あれでもなくこれでもなく〜モートン・フェルドマンの音楽を知る(18)-2 (最終回)フェルドマンの音楽がもたらした影響

 フェルドマンの音楽はジャズからも注目されていたようだ。フェルドマン自身ジャズに対する発言をほとんどしていなかったし、ジャズのミュージシャンとの接点もほとんど持たなかったと推測されるが、ジャズのミュージシャンたちがフェルドマンの存在と音楽に注目している事実は興味深い。イタリアのコントラバス奏者ジョヴァンニ・メイアー Giovanni Maier[32]のアンサンブルによる「Ode to Morton Feldman」(2014)は、初めはそれぞれのパートが我が道を突き進んでいるように聴こえるが、しばらくすると混沌の中からサックスの旋律が徐々に姿を現す。ロシアのピアニスト、サイモン・ナバトフ Simon Nabatov[33]の「For M. F.」(2005)はチェロ、ピアノ、打楽器のトリオ編成。シンバルや銅鑼と思われる摩擦音が終始鳴り響く。チェロはおそらく弦を擦る奏法によって典型的なチェロの音色とは違う音色を奏でている。ピアノは高音域をぽつりぽつりと打鍵しているが、後半に低音域でのクラスターが何度も鳴らされる。曲の終盤でピアノのアルペジオとチェロの音の引きのばしは、フェルドマンの「Piano and Orchestra」(1975)と「Piano and String Quartet」(1985)にも用いられている手法だ。アメリカのピアニスト、マイク・ウォフォード Mike Wofford[34]の「Quietsville (Homage to Morton Feldman)」(1998)もピアノ、ベース、ドラムのトリオ編成。ピアノを中心とするイントロダクションのような部分を経てベースのソロが始まると、ピアノとドラムも徐々に加わるが、タイトルが示すように演奏は常に一定の静けさを保っている。

Giovanni Maier/ Ode to Morton Feldman (2014)
Simon Nabatov/ For M.F. (2005)
Mike Wofford/ Quietsville (Homage to Morton Feldman) (1998)

 フェルドマンの音楽とビバップ以降のジャズとが共有していた問題意識について想像してみると、音楽における演奏者の自発性の問題が浮かび上がってくる。フェルドマンの場合、図形楽譜の演奏の成否は演奏者の自発性に大きく依拠していた(図形楽譜による演奏を即興と勘違いされたくなかったフェルドマンは1960年代後半に図形楽譜をやめてしまったが)。ジャズの即興も演奏者の自発性にまつわる問題が常につきまとう。Joe Morrisは即興とフリー・ミュージックについて論じた著書『Perpetual Frontier: The Properties of Free Music』[35]の中で、1950年代頃、フェルドマン、エリオット・カーター、ケージらが実験精神を求める少数の観衆に向けてロフトで行なっていたコンサートと、当時のジャズの即興との共通項について述べている。[36] 偶然性や不確定性の音楽の実験場でもあった、彼らの小さなコンサートを介して伝えられた美的価値観は、ジャズの中にも聴くことができたのと同類の自発性へと拡大していった。[37] このような観点で考えると、演奏者の自発性を期待したフェルドマンの図形楽譜や60年代の自由な持続の記譜法とビバップ以降のジャズにおける即興は、その美学や思想の点でそれほど隔たっていないように思える。

 以上、フェルドマンへのオマージュの中でも興味深い試みのいくつかを紹介した。これらの音楽や演奏とフェルドマンの音楽との関係は様々だ。フェルドマン自身は生涯を通していわゆる現代音楽に属する作曲家を貫いたが、彼の音楽は現在も様々なジャンルの音楽へと波及している。

 この連載では時系列順にフェルドマンの楽曲を取りあげ、記譜法とそれに伴う様式の変化を18回に渡ってたどった。この連載では、静謐さや抽象性などの「フェルドマンらしさ」が反映されている曲はもちろんのこと、70年代のいくつかの楽曲やラジオドラマ「Words and Music」の音楽のように、旋律や叙情性が感じられる「フェルドマンらしくない」曲もなるべく積極的に紹介するよう努めた。フェルドマンの音楽の全てを網羅できたわけではないが、この連載を通して、この作曲家の音楽だけでなく、ここで取りあげた音楽以外の事柄にも少しでも興味を持っていただけたなら幸いである。

