あれでもなくこれでもなく〜モートン・フェルドマンの音楽を知る(10) 音楽の表面-2

(文:高橋智子)

2 Between Categories (1969)  2つのアンサンブル、2つの時間

 1960年代後半からのフェルドマンの楽曲でも依然、自由な持続の記譜法による室内楽曲が多くを占めている。この時期の楽曲のいくつかは同じ編成の2組のアンサンブルを1つの曲の中で並走させて、より複雑な音楽的な時間を創出している。このような傾向を持つ楽曲として「First Principles」(1966-67)、「False relationships and the extended ending」(1968)、「Between Categories」(1969)の三部作があげられる。今回はこの三部作の最後の作品に当たり、自由な持続の記譜法による60年代のフェルドマンの楽曲を締めくくる「Between Categories」を検討する。

 フェルドマンは1983年に行われたレクチャーの中で「Between Categories」を次のように紹介している。

では、次の曲はたしか……Between categories……この曲は重要ではないけれど……とにかくBetween categoriesだ。私の曲「De Kooning」を聴いたことのある人にとって、この曲は(De Kooningと)そっくりそのまま同じ構成だ。この曲で重要なことを1つあげると、私にとってのこの曲のアイディアの要は、ドッペルゲンガーのように同じ編成の2つの小さなグループを使うことだった。それは音色がシンメトリーだからという、それだけの理由で、ある種の気味の悪いシンメトリーをなしていた。だが、実際は同じ音楽ではない。終わりに差しかかる頃にようやく、一方のピアノでのアルペジオが、いくらか距離をとってもう一方のピアノから(訳注:アルペジオを)引き受けている様子が聴こえる。

Then, probably the next piece is… Between categories… I think, it’s not important …anyway Between categories. For those of you that heard my piece De Kooning, it’s very much the same format. And I think the one important thing about the piece, that is, the essential idea of the piece for me, was to have two small groups, like a doppelganger, of the same instrumentation and it was a kind of, creepy type of symmetry, only because of the symmetry of the colours. But not really of the same musics. Only towards the end do you hear an arpeggio on one piano taken up in some kind of distant relationship with the other piano.[1]

 フェルドマンがここで「ドッペルゲンガー」と表したように、スコアには2つの全く同じ編成のアンサンブルの譜表が配置されて同時に進む。この曲を「重要ではないけれど」とフェルドマンは言っているが、「De Kooning」以降の自由な持続の記譜法の変化や、同じ編成のアンサンブルの並置がもたらすより複雑な時間の感覚の点で「Between Categories」は注目に値する曲と言ってもよいだろう。フェルドマンの言うように、「Between Categories」は記譜法や編成において「De Kooning」と同じ構成の曲とみなすことができる。だが、さらに近い曲として、1965年に作曲された「Four Instruments」があげられる。「Four Instruments」の編成は「Between Categories」と同じピアノ、チャイム、ヴァイオリン、チェロ。「Between Categories」で頻繁に見られる同じ音の反復がこの曲でも用いられている。

Feldman/ Four Instruments (1965)

 ペータース版のスコアにはこの時期の他の自由な持続の記譜法とほとんど同じ演奏指示「同期している音と単音の持続は極度にゆっくりと。全ての音は、特に何も記されていない限り、休符を挟まずにつなげられている。ダイナミクスはこれ以上ないほど控えめに、しかし聴こえる程度に。Durations of simultaneous and single sounds are extremely slow. All sounds are connected without pauses unless notated. Dynamics are exceptionally low, but audible.」[2]が記されている。1965年12月21日にカーネギー・ホールで行われた演奏会「新しい音楽の夕べ Evening for New Music」で初演された際のプログラムノートには「音の順序だけなく、単音、同期する音のすべてが決められているが、音と音の間の実際の持続は演奏者が演奏する時に決定される。このような意味で、それぞれの奏者は指揮者の機能も持っている。Though all single and simultaneous sounds are given, as well as their sequence, the actual duration between sounds is determined at the moment of playing by the performer. In this sense each performer has a conductional function.」[3]と、演奏家の役割が出版譜よりも詳しく書いてある。2曲とも記譜法は「De Kooning」とほぼ同じ形態の自由な持続の記譜法だが、「Four Instruments」 と「Between Categories」では拍子のある小節にも音が書かれている(「De Kooning」では拍子のある小節全てに全休符が記されている)。

 これら3曲の関係は「De Kooning」(1963)の編成や記譜法を土台としてできたのが「Four Instruments」(1965)、さらに「Four Instruments」を拡張して複雑にしたのが「Between Categories」(1969)と整理することができる。

Feldman/ Between Categories (1969) YarnWireによる演奏[4]

左:アンサンブル1 右:アンサンブル2

Feldman/ Between Categories (1969) The Barton Workshopによる演奏

score: https://issuu.com/editionpetersperusal/docs/p6971

 ペータース版のスコアの演奏指示は編成について「ピアノ、チャイム、ヴァイオリン、チェロ(それぞれの楽器に奏者2人)Piano, Chimes, Violin, Violincello (2 of each instrument)」[5]と書いてある以外「Four Instruments」と同一なので、ここでは割愛する。この曲は2つのアンサンブルが同時に演奏を始める。本稿ではスコア上部に配置されたアンサンブルをアンサンブル1、下部に配置されたアンサンブルをアンサンブル2として曲の内容を見ていく。例えばアンサンブル1のピアノをピアノ1、アンサンブル2のチェロをチェロ2と表記する。

 この曲のスコアは全9ページ、平均的な演奏時間は10〜13分前後。この曲の各パートのおおまかな傾向は次のように表すことができる。ピアノは主に和音や音域の広いオクターヴ重複による同一音を鳴らす。フェルドマンによる楽曲解説で記されているように、後半は印象的なアルペジオが2つのアンサンブル間で受け渡される。チャイムは大半が単音で登場するが2音の時もある。チャイムはアタックのはっきりした特徴的な音色なので他の楽器とも区別しやすい。ヴァイオリンとチェロは開放弦が多用されている。アタックとダイナミクスをできるだけ抑制して演奏されるこれらの弦楽器が単独で現れる場面は、演奏者だけでなく聴き手にも緊張感をもたらす。

1ページ目
 アンサンブル1には拍子記号がない。アンサンブル2は冒頭を除いてメトロノーム記号(テンポ)を伴う拍子記号で小節線が引かれている。この違いがそれぞれのアンサンブルが異なる時間で進み行くことを示している。アンサンブル2のピアノとチャイムの前打音から始まる。アンサンブル1はフェルマータのついた沈黙を経てチャイムを鳴らし、ピアノとヴァイオリンが続く。このページで特徴的なのはピアノ1の右手の和音だ。最初に鳴らされるE4-D#5-F#5はB4-E♭5-G♭5、G4-E♭5-G♭5に形を変えて現れる。D#5-F#5とE♭5-G♭5は異名同音であるため、この3つを同質的な和音を見なすことができる。チャイム1のE♭4は、アンサンブル2の6小節目(3/2拍子)でチャイム2にも現れる。1ページ目の時点では曲の様相はまだつかめない。

2ページ目
 1ページ目の形勢が逆転してアンサンブル1には小節線が引かれ、アンサンブル2には小節線のない部分と小節線の引かれた部分とが入り混じる。上位2音をD#5-F#5またはE♭5-G♭5とする、1ページ目のピアノ1で指摘した和音が、今度はアンサンブル2の1、3小節目でピアノ2にも現れる。この和音はページ前半に配置されているため、どちらのアンサンブルのピアノがこの和音を鳴らしているのか聴き手には区別がつきにくい。同様のことはこのページ最後の小節のチャイムにも見られる。ここではチャイム1、2ともにE4が書かれている。演奏の際はそれぞれのアンサンブルは異なるペースで進むため、記譜上の配置と実際の鳴り響きが完全に同期するわけではない。だが、近い箇所で同じ楽器が同じ音高を鳴らすことがわかっており、ここでもピアノの和音の例と同じく、アンサンブル間の区別を曖昧しようとするフェルドマンの意図がうかがえる。2つのアンサンブルによるドッペルゲンガーのような効果が早速ここで発揮されている。2つのアンサンブルはそれぞれ独立した異なる時間の感覚で進み行くが、和音や音高を共有していることがここまでで明らかになった。

3ページ目
 アンサンブル1は一斉に鳴らされる和音による部分と、鳴らすべき音の順序が破線で示された部分からなる。チャイム1のC4-チェロ1のD2-チャイム1のE4が破線で繋げられて3音のフレーズを作っている。このフレーズは2回現れる。一方のアンサンブル2はこのページ全体に小節線が引かれており、その中で和音が鳴らされるだけだが、チャイム、ヴァイオリン、チェロが3小節間に渡るパターンを形成している。このページの1-3小節目(5/2, 2/2, 3/2拍子)は4-5小節目のピアノを挟んで6-8小節目にまったく同じかたちで現れる。

4ページ目
 このページのアンサンブル1には小節線が一切引かれていない。ピアノ1はA♭5を最高音に据えた和音を5回鳴らす。この和音は現れるたびに構成音が変わり、また、一緒に鳴らされる楽器の組み合わせもその都度異なる。ピアノ以外のパートにも同音反復が見られ、チャイム1はC5を、ヴァイオリン1はD#4を、チェロ1は開放弦でA3をそれぞれ繰り返す。アンサンブル1には譜面いっぱいに和音が配置されているのに対して、アンサンブル2はややまばらなテクスチュアだ。ピアノ2はピアノ1と同じくA♭5を最高音に据えた和音を3回繰り返す。記譜の外見はそれぞれ異なるものの、ピアノ1とピアノ2がA♭5を共有していることから、2つのアンサンブルが完全に無関係でもないと徐々にわかってくる。ピアノ2の後半では1-2ページ目に頻出したE4-D#5-F#5が1回目は前打音を伴って、2回目は他の全てのパートと一緒に鳴らされる。以前現れた出来事が不意に再び現れる手法は、聴き手の記憶を試すフェルドマンの常套手段である。

