あれでもなくこれでもなく〜モートン・フェルドマンの音楽を知る(12) フェルドマンとオーケストラ-2

「Piano and Orchestra」はピアニストのロジャー・ウッドワード[13]に献呈され、ハンス・ツェンダー指揮、ザールラント放送交響楽団によって1975年11月21日にフランス北東部の都市メスで初演された。編成は独奏ピアノとオーケストラ(木管、金管、ハープ、ピアノ兼チェレスタ、打楽器 [奏者2人]、弦楽5部)。演奏時間は約21分。テンポは♩= 63-66、曲想指示として「ビートの感覚がないほど極めて静かに extremely quiet, without the feeling of a beat.」と記されている。この曲のスコアには練習番号等が付いていないので本稿では全408小節を場面の変化に応じて20のセクションに分けた。楽曲を構成する要素は以下の8つに分類することができる。表はこれら8種類を色分けして一覧にし、それぞれの要素がどのように配置されているのかを可視化した。

Piano and Orchestra 一覧表
*下記のURL(Google Drive)から閲覧可能
https://drive.google.com/file/d/1StgrkfeC26MRq_ehgSo-zEwppZLG9nOT/view

「Piano and Orchestra」を構成する8つの要素

1. 同一音の連打:赤  独奏ピアノが曲の冒頭で連打するD♭5や、88-89小節でのオーボエによるD#6がこれに該当する。曲の前半では同一音を連打するのは主にピアノだったが、曲が進むにつれて他のパートへも広がっていく。236小節目からのピアノによる同一和音の連打もここに分類される。

2. 長めの引きのばし音:  四分音符2つ分以上の音価を対象とする。長めの引きのばし音は曲の中で最も登場頻度が高い。1-2小節目のコール・アングレのC5のように単音で現れることもあれば、6-7小節目のクラリネット1のF5、クラリネット2のE5、クラリネット3のD#5のように複数の声部やパートが半音階的に密集してクラスターを形成している場面も多い。

3. 短めに鳴らされる音:ピンク  四分音符2つ分未満の音価を対象とした。多くの場合、短めの音価の音は長く引きのばされる音の合間に挿入されるか、各パート間で受け渡されて点描的なテクスチュアを作る。8小節目のハープのC#3、D#3の2音がこれに該当する。また、独奏ピアノとオーケストラのピアノがともに四分音符1つ分程度の和音を鳴らすことも多い。

4. 短いアタック音:オレンジ  四分音符1つ分未満の音価を対象とする。第2ヴァイオリン、チェロの2小節目のピツィカートをはじめとして、アタックのような性格の単音が随所に挿入されている。曲の最後の方にさしかかった353小節目ではチューバとティンパニがfffの付いた十六分音符を鋭く打ちつける。

5. 半音階的な音型:紫  219小節目のチェロとコントラバスによる痙攣する動きのような2音の音型や、230小節目のコントラバスの5連符による蠢くような動きがこれに該当する。この音型はたいていの場合、半音階的に隣り合った3音程度からできているが、上記のコントラバスのようなすばやい動きだけでなく、279-288小節目のオーボエのようになだらかな動きとしても現れる。この痙攣する半音階的な音型はベケット三部作やオペラ「Neither」にも引き継がれ、フェルドマンの1970年代後半の楽曲を特徴付けているともいえる。

6. 跳躍する音型:緑  116、118小節目での独奏ピアノや、229-230のハープによるE♭5-C#6のパターンが跳躍音型に当てはまる。301-305小節間ではチェロが息の長い跳躍音型を奏でる。他の7つに比べると登場頻度は低い。跳躍音型の少なさは、この曲全体が横の連なりと縦の重なり(和音)両方において半音階的な性格が強いことを意味する。

7. 装飾音の付いたピアノの和音:青  装飾音の付いた和音は独奏ピアノ、オーケストラのピアノ両方に現れる。73小節目の独奏ピアノで初めて登場する装飾音付き和音は87小節目でオーケストラのピアノにも受け渡される。曲の締めくくりの部分に当たる361-407小節間は、この装飾音付き和音の独壇場といってもよいだろう。

8. 揺れ動くピアノの和音:  2つのピアノが同じ和音を共有して和音を交互に鳴らしてできる和音の揺れ動きが見られるのは97-99小節、117-121小節、146-157小節、214-218小節、248-260小節、346-349小節。135-140小節、289-300小節間は独奏ピアノのみが和音の連なりを鳴らす。289-300小節間での独奏ピアノの構成音の最高音G5は終始変わらないが、打鍵ごとに変化する内声とバスの響きが揺れ動く効果をもたらしている。これらのピアノの和音の連なりは先に引用したグリフィスによる記事の中で「雲」や「ベル」と形容されている理由でもある。オーケストラがこの和音と同じ動きをする場面(209-212小節)もこの分類に該当するとみなした。