高橋智子
1978年仙台市生まれ。Joy DivisionとNew Orderが好きな音楽学者。


[1] John Rockwell, “Morton Feldman Dies at 61: An Experimental Composer,” New York Times, September 4, 1987
[2] Ibid.
[3] Ibid.
[4] Ibid.
[5] Morton Feldman and La Monte Young, “A Conversation on Composition and Improvisation (Bunita Marcus, Francesco Pellizzi, Marian Zazeela),” Res: Anthtopology and Aesthetics, Spring, 1987, No. 13, 1987, pp. 152-173
[6] Ibid., p. 158
[7] Ibid., p. 171
[8] Ibid., p. 171
[9] Ibid., p. 171
[10] Steve Reich, “Feldman,” in Writings on Music 1965-2000, New York: Oxford University Press, 2002, p. 202
[11] Ibid., p. 202
[12] Ibid, p. 202
[13] Morton Feldman, “Crippled Symmetry,” Give My Regards to Eighth Street: Collected Writings of Morton Feldman, Edited by B. H. Friedman, Cambridge: Exact Change, 2000, pp. 135-136
[14] Reich 2002, op. cit., p. 202
[15] Michael Nyman, “Minimal Music,” The Spectator, 221/7320 (Friday 11 October, 1968), pp. 518-519. この記事で主に言及されているのはコーネリアス・カーデューの「The Great Digest」(1968)とヘニング・クリスチャンセンの「Springen」(1968)だが、実際に「ミニマル音楽」といえるのはクリスチャンセンの楽曲だった。(Keith Potter, “Introduction,” Four Musical Minimalists: La Monte Young, Terry Riley, Steve Reich, Philip Glass, Cambridge: Cambridge University Press, 2000, p. 3)この記事にはヤングやライヒらのアメリカのミニマル音楽は登場しない。
[16] Morton Feldman, “Lecture on For Christian Wolff,” Internationale Ferienkurse für Neue Musik Darmstadt 1986, Komponistenforum Morton Feldman, 24 July 1986, http://www.cnvill.net/mfdarmstadt86complete.pdf
[17] Jon Dale with illustrations by Aleesha Nandhra, “An introduction to Ambient Music,” Barbican https://sites.barbican.org.uk/ambientmusic/
[18] エクスパンデッド・シネマ(拡張映画)の定義等は右記参照 https://artscape.jp/artword/index.php/エクスパンデッド・シネマ(拡張映画)
[19] Dale, op. cit.
[20] Kenneth Kirschner https://www.greyfade.com/artists/kenneth-kirschner
[21] キルシュナーの楽曲は彼のウェブサイトで聴くことができる。 http://kennethkirschner.com/
[22] Tobias Fischer, “Interview with Kenneth Kirschner,” tokafi, September 2007 http://www.tokafi.com/15questions/interview-with-kenneth-kirschner/
[23] “Jackson Mac Low: The Music of Chance,” poets.org, https://poets.org/text/jackson-mac-low-music-chance
[24] Rozalie Hirs https://rozalie.com/main-portal-to-rozalie-hirs-website-and-archive/
[25] Florian Wittenburg http://www.florianwittenburg.com/
[26] Augusta Read Thomas https://augustareadthomas.com/index.html
[27] Mariano Etkin https://www.latinoamerica-musica.net/bio/etkin.html
[28] Mariano Etkin, “Arenas (a la memoria de Morton Feldman)” https://www.cnvill.net/mfetkin1.htm
[29] Ibid.
[30] Ibid.
[31] Peter Ablinger https://ablinger.mur.at/
[32] Giovannni Maier https://www.giovannimaier.it/giovanni_maier/biography/
[33] Simon Nabatov http://www.nabatov.com/
[34] Mike Wofford https://www.mikewofford.com/
[35] Joe Morris, Perpetual Frontier: The Properties of Free Music, Stony Creek: Riti Publishing, 2012.
[36] Ibid., p. 14
[37] Ibid., p. 14