ショータの楽譜探訪記(2)「スペインの思い出(1)」

こんにちは、ショータです。連載記事「ショータの楽譜探訪記」の第1回目から随分と期間が空いてしまいました。先週、私のもとに信じがたいニュースが舞い込んできました。アレクシス・ワイセンベルクのご息女であるマリア・ワイセンベルクさんの訃報です。マリアさんは父アレクシスが遺した膨大な音源、コラージュ、ピアノ曲、ミュージカル等の数々の作品を少しでも多くの人々に知ってほしいという情熱からAlexis Weissenberg Archiveというウェブサイトを数年前(少なくとも6年前)から運営していました。なお後から触れますが、ミューズプレスから刊行中の「シャルル・トレネによる6つの歌の編曲」は、マリアさんの多大な尽力なしには実現できなかったと強く思います。

マリア・ワイセンベルクと私
(2017年1月・スペインにて)

あまりにも突然すぎる訃報に私は居ても立っても居られず、マリアさんとの出会いから「シャルル・トレネによる6つの歌の編曲」の出版までの思い出をここに書き残すことにしました。

マリアさんと実際にお会いしたのは2017年1月11日、アーカイブ兼住居のあるスペインのマドリードに訪れたときでした。しかし、実際にお会いする前からもメールで情報交換を行っており、メールの送信履歴を覗くと初めてのコンタクトは2016年5月でした。未だについ最近の出来事のように感じます。

マリアさんとやりとりを始めるきっかけとなったのは、Alexis Weissenberg ArchiveのCompositions/Other Scoresのセクションに一部掲載されていたワイセンベルクのピアノのための作品「Variation on a Popular Japanese Theme」(左画像)でした。ちなみに、”a Popular Japanese Theme”とは山田耕筰の「この道」を指しています。当時、私は日本歌曲をベースとしたピアノのための編曲作品がどのくらい存在するのか、個人的な興味でリサーチしていたのですが、日本人による編曲は見つかるものの、海外の音楽家によるものはあまり見かけませんでした。そんな中、大ピアニストであるアレクシス・ワイセンベルクが「この道」を主題とした変奏曲(Variationと単数形)を書いていると知った私は、すぐさま出版予定があるのか伺うメールをサイトのContact Usから送ったのでした。

知らない人にメールを送ったあとは、本当に返事がもらえるものかとそわそわするものです。有難いことにメールを書いた翌日にはすぐにお返事をいただけました。その時からマリアさんとのやりとりが始まりました。「My father loved Japan and I suppose this is a tribute to your country and its art.(私の父は日本を愛していました。この作品は日本、そして日本の芸術に対する敬意でしょう)」という文面で始まるメールには、今回は特別ということで無償で楽譜データも添付されていました。当時は”a Popular Japanese Theme”が何の曲かをマリアさんはご存じではなかったので、原曲の音源(YouTube)のリンクをお送りしました。

当然ながらマリアさんから頂いた「Variation on a Popular Japanese Theme」は自筆譜でした。当時、私は楽譜浄書家としてボランティアで自身が興味を持った楽曲の浄書を行っていましたので、すぐさまその自筆譜の浄書に取り掛かりました。2ページの短い楽曲だったので、3時間ほどで作業が終わりすぐにマリアさんにお送りすることができました。それまで私はあのワイセンベルクの楽譜を浄書することができるなんて、夢にも思っていませんでした。その後、マリアさんとは何度か連絡を交わし、ワイセンベルクのクラシック作品やジャズ作品などの出版計画があることを知ります。ヨーロッパの大手楽譜出版社にも声をかけていたそうです。一部ジャズ作品については著作権関係の問題の解決にも奔走していました。

約2か月後、私は別件でマリアさんに再び連絡をしました。ワイセンベルク編曲の「シャルル・トレネによる6つの歌の編曲」について尋ねるためです。この編曲はご存じの方も多いでしょうが、ワイセンベルクが1950年代にMr. Nobodyという匿名でLumen社よりリリースした作品として現在は知られています。2008年にピアニストのマルク=アンドレ・アムランが上記の編曲を含むCD「Marc-André Hamelin in a state of jazz」をリリースしたことにより話題となりましたが、2008年当時は「シャルル・トレネによる6つの歌の編曲」の楽譜は存在しないとワイセンベルクが語っていたために、アムランが採譜を行っての録音でした。CDがリリースされた頃、私はまだ高校2年生、どうしても楽譜を手に入れたいと高校の英語の先生に手助けを求め、アムランが所属する音楽事務所に英語でファンレターを送ったのでした。結局は返事は来ませんでしたが、後々(と言っても2018年あたり)になってアムランと話す機会がありトレネの話題にもなり「私が採譜したトレネ/ワイセンベルクの楽譜が欲しいというお便りをこれまでに沢山もらったが、著作権の関係もあって誰にも渡すことができなかった」と語っていました。ミューズプレスによって出版されるまで「シャルル・トレネによる6つの歌の編曲」は超入手困難の伝説の楽譜となっていました。

トレネ/ワイセンベルク「街角」:マルク=アンドレ・アムランの自筆譜

次回は、「シャルル・トレネによる6つの歌の編曲」がどのように出版に至ることになったのか、途方もない長い道のりを紹介します。