5ページ目
 アンサンブル1は4ページ目のアンサンブル2の構成の前後を逆さまにした構成で、前半は破線による音のつながり、後半はいくつかのパートが同期する和音を中心としている。フェルドマンが解説で述べていたピアノによるアルペジオが、ここでようやくアンサンブル2に現れる。このアルペジオの構成音はG#4-A4-D5-F5-E♭6の5音で、しばしばF#1かG1の前打音を伴う。また、他の楽器と同期して鳴らされることもある。このアルペジオの和音は5ページ目ではピアノ2が2回鳴らすだけだが、以降、曲が進むにつれて登場頻度が増す。曲の始まりからここまでの地点では、同じ編成の2つのアンサンブルが各々ペースで音を散発的に鳴らし続けるだけの茫漠とした楽曲だったが、このアルペジオの登場によって「アルペジオと他の音の動き」の構図が急に浮かび上がってくる。

6ページ目
 G#4-A4-D5-F5-E♭6の和音が両方のアンサンブルで鳴らされる。このアルペジオ以外でも目を引く音の動きがいくつか挙げられる。G#4-A4-D5-F5-E♭6のアルペジオの合間を縫うように、破線と垂直線を用いて描かれるチェロ、ヴァイオリン、ピアノのパターンが現れる。ピアノ1のE♭-Dの2音に注目すると、この2音はE♭2-D4、D1-E♭1-D4- E♭4として鳴らされる。チャイムもこの2音をE♭4-D5として引き継ぐ。E♭-Dの2音は8ページにも現れる。このページのアンサンブル1の最後に鳴らされるチェロのピツィカートでのアルペジオF#2-G2- D3-F3-E♭4は、ピアノのアルペジオと構成音を共有している。アンサンブル2もピアノ2が同じアルペジオを2回鳴らす。既にこのアルペジオが曲の中心的な存在であることを音の響きからも認識できる。ここでもページの終わりに、1ページ目のピアノ1の最初の和音(左手C3-D3-B3 右手E4-D#5-F#5)がピアノ2に唐突に現れる。もちろん、この和音の再登場は耳でははっきりと把握できないが、あるいは記憶できないが、スコアを見る限りでは急に最初の和音が戻ってきたので奇妙な印象を与えている。

7ページ目
 7ページ目のアンサンブル1は6ページ目とよく似た構成で、ページの前半にアルペジオが鳴らされ、その後に破線で繋がれた音の連なりが続き、最後にチェロのアルペジオで締めくくられる。アルペジオはアンサンブル1のピアノ1とチェロ1に限定されており、アンサンブル2には現れない。このページも同じ和音やパターンによって構成されている。最初のピアノ1の2音E♭1-D4は6ページ目のE♭-Dを引き継いだものと見なされる。チャイム1のD♭4-C5は8ページ目のピアノ1と2、9ページ目のピアノ2にも現れる。ピアノ1のF-Gの2音はF1-G4、F1-G3、再びF1-G4として、音域をその都度変えて繰り返される。垂直線で繋げられたチェロ1のF2とチャイムG4もこの2音を鳴らす。F-Gは8ページのピアノ1にも現れる。このページのアンサンブル1の最後にも、8ページ目と同じくチェロ1のピツィカートでのアルペジオF#2-G2- D3-F3-E♭4が記されている。アンサンブル2は複数のパートで同時に鳴らされる和音を中心としており、アンサンブル1に比べて動きが少ない。ピアノ2の和音は半音階的に音が重ねられているのでトーン・クラスター風の様相を呈する。

8ページ目
 7ページ目はアンサンブル1に動きがあり、アンサンブル2は動きが少なかったが、ここで形勢が逆転する。アンサンブル1のピアノ1では、7ページ目のピアノ1で頻出したF-Gの2音がF2-G5-G6とF1-G3に姿を変えて現れる。チャイム1は6ページ目のE♭4-D5と、7ページ目の音型D♭-C5を引き継いでいる。アンサンブル1で目を引くのがB♭だ。ヴァイオリン1が開放弦でB♭4を、チェロ1がB♭3を、ピアノ1がオクターヴ重複でB♭3- B♭7を順番に鳴らす。その間、アンサンブル2はピアノ1がE♭-Dの2音とアルペジオを交互に鳴らしてこの2つをさらに印象付ける。チャイム2もE♭4-D5としてE♭-Dをピアノから引き継いでいる。6ページ目と同じく、このページの終盤に、ピアノ2が突然思い出したように1-2ページで何度も鳴らされた和音E4-D#5-F#5(左手にC3-D3-Bを伴う6ページ目と全く同じ和音)を一撃する。
 8ページ目に記されている音の出来事をまとめると、そのアンサンブル2の破線で結ばれた音の動き以外は、そのほとんどがこの楽曲の中で既に起きた出来事だとわかる。言い換えれば、一見、無秩序、無規則に配置されているそれぞれの音の大半が他のパートとつながりを持っている。

9ページ目
 アンサンブル1はピアノ1がアルペジオを鳴らすのみで、その後の最後の1小節は5/2拍子。どのパートにも音符が書かれていないので実際は全休符だ。なぜここに拍子記号が必要なのかを想像すると、フェルドマンがここで意図していたのは測られた沈黙の時間だったのではないかと考えられる。アンサンブル2は8ページ目のアンサンブル1のいくつかの出来事を引き継いでいる、あるいは繰り返している。チャイム2は8ページ目のチャイム1同じくD♭-C5を鳴らす。チェロ2、ヴァイオリン2、ピアノ2は8ページ目のアンサンブル1のドッペルゲンガーとして、B♭をそれぞれの音域で鳴らす。

 以上のように、2つのアンサンブルの関係に注目して「Between Categories」の出来事をたどってみた。2つのアンサンブルは各自のペースで進み、スコアを読んでいても、演奏を聴いていても、1-4ページ目までは曲の特徴が掴みにくく、2つのアンサンブル間の関係も判然としない。だが、5ページ目でピアノのアルペジオが現れると霧が晴れたように曲の様相が明らかになり、2つのアンサンブルは決して無関係ではなく、いくつかの音楽的な出来事を共有しているのだとわかる。しかし、フェルドマンの楽曲の例に漏れず、2つのアンサンブルの関係は聴き手にはすぐにわからないように仕組まれている。この曲がセクション1で解説した同題のエッセイとどのくらい関係があるのかはっきりと判断できないが、この2つを無理やり引きつけて考えると、エッセイ「Between Categories」での「表面」の概念は、もしかしたら1-4ページまでの混乱した様相に具現されているのではないだろうか。ここまでの判然としない響きが描く混沌は構成されていない、つまり作曲されていない時間のあり方の比喩とみなすこともできる。

 次のセクションでは1960年代のフェルドマンの自由な持続の記譜法の独自性と、この記譜法に類似したいくつかの作品を参照する。


[1] Morton Feldman Says: Selected Interviews and Lectures 1964-1987, Edited by Chris Villars, London: Hyphen Press, 2006, p. 177
[2] Morton Feldman, Four Instruments, Edition Peters, EP 6966, 1965
[3] Morton Feldman, Four Instruments, from Program Notes of Evening for New Music, Carnegie Recital Hall (December 21, 1965) このプログラムノートは フェルドマンの著作集Give My Regards to Eighth Street: Collected Writings of Morton Feldman, p. 20に“Four Instruments”として収録されている。
[4] YarnWireによる演奏はスコアのレイアウトをある程度忠実に再現した演奏で、2つのアンサンブルがどこを演奏しているのかがスコアでも把握しやすい。2つ目のリンク、The Barton Workshopによる演奏はYarnWireに比べると全体的にテンポが遅い。2つのアンサンブルはスコアのレイアウトをやや逸脱する傾向があり、YarnWireの演奏よりも茫漠とした印象を受ける。
[5] Morton Feldman, Between Categories, Edition Peters, EP 6971, 1969

高橋智子
1978年仙台市生まれ。Joy DivisionとNew Orderが好きな無職。
(次回は2月4日更新予定です)

あれでもなくこれでもなく〜モートン・フェルドマンの音楽を知る(10) 音楽の表面-1

(文:高橋智子)

 前回はフェルドマンの友人である画家のウィレム・デ・クーニングにちなんだ楽曲「De Kooning」の時間の感覚、記譜法の変化について考察した。これまでの考察から、フェルドマンの記譜法の変化は音楽的な時間と空間に対する彼の考え方に連動していることがわかっている。今回はエッセイ「Between Categories」と、さらに複雑な音楽的な時間を創出した楽曲のうちのひとつで、このエッセイと同じタイトルの「Between Categories」を中心に考察を進める。

1 音楽の表面 エッセイBetween Categoriesを読む

 1960年代前半のフェルドマンの音楽は「垂直」の概念とともに音楽的な時間を作曲、記譜、演奏、聴取それぞれの側面で探求してきた。前回とりあげた「De Kooning」(1963)はその記譜法や曲中の沈黙の扱い方などから、フェルドマンが時間だけでなく空間にも関心を寄せ始めた楽曲とみなすことができる。不可視の存在である時間にまつわる概念や着想を、空間の観点あるいはメタファーで語ることで彼はさらなる概念を見出す。同時にそれは難題でもあった。その新たな概念が「表面」である。

 1960年代になると、フェルドマンによる自作が初演される演奏会のための楽曲解説だけでなく雑誌への寄稿が増えてくる。1969年のエッセイ「Between Categories」の中で、彼は「音楽の表面とは何か」、「表面を持っている音楽と表面を持たない音楽の違いは何か」を問う。このエッセイの初出は雑誌『The Composer』(Vol.1, No.2 September 1969)と『Mundus Artium: A Journal of International Literature and the Arts』(Vol.6, No. 1. 1973)、後にフェルドマンの著作集『Give My Regards to Eighth Street: Collected Writings of Morton Feldman』にも収録された。今回は著作集に掲載されたものを参照した。絵画と音楽の比較に始まり、最後はいささか強引にフェルドマンの思うままに完結させられる縦横無尽なこのエッセイを読み解いてみよう。

 このエッセイでフェルドマンは絵画を引き合いに出して音楽の構造と表面の問題へと接近する。これまでも何度か触れてきたように、フェルドマンは歴史的、慣習的に確立されてきた構造や規則に否定的な立場をとっている。このエッセイでも彼の態度はほとんど変わっておらず、彼が新たに打ち出したい「表面」の概念を主題ないし構造と対置させようと試みる。フェルドマンによれば、音楽の主題は形式的、構造的な土台無しに突然現れるものではなく、そこには必ず形式と構造がある。構造と形式は音楽の歴史的な発展を反映した結果なのだ。フェルドマンがここで名前をあげているギヨーム・ド・マショーからピエール・ブーレーズに至るまでの、つまり中世から20世紀後半までの歩みの中での進歩史観が西洋芸術音楽の構造、形式、技法の発展を支えてきた。図形楽譜と不確定性による音楽の実践、音そのものへのこだわりなど、これまでのフェルドマンの創作を振り返ると、彼の態度は常に西洋芸術音楽の進歩史観とは違う立場にいたいという意思表明だったともいえるだろう。これは彼に限らずジョン・ケージらニューヨーク・スクールの仲間と共有してきた態度でもあった。

