あれでもなくこれでもなく〜モートン・フェルドマンの音楽を知る(17)-2 フェルドマンの最晩年の楽曲

文:高橋智子

2 ラジオドラマ「Words and Music」

 おそらく1985年頃、フェルドマンは自身の2作目となるはずだったオペラを着想し、1977年の「Neither」と同じくサミュエル・ベケットに台本を依頼した。しかし、ベケットから断られてしまった。[1] フェルドマンの2作目のオペラ台本執筆の依頼を断ったベケットだったが、この2人は1986-1987年にラジオドラマ「Words and Music」で再び「共演」することになる。「Words and Music」は晩年のフェルドマンにとって最も大きなプロジェクトだ。

 ベケットのラジオドラマ「Words and music(邦題:言葉と音楽)」は1955年から1975年の間にベケットが書いた5つのラジオドラマ作品のうちの1つである。このラジオドラマは1961年に英語で書かれ、初出は『Evergreen Review』誌1962年11/12月号。ラジオドラマとしての初めての制作と放送は1962年11月13日にBBC3で行われた。この時の音楽を担当したのはベケットのいとこで作曲家、チェンバロ奏者、ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者のジョン・ベケット[2]だったが、中世・ルネサンス期からバロック期頃までを専門とする彼の音楽と、不条理やシニカルな視点を特徴とする彼のいとこの文学はどうやらあまり相性がよくなかったようだ。ジョン・ベケットは後に「Words and music」の音楽を破棄している。1973年にはロンドン大学視聴覚センター(University of London Audio-Visual Centre)がイギリスの作曲家ハンフリー・サール[3]による音楽でこのラジオドラマを再制作した。この時の録音はアーカイヴでの資料用に制作されたものなので、公の場での上演や放送は行われていない。[4] 1980年代に入ると、アメリカでの初の試みとしてベケットの全ラジオドラマを再上演し、それを放送するプロジェクトThe Beckett Festival of Radio Playsが企画された。しかし、財政上の事情で全5作の短期間での制作は叶わず、1986年のベケットの80歳を記念した第1回目のThe Beckett Festivalで「All that fall(邦題:すべて倒れんとする者)」の放送が実現した。全5作の再上演と放送が完結したのは1989年だった。

 「Words and music」制作の経緯をまとめると、1961年のジョン・ベケット、1973年のサール、そして1987年のフェルドマンの音楽による3つの版が存在する。UE社のカタログでのタイトル表記は「Samuel Becket, Words & Music」と記載されているが、「Words and Music」の表記が慣例化しているので本稿もこの表記にならう。現在の上演はフェルドマンの音楽を用いることが多いが、音楽についてベケットは編成などを指示したわけではないので、最近はBen Griffithによるピアノ独奏版などの新しい試みも見られる。

 フェルドマンが携わった「Words and Music」の本格的な制作は1986年に始まった。ベケット自身「Words and Music」1962年版の音楽にあまり満足していなかったので、当初このラジオドラマの再制作には消極的な態度を見せていた。[5] だが、ベケットと会談したディレクターの1人、エヴェレット C. フロストによれば、ベケットはこの作品の再制作にはまんざらでもなさそうだった。当時、既に高齢で健康上の不安もあったベケットはこのプロジェクトに積極的に関わることができなかったが、彼は新しい「Words and Music」のための作曲家としてフェルドマンを推薦した。[6] もちろんフェルドマンはこの依頼を快諾して作曲に取りかかった。同時に、彼は若干の不安を抱えていたようで、このラジオドラマの音楽の作曲は困難なものになるだろうとフロストにこぼした。[7] フェルドマンがこう述べた背景をフロストは次のように推測している。

(訳注:ベケットの)テキストが求める徹底した簡潔さは、長大さに拍車がかかる形式を志向して洗練されてきた彼(訳注:フェルドマン)の音楽の最近の潮流に対峙する働きをしていた。それをやるには時間を要するだろうし、彼の音楽の方向性を変える危険もはらんでいた――サミュエル・ベケットに対する畏敬の念から、敢えて彼はリスクを取ることになる。

the radical concisions required by the text worked against the current direction of his music, which was elaborating in the direction of longer and longer forms. It would take time. It risked altering the direction of his work—a risk he would take owing to his profound respect for Samuel Beckett.[8]

 ここでフロストが指摘しているように、ベケットのテキストによるオペラ「Neither」を書いた1977年当時と比べると、1980年代以降のフェルドマンの音楽は1時間を優に超える長大な作品が増えてくる。また、はっきりと認識できる短いモティーフによるパターンの反復の性格は1984年頃から影を潜め、それぞれ異なる拍子に基づいて引きのばされた音同士の重なりの生起と消失に焦点を当てられている。これらの茫漠とした音の響きはベケットのテキストの「徹底的な簡潔さ」とは全く異なる。ベケットの書いた言葉に合わせて自分の音楽を方向転換すべきかどうかをフェルドマンは葛藤していた。

Feldman/ Words and Music:

Words and Music (舞台上演版): https://www.youtube.com/watch?v=i69b-Ej5gzk
UE: https://www.universaledition.com/morton-feldman-220/works/samuel-beckett-words-music-4505
Ben Griffithの音楽による上演: https://www.youtube.com/watch?v=7MIGKxooyZw&t=18s