の」五線譜に戻った1970年代のフェルドマンを取り巻く環境と彼の音楽の変化を概説した。次のセクションでは、1970年代前半の彼の楽曲のなかでもやや特殊な性格の「The Viola in My Life」1-4について解説する。
[1] Tom Johnson, “On the soft and wild sides,” Village Voice, February 22, 1973
[2] Ibid.
[3] Morton Feldman Says: Selected Interviews and Lectures 1964-1987, Edited by Chris Villars, London: Hyphen Press, 2006, p. 47
[4] Ibid., p. 47
[5] 記事の初出は1975年3月24日発行の『Village Voice』。Tom Johnson, “Morton Feldman’s Instruments,” The Voice of New Musicにも収録されている。この著作集にはページ番号が打たれていない。
[6] Ibid.
高橋智子
1978年仙台市生まれ。Joy DivisionとNew Orderが好きな無職。
(次回は3月4日更新予定です)