絵画と同じく、音楽は表面だけでなく主題も持っている。マショーからブーレーズにいたるまで、音楽の主題とは常にその構造にあったように思われる。。旋律や十二音音列は単に起きるのではない。それらは構築されていないといけない。リズムは不意にどこからともなく現れるのではない。それらも構築されていないといけない。構造であれ拘束であれ、音楽におけるなんらかの形式的な考えを提示することは構造の問題であり、そこでは方法論が作曲の支配的なメタファーだ。だが、ある楽曲の表面を描きたければ、私たちは何らかの困難にぶつかる。それは絵画からのアナロジーが役立つかもしれない領域だ。歴史上の2人の画家が頭に浮かんだ――ピエロ・デッラ・フランチェスカ[1]とセザンヌだ。この2人を並べてみたい――(危険を承知で)彼らの構造と表面を描写し、音楽における表面、あるいは聴覚的地平にまつわる短い議論に戻ってこよう。 

Music, as well as painting, has its subject as well as its surface. It appears to me that the subject of music, from Machaut to Boulez, has always been its construction. Melodies or 12 tone rows just don’t happen. They must be constructed. Rhythms do not appear from nowhere. They must be constructed. To demonstrate any formal idea in music, whether structure or stricture, is a matter of construction, in which the methodology is the controlling metaphor of the composition. But if we want to describe the surface of a musical composition we run into some difficulty. This is where analogies from painting might help us. Two painters from the past come to mind —Piero della Francesca and Cezanne. What I would like to do is juxtapose these two men — to describe (at my peril) both their construction and surface, returning for a brief discussion of the surface, or aural plane, in music. [2]

 ブーレーズはフェルドマンにとって20世紀後半の音楽の歴史的、主知的発展を象徴する人物のひとりだ。同時代の作曲家同士として実際に親交があったブーレーズに対するフェルドマンの理解は主観的で、さらに言えばフェルドマンによる嫉妬や偏見さえも感じられるほどで、他のエッセイでもブーレーズは頻繁に言及されている。「Between Categories」の4年前、1965年に書かれたフェルドマンのエッセイ「Predeterminate/ Indeterminate」でもフェルドマンは音の鳴り響きよりも構造や作曲システムを優位に置くブーレーズについて「今日のどの作曲家よりもシステムに新たな威信を与えているのはブーレーズだ――かつてあるエッセイで、ブーレーズは曲がどう鳴り響くかに興味はなく、それがどのように作られているかのみが自分の関心なのだと言っていた。It is Boulez, more than any composer today, who has given system a new prestige—Boulez, who once said in an essay that he is not interested in how a piece sounds, only in how it is made. 」[3]と述べている。続けてフェルドマンは「そんな言い方をする画家はいないだろう No painter would talk that way.」[4]と、フィリップ・ガストンをブーレーズの対極に置こうとする。

フィリップ・ガストンはかつて私にこう話してくれた。彼は絵がどのようにできているのかを察知することでその絵に飽きてくるのだと。何かを作ることへの没頭、システムと構造への没頭は今日の音楽に特徴的にも思える。それは多くの場合、作曲の現実的な主題となっている。

Philip Guston once told me that when he sees how a painting is made he becomes bored with it. The preoccupation with making something, with systems and construction, seems to be a characteristic of music today. It has become, in many cases, the actual subject of musical composition.[5]

 作曲家と画家を比較するのはあまりフェアではないようにも見えるが、フェルドマンはガストン寄りの立場だ。彼はガストンの逸話を引いて作品の生成過程よりもその結果を重視している。音楽でいうならば、作曲に用いたシステムや構造や技法よりも、それらの結果として生じたその曲の鳴り響きがフェルドマンにとって重要なのだと解釈できる。先の「Between Categories」からの引用を思い出すと、フェルドマンによれば、実際の音の鳴り響きはブーレーズの興味の範疇ではない。ブーレーズがフェルドマンによる一方的な批判の的にされ続けているのは少し気の毒にも思えてくるが、フェルドマンはブーレーズをはじめとする当時のトータル・セリーの潮流に対して意義を唱えたかったのだろう。Kyle Gannは、フェルドマンが著述でブーレーズとシュトックハウゼンに執拗に言及している様子を「彼(訳注:フェルドマン)はライバルたちのことで頭がいっぱいだ。ブーレーズとシュトックハウゼンの名前は20世紀音楽の悪癖を示すものとして何度も繰り返し出てくる。Rivals preoccupy him; the names of Boulez and Stockhausen come up over and over again as illustrations of twentieth-century music’s ills.」[6]と描写している。このエッセイの後の段落ではやはりシュトックハウゼンも登場する。この2人の作曲家はフェルドマンの仮想敵のような存在として、むしろ彼の創作理念の具現化に貢献しているともいえる。

 「表面」の話を進めよう。フェルドマンはデッラ・フランチェスカの絵画がもたらす永遠の感覚を例に、絵画における錯覚と表面の関係を論じる。

私たちは、新たに発見された遠近法の原理を空間的な関係性の中に採り入れた世界を覗き見ている。遠近法は計測のための手段だったが、ピエロはこれを無視して私たちに永遠を与える。実際、彼の絵画は永遠に向かって消えゆくように見える――キリスト教的なエトスを起源とする、ある種のユング派集合無意識[7]へと消えゆく。この表面は絵画を全体として経験するために踏み入るための扉に過ぎないように思える。こんな風にだって言えるだろう――それ(訳注:表面)に対する全ての事実にも関わらず、表面など存在しない。おそらく遠近法それ自体が錯覚のような仕掛けであることに起因する。遠近法は画家の対象を切り離して、それらに相互関係をもたらす統合を成し遂げるための錯覚の仕掛けなのだ。その結果が幻覚による形式だ――デッラ・フランチェスカがそれだ。絵画であれ音楽であれ、構成原理を利用しようとする試み全ては幻覚の側面を持っている。

We are looking into a world whose spatial relationships have adopted the newly discovered principles of Perspective. But Perspective was an instrument of measurement. Piero ignores this, and gives us eternity. His paintings indeed seem to recede into eternity, into some kind of Jungian collective memory of the beginning of the Christian ethos. The surface seems to be just a door we enter to experience the painting as a whole. One might also say, despite all the facts against it, that there is no surface. Perhaps it is because Perspective itself is an illusionistic device, which separates the painter’s objects in order to accomplish the synthesis that brings them into relationship with each other. Because this synthesis is illusionistic, we are able to contain both this separation and unity as a simultaneous image. The result is a form of hallucination, which della Francesa is. All attempts at utilizing an organizational principle, either in painting or music, has an aspect of hallucination. [8]

 もちろん、ここでのフェルドマンのデッラ・フランチェスカの遠近法にまつわる議論は学術的な厳密さを追求していない。あくまでも「フェルドマンの目に写ったピエロ・デッラ・フランチェスカ」に基づいている。上記の一節はデッラ・フランチェスカのどの作品を想定しているのかが明記されていないが、彼の特殊な遠近法にフェルドマンは永遠の感覚と表象を見出したことがわかる。遠近法は主体と客体との差異や関係を明示する方法のひとつでもある。遠近法は主体と客体との関係を明確にして、全体の構造を分節する効果も持っている。フェルドマンは遠近法を「錯覚の仕掛け」とみなし、絵画のそれぞれの部分のまとまりによって構成される全体的な構造も幻覚や錯覚の形式に過ぎないと結論付ける。このような幻影、幻覚、錯覚の特性を帯びた絵画の一側面をフェルドマンは「表面」と呼ぶ。彼は音楽にも「表面」があると主張する。私たちは音楽の表面をどのようにして知覚できるのだろうか。遠近法と絡めて絵画の表面について彼なりの見解を示したフェルドマンだが、音楽の表面に対してはしばらく葛藤し続ける。次に引用する段落から彼の自問自答が始まる。

今や音楽の表面を覆う聴覚的な地平がいったい何なのかを真正面から問うべき時にきているのではないかと、私は危惧している。それは音楽を聴いている時にたどる音程の輪郭だろうか? それは私たちの耳の中に輝きを放つ音の垂直な、あるいは和声の拡がりになれるのだろうか? ある音楽には表面があって、別の音楽には表面がないのだろうか? 音楽だけで表面を完全に実現できるのだろうか――または別の媒体である絵画に関係する現象なのだろうか?

I’m afraid that the time has now come when I will have to tackle the problem of just what is the surface aural plane of music. Is it the contour of intervals which we follow when listening? Can it be the vertical or harmonic proliferation of sound that casts a sheen in our ears? Does some music have it, and other music not? Is it possible to achieve surface in music altogether —or is it a phenomenon related to another medium, painting? [9]

 現実世界の音響として実際に私たちの耳に入ってくる音と、それにまつわる一連の現象を「聴覚的な地平」と解釈するならば、音楽の表面は音響という実体に覆われた何かだと推測できるだろう。あるいは、音楽の表面は実際に鳴っている音とは別のもので、実体のない形而上的な存在に近いのかもしれない。この時点では音楽の表面についての明確な答えは出ていない。だが、フェルドマンはここでめげずに、次の疑問「表面を持っている音楽と表面を持たない音楽」にも立ち向かう。

