あれでもなくこれでもなく〜モートン・フェルドマンの音楽を知る(9) 自由な持続の記譜法の変化-2

2 De Kooning(1963)自由な持続の記譜法の変化

 「De Kooning」はホルン、打楽器、ピアノ(チェレスタ兼)、ヴァイオリン、チェロの4人奏者による室内楽編成。この曲は自由な持続の記譜法による新たな作品群の始まりの曲と位置付けられる。これまでの自由な持続の記譜法の楽曲では、すべての音符が五線譜上に垂直に重ねられて配置されていた。「De Kooning」では新たに破線と矢印付き垂直線が用いられるようになった。破線は音符と音符をつないで演奏順を明確に指定する。矢印付き垂直線は同時に鳴らされる音符を示す。この2つが「De Kooning」から始まった自由な持続の記譜法に生じた変化である。破線と矢印付き垂直線はスコア冒頭の演奏指示でも説明されている。

1)破線は楽器が連なる順番を示す。
2)先行する音が消え始めたら各楽器が入ってくる。
3)矢印付きの垂直線は同時に鳴らす楽器への合図を示している。
4)それぞれの音は最小限のアタックで。
5)ダイナミクスは終始とてもひかえめに。
6)装飾音はゆっくり演奏される。
7)ピアノとチェレスタ(1人の奏者で)
8)打楽器(奏者1人)は以下の楽器を演奏する。
 大型ヴィブラフォン(モーターなし)
 チャイム
 バスドラム(ティンパニのスティック)
 中型テナードラム(フェルトのスティック)
 アンティーク・シンバル

1) Broken line indicates sequence of instruments.
2) Each instrument enters when the preceding sound begins to fade.
3) The vertical line with an arrow indicates the instrument cueing in a simultaneous sound.
4) Each sound with a minimum of attack.
5) Dynamics very low throughout.
6) Grace notes to be played slowly.
7) Piano-Celesta (1 player).
8) Percussion (1 player) requires the following instruments:
 large vibraphone (without motor)
 chimes
 bass drum (timpani sticks)
 medium tenor drum (felt sticks)
 antique cymbals[1]

Feldman/ De Kooning (1963)

score: https://issuu.com/editionpetersperusal/docs/ep6951

Feldman/ De Kooning
Feldman/ De Kooning 演奏動画[2]

 Bernardは、この曲の記譜法から始まった破線と矢印付き垂直線の役割と特性を次のように指摘する。「これら(訳注:破線と矢印付き垂直線)は作曲家が小節線に頼らずとも連続性と同期性を区別できるようにする they enable the composer to make a distinction between the successive and the simultaneous without recourse to bar lines.」[3] 役割を持っている。2つの線の特性については、「実際の鳴り響きの中に反映されている、これらのむしろ余白の多い外見は絵画よりもドローイングを思い出させる Their rather spare appearance, reflected in their sonic realization, is more reminiscent of drawings than paintings」[4]。この2種類の線は記譜と演奏における実用的な側面と、ドローイングのあり方に通ずる概念的な側面をあわせ持っているといえる。矢印付き垂直線の矢印は大抵が下向きで記されているが、上向きで記されている箇所がある(セクション23、24、25、26、27、30)。演奏指示には上向き、下向き矢印の違いについて言及されておらず、先行研究でもこの点を指摘しているものは見つからなかった。単にスコアでの見やすさの問題かもしれないが、この書き分けについてまだ判然としない。

 フェルドマンはここでもダイナミクスとアタックはとても控えめに、装飾音はゆっくり演奏するよう指示している。破線と矢印付き垂直線以外での記譜にまつわる大きな変化として、小節線と拍子記号があげられる。この2つは通常の楽曲および記譜法では珍しくないどころか必須事項だが、フェルドマンの楽曲群では久しぶりに登場するので特筆すべき変化とみなしてよいだろう。全7ページのスコアは冒頭の番号なしの部分と、作曲家自身によって番号が付けられた1-32までのセクションで構成されている。楽曲の構成は下記のように図示することができる。

