あれでもなくこれでもなく〜モートン・フェルドマンの音楽を知る(16) 1980年代の室内楽曲-1

文:高橋智子

 中東地域の絨毯との出会いから編み出した概念「不揃いなシンメトリー」は、1970年代後半から1980年代前半のフェルドマンの作曲や記譜法に大きな影響を与えた。前回解説した1981年のピアノ独奏曲「Triadic Memories」はその影響をうかがえる代表的な楽曲の1つだ。今回は「不揃いなシンメトリー」のその後の展開として、1980年代前半の室内楽曲に焦点を当てる。

1 1980年代の室内楽曲の編成と演奏時間

 フェルドマンの創作変遷を振り返ると、1950年代と1960年代は小・中規模の室内楽曲の時期、1970年代は協奏曲風の編成を含むオーケストラ曲、オペラ「Neither」などの大規模な楽曲の時期として、時代ごとにおおよその傾向を掴むことができる。楽曲様式や技法の変遷に伴って記譜法も変化や発展を遂げている様子は、これまでにこの連載で何度も述べてきた通りである。1980年代に入るとアメリカだけでなくヨーロッパ各地での講演や演奏会に飛び回っていたフェルドマンだったが、惜しくも1987年9月3日に膵臓癌で亡くなってしまう。享年61歳。このような事情から1980年代は既にフェルドマンにとって晩年に当たる。1980年代の楽曲の特徴や傾向をひとことで表すのは難しいので編成、記譜法、技法の観点から概観する。

 まず1980年代の編成の特徴を概観すると、オーケストラ曲が続いた1970年代から一変し、80年代は60年代の再来を思わせるかのように室内楽編成の楽曲が中心を占めている。しかし、オーケストラのような大編成の楽曲が完全に影を潜めたわけではなく、1980年代にも管楽器と弦楽器による小規模編成オーストラのための「The Turfan Fragments」(1980)、フル・オーケストラ編成の「Coptic Light」(1985)、2管編成の管楽器、弦楽5部、ハープ、ピアノ、ヴィブラフォンによるやや小規模なオーケストラ編成の「For Samuel Beckett」(1987)が作曲されている。この時期のピアノ独奏曲については前回、解説した通りで3つの長編「Triadic Memories」(1980)、「For Bunita Marcus」(1985)、「Palais de Mari」(1986)が並ぶ。現在までに所在が確認されているピアノ以外の80年代の独奏曲はオルガン独奏曲「Principal Sound」(1980)、ヴァイオリン独奏曲「For Aaron Copland」(1981)と「Composition」(1984、未出版)、ファンファーレとして作曲されたトランペット独奏曲「A Very Short Trumpet Piece」(1985)である。これらの独奏曲の中でも、フェルドマンがオルガン曲を書いていたのは意外だ。

 Universal Editionのスコアによれば、フェルドマン唯一のオルガン曲「Principal Sound」は1981年にコネティカット州のハートーフォード大学で行われたInternational Contemporary Organ Music Festivalのために作曲された。[1] 当初はヤニス・クセナキスにオルガン曲が委嘱されたが、ハートフォード大学所有のオルガンの仕様が彼の音楽に適していなかった。そこでフェルドマンに白羽の矢が立ち、彼がオルガン曲を書くことになった。[2]

 「Principal Sound」の演奏時間は約20分。テンポは♩=63-66。8/8拍子で始まり、その後めまぐるしく拍子が変化するが、和音の引きのばしや不規則な連打を中心に楽曲が構成されているので拍子の変化やリズムの感覚は希薄だ。鍵盤3段と、時にペダルも加わった和音による重層的な響きはオペラ「Neither」の冒頭部分の茫洋としたオーケストラの音響を思い出させる。曲中の和音はタイで結び付けられた引きのばしの過程でゆっくりと変化を遂げて、別の和音へと移り変わる。低音を中心とした和音の連打は心臓の鼓動や不穏な蠢きのようにも聴こえるだろう。

 「Principal Sound」の作曲に際してフェルドマンが参照したであろう2つの楽曲が浮かび上がる。1つはスティーヴ・ライヒの4台の電気オルガンとマラカスのための「Four Organs」(1970)である。フェルドマンは1981年に書いたエッセイ「Crippled Symmetry」の中でライヒの「Four Organs」についてやけに詳しく解説している。彼はライヒの「Four Organs」において、1つの和音が繰り返し打鍵される過程で拍子の長さを拡張させていき、それに伴って和音の音価も引きのばされていく様子に着目した。[3] 1小節あたり8分音符11個分(11/8拍子)で始まるこの曲の拍子は最終的に8分音符24個分(24/8小節)へと拡大し、「小節がだんだん長くなるにつれて、繰り返される和音の音高による振幅はどんなリズム記号による特徴付けさえもはや不可能な状態だと言える。 As the measures grow progressively longer, the oscillation of the recurring pitches can no longer be said to have any marked rhythmic profile.」[4] フェルドマンは、ライヒのこの曲から拍子および1小節分の長さを拡張していく手法の着想を得たのではないだろうか。こうすることでリズムや拍子の感覚がさらに曖昧となる。実際、1980年以降のフェルドマンの記譜の特徴の1つとして、頻繁に変化する拍子と、規則的な拍子や拍では完全に掌握できない時間の伸縮性の効果があげられる。「Principle Sound」もその例外ではなく、オルガンによる和音がドローンのように終始引きのばされて単調に聴こえるが、その記譜は予想よりも複雑で、頻繁に拍子や音価が変化している。フェルドマンはエッセイ「Crippled Symmetry」において自身のオルガン曲に直接言及しているわけではないが、ライヒの「Four Organs」を引き合いに出していることをふまえると、「Principle Sound」作曲に際して、この曲がなんらかのかたちでフェルドマンにオルガン音楽のヒントを与えていたのではないかと推測できる。

 もう1つはリゲティの「Two Etude for Organ」の1曲目「Harmonies」(1967)だ。この曲もライヒの「Four Organs」と同じく和音の引きのばしを主体とする。この曲がフェルドマンやライヒのオルガン曲と異なるのは、ドローンのような音響がダイナミクスの変化を伴いながら変容し続ける点であろう。音響的な効果は異なるものの、タイで連綿と繋がれた和音が書き付けられたこの曲のスコアは、フェルドマンの「Principle Sound」における和音の引きのばし書法を彷彿させる。フェルドマン自身がリゲティのこの曲を参照したかどうかは想像の域に留まる話であり、また、リゲティの「Harmonies」とフェルドマンの「Principle Sound」との関係を指摘した先行研究も見当たらないが、この2曲の楽器の編成、作曲時期、記譜法から、当時のフェルドマンの頭の中にはリゲティのオルガン曲の存在も少しはあったのではないだろうか。以上が、1981年に突如現れたフェルドマンのオルガン曲にまつわる推論である。

Feldman/ Principal Sound (1981)

UE: https://www.universaledition.com/morton-feldman-220/works/principal-sound-4274

Ligeti/ Two Etude for Organ, 1. Harmonies (1967)
Reich/ Four Organs(1970)

score: https://www.universaledition.com/four-organs-for-4-electrical-organs-and-maracas-reich-steve-ue16183