一方、ウォルフからフェルドマンへの献呈曲も書かれている。1962年の弦楽四重奏曲「Summer」は、ウォルフの50年代前半の切り詰められた素材による楽曲とほぼ同じ系統にある。休符、つまり沈黙を挟んで次々と現れる短い断片によって、この曲では音楽における連続性が断ち切られている。おそらくこの断片的な構造がフェルドマンの音楽とウォルフの音楽との具体的な類似点といえるだろう。
ウォルフの「For Morty」はフェルドマンへの追悼として作曲された。編成はグロッケンシュピール、ヴィブラフォン、ピアノ。これらはフェルドマンが生涯に渡って用いてきた楽器だ。特に80年代、フェルドマンは「Crippled Symmetry」(1984)など、鍵盤打楽器とピアノ/チェレスタにフルートを加えたトリオ編成を気に入っていた。ウォルフは追悼の意を込めて、フェルドマンにとって重要な意味を持つこれらの楽器を用いたのかもしれない。各パートの音の動きがカノンのような関係を構築しているようにも見えるが、スコアを精査するとそうではなく、カノンとは違う秩序で動いている様子がわかる。限られた音高の中で3パートは絶え間なく動き、3連符をタイで結んだ不均衡なリズムが時に滑稽な雰囲気を放っている。
1988年の楽曲「Variations on Morton Feldman’s Piano Piece 1952」はタイトルが示すようにフェルドマンの「Piano Piece 1952」[6]に基づいている。フェルドマンの「Piano Piece 1952」と同様、この曲は右手、左手それぞれによる単音の打鍵で構成されている。1音の響きの余韻の中で次の音が打鍵されるので、曲中で音の響きが途切れることはない。音のアタックより減衰を重視していた50年代のフェルドマンの態度をウォルフ独自の方法でなぞった曲である。
フェルドマン唯一のエレクトリック・ギターのための作品「The Possibility of a New Work for Electric Guitar」のきっかけを作ったのもウォルフだった。1966年、ウォルフはエレクトリック・ギターに興味を持ち、フェルドマンにこの楽器を使った作曲を持ちかけた。ウォルフがギターを持ってフェルドマンを訪れ、「作曲」が始まった。フェルドマンはピアノで和音を弾くと、ウォルフはギターでその和音を鳴らして見せた。ギター奏者ではないウォルフはギターを水平に置いて弦を爪弾き、フェルドマンの和音に応えた。[7] ウォルフがギターで鳴らした響きで気に入ったものがあれば、フェルドマンはその音を楽譜に書き取っていく。この作業の繰り返しによって曲ができあがった。「テンポはゆっくりと、ダイナミクスは柔らかく。曲の構成は私たち(訳注:ウォルフとフェルドマン)が作業に集中できた時間の長さによって決められている。Tempo was slow and dynamics soft, the structure dictated by the amount of time we were able to concentrate on the work.」[8] 曲中の和音や単音はフェルドマンの特徴的なピアノの弾き方を反映しているが、「The Possibility of a New Work for Electric Guitar」は、そのタイトルが示唆するように、「響きを手探りしながら、ギターという楽器の力量の範囲でこの楽器へと大胆に変換している。feeing for a resonance, then confidently transferred to the within that instrument’s capacities.」[9]
「The Possibility of a New Work for Electric Guitar」は1966年6月20日にウォルフによってニューヨーク公共図書館パフォーミング・アーツ部門で初演された。同年7月29日にサンフランシスコのラジオ局KPFAにて、再びウォルフによって2回目の演奏が行われた。3回目となった1967年5月14日ハーヴァード大学での演奏の数ヶ月後、この曲の唯一のスコアが入っていたギターケースとギターがウォルフの車の中から盗まれてしまう。以来、この曲は長い間フェルドマンの失われた幻の曲とみなされていた。2004年にウォルフは「The Possibility of a New Work for Electric Guitar」の記憶に基づいたエレクトリック・ギターのための「Another Possibility」を作曲する。「Another Possibility」の中にフェルドマンを思い出させるアルペジオや単音を聴くこともできるが、ウォルフはギター固有のコード・ストロークなどの奏法を用いている。そのせいか、フェルドマンの「The Possibility of a New Work for Electric Guitar」と比べると、ウォルフの「Another Possibility」の方が「ギターらしく」聴こえる瞬間が多い。
ウォルフがKPFAで「The Possibility of a New Work for Electric Guitar」を演奏した時の録音テープが残っていることが2007年に判明する。[10] Other Minds[11]が主導となり、ギタリストのセス・ヨーゼルSeth Josel[12]がKPFAの録音をもとに譜面に起こした。ヨーゼルはPaul Sacher財団のフェルドマン・コレクションに残っているスケッチを参照し、録音からの書き起こし版とスケッチとを突き合わせてこの曲のスコアを復元した。[13] こうして蘇った「The Possibility of a New Work for Electric Guitar」は2009年3月7日にイエール大学で初演された。Edition Petersがヨーゼルによる復元版を2009年に批判校訂版として出版して以来、この曲はエレクトリック・ギター独奏曲のレパートリーとして徐々に浸透してきている。