5 最もなんとも言い難い曲「Variations」(1951)
「Piano Piece 1952」と同じくらいかそれ以上になんとも言い難い曲は他にもたくさんあるのだが、なかでも「Variations」は突出している。このピアノ曲はマース・カニングハムの同題のダンス作品「Variation」のための音楽として作曲され、カニングハムとケージに献呈されている。理由は不明だが、フェルドマンの曲は「Variations」と複数形で書かれているのに対し、カニングハムのダンスは「Variation」と題されている。1951年4月12日シアトルのワシントン大学でこのダンスが初演され、ピアノはケージが弾いた。
二分音符=64のテンポが指定されたこの曲は1小節を2/4拍子か4/8拍子で数えることができ、ペータース版の出版譜では(4/8)と括弧書きで記されている。小節数は全部で406小節。おそらくダンスの振り付けとの関係だと思われるが、1小節目から18小節目までの全ての小節に全休符が記されている。たしかに曲は始まっているけれど、しばらくの間1音も鳴らない。曲が始まって約19秒後の19小節目にようやく「できるだけ控えめに as soft as possible」の指示とともに5音からなる装飾音が初めての音としてグリッサンドで打鍵される。その後も単音や和音がほとんど不規則な間隔で装飾音として鳴らされる。いつ音が聴こえるのかわからないという点で極めて緊張感の高い曲だともいえる。この不規則な間隔で曲が進んで行くのだが、204-244小節の間では規則正しく8小節置きに同じ和音(右手C#4-A5 左手C#4-B♭4)が6回繰り返される。初め、この和音は突発的に聴こえるが、繰り返されるうちに同じ和音が同じ間隔で反復されていることに気づいてくる。反復はいくつかの他の箇所でも見られる。例えば332-389小節では、左手のF2が1つと右手のF#5が2つからなる3音パターンが連続して3回繰り返される。353-357小節ではF7が3回立て続けに鳴らされた後にA3が挿入されて、また最後にF7が鳴らされる。途中のAは演奏者と聴き手に安住を許さないフェルドマンの思惑かもしれない。曲の終盤、402-406小節は403小節目のF#7を除いて、*のようなマークが記されている。これはピアノで打楽器的な音を出す演奏指示で、最後の5小節間はこの打撃音が4回鳴らされる。この曲ではフェルドマンが同じ要素の反復を意識的に用いていることがわかる。この反復はカニングハムのダンスの振り付けと何か関係ありそうだが、あいにくこのダンスの詳細は判明していない。この時点でのフェルドマンの反復技法は主に単音や1つの和音といった断片的な要素の反復に限られており、70年代後半以降の彼の楽曲の大きな特徴である、徐々に変化しながら繰り返されるパターンとは性格が異なる。
数えてみたところ、全406小節中、何かしらの音や記号が書かれていて音が鳴るのは合計90小節だった。1950年代前半の楽曲におけるこのような密度の低さもフェルドマンの音楽の特徴の1つといってよいだろう。
次回は1950年代後半からの楽曲をとりあげる予定だ。1950年代前半の数々の試みがその後の彼の音楽をどう変えていったのだろうか。
[1] Morton Feldman, Give My Regards to Eighth Street: Collected Writings of Morton Feldman, Edited by B. H. Friedman, Cambridge: Exact Change, 2000, p. 35
[2] Catherine Costello Hirata, “The Sounds of the Sounds Themselves: Analyzing the Early Music of Morton Feldman”, in Perspectives of New Music, Vol. 34. No. 1 (Winter, 1996), pp. 6-7
[3] Ibid., p. 7
[4] Ibid., p. 7
[5] 1台または2台のピアノのための「Intermissions 6」(1953)は五線譜に記された15個の断片の演奏順を演奏者が決める不確定性の音楽に分類される。この五線譜は通常と違い、それぞれの断片が上下左右の全方向からランダムに配置されたモビールのような外見をしている。楽譜の上ではこれらの断片は前後のつながりを持たないので、それぞれの断片を出来事と言い換えることができる。
[6] Joseph N. Straus, Twelve-Tone Music in America, Cambridge: Cambridge University Press, 2009, p. 237
[7] 1オクターヴ内に含まれる半音の数。
[8] Straus 2009, op. cit., p. 237
[9] ヴォルペの作品リストや資料はStefan Wolpe Societyのサイトで公開されている。 http://www.wolpe.org/
[10] Feldman 2000, op. cit., p. 146
[11] この文章はWolpe Societyのサイト に、また一部がMorton Feldman Page の中でも公開されている。おそらく1983年にバッファロー大学でフェルドマンが主催したヴォルペ作品のコンサートの際のレクチャーかプログラムがこの文章の出典の可能性が高い。
[12] Austin Clarkson, “Stefan Wolpe and Abstract Expressionism”, in The New York Schools of Music and Visual Arts: John Cage, Morton Feldman, Edgard Varèse, Willem de Kooning, Jasper Johns, Robert Rauschenberg, edited by Steven Johnson, New York: Routledge, 2002, p. 86
[13] Feldman, op. cit.
[14] 1982年12月10にニューヨーク市でAustin Clarksonによって行われたインタヴュー。Wolpe Societyのサイトで公開されている。
[15] Stefan Wolpe and Austin Clarkson, “On New (And Not-so-New) Music in America”, in Journal of Music Theory, Vol. 28, No. 1, 1984, p. 25
[16] Alistair Noble, Composing Ambiguity: The Early Music of Morton Feldman, Surrey: Ashgate Publishing, 2013, p. 74
[17] Christian Wolff, “The Sound Doesn’t Look Back: On Morton Feldman’s Piano Piece 1952“, 1988/1995. https://www.cnvill.net/mfwolff2.htm#wolff5
[18] Noble 2013, op. cit., p. 75 Nobleが破棄された第1部のスケッチを復元している。
[19] Ibid., p. 88
[20] Ibid., p. 88
[21] Ibid., p. 84
[22] Ibid., p. 84
[23] Wolff 1988/1988, op. cit.
[24] Ibid.
高橋智子
1978年仙台市生まれ。Joy DivisionとNew Orderが好きな無職。
(次回更新は8月25日の予定です)