あれでもなくこれでもなく〜モートン・フェルドマンの音楽を知る(12) フェルドマンとオーケストラ-1

音色に常につきまとっていた問題のひとつは、本質的に平坦な音楽であろうと、音色が、ひとつの楽器と別の楽器との時間の隔たりによる幻影を作り出すことです。私は幻影としての音では作曲できません。ご存知のように、もしもその音が特定の音域から生じているなら、その音がその音域から鳴っているかのように聴こえないといけないのです。恣意的にはなり得ません。その音符はその音域、そのダイナミクス、その楽器でしかよく鳴り響かない音符にならないといけません。したがって、ここでは然るべきタイミング、然るべき音域、然るべき楽器で音符を選ばないといけません。言うならば、それは全てが一体となった状態です。

One of the problems that always had with Klangfarben is that it created an illusion of time space between one instrument and another, when essentially it was flat music, and I cannot work with sound as illusion. If it comes from a certain register it has to sound as if it’s from that register, you see. It can’t be arbitrary. The note has to be a note that sounds only good in that instrument in that dynamic in that register. So the choice of notes here has to be for the right instrument in the right register in the right time. Alles zusammen, as they say down there.[10]

この講義の中でもフェルドマンは音の幻影よりも実体に即した音の物理的なあり方を重んじ、音の優位性をさらに強調している。上記の日本語訳では原文中の“sound”を音の響きの意味での「音」、“note”は楽譜に記された音の意味での「音符」とした。「音」(この時点ではどの楽器のどのような音色かは決まっていない)が現実の世界に鳴り響く契機または手段としての「音符」に変換される時、そこに恣意性の入り込む余地はなく、音色、ダイナミクス、タイミングといったあらゆる要素が必然性を持ち、それらが一体となった状態を目指さないといけない。これがここでのフェルドマンのおおよその主張である。フェルドマンが音に抱く理想はどれくらい自身の楽曲の中で実現されていただろうか。1960年代の楽曲を振り返ってみると、室内楽曲が多かったこの時期はフルート、ホルン、チューバ、ヴィオラ、チェロ、チャイム、ヴィブラフォン、チェレスタ、ピアノが特によく登場し、「Durations 3」(1960)のようなヴィオラ、チューバ、ピアノという風変わりな編成もよく見られた。このような風変わりな編成もフェルドマンが考えるところの、その音の必然性から引き出されたものなのだろう。

 今までの引用からフェルドマンのオーケストレーションにまつわる問題意識として、作曲過程における概念上の音、楽器とその音色、演奏技術(フェルドマンは超絶技巧を避ける傾向)の3つの事柄が浮かび上がってきた。これら3つは1970年代の楽曲の中でどのような問題を投げかけ、楽曲として具現化されているのだろうか。次のセクションでは独奏楽器と管弦楽による協奏曲風の楽曲について考察する。


[1] 「Pianos and Voices」の当初のタイトルは「Pianos and Voices 2」だった。この曲に先立って作曲された同じ編成(5台ピアノと5人の女声)の曲のタイトルは「Pianos and Voices 1」だったが、後に「Five Pianos」に改題されたため、「Pianos and Voices 2」が繰り上がって「Pianos and Voices」となった。
[2] Feldman, Handschriftlicher Entwurf eines Einführungstextes zu Pianos and Voices (1972), Morton Feldman Archives, State University of New York at Buffalo (unpublished), Claren, Neither:Die Musik Morton Feldmans, Hofheim: Wolke Verlag, 2000, S. 93からの引用。英語による原文は未公開のため、Clarenによるドイツ語訳を引用した。
[3] フェルドマンのベルリン時代 (1971秋-1972秋)の楽曲:Chorus and Orchestra 1(10 Dec. 1971), Cello and Orchestra (19 Jan. 1972), Five Pianos (31 Jan. 1972), Piano and Voices (13 Feb. 1972), Composition for 3 Flutes (5 Mar. 1972), Voices and Instruments (Jun. 1972)、Chorus and Orchestra 2 (May-Jul. 1972), Voice and Instruments (Oct. 1972, バッファローで完成した)
[4] Morton Feldman, Give My Regards to Eighth Street: Collected Writings of Morton Feldman, Edited by B. H. Friedman, Cambridge: Exact Change, 2000, p. 205
[5] Ibid., p. 205
[6] ここで言及されている「ベルリンのテレビ」とは、フェルドマンがベルリン滞在時に当地で放送されていたテレビ番組での決まり文句だと推測されるが詳細不明。
[7] Ibid., p. 206
[8] Ibid., p. 206
[9] Ibid., p. 207 ここで文章が切れたまま掲載されている。
[10] Morton Feldman, Words on Music: Lectures and Conversations/Worte über Musik: Vorträge und Gespräche, edited by Raoul Mörchen, Band Ⅰ&Ⅱ, Köln: MusikTexte, 2008, p. 216