文:高橋智子
2 1980年代の室内楽曲の記譜法
フェルドマンの楽曲の変遷には必ずといってよいほど記譜法の変化が伴う。この連載では1950年代の五線譜と図形楽譜に始まり、1960年代のやや複雑になった図形楽譜と自由な持続の記譜法による五線譜、1970年代の五線譜への回帰にいたるまでの道のりをいくつかの楽曲を例にたどってきた。中東地域の絨毯に出会ったフェルドマンの五線譜による記譜法は1970年代後半からさらに緻密になり、微かな差異を伴って繰り返されるパターンとその配置から構成されるスコアの外見は「不揃いなシンメトリー」の概念を体現している。1980年代の記譜法は70年代後半の記譜法の延長線上にあるが、この時期の室内楽曲の記譜法の特徴として小節のレイアウト、パート間で異なる拍子があげられる。
Universal Editionから出版されている1980年代の室内楽曲のスコアの多くが1ページあたりに3段が配置され、1段が9小節で構成されている。1つ前のセクションでとりあげた「Bass Clarinet and Percussion」(1983)、「Clarinet and String Quartet」(1983)、「String Quartet No. 2」(1983)、「Crippled Symmetry」(1983)、「For Philip Guston」(1984)、「Piano and String Quartet」(1985)などのスコアは全てこのレイアウトだ。対して1970年代までの出版譜のレイアウトでは、1段あたりの小節数がその時々で規則的なこともあれば不規則に伸縮することもあった。
score sample: https://www.stretta-music.com/en/feldman-string-quartet-nr-2-fuer-streichquartett-1983-nr-406896.html
80年代の1段につき9小節で揃えられたスコアのレイアウト成立の背景には、フェルドマンが手稿譜にグリッド(碁盤目、格子)を用いていたからという説がある。フェルドマンのスケッチをもとに、図形楽譜を成立、概念、技法など多角的な視点から考察したDavid ClineのThe Graph Music of Morton Feldman[1]によれば、「慣習的な記譜法(訳注:五線譜のこと)によるフェルドマンの楽曲全ての手稿譜の完成稿は変わった方法で書かれていて、そこには規則的正しい間隔で小節線が引かれている。その結果、全ての譜表は同じ小節数、全てのページが同一の規格化された方法で配置されている。The completed manuscripts of almost all Feldman’s conventionally notated works are presented in unusual fashion, with bar lines drawn at regular intervals so that every stave contains the same number of bars and every page is arranged in the same, regimented fashion.」[2] フェルドマンの室内楽曲では、草稿として書かれた手稿譜を手書きで浄書して出版譜とすることが多い。等間隔で規則正しく引かれた小節線は「フェルドマンの図形楽譜のグリッドによる枠組みとの比較を促す、直線的な組織化を示唆する。implies a rectilinear organisation that invites comparison with the grid frames of his graphs.」[3] フェルドマンの楽曲における五線譜と図形楽譜との関係は、例えば音楽的な時間と空間の視覚化の観点からしばしば語られてきたが、グリッドのイメージや考え方はあまり用いられてこなかった。だが、Clineの研究がフェルドマンの数々のスケッチに基づいた実証的なものであることをふまえると、フェルドマンが五線譜の楽曲においても図形楽譜と同様のグリッド(フェルドマンの図形楽譜にはマス目が格子状に張り巡らされている)を想定しながら作曲、記譜していたと推測できる。フェルドマンの図形楽譜におけるグリッドは演奏すべき1音1音のタイミングを指定する役割を持ち、その効力の範囲は局所的だ。一方、1980年以降の五線譜のグリッドは譜表1段あたりの小節数(9小節)を規定しており、図形楽譜におけるグリッドよりも広い範囲に作用する。実際、1983年に行われたインタヴューでフェルドマン自身「今でもグリッドを使います。しかし、今ではグリッドが慣習的な記譜法を取り囲んでいます。I still use a grid. But now the grid encompasses conventional notation」[4]と発言しており、彼は五線譜で作曲する際にグリッドでスコアのレイアウトを規格化して、そこに音符を書き記す方法を採っていたと考えられる。
1段、1ページごとに規格化された80年代のスコアだが、この規格化はスコアの外見にとどまっていて、実際の鳴り響きは依然として不揃いなままだ。このことは特に拍子の書法に顕著で、各パート間の不揃いな拍子は1980年代の楽曲を特徴付ける要素の1つだ。Tom Hallはフェルドマンの後期作品におけるグリッドの用法をさらに次の2つに分類した。
1) 慣習的な記譜法が用いられており、「Palais de Mari」(1986)や「Clarinet and String Quartet」(1983)のようにレイアウトがグリッドに沿っている。
2) ページ上のパートの配置が演奏時にそれらの配置と食い違う。このタイプには次の2種類の楽曲が含まれる。a. 全く同期しないパート:演奏時、各パートの小節線は最初の小節の1拍目にしか揃わない。特に「Crippled Symmetry」(1983)と「Why Patterns?」(1978)に顕著だ。
b. 周期的な同期:「String Quartet (1979)や「For Phillip Guston」(1984)のように演奏時に決められた小節数を経て小節が揃う。1) conventional notation is used, laid out according to the grid, such as Palais de Mari (1986); Clarinet and String Quartet (1983);
2) the alignment of parts on the page does not coincide with their alignment in performance. Within which there are pieces with:a. totally unsynchronised parts: in performance, the bars align only on the first beat of the bar, notably Crippled Symmetry (1983) and Why Patterns? (1978);
b. periodic synchronisation: Pieces where in performance the bars align only after a given number of bars, such as String Quartet (1979) and For Phillip Guston (1984).[5]
グリッドは小節線および小節の配置によって譜表の中に形成される。1)のグリッドはスコアのレイアウトにのみ作用する。ピアノ独奏曲「Palais de Mari」の場合、頻繁な拍子の変化を伴う小節がグリッド状に配置されていたとしても、独奏曲ゆえに演奏に大きな混乱は生じない。「Clarinet and String Quartet」は室内楽編成によるグリッド状のスコアだが、全パートの拍子が揃っているので、この曲でも拍子に関してそれほど大きな混乱は生じない。