 「音楽の表面」で葛藤するフェルドマンは友人で批評家、美術家のブライアン・オドハーティに電話でこう尋ねる。「私がいつも君に話している音楽の表面とはなんだと思う? what is the surface of music I’m always talking to you about?」[10] こんな電話が突然かかってきたら面食らって何も言えなくなりそうだが、オドハーティは「作曲家ではない自分には音楽の充分な知識はないけれど Not being a composer—not knowing that much about music」[11]とためらいながらも、フェルドマンからの唐突な問いに誠実に対応した。オドハーティは「作曲家の表面とは、彼が現実的なもの――つまり音――をそこに置く錯覚のこと。画家の表面とは、彼がそこから錯覚を創り出す現実的なもの。The composer’s surface is an illusion into which he puts something real —sound. The painter’s surface is something real from which he then creates an illusion.」[12]と答えた。先の段落の内容を振り返ると、フェルドマン自身は音楽の表面(錯覚)と聴覚的な地平(現実に聴こえる音)を別のものとみなしていた。オドハーティからの答えもフェルドマンの考え方と概ね同じだと言える。この回答に満足したフェルドマンはオドハーティにさらなる問いを投げかける。「ブライアン――今度は表面を持っている音楽と表面を持っていない音楽との違いを言ってくれないか?Brian—would you now please differentiate… between a music that has a surface and a music that doesn’t.」[13]これに対してオドハーティは「表面を持っている音楽は時間とともに構成されている。表面を持たない音楽は時間に従属し、リズムの連なりとなる。A music that has a surface constructs with time. A music that doesn’t have a surface submits to time and becomes a rhythmic progression.」[14]と答えた。時間に言及したオドハーティによる「表面を持っている音楽と表面を持たない音楽」の違いは、前回この連載で引用した、彼がウィリアム・デ・クーニングの絵画とフェルドマンの音楽について考察したオドハーティの論考の一文「音は進むのではなく、同じ場所で積み上がって蓄積するだけだ(ジャスパー・ジョーンズのナンバーズのように)。 Sounds don’t progress but merely heap up and accumulate in the same place (like Jasper Johns’ numbers).」[15]を思い出させる。ここでオドハーティが言う「進むのではなくて同じ場所で積み上がって蓄積するだけの音」は、連続や進行の時間の感覚を持たないフェルドマンの音楽が提示する時間の特性を描写している。この特性はオドハーティがフェルドマンに対して答えた、時間に従属せず時間とともに構築される「表面を持っている音楽」とおおかた一致している。また、「表面を持っている音楽」は時間の水平な連続性ではなく、「今」の垂直な積み重なりによるフェルドマンの「垂直」の概念とも重なっているといえるだろう。どちらの概念も音楽的な時間とその経験や知覚に深く関わっている。この後、フェルドマンの「表面」への問いは音楽的な時間への問いへと発展していく。

(音楽が)時間とともに構成されているなら表面が存在するのだとオドハーティが言った時、彼は私の思っていることととても近い――この考え方は、時間を作曲の一要素として扱うよりも、時間をそのままにしておく意味に近いと思っているが。いや、時間とともに構成されていようと、時間をそのままにしておくことにはならないだろう。時間をただそのままにしておくべきなのだ。

When O’Doherty says that the surface exists when one constructs with Time, he is very close to my meaning—though I feel that the idea is more to let Time be, than to treat it as a compositional element. No—even to construct with Time would not do. Time simple must be left alone. [16]

 フェルドマンは、演奏者に音価の決定を委ねる自由な持続の記譜法を通して「時間をそのままにしておく」ことを既に実践していた。1960年代の彼の多くの楽曲で用いられている自由な持続の記譜法は、規則的な拍節やメトロノームで計測できる時間とは異なる音楽的な時間を獲得する手段のひとつだった。「時間をそのままにしておく」ことと逆の例として、フェルドマンはシュトックハウゼンと交わした会話を持ち出す。

 ある日、シュトックハウゼンはフェルドマンに「ねえ、モーティ――自分たちは天国に住んでいるのでなくて、地上で生きている。You know, Morty—we don’t live in heaven but down here on earth.」[17]と語りかけてテーブルを叩き始めた。「音はここにもある――ここにも――ここにも A sound exists either here—or here—or here.」[18]と言いながらテーブルを叩き続けるシュトックハウゼンの行動の真意を、フェルドマンは「彼(訳注:シュトックハウゼン)は私に現実を見せていることを確信していた。拍、そして拍との関係で考えられる配置は作曲家が現実として把持できた唯一のものだった。He was convinced that he was demonstrating reality to me. That the beat, and the possible placement of sounds in relation to it, was the only thing the composer could realistically hold on to.」[19]と分析する。ここでシュトックハウゼンが見せたようなテーブルを叩いて生じた音、つまり私たちの現実世界に溢れている様々な音を、拍や拍子という測られた時間の単位に当てはめて音楽を構築する行為は「時間を自分の意のままに操ることができ、さらにはそれを区分けできる Time was something he could handle and even parcel out, pretty much as he pleased.」[20]のだと作曲家に思い込ませる。フェルドマンにとって、このような時間の操作と構築は凡庸でつまらない考えだったようだ。

率直にいうと、時間に対するこのようなアプローチは退屈だ。私は時計職人ではない。時間をまだ構成されていない存在の中に投げ入れることに興味がある。私の興味は、つまり、この野生動物が動物園ではなくジャングルの中でどうやって生きていくのかにある。私たちが肉球状の足でそっと時間に触れたり、時間に思いや想像をめぐらせる前は、時間はどのように存在しているのだろうか。これが私の興味だ。[21]

Frankly, this approach to Time bores me. I am not a clockmaker. I am interested in getting Time in its unstructured existence. That is, I am interested in how this wild beast lives in the jungle, not in the zoo. I am interested in how Time exists before we put our paws on it, our minds, our imaginations, into it.[22]

 ここでフェルドマンが時間をジャングルの野生動物にたとえていることをふまえると、リズムや拍子は動物園の檻にたとえられるだろう。なんらかの制限、枠組、構造、形式に入れられていない時間を探求したいと彼は言っている。これは1960年代の自由な持続の記譜法の楽曲によってある程度到達できた。だが、前回解説したように、1963年頃から自由な持続の記譜法が徐々に変化し、音価やテンポに関して部分的だが具体性を持つようになってくる。ブーレーズやシュトックハウゼンを、構造やシステムばかりに目が行って実際に聴こえる音をおざなりにしていると槍玉に挙げてきたフェルドマンだが、実は彼も時間に手を加えている。フェルドマンは「時間をまだ構成されていない存在の中に投げ入れることに興味がある」といいつつも、「De Kooning」をはじめとする1960年代中頃にかけての自由な持続の記譜法に小節線、拍子、メトロノーム記号が姿を現す。多くの場合、時間にまつわるこれらの記号や規則は全休符による沈黙の部分に用いられている。このエッセイから読み取る限りでは「時間をそのままにしておく」方を好むフェルドマンだが、実際は彼も自身の楽曲の中で時間を測り構成しているのだった。例えば前回とりあげた「De Kooning」や「Chorus and Instruments」(1963)では拍子やテンポを具体的に指定した箇所が途中に挿入されている。しかし、これらの楽曲を聴いてみると、ここでもたらされる時間の感覚は規則正しさや秩序立った構造とはまったく別のものだとわかる。彼が目指していたのは、記譜によって設計されてはいるが無秩序に聴こえる音楽だったのかもしれない。結果として聴こえる音を重視したフェルドマンは、あたかも「時間をそのままにしておく」ように見える音楽を書くことに腐心していたのではないだろうか。

「時間をそのままにしておくこと」と作曲することとは相容れない概念にも見える。そのジレンマについて、フェルドマンは次のように告白する。

表面に対する私の強迫観念は私の音楽の主題だ。そういう意味では、私の曲は実はまったく「曲」ではない。私の楽曲は時間のキャンヴァスと呼ばれることもある。時間のキャンヴァスには多かれ少なかれ音楽の全体的な色合いが下塗りされている。私は次のことを学んできた。作曲や構成をすればするほど――人は手つかずの時間を音楽の支配的なメタファーにさせまいとする方に傾く。

My obsession with surface is the subject of my music. In that sense, my compositions are really not “compositions” at all. One might call them time canvasses in which I more or less prime the canvas with an overall hue of the music. I have learned that the more one composes or constructs–the more one prevents Time Undisturbed from becoming the controlling metaphor of the music. [23]

「時間のキャンヴァス」は1950年代の図形楽譜の頃からフェルドマンが自作を説明する際にしばしば使われてきた概念である。1950年代の時間のキャンヴァスはグラフ用紙の1マスを1拍分とみなし、そこに演奏者の任意の音高を投影していく、実体のある存在だった。図形楽譜そのものも時間のキャンヴァスとみなしてもよいならば、そこには実用的な側面さえあったともいえる。1960年代後半になると時間のキャンヴァスは「表面」の概念と結びつき、実体のよくわからない禅問答のような性質を帯びてきた。オドハーティとの会話を思い出すと、表面を持っている音楽は時間とともに構成され、表面を持たない音楽は時間に従属している。上記の引用から読み取る限りでは、フェルドマンにとっての「曲」とは「手つかずの時間」が優位に置かれた音楽を意味するが、それは果たして曲と呼べるのか。彼の「表面」への問いは「曲」とは何か、さらには「作曲すること」とは何かという、とてつもなく壮大な問いへと発展する可能性さえはらんでいる。実際、1970年代以降の著述、インタヴュー、講演などでフェルドマンはこれらの根源的な問いを頻繁に発するようになる。

 音楽の表面を追求する過程での逡巡に対してフェルドマンがひとまずここで出した答えは、音楽や美術などと限定せず、複数の分野や領域をまたぐ存在を自認することだった。

これらの用語――空間、時間――は数学、文学、哲学、科学と同様に音楽と視覚芸術にも使われ始めている。だが、音楽と視覚芸術はその専門用語に関してこれらの他の領域に依拠しているかもしれないが、それに関わる研究と結果は全く違う。例えば、私が初めて演奏者に様々な選択の余地を与える曲を発明した時、数学理論の知識を持つ人々は、「不確定性」あるいは「無作為」をこれらの音楽的なアイディアに結びつけて非難した。一方、作曲家たちは私が行っていたことが音楽と何も関係がないのだと言い張った。いったいそれはなんだったのか? 依然、それはなんなのか? 私は自分の作品をどちらかというと「カテゴリーの間(あいだ)」として考えたい。時間と空間の間。絵画と音楽の間。音楽の構造と音楽の表面の間。

Both these terms—Space, Time—have come to be used in music and the visual arts as well as in mathematics, literature, philosophy and science. But, though music and the visual arts may be dependent on these other fields for their terminology, the research and results involved are very different. For example, when I first invented a music that allowed various choices to the performer, those who were knowledgeable in mathematical theory decried the term “indeterminate” or “random” in relation to these musical ideas. Composers, on the other hand, insisted that what I was doing had nothing to do with music. What then was it? What is it still? I prefer to think of my work as: between categories. Between Time and Space. Between painting and music. Between the music’s construction, and its surface.[24]

