セクションBを締め括る不揃いなシンメトリーの直後、スコア20ページ、13小節目からセクションCが始まる。セクションBも拍子が頻繁に変化したが、セクションCでは拍子がさらにめまぐるしく変化する。例えば、このセクションの始まりから21ページ目までの23小節間では1小節ごとに拍子が変わり、同じ拍子が2小節以上続くことはない。拍子のめまぐるしい変化の一方、この部分にはパターン化された動きが見られる。このパターンの始まり(20ページ、13小節目、5/16拍子)は左手のB1、右手のC4-D6。この3音を中心として、16分音符でのE♭-A4(減5度、3全音)が右手のC4-D6に対する前打音のように打鍵される。この装飾音のようなパターンは3回鳴らされる。左手は20ページ、15小節目ではA#1-B2、続く16小節目では先の2音がB1-A#2へと入れ替わる。同じ入れ替わりは21ページの2小節目と4小節目でも行われている。次いで21ページ目、5小節目から14小節目まで、右手が4度か5度の2音を、左手が9度(E2-G♭3を異名同音のE2-F#3に読み替えている)の2音を不規則な間隔で鳴らす。スコアを見ると、拍子、和音、音価が全て1小節ごとに異なるので非常に不安定で忙しなく感じるが、この範囲の鳴り響きは比較的安定したペースで進んでいるように聴こえる。
22ページ、8小節目からのアルペジオは、これまでとは異なる素早い身振りの感覚をこの曲にもたらす。今までと性格の異なる要素を突然挿入する書法はフェルドマンが得意とするところだろう。アルペジオを伴う一連のパッセージが23ページの2小節目で終わると、曲は和音の引きのばしを中心とするテクスチュアに戻る。
24ページの後半から再び大譜表が層状に重なる。ここで重ねられているそれぞれの大譜表は曲中で既に現れた素材からできている。
p. 24 後半
1段目 | p. 20, mm. 13-16, p. 21, mm. 1-2 |
2段目 | p. 21, mm. 4-8 |
p. 25 前半
1段目 | p. 21, mm. 3-4, p. 20, mm. 13-15 |
2段目 | p. 21, mm. 13-15の途中まで(全休符の2小節間を除く) |
3段目 | p. 21, mm. 9-10, p. 21mm. 4-5 |
p. 25 後半
1段目 | p. 20, mm. 15-16, p. 21, mm.1-4 |
2段目 | p. 22, mm. 15-17, p. 23, mm. 1-3 |
3段目 | p. 21, mm. 6-9 |
*2段目6小節目(7/16拍子、全休符)は23ページ、3小節目(7/8拍子)の変化形。
*3段目3小節目G#3-A3-E5-B5と、21ページ、8小節目G#3-A4- B5-E6は、配置は異なるが構成音が同じ和音。
p. 26 前半
1段目 | p. 23, mm. 3-5 |
2段目 | p. 23, mm. 10-13 |
3段目 | p. 23, mm. 17-20の途中まで |
p. 26 後半
1段目 | p. 23, mm. 6-10 |
2段目 | p. 23, mm. 14-18 |
3段目 | p. 23, m. 20(p. 26, m. 4からの続き), p. 24, mm. 1-3 |
*3段目4小節目A♭3-F#4-D5-E5- E♭6は24ページ3小節目のA♭3-F#4-G4- D5-E5- E♭6の変化形とも解釈できるが、ここで23ページの方の和音からG4を省く理由を考えにくい。このG4の欠如はフェルドマンか出版社による書き間違いの可能性もある。
p. 27 前半
1段目 | p. 23, mm. 17-20の途中まで(p. 26前半3段目と同じ) |
2段目 | p. 23, mm. 10-13(p. 26前半2段目と同じ) |
3段目 | p. 19, mm. 6-9 |
p. 27 後半
1段目 | p. 23, m. 20(p. 27前半4小節目からの続き), p. 24, mm. 1-3(p. 26後半3段目と同じ) |
2段目 | p. 23, mm. 14-18(p. 26後半2段目と同じ) |
3段目 | p. 16, m. 10, p. 16, m. 12, p. 16, m. 9 |
*3段目3小節目は16ページ、12小節目1つ目の左手和音を1オクターヴ低くした和音。右手は16ページの同じ右手和音のオクターヴと構成音の配置を入れ替えた和音。
*3段目4小節目の右手和音A4-B♭4-A♭5は16ページ、9小節目の右手和音A4-B♭4-G#5と異名同音の関係にある。