 これまでこの連載でとりあげてきたフェルドマンの楽曲の数々と同様に、抽象的で取りつく島のないように見える楽曲とそのスコアもこのように整理してみると、完全に秩序立っているとはいえないが、それほど複雑な構造でもないとわかってくる。これら8つの要素が曲の中でどのように配置され、パート間でのどのような相互関係を作っているのだろうか。あるいは互いに干渉しない場面もあるのだろうか。20のセクションごとに8つの要素を見ていく。

1: mm. 1-11

 独奏ピアノのD♭5の連打(分類では1に該当)、コール・アングレとトランペット1の引きのばし音(分類では2に該当)、ヴィオラとコントラバスのそれぞれ半音階的に重なった引きのばし音で曲が始まり、その後すぐにヴァイオリン2とチェロによる半音階的なピツィカートのアタック(分類では4に該当)が鳴らされる。4小節目でフルートが独奏ピアノの連打と同じD♭5を1度だけ鳴らす。さらに9-10小節目ではトロンボーン、チューバがD♭3を、10小節目の途中からマリンバがD♭3をトレモロで鳴らすので、この曲ではD♭が何か重要な役割を持っているのではないかと思わせる。しかし、曲が進むにつれて、曲中で強調されるのはこの思わせぶりなD♭ではなく、後述するピアノの和音だと判明する。5小節目の途中から独奏ピアノが高音域で、オーケストラのピアノが低音域で和音を同時に打鍵する。既にこの時点で、2つのピアノが同等に扱われている可能性を示唆している。

2: mm. 12-36

 12-14小節目では独奏ピアノとオーケストラのピアノが和音A3-B3-C4-F#4-E♭4-C5(分類では3に該当)を、21-24小節目では和音G♭2-D3-E3-F3-B3-C4-E♭4-D♭5とオクターヴで鳴らされる高音域のDを行き交わす。これらのピアノの和音はどちらかのピアノ1台で済むのだが、フェルドマンはあえて2つのピアノの間で和音を共有させている。2つのピアノが同じ和音を行き交わせることで、ステージ上でのピアノの位置の違いによる音響効果が得られるのは間違いないだろう。同じ音を複数の同一楽器で共有し、時間差でそれを鳴らす手法は1957年の「4 Pianos」で既に用いられている。また、この手法とよく似た同一編成によるアンサンブル2群が同じ音や素材を共有する曲として、1960年台後半の三部作「First Principles」(1967)、「False Relationships and the Extended Endings」(1968)、この連載の第10回で解説した「Between Categories」(1969)も挙げられる。今回は協奏曲編成で独奏ピアノとオーケストラの中のピアノとが同じ素材を共有し、時にどちらのピアノから出ている音なのか、その区別が曖昧な場面にも遭遇する。これには先に述べた音響効果だけでなく、独奏パートとアンサンブルまたはオーケストラとの関係をできるだけ同等に扱おうとしたフェルドマンの意図も感じられる。独奏パートとアンサンブルとの従属関係が完全に形成されていない点で、先にグリフィスが指摘していたとおり、この曲はやはり反協奏曲といえる。

 ピアノ以外のパートに目を向けると、木管、金管、弦楽それぞれが半音階的に隣り合った音を引きのばしている。30-34小節目では冒頭と同じD♭5を独奏ピアノが連打する。35-37小節目でのクラリネット、ヴァイオリン1、2、ヴィオラ、チェロによる複雑な響きの和音が引きのばされてこのセクションが終わる。

3: mm. 38-55

 40小節目での独奏ピアノの和音A2-G3-B♭4-G♭4-F5-A♭5が46小節目でオーケストラのピアノに受け渡される。49-53小節目ではD3-A3-B3-C4-E4-F4-A♭4-D#5とD♭3-A3#-B3-C4-E4-G4-A♭4-D#5の2つの和音を2つのピアノが共有して交互に鳴らす。ここでの和音の連なりもベルにたとえられる効果を出している。他のパートは音の引きのばしを主としている。

4: mm. 56-72

 この部分は弦楽によるクラスター状の音の引きのばしが静かな、時間が止まったかのような感覚をもたらす。表では弦楽パートが黄色で塗りつぶされていて、この部分の静止した性格は一目でわかる。弦楽の各声部を見てみると、コントラバスがヴァイオリンやヴィオラより高い音域で書かれている。和音の構成音として弦楽をひとまとまりと考えるならば、最低音を担うのは通常はコントラバスだが、フェルドマンはここでどうしてもコントラバスの高音がほしかったのだろう。

