あれでもなくこれでもなく〜モートン・フェルドマンの音楽を知る(16) 1980年代の室内楽曲-2

Feldman/ Palais de Mari (1986)

 一方、2)に分類されるグリッドは複数のパートが一斉に違う拍子で演奏するため、グリッドが与える影響はスコアと演奏との関係におよぶ。2)のaの具体例としてあげられている、当時のフェルドマンの「お気に入り」ともいえるトリオ編成――フルート、打楽器、ピアノ――による2曲のスコアをもとに、スコア上のグリッドと演奏とがどのような関係にあるのかを検証してみよう。「Why Patterns?」には中東の絨毯から着想を得た、微かな差異を伴う反復技法の影響が色濃く反映されている。この曲のスコアもグリッドの方法で書かれているが、1980年代以降の記譜法と異なり、小節の配置が1段につき9小節の規格で揃えられていない。全15ページからなるスコアのレイアウトは、1ページ目から11ページまでフルートが1段につき12小節、ピアノが17小節、グロッケンシュピールが12小節で構成されている。フルートとグロッケンシュピールは1小節ごとに拍子が変わり、ピアノは曲の中盤までは3/8拍子のままだが、次第に他2つのパート同様に拍子が変わる。スコア1ページ目から2ページ目の途中までは3パート間のペースの大きな乱れはあまり見られない。しかし、徐々にスコアと実際に演奏されている箇所とがパート間で一致しなくなる。この様子を徒競走に例えると、曲の序盤はピアノが先頭、その次がフルート、最後がグロッケンシュピールという順番で走る。曲が終盤に差しかかるスコア12ページ以降、3パートの1段あたりの小節数が12小節で揃えられ、スコアの見た目も整然としてくる(相変わらず各パートの拍子は異なるが)。さらに、曲の締めくくりに向かう14ページからは全パートの拍子が3/8となり、スコアの位置と演奏が一致する。先の引用においてHallはこの曲では1小節目、1拍目しか3パートが揃わないと指摘していたが、リンク先の演奏では最後に3パートを同期させている。

Feldman/ Why Patterns? (1978)

score sample: https://www.stretta-music.com/en/feldman-why-patterns-fuer-floete-altfloete-schlagzeug-und-klavier-1978-nr-350140.html
UE: https://www.universaledition.com/morton-feldman-220/works/why-patterns-5800

 「Crippled Symmetry」も「Why Patterns?」と同じタイプの、曲が始まってしまえば各パートがそれぞれのペースで進むグリッドの書法が用いられている。この曲のスコアは全38ページ、演奏時間は約90分。曲中に現れるそれぞれのパターンは「Why Patterns?」のパターンよりも輪郭がはっきりしているので、「Crippled Symmetry」は反復の感覚がより強く感じられるといえる。スコア1-3ページ目までの各パートのパターンとその特徴は次の通りだ。フルートには3ページ目の途中までE♭4-D♭5-C6-D5の4音パターンが様々なリズムで配置されている。3ページ、2段目からバス・フルートに代わるとD♭3-B3の2音を繰り返す。ヴィブラフォンはE♭4-D♭4-D4-D♭4-C4またはC4-D♭4-D4- D♭4-E♭4の5音パターン、C#6-E♭6-D6の3音パターン、グロッケンシュピールはD♭5-E♭5-C5-D5の4音パターン、C4-E♭4- D♭4-D4の4音パターンを繰り返す。1-3ページまで、フルート(バス・フルートを除く)と鍵盤打楽器のパターンは半音階的に並んだCからE♭の範囲に密集している。ピアノとチェレスタのパターンも半音階的に構成されたパターンを主とするが、小節やリズムの点でこれら2つのパートとやや異なる。ピアノには2-5小節の範囲での反復記号が伴うことが多い。その結果、他2つのパートよりも楽譜上での曲の進みが遅くなる。「Why Patterns?」と同じく、スコア上での楽曲の進み方を徒競走に例えると、1-3ページ目までではヴィブラフォンとグロッケンシュピール、フルート、ピアノの順で走るが、この順位は途中で何度か入れ替わる。曲が始まってから1時間ほど経ったスコア25ページ目には「このページとその後に続くページは同期しないスコアであることに注意。a reminder that this page and what follows is not a synchronized score」[6]と記されている。25ページにはバス・フルートによるA3の連打、ヴィブラフォンによるG3の連打、不規則な間隔の8分音符で打鍵されるピアノのF1が記されているが、この3つがスコア通りに揃って始まるわけではない。ピアノのF4はリンク先の動画Part 2の35分18秒付近で既に始まる一方、他の2パートはまだ25ページ目に行き着いていない。バス・フルートのA3はピアノに約1分30秒遅れて36分48秒付近から始まる。バス・フルートに数秒遅れて36分54秒頃にヴィブラフォンがG3を連打し出す。25ページ以降、ピアノとチェレスタ、フルート、ヴィブラフォンとグロッケンシュピールの順位がしばらく続くが、曲の終盤に順位が再び入れ替わる。

 この曲は他2つのパートに先立ってフルートが37ページで姿を消すが、やはり実際の演奏はスコアと異なる。リンク先の動画Part 2の1時間1分55秒から、ヴィブラフォンとグロッケンがスコア最後のページ、38ページに突入する。その約30秒後、1時間2分11秒付近でピアノがスコア38ページに記されたいくつかの種類の和音を鳴らし始める。38ページはヴィブラフォンとグロッケン、ピアノとチェレスタの2パートのみが記載されているが、フルートのペースが遅いため、他の2パートが38ページを既に演奏していようと37ページに記されたD6を吹くフルートの音がしばらく聴こえる。やがてフルートが37ページに記された音を全部吹き終わると一足早く役目を終える。最終的に3パートが曲を演奏し終える順番は、フルート、ピアノとチェレスタ、ヴィブラフォンとグロッケンシュピールである。38ページ目には、ヴィブラフォンとグロッケンシュピールにのみ反復記号が記されているのでこのパートが最後まで残る。「Crippled Symmetry」もグリッドで整然と構成されたスコアの外見から読み取られる時間の進みと、実際の演奏の中での時間の進みが一致しない。

Feldman/ Crippled Symmetry (1983) part 1
Feldman/ Crippled Symmetry (1983) part 2

score sample: https://www.prestomusic.com/sheet-music/products/7310409–feldman-morton-crippled-symmetry
UE: https://www.universaledition.com/morton-feldman-220/works/crippled-symmetry-1761