あれでもなくこれでもなく〜モートン・フェルドマンの音楽を知る(13) ベケット三部作とオペラ「Neither」-1

Routine Investigations (1976)

 ベケット三部作の最後「Routine Investigations」はこれまで2つのオーケストラ編成と異なり、オーボエ、トランペット、ピアノ、ヴィオラ、チェロ、コントラバスからなる六重奏。テンポは♩= 63 ca. 演奏時間は約9分。規模は小さくなったとはいえ、それぞれのパートのブロック状の配置は他の2作と共通している。「Routine Investigations」独自の特徴をあげるとすれば、異なるパート間の結びつきが他の2作より強いことだ。例えば、スコア1ページ目、1-7小節間では短いアタックを鳴らすトランペット、ピアノ、チェロで1つのグループ、その後に音を引きのばすオーボエとヴィオラによるもう1つのグループが続く。こうすることで、2つのグループによる大きなまとまりやパターンができる。こうしてできたパターンは何度か繰り返されることが多く、反復も「Routine Investigations」の特徴の1つとしてあげられる。ベケットのモティーフは曲の結部にしか出てこない。この曲全体を以下の9の部分に区切ると、ベケットのモティーフはセクション8と9にのみ登場する。もうひとつの特徴は、スコアを一見してすぐに目に付くG. P.(ゲネラルパウゼ:全パート一斉休止)の多さだ。繰り返しによる連続性を阻むかのように、様々な拍子のG. P.が数多く記されている。G. P.を深読みして解釈するならば、G. P.による間(ま)は物事が滞りなく進む様子を妨害し、その都度立ち止まらずにを得ないもどかしさ、簡単に結論を出せない問いへの葛藤を暗示しているともいえるだろう。ここでは主にベケットのモティーフ(最後の方にしか出てこないが)、パート同士の結びつきからできるグループ、反復パターンに着目しながら10の部分を概要する。

Feldman/ Routine Investigations with score

1: mm. 1-19

前述の通りピアノ中心とする短いアタックのグループと、それに続くオーボエのグループが1つのパターンを作っている。11-19小節間はピアノ以外のパートがmpとfffの間で膨張と収縮を繰り返すダイナミクス付きで音を引きのばす。

2: mm. 20-47

20-29小節までは、ピアノの音の引きのばしに他のいくつかのパートが呼応するパターンが繰り返される。31-33小節間ではコントラバス、ピアノ、ヴィオラがG#3-D1-E3の3音からなる谷型の動きを見せる。41-44小節間はオーボエによるせり上がるような音型。45-48小節間の弦楽器は、音域は離れているが、ヴィオラG6、チェロF3、コントラバスF#5で半音階的に重なっている。このセクションは全体的に音の密度が低く、パート間で単音を受け渡す1960年代の自由な持続の記譜法による室内楽作品を思い出させる。

3: mm. 48-72

何度か繰り返されるピアノの和音の合間に、弦楽器と木管楽器による音の引きのばしやアタックといった他のパートによるブロックが挿入されている。ピアノは他のパートと結びついてグループを作ることなく独立している。ここではピアノと他のパートとの関係が明確に区別されているように見える。

4: mm. 73-85

引き続きピアノは和音を鳴らし、他のパートと同期することはない。82-85小節間ではピアノ以外のパートが単音を受け渡しながら1つのまとまりを作っている。

5: mm. 86-101

ピアノの和音の繰り返しに他の楽器が同期し、その都度異なる響きを創出している。89-101小節間は1小節ごとにG.P.が挿入されていて、音楽が進んでいるのではなく、むしろ止まっているような感覚をもたらす。

6: mm. 102-117

セクション1と同じく、ピアノの和音に他のパートが呼応するパターンが繰り返される。

7: mm. 118-145

オーボエのF4-B4とコントラバスのF#4-C5のグリッサンドによるグループ、トランペットのD♭5とチェロのD5による音の引きのばしのグループが同期している。それぞれのグループ内の音は半音階的に隣り合っている。123-132小節間、137-143小節間はダイナミクスの細かな変化を伴う管楽器と弦楽器が微かにずれながら音を引きのばし、うねりのような響きの効果をもたらしている。

8: mm. 146-193

ピアノの和音が打鍵されると、堰を切ったかのようにトランペットがベケットのモティーフ、C4-D♭4-D4-E♭4を繰り返す。このモティーフは「Elemental Procedures」のセクション6に現れるベケットのモティーフと同じ音高でできている。次にこのモティーフを受け取るのはヴィオラ、その次は再びトランペット、その後はオーボエへ…と次々とこのモティーフが管楽器と弦楽器間で受け渡される。ピアノはC#5とD6の2音のアタックを随所で打ち鳴らすだけだ。

9: mm. 194-240

今度はベケットのモティーフをピアノが延々と繰り返す。一方でオーボエとトランペットのグループと、ヴィオラ、チェロ、コントラバスのグループが半音階的に隣り合った音を引きのばす。再び、ここでピアノと他のパートとの関係が明確になって曲が終わる。

 以上のように「Routine Investigation」を概観した結果、曲の最後の方でのベケットのモティーフの扱い方から、フェルドマンはこの曲のピアノをオペラにおけるソプラノに見立てて作曲したのかもしれない。楽器の音色の中でベケットのモティーフをどのように配置し、曲全体を構成すべきか。彼はその可能性をこの曲の中で探っていたのではないだろうか。ソプラノを用いた実験は「Elemental Procedures」で済んでいたはずだが、オペラの作曲に向けた最終確認として書かれたのがベケット三部作の最後にあたる「Routine Investigations」だった。

 ベケット三部作を介した試行錯誤の結果はオペラ「Neither」にどのように反映されているのだろうか。次のセクションでは「Neither」の成り立ちと楽曲について考察する。


[1] Benjamin R. Levy, “Vertical Thoughts: Feldman, Judaism, and the Open Aesthetic,” in Contemporary Music Review, Vol. 32, No 6, 2013, pp. 571-588によれば、フェルドマンがここで参照した『タルムード』の英訳はDagobert RunesのThe Talmud of Jerusalem (1956, p. 67) と推測される。
[2] Jeffrey Arlo Brown, “Morton Feldman’s ‘Three Voices’,” in Mezzo Sopranos From Outer Space, August 4, 2016. https://van-us.atavist.com/three-voices
[3] Steve Reich, “Feldman,” in Writings on Music 1965-2000, New York: Oxford University Press, p. 202
[4] Ibid., p. 202
[5] Feldman, “Work introduction for Orchestra” https://www.universaledition.com/morton-feldman-220/works/orchestra-3980
[6] ジェイムズ&エリザベス・ノウルソン編著『サミュエル・ベケット証言録』田尻芳樹、川島健訳、東京:白水社、2008年、258頁。
[7] 同前、260頁。
[8] 英文は「Elemental Procedures」のスコアに掲載されている。原文はSebastian Claren, Die Musik Morton Feldmans, Hofheim: Wolke Verlag, 2000, S. 17
[9] Samuel Beckett, “Film,” Samuel Beckett: The Collected Shorter Plays, New York: Grove Press, 1984, p. 163
[10] サミュエル・ベケット「フィルム」高橋康也訳、『ベケット戯曲全集』第3巻、1986年、東京:白水社、102頁。

高橋智子
1978年仙台市生まれ。Joy DivisionとNew Orderが好きな無職。
(次回は4月29日更新予定です)