もちろん、ここでフェルドマンが言おうとしている「カテゴリーの間」はフルクサスらの実践に代表されるジャンルやメディアを横断した創作やパフォーマンスではない。いくら絵画に詳しくとも、フェルドマンは決して自分で絵筆をとらなかった。フェルドマンの領分は間違いなく音楽だが、自分を「カテゴリーの間」に置くことで、当時の彼の音楽に対する周りの雑音を締め出そうとしていたのかもしれない。

 結局、フェルドマンがここで自問自答していた「表面」とはなんなのだろうか。このエッセイの最後の段落でフェルドマンは次のように書いている。「私には理論がある。芸術家は自分の表面で自身をさらけ出す。I have a theory. The artist reveals himself in his surface.」[25] これを字義通りに受け取ると、表面とは芸術家が作り手である自分の主体をさらけ出す場所なのだと定義できる。表面と芸術家の主体に関する見解としてMarion Saxerの考察を参照すると、フェルドマンのいう音の表面は「芸術的な行為の直接的な産物とみなされており、従って作曲家の主体的な役割に対する再評価を求めることも念頭に置いている die als unmittelbares Produkt künstlerischen Agierens gedacht wird und die damit dem Wunsch nach einer Aufwertung der Rolle des kompositorischen Subjektes Rechnung trägt」[26]との解釈も可能だ。これまでのフェルドマンの創作と音楽観を振り返ると、彼は作り手個人の表現、主体、主観といったものから故意に遠ざかっていたように見えるが、音高や音価など、演奏者に楽曲の決定権の一部を委ねる楽曲を通して、作曲家の役割に対する新たな問題意識が彼の中に芽生えてきたのかもしれない。「表面」は音楽作品や絵画作品の構造や形式だけではなく、創作行為の意義にも問いかける。

 音楽の表面、構造、時間、空間など、エッセイ「Between Categories」で語られている事柄の数々は1950年代から60年代までのフェルドマンの音楽を総括すると同時に、これ以降の彼の創作に立ちはだかるいくつかの命題も予示している。「表面」の概念はマーク・ロスコからの影響が顕著になる1970年代前半の楽曲においても引き続き重要な役割を担うこととなる。

次のセクションではこのエッセイと同じタイトルの室内楽曲「Between Categories」(1969)の記譜法と時間の性質について考察する。


[1] Piero della Francesca https://www.nationalgallery.org.uk/artists/piero-della-francesca
[2] Morton Feldman, “Between Categories,” Give My Regards to Eighth Street: Collected Writings of Morton Feldman, Edited by B. H. Friedman, Cambridge: Exact Change, 2000, p. 83
[3] Morton Feldman, “Predeterminate/Indeterminate,” Give My Regards to Eighth Street: Collected Writings of Morton Feldman, Edited by B. H. Friedman, Cambridge: Exact Change, 2000, p. 33
[4] Ibid., p. 33
[5] Ibid., pp. 33-34
[6] Kyle Gann, “The Writings of Morton Feldman”, in Art Forum, February 2001 https://www.artforum.com/print/200102/the-writings-of-morton-feldman-31769
[7] フェルドマンは ‘Jungian collective memory’ と記しているが、これは彼の勘違いで、おそらくここではユングの集団的無意識 collective unconsciousのことを言っていると思われる。
[8] Feldman 2000, op. cit., pp. 83-84
[9] Ibid., pp. 84-85
[10] Ibid., p. 85
[11] Ibid., p. 85
[12] Ibid., p. 85
[13] Ibid., p. 85
[14] Ibid., p. 85
[15] Brian O’Doherty, American Masters The Voice and Myth in Modern Art: Hopper, Davis, Pollock, De Kooning, Rauschenberg, Wyeth, Cornell, New York: Dutton, 1982, p. 145
[16] Feldman 2000, op. cit., p. 85
[17] Ibid., p. 87
[18] Ibid., p. 87
[19] Ibid., p. 87
[20] Ibid., p. 87
[21] Ibid., p. 87
[22] Ibid., p. 87
[23] Ibid., p. 87
[24] Ibid., p. 88
[25] Ibid., p. 89
[26] Marion Saxer, Between Categories: Studiem zum Komponieren Morton Feldmans von 1951 bis 1977, Saarbrücken, Pfau, 1998, s. 165

高橋智子
1978年仙台市生まれ。Joy DivisionとNew Orderが好きな無職。
(次回は1月28日更新予定です)

あれでもなくこれでもなく〜モートン・フェルドマンの音楽を知る(9) 自由な持続の記譜法の変化-3

(文:高橋智子)

3 「Chorus and Instruments」のスコアにおける時間と空間の相互関係

 「De Kooning」での破線と矢印付き直線の出現以降、自由な持続の記譜法はさらに変化していく。「De Kooning」から半年後の1963年11月に完成された[1]合唱と室内アンサンブルによる「Chorus and Instruments」でも自由な持続の記譜と、小節線と拍子を持つ記譜が混ざっている。先にとりあげた「De Kooning」では拍子記号が書かれた小節は全てが全休符だったが、「Chorus and Instruments」曲では拍子記号を伴う小節にも音符が書かれている。この点が「De Kooning」のスコアとの大きな違いだ。記譜法の混在がもたらす音の長さの解釈の可能性を中心に考察していこう。

 「Chorus and Instruments」の編成は混声合唱、ホルン、チューバ、打楽器、チェレスタ兼ピアノ、ヴァイオリン、チェロ、コントラバス。合唱はヴォカリーズで歌われる。1963年、フェルドマンはこの他にも無伴奏合唱曲「Christian Wolff in Cambridge」、合唱とソプラノ独唱と室内楽による「Rabbi Akiba」を作曲している。これら2曲も作品リストによれば「De Kooning」と同じ1963年11月の日付が記されているが、フェルドマンがこの時期に合唱を用いる曲を3つ書いた理由は定かではない。合唱と室内楽の編成は「Chorus and Instruments Ⅱ」(1967)で再び現れ、1970年代に入ると「Chorus and Orchestra 1」(1971)、「Chorus and Orchestra Ⅱ」(1972)といった合唱と管弦楽編成に発展する。

 「Chorus and Instruments」のスコアにもフェルドマン独自の演奏指示が記されている。器楽パートに対する記述は他の楽曲とほぼ同じだが、合唱パートの自由な持続の記譜法の読み方が具体的に指示されている。

Feldman/ Chorus and Instruments (1963)

score: https://issuu.com/editionpetersperusal/docs/p6958

1. 破線は楽器が連なる順番を示す。
2. 先行する音が消え始めたら各楽器が入ってくる。
3. 垂直線は同時に鳴らす楽器への合図を示している。
4. 全ての全休符は指揮者の合図で。
5. それぞれの音は最小限のアタックで。
6. ダイナミクスは終始とてもひかえめに。
7. 装飾音はゆっくり演奏される。
8. ピアノとチェレスタ(1人の奏者で)
9. 打楽器(奏者1人)は以下の楽器を演奏する。
 チャイム、アンティーク・シンバル、ティンパニ、大型バスドラム、
 大型ヴィブラフォン(モーターなし)

合唱

大半の部分で、指揮者は合唱によって歌われるそれぞれの和音の持続(極端なくらいゆっくりと)を決める。2ページ目のティンパニが入ってくる箇所(3/2拍子が記されている)まで、また、3ページ目の複縦線(チェレスタが入ってくる箇所)まで、合唱による各和音の持続は同じページ上で対応している器楽パートとの関係をふまえて考えないといけない。

6ページ目ではソプラノは記譜のとおりティンパニと同時に始める。これ以後、指揮者は合唱の響きの長さを自由に選べるが、7ページ目の最後のチェレスタの音より長くなってはいけないのだと心に留めておく。指揮者は拍の総数が示された小節の長さを選んでもよい。

1. Broken line indicates sequence of instruments.
2. Each instrument enters when the preceding sound begins to fade.
3. The vertical line with an arrow indicates the instrument cueing in a simultaneous sound.
4. All open notes are cued by the conductor.
5. Each sound with a minimum of attack.
6. Dynamics very low throughout.
7. Grace notes to be played slowly.
8. Piano-Celesta (1player).
9. Percussion (1 player) requires the following instruments: chimes, ant. cymbals, timpani, large bass drum, large vibraphone (without motor)[2]

 「Chorus and Instruments」も1960年代のフェルドマンの楽曲によく見られる風変わりな編成だ。木管楽器がないので、ホルン、チューバが上部に配置され、その下に混声四部合唱、打楽器、ピアノ兼チェレスタ、弦楽三部が並ぶ。6-7ページでは合唱パートがスコア上部へと移動し、その下にホルン以下の器楽パートが連なる。8ページ目からスコアの配置が元に戻る。演奏すべき音の順番を示す破線はしばしばいくつものパートをまたいで鋭角線を描く。3ページ目のバス→ヴァイオリン→ホルン→チューバ→チャイム→コントラバスを繋ぐ破線はその典型といえるだろう。破線の錯綜は1-5ページまでによく見られる。自由な持続の記譜法によって整然と垂直に揃えられた合唱パートを最上部に置く6-7ページでも破線は様々な鋭角線を描くが、ここでの破線は器楽パート間に限定されているので、合唱をまたぐ必要がなくなっている。この2ページの間、合唱と器楽がそれぞれ別の時間と空間に置かれ、各自のペースで進むかのようにも見える。スコアから見ることのできるこれらの視覚的な印象は、実際の演奏にどのように反映されているのだろうか。それとも反映されていないのだろうか。演奏指示を参照しながら演奏の際の音の長さについて検討してみよう。

 「Chorus and Instruments」の2ページ目、3ページ目の特定の範囲内での合唱に対する演奏指示の一文「合唱による各和音の持続は同じページ上で対応している器楽パートとの関係をふまえて考えないといけない。」に従うと、スコアの視覚的な性質や印象がこの曲の演奏に直接影響をおよぼしているといえる。このように、スコアの外見と演奏結果が直接結び付くこの曲は、音高の選択をマス目の配置(高・中・低)から読み取り、演奏者が決めていくフェルドマンの1950年代の図形楽譜とほぼ同じ機序で作用しているといってもよいだろう。ここに初期の図形楽譜の名残を見ることができる。

