あれでもなくこれでもなく〜モートン・フェルドマンの音楽を知る(17)-2 フェルドマンの最晩年の楽曲

13 Long la 長いラの音
 老年を巡って錯乱し続けるクロウクは「Together, dogs! いっしょにやるんだ、犬どもめ!」と言って「音楽」と「言葉」を挑発する。しかし「音楽」は冷静にラの音で応じる。ここではチェロがラ(A4)を鳴らす。

14 La ラの音
 再び、クロウクは「Dogs! 犬どもめ!」と言って「音楽」と「言葉」を挑発するが、やはり「音楽」は冷静だ。今度はヴィブラフォンがラ(A4)を鳴らす。

15 Improvement of above. 右の節を修正する(訳注:原書は横書きなので「上 above」だが、日本語版は縦書きなので「右」と訳されている)
 「言葉」が「Age is when to a man … 老年とは…… 男のところへ…… 」と、老年の歌を歌おうとするが、なかなか安定しない。そこで「音楽」はフルートとヴィオラで先ほどと同じくラ(A4)の音を出し、「言葉」の調子を取ろうとする。この節から「言葉」が歌い始める旋律はフェルドマンの創作によるものであり、ベケットは歌の旋律に関して台本の中で旋律等を指示していない。

16 Suggestion for following. 次の文句のための節を提示する。
 「音楽」は「言葉」に対してより具体的に歌の旋律を示す。フェルドマンはここから始まる一連の歌の旋律に音階によるモティーフを付けている。この節から25節までは「言葉」が歌を獲得していく過程、つまり1つの歌ができていく過程を描いている。その様子は「音楽」が「言葉」を忍耐強く諭しているようにも見える。

 この歌はチェロのピツィカートによるA♭3-A3-B3-C4-D4-E4の音階で始まる。一見、イ短調にも聴こえる音階だが、どこか中途半端で謎めいた印象を与える音の並びだ。他のパートはやや遅れるか、または先取りして、この音階の構成音のどれかを鳴らす。こうすることで、この音階に影や揺れのような効果が加わる。「言葉」は「Huddled o’er … the ingle…(Pause. Violent thump. Trying to sing) Waiting for the hag to put the …pan in the bed … 暖炉に……ちぢこまって……(間。棍棒の激しい音。歌おうと努力して)待っている、鬼婆(おにばば)あが……湯たんぽを……ベッドに……入れてくれ……」の節を、途切れ途切れながらもこの音階に即して歌おうとする。

17  Improvement of above. 右の節を修正する。
 今度はヴィオラが先ほどと同じ音階A♭3-A3-B3-C4-D4-E4を奏で、「言葉」は「音楽」が提示してくれた修正に従って「Waiting for the hag to put the pan in the bed. 鬼婆あが湯たんぽをベッドに入れてくれるのを待って……」の節を歌おうとする。最初はおぼつかなかった「言葉」の歌い方が、少しだけなめらかになってくる。

18 Suggestion for following. 次の文句のための節を提示する。
 「音楽」は新たな旋律として、チェロのピツィカートと、その後を追うヴィオラのピツィカートによる下行形のモティーフB3-A4-G3-F#3-E3-C#3を「言葉」に提示する。これを受けて「言葉」は「And bring the … arrowroot… (Pause. Violent thump. As before.) And bring the toddy… (Pause. Tremendoue thump.) アロールートを持って…… (間。棍棒の激しい音。歌おうと努力して)トディーを持って…..」[20]の節を歌おうと試みる。

19 Suggestion for following. 次の文句のための節を提示する。
 「音楽」は続きの旋律を「言葉」に提示する。今度はフルート1がD#4-E4-F#4-G4-A4-B4の、ホ短調を思わせる音階を吹く。フルート2のF#4-G4-A4-B4がフルート1の合間を縫うように動く。「言葉」はこの音階による旋律で「She comes in the ashes…. 彼女が暖炉の灰の中に現れる……」を歌うことができたが、そこから先は「No! だめです!」と叫び、歌えなくなる。