冒頭 | セクション1-15 | セクション16 | セクション17-32 | 最後の1小節

 それぞれのセクションの趣も長さも様々だが、この曲のちょうど真ん中に位置するセクション16はやや特殊な役割を持っている。セクション16には小節線と拍子記号が登場する。しかし、突然この曲が拍節の感覚や明確なリズムを持ち始めるわけではない。ここでの小節線と拍子記号は正確な長さの沈黙をもたらす役割だ。小節線、拍子記号、メトロノーム記号が記されている箇所には全休符が書き込まれており、音はひとつも鳴らされない。このセクションは自由な持続の記譜法によって記されている部分と小節線で区切られた部分から構成され、この2つが交互に配置されている。Aを自由な持続の記譜法の部分、Bを小節線で区切られた部分とすると、セクション16を以下のように表すことができる。

セクション16 見取り図
| A || B1 | B1 || A || B2 | B2 || A || B3 | B3 || A || B4 | B4 | B4 ||
B1: 6/8拍子 ♩. = 52 B2: 5/4拍子 ♩ = 76 
B3: 3/2拍子 二分音符= 52 B4: 3/2拍子 二分音符= 76

 セクション16の構成は音が鳴る部分(A)が測られた沈黙(B)によって断ち切られている。こうすることでAの各部分は互いの連続性や関係性を構築せず、各々が独立して存在し続ける。曲全体の構成に戻って考えると、この曲は2つの記譜法が混ざったセクション16を中心とするシンメトリー構造を形成しているともいえる。

 スコアを見ての通り、この曲も他のフェルドマンの楽曲と同じく、どの部分に着目すべきかを見定めるのが難しい。今回は頻出する音高、各パート間の音の動きや受け渡しの様子に着目して各セクションを見ていく。各セクション内の音のアタックの数も記した。この数は各セクションの長さの目安となり、和音1つで終わるものから、1ページ以上にわたるものまで、その長さは様々だ。

冒頭:アタック数9
アンティーク・シンバル→ピアノ→ヴァイオリン→チャイム→チェロ→ホルン→チェロ→ピアノ→バスドラムの順番で、この曲のほぼ全てのパートが登場する。各パート間は極端に離れた音域で配置されているので、演奏順を示す破線は鋭角な輪郭を描く。最初に鳴らされるアンティーク・シンバルのG#6がピアノで異名同音のA♭6に受け渡される。その後、ヴァイオリンとチャイムとチェロを挟んでホルンがG#3を鳴らす。このセクションの最後のアタックであるバスドラムがトレモロを鳴らし、セクション1へと移行する。

セクション1:アタック数4
前のセクションに引き続きホルンのG#3とヴァイオリンの開放弦でのA4が矢印付き垂直線で結ばれている。この2音の余韻の中で残りのパートが音を鳴らしていく。前のセクションに続いてここでもホルンがG#3を、チェロがフェルマータの付いたF#2を鳴らす。

セクション2:アタック数2
ホルン、ヴァイオリン、チェロが矢印付き垂直線で鳴らされる。ここでもホルンはやはりG#3を鳴らす。この後に続くチャイムのD♭4-C5の2音は冒頭のセクションにも登場するが、この2音の前後の音がそれぞれのセクションで異なるため、音を聴く限りでは同じ和音が再び現れた感覚は希薄である。楽譜上で初めて同定できる。

セクション3:アタック数4
ホルン、ピアノ、チェロによる和音から始まる。アルペジオで鳴らされるヴィブラフォンの和音(G3-F#4-B4-F6)の余韻の中でセクション4へ移行する。このセクションからピアノ兼チェレスタが構成音の多い和音を鳴らし始める。

セクション4:アタック数5
先のヴィブラフォンの和音の最高音F6がホルンのF3に受け渡される。ここではチャイムD6→チェロC#3→チャイムD6が破線で谷を描いている。

セクション5:アタック数2
ホルンのA♭3とヴァイオリンの開放弦G4で始まる。ホルンのA♭3はG#3と異名同音の関係にあることから、聴取からではわかりにくいが、スコアを見ると一目瞭然で、曲の開始以降からセクション5までの間はG#/A♭が強調されているとわかる。

セクション6:アタック数2
これまでは出だしはホルンが必ず加わっていたのに、ここで様相が変わる。ホルン以外のパート(アンティーク・シンバル、ピアノ、ヴァイオリン、チェロ)が矢印付き垂直線によるテュッティで鳴らされると、そのエコーのようにホルンがF3を鳴らす。

セクション7:アタック数6
旋律とはいえないまでも、チェロがG4-F3-E♭2の3音からなるまとまった動きを見せる。この3音の下行音型は音高を変えて次のセクションにも登場する。