 演奏指示に書いてあるように、スコアの音符の配置から音の長さや各パートの相互関係を読み取ることは理解できるが、拍子が書かれていない小節(合唱)と自由な持続の記譜法(器楽パート)が同時に存在する6-7ページはどのように演奏すればよいのだろうか。先に指摘した、スコアの中での各パートの並びが変わる6-7ページ目の合唱に関して、演奏指示では「6ページ目ではソプラノは記譜のとおりティンパニと同時に始める。」と記されている。たしかに6ページ目はソプラノとティンパニが垂直線で結ばれており、出だしを揃えて演奏するのだと一目してわかる。このソプラノとティンパニの後、合唱パートと器楽パートはそれぞれの道を進むかのように見えるが、リンク先の動画の演奏では、合唱パートの空間的な配置に合わせて器楽パートが鳴らされている。6ページ目後半から7ページ目前半にかけての拍子記号を伴う小節でも、器楽パートは合唱パートに合わせるように演奏されている。この部分では演奏指示のとおり、合唱の音の長さは指揮者に委ねられているが、「7ページ目の最後のチェレスタの音より長くなってはいけないと心に留めておく。」と書いてあるので、あまりにも遅く、あるいは長く音をひきのばしてはいけない。合唱パートは7ページ目の最後の小節が終わると、その後は空白だ。その間、器楽パートはページ最後のチェレスタのB♭6を終点とする鋭角線を描く。リンク先の動画による演奏では、7ページ目で合唱がB♭を歌うと、後半のスコアの空白そのままに合唱パートはしばらく沈黙する。

 8ページ目以降はスコアの様相がもとに戻る。前半と比べると、破線による音の結びつきよりも音の垂直な配置の割合が増えている。8-9ページはその都度、拍子とテンポが変わるめまぐるしい印象の記譜だが、10ページ以降は自由な持続の記譜法のみとなり、これ以降の時間の感覚が不確定かつ可変的な性質を強めてくることを示唆している。15ページでは合唱に強弱記号が記され、これまでは曲全体に対する強弱の指定「ダイナミクスは終始とてもひかえめに。」のみだったところに、局所的、具体的な強弱の指示が加わった。pppのような極端に弱い強弱記号とクレシェンド、デクレシェンドを併用して合唱のダイナミクスに変化を持たせる書法は後に「Rothko Chapel」(1972)の合唱でも用いられている。また、非常に狭い範囲での強弱記号の用法は反復を主体とする1970年代後半からの楽曲で頻繁に姿を現す。

 今回とりあげた楽曲はいずれも楽譜の中の音符の空間的な配置、つまり見た目が音の長さやパート間の関係に直接的な影響をおよぼす。本稿では、次第に時間と空間を混同し出したオドハーティの論考を論理が不明確だと批判した。だが、自由な持続の記譜法による「De Kooning」と「Chorus and Instruments」のスコアを読んでみると(読むというより眺める作業に近い)、そして、その後スコアとともに音を聴くと、この2つの曲がもたらす時間はスコアの中で見る空間なしにはありえない性質だとわかってきた。本稿は音楽的な時間に関わる問題として音の長さを議論しているつもりだったが、いつのまにか議論の中心はスコアに書かれた様々な線、音符と音符との空間、スコアの配置といった空間と視覚に依拠していた。オドハーティと同じ轍を踏んでいたのである。

 楽曲の構造や枠組み、実際の音の鳴り響き、記譜の視覚的な性質など、音楽の様々な側面に時間と空間の問題がつきまとう。これらを個別に論じるには長大な時間を要するが、楽譜に焦点を絞ると、コーネリアス・カーデューは楽譜の中の時間と空間を切り分けず、ひとまとまりに「時間−空間 Time-space」として扱っている。時間−空間の中では「ページに書かれた音符の間隔と長さは音のタイミングと持続に多かれ少なかれ直接的に関連付けられる the spacing and length of the notes on the page, are put into a more or less direct relation to the timing and duration of the sounds.」。[3]カーデューが考える時間−空間は単純で楽観的だ。彼は「なんと、記譜は紙の空間を占めるので時間-空間を用いるのは簡単で、それを「時間」と呼んでも問題はない。 Heaven, it is easy to use time-space, because music-writing takes paper-space, and it’s no problem to give it the name ‘time’.」[4]と結論づける。

 フェルドマンの楽曲の場合、楽譜は楽曲の保存や記録の手段、演奏のための手段といった実用的な側面だけでなく、その曲のあり方や美的特性とも深く結びついている。今回とりあげた2曲「De Kooning」と「Chorus and Instruments」はいずれもスコアの見た目のインパクトが強い。これらの楽譜と記譜法は機能と実用以外の性質も持ち、そこに書かれた音符や線も楽曲として静かに存在感を主張しているようにも見える。

 この後しばらくフェルドマンは拍子記号を伴う小節を挿入した自由な持続の記譜法での作曲を続ける。1966年頃からはこの記譜法がさらに複雑になり、「First Principles」(1966-67)、「False relationships and the extended ending」(1968)、「Between Categories」(1969)の三部作が作曲される。これら3曲は、自由な持続の記譜法で記された複数の小さなアンサンブルが互いに異なる時間の歩みで楽曲を同時に紡いでいく構造だ。この時期のフェルドマンの関心は「垂直」から「表面」へと移っていき、1969年のエッセイ「Between Categories」において音楽の表面とは何かを自問自答する。次回はこのエッセイを参照しながら同題の室内楽曲「Between Categories」について考察する予定である。


[1] パウル・ザッハー・アーカイヴでの資料調査に基づいてSebastian Clarenが作成した作品カタログ(Claren, Neither: Die Musik Morton Feldmans, Hofheim: Wolke Verlag, 2000に収録)によると、「Chorus and Instruments」は1963年11月に完成したが初演日時は不明。
[2] Morton Feldman, Chorus and Instruments, Edition Peters, No. 6958, 1963
[3] Cornelius Cardew, “Notation: Interpretation, etc.”, in Tempo, New Series, No. 58, Summer 1961, p. 21
[4] Ibid., p. 22

高橋智子
1978年仙台市生まれ。Joy DivisionとNew Orderが好きな無職。
(次回は1月21日更新予定です)

あれでもなくこれでもなく〜モートン・フェルドマンの音楽を知る(9) 自由な持続の記譜法の変化-2

2 De Kooning(1963)自由な持続の記譜法の変化

 「De Kooning」はホルン、打楽器、ピアノ(チェレスタ兼)、ヴァイオリン、チェロの4人奏者による室内楽編成。この曲は自由な持続の記譜法による新たな作品群の始まりの曲と位置付けられる。これまでの自由な持続の記譜法の楽曲では、すべての音符が五線譜上に垂直に重ねられて配置されていた。「De Kooning」では新たに破線と矢印付き垂直線が用いられるようになった。破線は音符と音符をつないで演奏順を明確に指定する。矢印付き垂直線は同時に鳴らされる音符を示す。この2つが「De Kooning」から始まった自由な持続の記譜法に生じた変化である。破線と矢印付き垂直線はスコア冒頭の演奏指示でも説明されている。

1)破線は楽器が連なる順番を示す。
2)先行する音が消え始めたら各楽器が入ってくる。
3)矢印付きの垂直線は同時に鳴らす楽器への合図を示している。
4)それぞれの音は最小限のアタックで。
5)ダイナミクスは終始とてもひかえめに。
6)装飾音はゆっくり演奏される。
7)ピアノとチェレスタ(1人の奏者で)
8)打楽器(奏者1人)は以下の楽器を演奏する。
 大型ヴィブラフォン(モーターなし)
 チャイム
 バスドラム(ティンパニのスティック)
 中型テナードラム(フェルトのスティック)
 アンティーク・シンバル

1) Broken line indicates sequence of instruments.
2) Each instrument enters when the preceding sound begins to fade.
3) The vertical line with an arrow indicates the instrument cueing in a simultaneous sound.
4) Each sound with a minimum of attack.
5) Dynamics very low throughout.
6) Grace notes to be played slowly.
7) Piano-Celesta (1 player).
8) Percussion (1 player) requires the following instruments:
 large vibraphone (without motor)
 chimes
 bass drum (timpani sticks)
 medium tenor drum (felt sticks)
 antique cymbals[1]

Feldman/ De Kooning (1963)

score: https://issuu.com/editionpetersperusal/docs/ep6951

Feldman/ De Kooning
Feldman/ De Kooning 演奏動画[2]

 Bernardは、この曲の記譜法から始まった破線と矢印付き垂直線の役割と特性を次のように指摘する。「これら(訳注:破線と矢印付き垂直線)は作曲家が小節線に頼らずとも連続性と同期性を区別できるようにする they enable the composer to make a distinction between the successive and the simultaneous without recourse to bar lines.」[3] 役割を持っている。2つの線の特性については、「実際の鳴り響きの中に反映されている、これらのむしろ余白の多い外見は絵画よりもドローイングを思い出させる Their rather spare appearance, reflected in their sonic realization, is more reminiscent of drawings than paintings」[4]。この2種類の線は記譜と演奏における実用的な側面と、ドローイングのあり方に通ずる概念的な側面をあわせ持っているといえる。矢印付き垂直線の矢印は大抵が下向きで記されているが、上向きで記されている箇所がある(セクション23、24、25、26、27、30)。演奏指示には上向き、下向き矢印の違いについて言及されておらず、先行研究でもこの点を指摘しているものは見つからなかった。単にスコアでの見やすさの問題かもしれないが、この書き分けについてまだ判然としない。

 フェルドマンはここでもダイナミクスとアタックはとても控えめに、装飾音はゆっくり演奏するよう指示している。破線と矢印付き垂直線以外での記譜にまつわる大きな変化として、小節線と拍子記号があげられる。この2つは通常の楽曲および記譜法では珍しくないどころか必須事項だが、フェルドマンの楽曲群では久しぶりに登場するので特筆すべき変化とみなしてよいだろう。全7ページのスコアは冒頭の番号なしの部分と、作曲家自身によって番号が付けられた1-32までのセクションで構成されている。楽曲の構成は下記のように図示することができる。

冒頭 | セクション1-15 | セクション16 | セクション17-32 | 最後の1小節

 それぞれのセクションの趣も長さも様々だが、この曲のちょうど真ん中に位置するセクション16はやや特殊な役割を持っている。セクション16には小節線と拍子記号が登場する。しかし、突然この曲が拍節の感覚や明確なリズムを持ち始めるわけではない。ここでの小節線と拍子記号は正確な長さの沈黙をもたらす役割だ。小節線、拍子記号、メトロノーム記号が記されている箇所には全休符が書き込まれており、音はひとつも鳴らされない。このセクションは自由な持続の記譜法によって記されている部分と小節線で区切られた部分から構成され、この2つが交互に配置されている。Aを自由な持続の記譜法の部分、Bを小節線で区切られた部分とすると、セクション16を以下のように表すことができる。