20 Repeats suggestion. 節を繰り返す
 フルートが先ほどのD#4から始まる上行形を吹くと、下行形C5-B♭4-A♭4-G4-F4-D4が続き、山を描くような旋律ができあがる。この前の場面の終わりに、歌うことを諦めかけた「言葉」は気を取り直して「She comes in the ashes who loved could not be…won or…彼女が灰の中に現れる、愛したのに……征服することができなかった、または……」と歌う。この内容から「彼女」とは、「言葉」がかつて愛した女性のことを言っているのだとわかる。しかし、「言葉」の様子から「彼女」は懐かしむ対象ではなく、むしろ「彼女」は「言葉」にとってなんらかの後ろ暗さや苦悩を与える存在なのだと想像できる。

21 Repeats end of previous suggestion. さっきの節の終わりを繰り返す
 ここに書いてある通り、フルート1、2が先の旋律後半のC5から始まる下行形をそっくりそのまま繰り返す。「言葉」は「Or won not loved…(Wearily.) …or some other trouble…(pause. Trying to sing.) Comes in the ashed like in that old ―または征服したのに愛することができなかった女……(くたびれたように)……とにかくなにかうまくいかないことがあった相手……(間。歌おうと努力して)灰の中に現れる、まるであの昔ながらの―」と歌い、ようやく1つの節を歌い切る。

22 Interrupts with improvement of this and brief suggestion. さえぎって上の節を修正し、続く節を少し提示する。
 前の場面の「言葉」の歌に重なるように「音楽」は新たな旋律を始める。「音楽」の役割はフルートからヴィブラフォンとピアノへと交替し、上行形C4-D♭3-E♭4-F♭4-G♭4-A♭4と、下行形A4-G4-F4-E4-D4-B3による山型の旋律を奏でる。これに合わせて「言葉」は「Comes in the ashes like in that old light…her face… in the ashes 灰の中に現れる、まるであの昔ながらの光を浴びているように……顔が……灰の中に」と歌う。その内容から、この節が依然として「女」の顔について歌っているのだとわかる。この節を聴いてクロウクは呻き始めるが、「音楽」は容赦なく次の旋律へと進む。

23 Suggestion for following. 次のための節を提示する
 「音楽」はヴィオラとチェロで18の場面と同じ下行形B3-A3-G3-F#3-E3-C#3を奏でる。これに合わせて「言葉」は「That old moonlight…on the earth…again. あの昔ながらの月の光……地上に……ふたたび。」と歌う。

24 Further brief suggestion. さらに少し節を提示する。
 16から23の場面で展開されたスケールによるモティーフとは違うモティーフがここから始まる。このモティーフに「言葉」による歌は伴わず、ピアノがゆったりとした三連符でA♭4-A♭4-G♭4-F♭4-A♭4-E♭4の6音を爪弾く。

25 Plays air through alone, then invites WORDS with opening, pause, invites again and finally accompanies very softly. 全曲を奏し、ついで出だしを奏して《言葉》を誘う。間。また誘い、ついに非常に低く歌の伴奏をする。
 これまでに出てきた音階のモティーフがここに再び現れる。フェルドマンの他の楽曲によく見られるように、以前出てきた素材がそっくりそのまま、あるいは微かに変えられて、まるでその部分だけを切り貼りしたかのように配置されている。25節目の1-5小節目(p. 8, mm.1-8)のヴィブラフォンとピアノは22節目と同じ音階だ。続く6-8小節目のチェロの音階と、それに付随するヴァイオリン、ヴィオラ、ピアノは16と同じ構成だ。この段の9小節目から2段目の5小節目までのフルートのスケールは20節目のフルートと同じだが、ちょうどこのスケールと重なるように「言葉」が歌い始める。「言葉」は「音楽」による手ほどきによって習得した歌を全曲通して歌おうとする。この時、音楽は伴奏役として「言葉」が歌おうとする旋律に完全に寄り添って進むのではなく、あくまでも自分のペースは保持している。そのため、「音楽」と「言葉」はまるでよく似た2つの歌を同時に歌っているように聴こえる。2段目5-7小節目のチェロによるB3から始まる下行形は23節目と同じだ。続く2段目8-9小節目から次のページの1小節目(スコアp. 9, m. 1)に書かれているスケールは20節目のスケールの下行形を移高してできている。この段の2-6小節目のヴァイオリンの上行形と、それに続くヴィブラフォンとピアノの下行形も20節目のスケールの移高によってできている。この節を以って「言葉」が歌おうとしていた「老年の歌」が完結する。