スコア24ページからの大譜表の重なりの様子から、スコアの1ページ内の譜表を解体し、それらを2つか3つの大譜表に割り当てている傾向がわかる。これは譜表および小節の水平な流れを垂直な重なりに再構成する作業ともいえ、同じページ内の素材を再構成することで、本来ならば同時に鳴ることのなかった音同士が一斉に鳴らされる。この再構成が巧妙なのは、ここに用いられている素材が24ページ目以降とそれほど離れていないことだ。ほとんどの素材が「すぐそこにある過去」の再出現なので、それらをはっきり覚えているわけでなくとも、完全に忘れ去ったわけでもない。27ページになると、その直前の26ページと同じことを繰り返し、自己反復によって過去がもっと近くなる。24ページ後半から27ページまでの大譜表の重なりは、既存の素材を並べ替えただけの単純な作業に過ぎないかもしれないが、何かをほんの少しずらしたり、繰り返したりするだけで、そこから思いがけず大きな差異が生まれる可能性を示唆している。
スコア28ページから始まるコーダの和音のいくつかはセクションBの和音に由来する。[10]セクションCの最終ページである27ページ目後半の3段目の大譜表がセクションBの和音を先取りしていたため、セクションCとコーダの連結はスコアの上ではスムーズに見える。コーダの和音は最高音がG5またはA♭5。この2音の揺れ動きが繰り返される構成だ。この2音以下の音の組み合わせはその都度変化する。
セクションBの和音がコーダでどのように用いられているのかを概観すると、例えば、ここで頻出する和音の1つである28ページ、1小節目の和音B2-C3-C#3-D3-G#4-A4-B♭-G5は異名同音や転回を用いながら様々なかたちで現れる。2小節目の和音B2-C3-D3-C#4-G4-A4-B♭-A♭5もこの和音と構成音を共有している。この和音のルーツはセクションBが始まって間もない、16ページ、10小節目の2つの和音C#4-D4-B4-C5-G#5-A5-B♭5-G6とB2-C3-D3-C#4-G4-A4-B♭4-A♭5にたどることができる。もう1つの例をあげると、28ページ7小節目の和音A#2-B2-C3-D3-F4-D♭5-F#5-G5の和音は、16ページ12小節目の1つ目の和音、A#3-B3-D4-C5-F5-G5-F5-G5-D♭5-F#6と構成音を共有している。この2つの和音も構成音の配置が違うので同定しにくい。G5またはA♭5を最高音とする同じような2種類の和音が内部の構成音を少しずつ変えながら打鍵される様子は、微妙な差異を持つ糸の色合いから創出される絨毯のアブラッシュ技法を思い出させる。ここで言及したのはたった2つの例だが、コーダ全体がセクションBという現在地からやや遠い過去の素材と記憶を再構成している部分だとわかる。すぐそこにある過去を呼び戻したセクションC後半の大譜表の重なりと比べると、離れて位置するコーダとセクションBとを関連づける記憶の参照点の効力は若干、弱めかもしれない。
フェルドマンが絨毯の作業手順や考え方から着想した概念「不揃いなシンメトリー」を「Piano」の様々な側面から探った。この概念は、既に出てきた素材を複数の大譜表で重ねる手法とその視覚的な効果(ピアノを弾く人にとってはかなりインパクトのある譜面である)、小節の配列、和声の構成音の操作などに作用している。絨毯から得た着想を音楽に採り入れた最初期の楽曲「Piano」のなかで、フェルドマンは基準、中心点、参照点といったものからどの程度まで逸脱できるのかどうかを試行錯誤したのだろう。1980年頃から始まる、パターンとその反復を中心とした楽曲においても絨毯からの影響と「不揃いなシンメトリー」の概念が色濃く反映されている。
次回は、引き続き「不揃いなシンメトリー」の概念を考察しながら1980年代前半の楽曲について取り上げる予定である。
[1] 「Instruments 3」はThe Barton Workshopによる演奏で1997年に録音されている。CD番号はETCEITERA KTC3003。
[2] Morton Feldman Says: Selected Interviews and Lectures 1964-1987, Edited by Chris Villars, London: Hyphen Press, 2006, p. 155
[3] Paula Kopstick Ames, “Piano,” The Music of Morton Feldman, Edited by Thomas DeLio, New York: Excelsior Publishing Company, 1996, p. 100
[4] Ibid., p. 100
[5] Ibid., p. 102
[6] Ibid., p. 102
[7] Ibid., p. 102
[8] Ibid., p. 104
[9] Ibid., p. 104
[10] Ibid., p. 104
高橋智子
1978年仙台市生まれ。Joy DivisionとNew Orderが好きな音楽学者。
(次回掲載は6月24日の予定です)