セクション16 見取り図
| A || B1 | B1 || A || B2 | B2 || A || B3 | B3 || A || B4 | B4 | B4 ||
B1: 6/8拍子 ♩. = 52 B2: 5/4拍子 ♩ = 76 
B3: 3/2拍子 二分音符= 52 B4: 3/2拍子 二分音符= 76

 セクション16の構成は音が鳴る部分(A)が測られた沈黙(B)によって断ち切られている。こうすることでAの各部分は互いの連続性や関係性を構築せず、各々が独立して存在し続ける。曲全体の構成に戻って考えると、この曲は2つの記譜法が混ざったセクション16を中心とするシンメトリー構造を形成しているともいえる。

 スコアを見ての通り、この曲も他のフェルドマンの楽曲と同じく、どの部分に着目すべきかを見定めるのが難しい。今回は頻出する音高、各パート間の音の動きや受け渡しの様子に着目して各セクションを見ていく。各セクション内の音のアタックの数も記した。この数は各セクションの長さの目安となり、和音1つで終わるものから、1ページ以上にわたるものまで、その長さは様々だ。

冒頭:アタック数9
アンティーク・シンバル→ピアノ→ヴァイオリン→チャイム→チェロ→ホルン→チェロ→ピアノ→バスドラムの順番で、この曲のほぼ全てのパートが登場する。各パート間は極端に離れた音域で配置されているので、演奏順を示す破線は鋭角な輪郭を描く。最初に鳴らされるアンティーク・シンバルのG#6がピアノで異名同音のA♭6に受け渡される。その後、ヴァイオリンとチャイムとチェロを挟んでホルンがG#3を鳴らす。このセクションの最後のアタックであるバスドラムがトレモロを鳴らし、セクション1へと移行する。

セクション1:アタック数4
前のセクションに引き続きホルンのG#3とヴァイオリンの開放弦でのA4が矢印付き垂直線で結ばれている。この2音の余韻の中で残りのパートが音を鳴らしていく。前のセクションに続いてここでもホルンがG#3を、チェロがフェルマータの付いたF#2を鳴らす。

セクション2:アタック数2
ホルン、ヴァイオリン、チェロが矢印付き垂直線で鳴らされる。ここでもホルンはやはりG#3を鳴らす。この後に続くチャイムのD♭4-C5の2音は冒頭のセクションにも登場するが、この2音の前後の音がそれぞれのセクションで異なるため、音を聴く限りでは同じ和音が再び現れた感覚は希薄である。楽譜上で初めて同定できる。

セクション3:アタック数4
ホルン、ピアノ、チェロによる和音から始まる。アルペジオで鳴らされるヴィブラフォンの和音(G3-F#4-B4-F6)の余韻の中でセクション4へ移行する。このセクションからピアノ兼チェレスタが構成音の多い和音を鳴らし始める。

セクション4:アタック数5
先のヴィブラフォンの和音の最高音F6がホルンのF3に受け渡される。ここではチャイムD6→チェロC#3→チャイムD6が破線で谷を描いている。

セクション5:アタック数2
ホルンのA♭3とヴァイオリンの開放弦G4で始まる。ホルンのA♭3はG#3と異名同音の関係にあることから、聴取からではわかりにくいが、スコアを見ると一目瞭然で、曲の開始以降からセクション5までの間はG#/A♭が強調されているとわかる。

セクション6:アタック数2
これまでは出だしはホルンが必ず加わっていたのに、ここで様相が変わる。ホルン以外のパート(アンティーク・シンバル、ピアノ、ヴァイオリン、チェロ)が矢印付き垂直線によるテュッティで鳴らされると、そのエコーのようにホルンがF3を鳴らす。

セクション7:アタック数6
旋律とはいえないまでも、チェロがG4-F3-E♭2の3音からなるまとまった動きを見せる。この3音の下行音型は音高を変えて次のセクションにも登場する。

セクション8:アタック数14
前半では最も長いセクション。いくつかの注目すべき出来事が起きている。冒頭のホルンのA♭3はチャイムを挟んでチェロに受け渡され、最終的にヴィブラフォンに行き着く。それぞれ音域が異なるので耳では認識しにくいものの、スコアを見ればこの3音のつながりをはっきり認識できる。セクション7と同じくチェロの3音からなる下行音型が音高を変えて(G♭4-E3-F2)現れる。最後はE♭が3つのパート間(チャイムE♭4-チェレスタE♭3-チェロ開放弦E♭2)で受け渡されて終わる。

セクション9:アタック数5
チェロの下行音型が変化してD♭3-G4-F3の山型の音型ができ、ここにヴィブラフォンのG4が加わった4音のまとまりとなる。

セクション10:アタック数3
構成音7つのピアノの和音、ヴァイオリン、ホルンが矢印付き垂直線で結ばれて複雑な響きの和音を鳴らす。その後、チェレスタとヴィブラフォンがエコーのように連なる。

セクション11:アタック数1
ヴァイオリンとチェロによる音域の離れた2音が鳴らされるのみの儚いセクション。

セクション12:アタック数3
出だしのヴァイオリンのC4はセクション10のチェレスタのC4とヴィブラフォンのC6を引き継いでいる。チャイムのG#4はセクション13と14のホルンのG#3を予示すると解釈できる。しかし、この解釈もスコア上に止まる。実際の鳴り響きでは音域と音色が異なるため、同定するのが難しい。

セクション13:アタック数2
スコアのページが切り替わるので把握しにくいが、チャイムのD#6にホルンのG#3が続き、完全5度の音程を形成している。曲の開始からしばらくの間、G#が強調されていたことをここで思い出すことができる。

セクション14:アタック数2
ここでもホルンがG#3を鳴らす。このセクションではピアノの左手がチェロと矢印付き垂直線で結ばれ、右手はバスドラムと結びついている。音を聴いているだけではわからないが、スコアを見ると垂直線が使い分けられているとわかる。

セクション15:アタック数2
セクション14から派生したピアノの和音が装飾音として2度鳴らされる。その後のフェルマータはこの曲の前半がここで終わったことを告げる。

セクション16:アタック数19
このセクションは前述したように、音が鳴る場面と、小節線と拍子記号が用いられた全休符の数小節が交互に配置されている。ホルン、チャイム、チェロが同時に鳴らされると、ピアノとチェレスタがC#をオクターヴで打鍵する。チェロのピツィカートのF2と開放弦のF#を経て、さらに高い音域のC#オクターヴ(C#5、C#7)がピアノで再び鳴らされる。その後、6/8小節で2小節分の沈黙を挟み、ピアノの和音にアンティーク・シンバルが連なる。よく見ると、ピアノの和音にタイが記されていることに気付く。このタイは次に続く4/5拍子の2小節に及んでおり、2小節間の全休符は厳密には完全なる無音や沈黙ではなく、ピアノの和音の響きがまだ残っている状態だ。その次にホルンのF3が鳴らされ、テナードラムがその後を追う。3/2拍子で2小節分の沈黙を挟み、今度は音域の広いピアノの和音がチャイム、チェロ、ヴィブラフォンによる単音と交互に現れる。ピアノの3番目のアタックはこのセクションの初めにも出てきたC#オクターヴ(C#5、C#7)で、この音をチェロが異名同音のD♭3で引き継ぐ。3/2拍子で3小節分の沈黙がセクション16を締めくくる。

セクション17:アタック数3
セクション17から曲の様相がやや変化する。おおよその傾向を述べると、ピアノ、チェレスタ、ヴィブラフォン、チャイムが特定の和音を繰り返し、その合間に他の単音楽器が連なるパターンが顕著になる。セクション17はチェレスタの和音B3-C4-E4-C#5、ホルンのD3、チェロのE♭2で始まり、チャイムとチェロがそこに続く。

セクション18:アタック数5
ここで現れるピアノの和音C4-E3-C#5はセクション27までの範囲で中心的な役割を担う。「中心」という言葉は、全面的なアプローチによってそれぞれの音を均等に扱おうとするフェルドマンの創作態度にそぐわないかもしれないが、この和音が高い頻度で現れることを考えると、やはりここでは他の音よりもひとつ抜きん出た役割を持っていると解釈できる。ピアノの和音以外に注目すべき点はチェロとホルンのA♭だ。この曲の冒頭で異名同音であるG#がチェロ以外の全パートで鳴らされ、特にホルンにはG#3とA♭3がその後のいくつかのセクションで用いられている。だが、このG#とA♭の回帰はスコアを熟読しているから見えてくる事柄であって、実際の演奏を聴いている最中にははっきりと思い出せないだろう。せいぜい、ぼんやりと記憶の糸を手繰るしかない。このような、完全に思い出せないものの、なんとなく以前聴いたような、観たような感覚はフェルドマンとデ・クーニングの作品に共通する、記憶よりも忘却を促す性質に起因している。

セクション19:アタック数4
先の和音C4-E3-C#5がチェレスタで、A♭はチェロで現れる(音域はA♭2)。これらの音が繰り返し現れることによって以前聴こえた音に対する記憶を念押ししてくるかのようにも見えるが、まったく同じものを繰り返しているわけでもない。構成音と音域は同じだが、その前のセクションではピアノで鳴らされた和音が今度はチェレスタになって音色が変わっている。

セクション20:アタック数4
C4-E3-C#5の和音がピアノに戻り、さらにチャイムのE♭が加わって、今までとやや違う響きとして現れる。チェロは引き続きA♭2を鳴らす。バスドラムのロールで終わる。

セクション21:アタック数7
セクション20からのバスドラムのロールの最中にセクション21が始まる。C4-E3-C#5の和音はここではチェレスタに交替し、1オクターヴ下のC3-E3-C#4で鳴らされる。この和音はヴィブラフォンのC4-E3-C#5へ引き継がれる。これらの和音の合間にチェロとチェレスタがそれぞれA♭3を鳴らす。