セクション8:アタック数14
前半では最も長いセクション。いくつかの注目すべき出来事が起きている。冒頭のホルンのA♭3はチャイムを挟んでチェロに受け渡され、最終的にヴィブラフォンに行き着く。それぞれ音域が異なるので耳では認識しにくいものの、スコアを見ればこの3音のつながりをはっきり認識できる。セクション7と同じくチェロの3音からなる下行音型が音高を変えて(G♭4-E3-F2)現れる。最後はE♭が3つのパート間(チャイムE♭4-チェレスタE♭3-チェロ開放弦E♭2)で受け渡されて終わる。

セクション9:アタック数5
チェロの下行音型が変化してD♭3-G4-F3の山型の音型ができ、ここにヴィブラフォンのG4が加わった4音のまとまりとなる。

セクション10:アタック数3
構成音7つのピアノの和音、ヴァイオリン、ホルンが矢印付き垂直線で結ばれて複雑な響きの和音を鳴らす。その後、チェレスタとヴィブラフォンがエコーのように連なる。

セクション11:アタック数1
ヴァイオリンとチェロによる音域の離れた2音が鳴らされるのみの儚いセクション。

セクション12:アタック数3
出だしのヴァイオリンのC4はセクション10のチェレスタのC4とヴィブラフォンのC6を引き継いでいる。チャイムのG#4はセクション13と14のホルンのG#3を予示すると解釈できる。しかし、この解釈もスコア上に止まる。実際の鳴り響きでは音域と音色が異なるため、同定するのが難しい。

セクション13:アタック数2
スコアのページが切り替わるので把握しにくいが、チャイムのD#6にホルンのG#3が続き、完全5度の音程を形成している。曲の開始からしばらくの間、G#が強調されていたことをここで思い出すことができる。

セクション14:アタック数2
ここでもホルンがG#3を鳴らす。このセクションではピアノの左手がチェロと矢印付き垂直線で結ばれ、右手はバスドラムと結びついている。音を聴いているだけではわからないが、スコアを見ると垂直線が使い分けられているとわかる。

セクション15:アタック数2
セクション14から派生したピアノの和音が装飾音として2度鳴らされる。その後のフェルマータはこの曲の前半がここで終わったことを告げる。

セクション16:アタック数19
このセクションは前述したように、音が鳴る場面と、小節線と拍子記号が用いられた全休符の数小節が交互に配置されている。ホルン、チャイム、チェロが同時に鳴らされると、ピアノとチェレスタがC#をオクターヴで打鍵する。チェロのピツィカートのF2と開放弦のF#を経て、さらに高い音域のC#オクターヴ(C#5、C#7)がピアノで再び鳴らされる。その後、6/8小節で2小節分の沈黙を挟み、ピアノの和音にアンティーク・シンバルが連なる。よく見ると、ピアノの和音にタイが記されていることに気付く。このタイは次に続く4/5拍子の2小節に及んでおり、2小節間の全休符は厳密には完全なる無音や沈黙ではなく、ピアノの和音の響きがまだ残っている状態だ。その次にホルンのF3が鳴らされ、テナードラムがその後を追う。3/2拍子で2小節分の沈黙を挟み、今度は音域の広いピアノの和音がチャイム、チェロ、ヴィブラフォンによる単音と交互に現れる。ピアノの3番目のアタックはこのセクションの初めにも出てきたC#オクターヴ(C#5、C#7)で、この音をチェロが異名同音のD♭3で引き継ぐ。3/2拍子で3小節分の沈黙がセクション16を締めくくる。

セクション17:アタック数3
セクション17から曲の様相がやや変化する。おおよその傾向を述べると、ピアノ、チェレスタ、ヴィブラフォン、チャイムが特定の和音を繰り返し、その合間に他の単音楽器が連なるパターンが顕著になる。セクション17はチェレスタの和音B3-C4-E4-C#5、ホルンのD3、チェロのE♭2で始まり、チャイムとチェロがそこに続く。

セクション18:アタック数5
ここで現れるピアノの和音C4-E3-C#5はセクション27までの範囲で中心的な役割を担う。「中心」という言葉は、全面的なアプローチによってそれぞれの音を均等に扱おうとするフェルドマンの創作態度にそぐわないかもしれないが、この和音が高い頻度で現れることを考えると、やはりここでは他の音よりもひとつ抜きん出た役割を持っていると解釈できる。ピアノの和音以外に注目すべき点はチェロとホルンのA♭だ。この曲の冒頭で異名同音であるG#がチェロ以外の全パートで鳴らされ、特にホルンにはG#3とA♭3がその後のいくつかのセクションで用いられている。だが、このG#とA♭の回帰はスコアを熟読しているから見えてくる事柄であって、実際の演奏を聴いている最中にははっきりと思い出せないだろう。せいぜい、ぼんやりと記憶の糸を手繰るしかない。このような、完全に思い出せないものの、なんとなく以前聴いたような、観たような感覚はフェルドマンとデ・クーニングの作品に共通する、記憶よりも忘却を促す性質に起因している。

セクション19:アタック数4
先の和音C4-E3-C#5がチェレスタで、A♭はチェロで現れる(音域はA♭2)。これらの音が繰り返し現れることによって以前聴こえた音に対する記憶を念押ししてくるかのようにも見えるが、まったく同じものを繰り返しているわけでもない。構成音と音域は同じだが、その前のセクションではピアノで鳴らされた和音が今度はチェレスタになって音色が変わっている。

セクション20:アタック数4
C4-E3-C#5の和音がピアノに戻り、さらにチャイムのE♭が加わって、今までとやや違う響きとして現れる。チェロは引き続きA♭2を鳴らす。バスドラムのロールで終わる。

セクション21:アタック数7
セクション20からのバスドラムのロールの最中にセクション21が始まる。C4-E3-C#5の和音はここではチェレスタに交替し、1オクターヴ下のC3-E3-C#4で鳴らされる。この和音はヴィブラフォンのC4-E3-C#5へ引き継がれる。これらの和音の合間にチェロとチェレスタがそれぞれA♭3を鳴らす。

セクション22:アタック数5
C3-E3-C#4の和音はピアノに戻り、1オクターヴ上のC4-E3-C#5でホルンのB2を伴って鳴らされる。チャイムのD♭4-C5はここで初めて登場するのではなく、冒頭部とセクション2で既出である。さらにセクション17では転回したC4- D♭5として現れている。しかしながら、ホルンで頻繁に鳴らされるA♭と同様、このチャイムの和音を以前のセクションの記憶と照合して思い出すことのできる聴き手はどれほどいるだろうか。また、作曲家自身も、今聴いている音をそれ以前に聴いた音と結びつけて聴いてほしいとは思っていなかっただろう。

セクション23:アタック数3
引き続きピアノでC4-E3-C#5の和音がチェロのF2を伴って鳴らされ、チャイムのD♭4-C5が最後に鳴り響く。

セクション24:アタック数1
チェロの開放弦D3を伴ったチェレスタの和音C4-E3-C#5のアタックだけで完結している。

セクション25:アタック数1
テナードラムのロールと同時にフェルマータ付きのホルンA♭2が鳴らされる。テナードラムはセクション26へと途切れなく続く。

セクション26:アタック数1
テナードラムのロールの中でピアノのC4-E3-C#5の和音とチェロのB2が同時に鳴らされる。

セクション27:アタック数2
引き続きピアノのC4-E3-C#5の和音が登場するが、ここではヴァイオリンの開放弦B4を伴う。B4はチェレスタのB5に受け渡される。

セクション28:アタック数4
同時に鳴らされるホルン、ピアノ、チェロで始まる。その後のチェレスタの和音はこれまで繰り返されてきた和音にB3が加わり、構成音4つのB3-C4-E3-C#5ができあがる。この和音はセクション29、30の中心的な役割を担う。この和音にチェロのB♭2が続く。B♭はこの後のセクションでも何度か現れる。

セクション29:アタック数1
引き続きチェレスタのB3-C4-E3-C#5が今度はバスドラムのロールと共に打鍵される。

セクション30:アタック数16
これまで短いセクションが続いていたのに、突然長いセクションが始まる。矢印付き垂直線で繋げられた和音、破線で描かれた極めて鋭角的な輪郭、装飾音、太鼓類のロールなど、この曲のあらゆる要素がここで一気に噴出したスコアの外見も激しい。ピアノに交代したB3-C4-E3-C#5の和音はこれが最後の出番となり、このセクションの後半に現れるチェレスタのC#3-E3-F3-A♭3がこの後のセクションでも何度か繰り返される。単音の動きで注目すべきはB♭の頻出だ。チェレスタのB♭5、ヴァイオリンの開放弦でのB♭4、アンティーク・シンバルのB♭6が破線で結ばれて鋭角線を描いている。その後に続くピアノのD2-C4-C#4は、音域や音色を変えて曲の終わりまで何度か登場する。また、この3音のうちの2音C#とCが、冒頭部、セクション2、17、22で登場したD♭-Cの異名同音である。このことから、D♭-CあるいはC#-Cも随所に現れるA♭と同じく、漠然としたスコアの中で一定の特性を持っているといえるだろう。