5: mm. 73-83

 73小節目で独奏ピアノが装飾音の付いた和音を鳴らして新たな場面が始まる。トランペットがほんの一瞬、半音階的な音型(分類では5に該当)を鳴らすが、あまりにも短いフレーズなのでそれほど印象に残らない。これら2つの出来事を除けば、この部分は主にバス・クラリネット、ファゴット、トランペット、トロンボーン、アンティーク・シンバルのアタック、トランペットの短いフレーズ、チェロとコントラバスのピツィカートといった音価の短い出来事と、後半のグラデーション状の音の引きのばしから構成されている。

6: mm. 84-99

 73小節目に初めて現れた装飾音付き和音(分類では7に該当)を独奏ピアノが再び鳴らす。これに呼応するようにオーケストラのピアノが別の装飾音付き和音を鳴らし、2種類の和音による呼び交わしのパターンが形成されている。97-99小節目では2つのピアノによる和音の連なりが緩やかな山型のアーチを作っている。

7: mm. 100-113

 弦楽と木管によるクラスター状の音の引きのばしの中で独奏ピアノがD♭5を連打する。

8: mm. 114-122

 独奏ピアノが谷型、山型に跳躍する音型(分類では6に該当)を鳴らす一方で、オーケストラのピアノが和音を打鍵する。ここでの2つのピアノは相互に干渉せず、それぞれが別のことを行なっている。

9: mm. 123-134

 木管と金管がmfからクレシェンドでffへ、そして次はffからクレシェンドでfffと、ダイナミクスを徐々に大きくしながら音を引きのばす一方、独奏ピアノの和音はmpからデクレシェンドが記されている。ここではダイナミクスによって独奏とオーケストラの対照的な性質が描かれているともいえる。実際のところ和音1つの打鍵でデクレシェンドを正確に表現するのは不可能に近く、デクレシェンドは音の自然な減衰に任せるしかないので、この対照的なダイナミクスはスコアに示される概念上の存在にとどまっている。

10: mm. 135-170

 ピアノによる揺れ動く和音(分類では8に該当)がここで初めて登場する。135-149小節目までの間は専ら独奏ピアノがこの和音を担うが、150小節目からはオーケストラのピアノもこの和音を鳴らす。またもここで2つのピアノによる同一和音の共有が行われ、これらの区別が曖昧にされている。157小節目から途切れ途切れであるが、ハープが半音階的に蠢く音型E1-D#1(分類では5に該当)を奏でる。この半音階の音型は164-167小節間のグロッケンシュピールのA4-G4に受け渡される。A4-G4は半音(短2度)ではなくて全音1つ分(長2度)の隔たりだが、ハープもグロッケンシュピールも2音を交互に繰り返す点で類似した音型とみなすことができる。

11: mm. 171-184

 木管、金管、弦楽によるクラスター状の響きがしばらく続くと、181-184小節間で2つのピアノが跳躍する音型を行き交わす。

12: mm. 185-213

 185-189小節間ではピッコロ、フルート1、オーボエ1が、204-207小節間ではトランペットとハープがそれぞれ同一音を連打する。185-187小節間のハープの半音階的な音型は157-162小節間のハープの半音階的な2音の派生形と考えられる。190小節目からは独奏ピアノでの和音の揺れ動きが再び始まる。196、201小節目でのトロンボーンによるffpの付いた強烈な打撃の和音で場面が一変し、トランペットとハープが同期した同一音の連打が再び登場する。209-212のアルト・フルート、オーボエ、コール・アングレ、クラリネット、バス・クラリネット、ホルン、トランペット、トロンボーン、バス・トロンボーンからなる和音の揺れ動きは、190-194小節間のピアノの和音から派生したと考えられる。

13: mm. 214-235

 209-212間の管楽器による和音を引き継いだ独奏ピアノの揺れ動く和音で始まる。オーケストラのピアノは独奏ピアノのF3-C4-D♭4-G#4-B♭4-A5の和音を214小節目で1度共有するだけだ。2つのピアノの和音が終わると、219小節目からチェロとコントラバスによるすばやい動きの半音階的な2音の蠢く音型が現れる。229-230小節目にハープが先のチェロとコントラバスの2音音型の派生形E♭5-C#6を鳴らす。230小節目では再びコントラバスが5連符で蠢く半音階的な音型を鳴らす。今までこの曲は音の引きのばしや和音の打鍵による静止した状態を主としてきたが、ここで異変の兆候が現れ始める。

14: mm. 236-247

 独奏ピアノがG4-A♭4-B4-B♭5の和音を執拗に連打するなか、木管と金管がffpで和音を激しく鳴らす。その合間に238小節目ではファゴット、マリンバ、チェロが短いアタックを打ちつける。ゆるやかな動きを主としてきたこれまでの趣とは違う音楽への変化が、ここでさらに強く予示される。