セクション22:アタック数5
C3-E3-C#4の和音はピアノに戻り、1オクターヴ上のC4-E3-C#5でホルンのB2を伴って鳴らされる。チャイムのD♭4-C5はここで初めて登場するのではなく、冒頭部とセクション2で既出である。さらにセクション17では転回したC4- D♭5として現れている。しかしながら、ホルンで頻繁に鳴らされるA♭と同様、このチャイムの和音を以前のセクションの記憶と照合して思い出すことのできる聴き手はどれほどいるだろうか。また、作曲家自身も、今聴いている音をそれ以前に聴いた音と結びつけて聴いてほしいとは思っていなかっただろう。

セクション23:アタック数3
引き続きピアノでC4-E3-C#5の和音がチェロのF2を伴って鳴らされ、チャイムのD♭4-C5が最後に鳴り響く。

セクション24:アタック数1
チェロの開放弦D3を伴ったチェレスタの和音C4-E3-C#5のアタックだけで完結している。

セクション25:アタック数1
テナードラムのロールと同時にフェルマータ付きのホルンA♭2が鳴らされる。テナードラムはセクション26へと途切れなく続く。

セクション26:アタック数1
テナードラムのロールの中でピアノのC4-E3-C#5の和音とチェロのB2が同時に鳴らされる。

セクション27:アタック数2
引き続きピアノのC4-E3-C#5の和音が登場するが、ここではヴァイオリンの開放弦B4を伴う。B4はチェレスタのB5に受け渡される。

セクション28:アタック数4
同時に鳴らされるホルン、ピアノ、チェロで始まる。その後のチェレスタの和音はこれまで繰り返されてきた和音にB3が加わり、構成音4つのB3-C4-E3-C#5ができあがる。この和音はセクション29、30の中心的な役割を担う。この和音にチェロのB♭2が続く。B♭はこの後のセクションでも何度か現れる。

セクション29:アタック数1
引き続きチェレスタのB3-C4-E3-C#5が今度はバスドラムのロールと共に打鍵される。

セクション30:アタック数16
これまで短いセクションが続いていたのに、突然長いセクションが始まる。矢印付き垂直線で繋げられた和音、破線で描かれた極めて鋭角的な輪郭、装飾音、太鼓類のロールなど、この曲のあらゆる要素がここで一気に噴出したスコアの外見も激しい。ピアノに交代したB3-C4-E3-C#5の和音はこれが最後の出番となり、このセクションの後半に現れるチェレスタのC#3-E3-F3-A♭3がこの後のセクションでも何度か繰り返される。単音の動きで注目すべきはB♭の頻出だ。チェレスタのB♭5、ヴァイオリンの開放弦でのB♭4、アンティーク・シンバルのB♭6が破線で結ばれて鋭角線を描いている。その後に続くピアノのD2-C4-C#4は、音域や音色を変えて曲の終わりまで何度か登場する。また、この3音のうちの2音C#とCが、冒頭部、セクション2、17、22で登場したD♭-Cの異名同音である。このことから、D♭-CあるいはC#-Cも随所に現れるA♭と同じく、漠然としたスコアの中で一定の特性を持っているといえるだろう。

セクション31:アタック数4
チェレスタがB3-C4-E3-C#5の和音を鳴らす。チェロのD♭2とチャイムのD4が破線で結ばれて、さらにその後セクション32の冒頭でホルンがC3を鳴らすことから、先ほど指摘したD-C#-Cの存在をここにも感じることができる。

セクション32:アタック数16
セクション32の最後に小節線が引かれ、メトロノーム記号も記されている。この最後の1小節を本稿ではコーダとみなす。ここには拍子記号が記されていないが、全音符が書かれていることから2/2拍子と考えてよいだろう。各パートの音の動きに目を向けると、ホルンのC3を伴ったピアノのC#4-E5-F4-A♭4の和音で始まる。この和音の後、ホルンがC3を1回目は装飾音で、フェルマータを挟んだ2回目は装飾音ではない音価で鳴らす。このC3にピアノの低音域でのクラスター状の和音が続く。2つ目のピアノの和音にはチャイムのC4、チェロのD♭2、ホルンのC3が連なり、バスドラムのロールに行き着く。再びピアノのクラスター状の和音が装飾音で鳴らされた後、またもホルンのC3が2回登場する。最後の1小節はホルンが引き続きC3、チャイムE♭4、ヴァイオリンの開放弦E4、チェロD♭2がひきのばされて終わる。このセクションではCが各パートと様々な音域で現れ、他の音高よりも抜きん出た存在だとわかる。

 数に基づくまとまった推察や結論を出すには至らなかったものの、「De Kooning」における音の動きをできるだけ詳細に記述してみた。この曲から始まった破線と矢印付き垂直線によって、自由な持続の記譜法の外見に鋭角な輪郭線が加わった。各パートの音のなりゆきを予測できなかった、これまでの自由な持続の記譜法の楽曲と比べて、「De Kooning」において音の動きをたどることはそれほど難しくない。それぞれの音の動きを見てみると、他の楽曲と同様、やはり反復やオクターヴ重複といった方法で特定の音が強調されていることもわかった。しかし、同じ単音や和音であっても、その都度違う音域や音色で登場するので、音を聴いているだけではどの音がどこで何回現れるのかを把握しにくい。この曲でもフェルドマンは常に「今」を中心に据え、その前後、つまり過去と未来とのつながりを断ち切らせようと試みている。記憶を阻む様々な仕掛けによって、この曲は出来事を覚えるよりも忘れることに重きを置いているともいえる。もちろん、これらの仕掛けは曲を聴いただけで見破ることはできない。

次のセクションでは「Chorus and Instruments」(1963)の記譜法と演奏解釈から、この曲における時間と空間の性質を考察する。


[1] Morton Feldman, De Kooning, Edition Peters, No. 6951, 1963
[2] このアンサンブルによる演奏ではホルンがFで演奏されているが、スコアの演奏指示にはホルンをin Fで読むとは書かれていない。また、フェルドマンのほとんどのスコアの管楽器パートは実音表記のため、この演奏のホルンは楽譜の読み間違いの可能性が高い。しかし、自由な持続の記譜法による室内楽曲がどのように演奏されているのか、とりわけ演奏者間のアイ・コンタクトなど、演奏中のコミュニケーション方法を見る際にこの演奏は参考になる。
[3] Jonathan W. Bernard, “Feldman’s Painters,” in The New York Schools of Music and Visual Arts: John Cage, Morton Feldman, Edgard Varèse, Willem de Kooning, Jasper Johns, Robert Rauschenberg, edited by Steven Johnson, New York: Routledge, 2002, p. 199
[4] Ibid., p. 199

高橋智子
1978年仙台市生まれ。Joy DivisionとNew Orderが好きな無職。

(次回更新は12月30日の予定です)

あれでもなくこれでもなく〜モートン・フェルドマンの音楽を知る(9) 自由な持続の記譜法の変化-1

 前回は1960年代前半のフェルドマンの創作を語るうえで鍵となる概念「垂直 vertical」について考察した。フェルドマンは自身による文章やケージとの対話の中で「垂直」が何を意味するのかを語っていた。フェルドマンの言説や関連する論考から、絶え間なく現れる「今」によってもたらされる時間の経験が「垂直」なのだと解釈できる。今回は「垂直」な時間から派生したと思われる記譜法の変化を、画家ウィレム・デ・クーニングに捧げた室内楽曲「De Kooning」(1963)を中心に考察する。

1 記憶よりも忘却を促す作用−フェルドマンとデ・クーニング

 これまで何度かにわたって解説してきたように、1960年代のフェルドマンの楽曲の多くは音符の長さ(持続、音価)が演奏者に委ねられた「自由な持続の記譜法」で書かれている。この記譜法で記される音符には符尾(音符の棒)と符桁(音符の旗)がない。この記譜法はこの時代のフェルドマンの楽曲を特徴付ける要素の1つでもある。自由な持続の記譜法を用いることで、フェルドマンは拍子や規則的なリズムの制限を受けない可塑的な音楽を実現しようとしていた。フェルドマンが自由な持続の記譜法による一連の楽曲で追求していたのは、規則的な拍節に即して経過する従来の音楽的な時間とは異なる「垂直な時間」だった。これまでにとりあげた「For Flanz Kline」(1962)や「Piano Piece (to Philip Guston)」(1964)は、どちらも起承転結を完全に欠いた独自の時間の感覚をもたらす楽曲である。時間の経過について語る時、私たちは「時間が進む」と言う。だが、フェルドマンのこれらの楽曲における時間は「進む」感覚が希薄だ。音が鳴って消えて、次の音が現れる。この繰り返しから楽曲ができている。符尾のない音符が配置されたスコアに目を通すと、フェルドマンが自由な持続の記譜法で行ったことは、音符を五線譜に書くというよりも音符を紙上に置いていく行為に近いと言える。自由な持続の記譜法は1960年頃から約10年間続き、1950年代の図形楽譜が次第に複雑になってきたのと同じく、自由な持続の記譜法にも変化が見られる。「音をあるがままにする」方法を模索していたフェルドマンだったが、1963年の室内楽曲「De Kooning」では今までよりも一歩踏み込んで音が鳴らされる順番に介入し始める。

Feldman/ De Kooning(1963)

 「De Kooning」はタイトルから見てわかるとおり、フェルドマンの友人で抽象表現主義画家のウィレム・デ・クーニング Willem De Kooning (1904-97)に捧げられている。もともとこの曲はハンス・ネイムスが監督、撮影したデ・クーニングのドキュメンタリー映画[1]の音楽として作曲されたが、映画音楽というよりも独立した室内楽曲として位置づけられている。楽曲と記譜法を検討する前に、芸術と創作に関してフェルドマンとデ・クーニングがどのようなつながりを持っていたのかを見てみよう。フェルドマンはデ・クーニングが実際に絵を描いている様子を驚きとともに振り返っている。

デ・クーニングの映画を観たのならわかるはずだが、デ・クーニングの絵を観ていて魅力的だったのは、彼の絵を観るとそれらはとてもとてもすばやく見えるのに、彼が描いている姿を見てみると、彼がとてもゆっくりと描いているということだ。彼がよく使っていた大きな筆で、このようにして(訳注:ゆっくりとした動きで描くことによって)描き進めると、ここで何かが削ぎ落とされていく様子が見えてくる。その一連の方法によって、彼が描く様子はジェスチャーのように見えるだろう—だが、そうではない。それはスローモーション状態にあり、魅力的だ。私はその様子を信じられなかった。私はこの映画に関わり、毎日スタジオにいた。それでもまったく信じられなかった。とてもