あれでもなくこれでもなく〜モートン・フェルドマンの音楽を知る(12) フェルドマンとオーケストラ-2

 「Piano and Orchestra」を構成する8つの要素がどのように配置され、各パート間でどのような関係を構築しているのか(あるいは構築していないのか)を曲の進行に沿って観察した。オーケストラの各パートの大半は上記分類のうちの2(長めの引きのばし音)と3(短めに鳴らされる音)から構成されていて、4(短いアタック音)、5(半音階的な音型)、6(跳躍する音型)が登場する場面を除けば、平坦で動きの少ないテクスチュアを作っている。突発的に挿入される4、5、6の要素がこの音楽の静けさを無慈悲なまでに踏みにじる。オーケストレーションに関していうと、この曲はオーケストラ全員が揃ったトゥッティで演奏される場面がない。これは表を見れば明らかで、異なる楽器とその音色が同期して交わる場面よりも、同一楽器または木管同士、金管同士などの同属楽器内での小さなグループが点在している場面が圧倒的に多い。フェルドマンはオーケストラを大きなひとまとまりとして扱うのではなく、楽器ごとに独立した小さなグループとして扱っていたのではないだろうか。まだ彼にとってオーケストラは1960年代の室内楽曲の延長線上にあったのかもしれない。この曲では異なる楽器の音色が混ざり合うことよりも、同一または同属楽器による同質的な音色の響きが優先されているともいえる。それぞれのパートがまるで孤立しているかのようなオーケストレーションの結果、この曲の響きはフル・オーケストラ編成なのに異様に薄い。華々しいカデンツァとは無縁の独奏ピアノもこの「薄さ」に拍車をかけている。「Piano and Orchestra」は、独奏とアンサンブルとのコントラスト、独奏パートの華麗な超絶技巧、オーケストラの豊かな響きといった慣習的な協奏曲のあり方に背を向けた反協奏曲であることが、ここで改めてわかった。

 以上、協奏曲編成の楽曲をとおしてフェルドマンのオーケストレーションの手法を考察した。「Piano and Orchestra」に何度か現れた半音階的な音型は翌年(1976年)から始まるベケット三部作(「Orchestra」、「Elemental Procedures」、「Routine Investigations」)にも用いられ、最終的にオペラ「Neither」の重要なモティーフとして様々な方法とかたちで反復される。編成や規模が違っていても1970年代のフェルドマンの楽曲における様々な試みは「Neither」へと結実するともいえるだろう。次回はベケット三部作と「Neither」をとりあげる予定である。


[1] この記事では3枚のCDが紹介されている。
Piano and Orchestra; Flute and Orchestra; Oboe and Orchestra; Cello and Orchestra, Roger Woodward (pno), Roswitha Staege (fl), Arnim Aussem (ob), Siegfried Palm (vlc), Saarbrücken Radio SO, Hans Zender (cond), Hans Zender Edition 999483-2.
Morton Feldman: Durations Ⅰ-Ⅳ, Coptic Light, Ensemble Avantgarde, Deustches Symphonie-Orchester Berlin, Michael Morgan (cond), cpo 999 189-2, 1997.
Morton Feldman: Coptic Light, New World Symphony Orchestra, Michael Tilson Thomas (cond), Argo 448-513-2, 1998.
[2] Paul Griffiths, “MUSIC: Shimmering Orchestral Tapestries,” New York Times, Jan. 31, 1999 https://www.nytimes.com/1999/01/31/arts/music-shimmering-orchestral-tapestries.html
[3] Ibid.
[4] “Work introduction of Piano and Orchestra,” in Universal Edition https://www.universaledition.com/morton-feldman-220/works/piano-and-orchestra-4166
[5] Griffiths, op. cit.
[6] Ibid.
[7] Ibid.
[8] Ibid.
[9] Michael Morgan https://www.oaklandsymphony.org/artist/michael-morgan/
[10] Michael Tilson Thomas https://michaeltilsonthomas.com/
[11] Griffiths, op. cit.
[12] Ibid.
[13] Roger Woodward Homepage http://www.rogerwoodward.com/index.php/background/more/biography/

高橋智子
1978年仙台市生まれ。Joy DivisionとNew Orderが好きな無職。