セクション31:アタック数4
チェレスタがB3-C4-E3-C#5の和音を鳴らす。チェロのD♭2とチャイムのD4が破線で結ばれて、さらにその後セクション32の冒頭でホルンがC3を鳴らすことから、先ほど指摘したD-C#-Cの存在をここにも感じることができる。

セクション32:アタック数16
セクション32の最後に小節線が引かれ、メトロノーム記号も記されている。この最後の1小節を本稿ではコーダとみなす。ここには拍子記号が記されていないが、全音符が書かれていることから2/2拍子と考えてよいだろう。各パートの音の動きに目を向けると、ホルンのC3を伴ったピアノのC#4-E5-F4-A♭4の和音で始まる。この和音の後、ホルンがC3を1回目は装飾音で、フェルマータを挟んだ2回目は装飾音ではない音価で鳴らす。このC3にピアノの低音域でのクラスター状の和音が続く。2つ目のピアノの和音にはチャイムのC4、チェロのD♭2、ホルンのC3が連なり、バスドラムのロールに行き着く。再びピアノのクラスター状の和音が装飾音で鳴らされた後、またもホルンのC3が2回登場する。最後の1小節はホルンが引き続きC3、チャイムE♭4、ヴァイオリンの開放弦E4、チェロD♭2がひきのばされて終わる。このセクションではCが各パートと様々な音域で現れ、他の音高よりも抜きん出た存在だとわかる。

 数に基づくまとまった推察や結論を出すには至らなかったものの、「De Kooning」における音の動きをできるだけ詳細に記述してみた。この曲から始まった破線と矢印付き垂直線によって、自由な持続の記譜法の外見に鋭角な輪郭線が加わった。各パートの音のなりゆきを予測できなかった、これまでの自由な持続の記譜法の楽曲と比べて、「De Kooning」において音の動きをたどることはそれほど難しくない。それぞれの音の動きを見てみると、他の楽曲と同様、やはり反復やオクターヴ重複といった方法で特定の音が強調されていることもわかった。しかし、同じ単音や和音であっても、その都度違う音域や音色で登場するので、音を聴いているだけではどの音がどこで何回現れるのかを把握しにくい。この曲でもフェルドマンは常に「今」を中心に据え、その前後、つまり過去と未来とのつながりを断ち切らせようと試みている。記憶を阻む様々な仕掛けによって、この曲は出来事を覚えるよりも忘れることに重きを置いているともいえる。もちろん、これらの仕掛けは曲を聴いただけで見破ることはできない。

次のセクションでは「Chorus and Instruments」(1963)の記譜法と演奏解釈から、この曲における時間と空間の性質を考察する。


[1] Morton Feldman, De Kooning, Edition Peters, No. 6951, 1963
[2] このアンサンブルによる演奏ではホルンがFで演奏されているが、スコアの演奏指示にはホルンをin Fで読むとは書かれていない。また、フェルドマンのほとんどのスコアの管楽器パートは実音表記のため、この演奏のホルンは楽譜の読み間違いの可能性が高い。しかし、自由な持続の記譜法による室内楽曲がどのように演奏されているのか、とりわけ演奏者間のアイ・コンタクトなど、演奏中のコミュニケーション方法を見る際にこの演奏は参考になる。
[3] Jonathan W. Bernard, “Feldman’s Painters,” in The New York Schools of Music and Visual Arts: John Cage, Morton Feldman, Edgard Varèse, Willem de Kooning, Jasper Johns, Robert Rauschenberg, edited by Steven Johnson, New York: Routledge, 2002, p. 199
[4] Ibid., p. 199

高橋智子
1978年仙台市生まれ。Joy DivisionとNew Orderが好きな無職。

(次回更新は12月30日の予定です)