15: mm. 248-276

 独奏ピアノの和音の連打にオーケストラのピアノが加わり、2つのピアノが相互に連関しながら、揺れ動く和音のパターン(分類では8に該当)を作っている。ピアノの和音とともにオーボエ、クラリネット、トランペットによるffpのついた音の引きのばしが行われ、これらがベルのようなピアノの和音の揺れ動きに荒々しさをもたらしている。253小節目で不意に連打されるマリンバのD4がさらに緊張感を高めている。267小節目のピアノの3音B♭1-A♭3-G5(スコアではバス記号が抜けているが、ここはバス記号による低音部譜表として扱った)を挟んでまたも状況が変わり、268小節目からは弦楽によるクラスター状に密集した音の引きのばしがここでの中心的な存在となる。

16: mm. 277-317

 激しい和音を奏でた15番目のセクションから一変し、ここからは様々な楽器の組み合わせによる小規模なアンサンブルがしばらく続く。279-288小節間のピッコロは17/8拍子だが、オーボエには17/8拍子を3分割した2/4、8/7、3/4拍子(合計すると1小節あたり八分音符17個で17/8拍子となる)が3つのパート間で交互に割り当てられている。オーボエは3パートとも半音階的に隣り合った3音でできた音型を繰り返す。これの上でピッコロがD♭5を連打する。その後、独奏ピアノの揺れ動く和音が289-300小節目まで続く。301小節目からはチェロが跳躍音型を奏でる。304小節目からチェロの音域が急激に高くなり、先のオーボエの半音階的な音型を引きのばしたようなE5-F5-E♭5を鳴らす。トランペットも同様の半音階的な音型でD5-E♭5-D♭5で後を追う。313小節目から半音階的な音型は弦楽に引き継がれる。

17: mm. 318-337

 独奏ピアノの和音C5-D6の引きのばしで始まる。323小節目ではトランペット、オーケストラのピアノ、独奏ピアノが短めの音を一斉に鳴らす。これを機にハープ、チューバ、2つのピアノ、ティンパニが順番に単音を受け渡していく。このような単音の受け渡しは「De Kooning」(1963)など1960年代の自由な持続の記譜法の楽曲で頻繁に用いられている書法でもある。散発的な単音と同時に、チェロとコントラバスで音の引きのばしが行われている。333-336小節間ではピッコロがG♭5を長めの音価で連打する。これまでのセクションと比べるとこのセクションは音の数や動きが少なく見えるが、引きのばし音、短いアタック音、同一音の連打といった3つの異なる要素で構成されている様子がわかる。

18: mm. 338-351

 独奏ピアノとオーケストラのピアノが346-347小節間でE3-F3-G♭3-C#4-E♭4-D5を共有する。管楽器と弦楽器は各パート内で密集した音を引きのばし、クラスター状の響きを作っている。

19: mm. 352-360

 ここは曲中で最も激しく劇的な一幕だ。突然、激昂したかのようなfffでのアタックが矢継ぎ早に鳴らされ、その後、間髪置かずにオーボエとトランペットが半音階的な音型を繰り返す。なんの前触れもなく始まる強烈なアタックの連続は聴き手を心底驚かせる効果を持っている。実際、筆者はこの曲を何度も繰り返し聴いて次にどんな音が鳴るのかをおおよそ覚えているものの、依然ここでの激しいアタックには毎回驚いてしまう。

20: mm. 361-408

 先の劇的な9小節間をこの曲のクライマックスとみなすならば、ここから展開される出来事をコーダのような部分と捉えることもできる。セクション6に登場した装飾音付き和音を、独奏ピアノが装飾音の位置と音高を変えて何度も繰り返す。フェルドマンは、和音の執拗な繰り返しによってセクション19の劇的な場面の記憶を打ち消そうとしたのだろうか。この和音は曲中のどのピアノの登場場面よりも長く繰り返され、聴き手にピアノの響きを強く印象付けている。四分音符でのハープの控えめな2音が時に独奏ピアノの和音と同期している。361-389小節間は独奏ピアノの和音の傍らでコントラバス、チェロ、トロンボーンとバス・トロンボーン、クラリネット、トランペット、ヴァイオリン2とヴィオラがそれぞれのタイミングで音を引きのばす。ここでのオーケストラは独奏ピアノに対する背景のような性格だ。つまり、オーケストラが独奏パートの引き立て役や随伴的な役割を担う「普通の」協奏曲の関係が曲の終盤にさしかかり、ようやく構築される。401小節目からは弦楽によるクラスター状の音の引きのばしが始まり、独奏ピアノの和音の繰り返しとともに静かに曲が終わる。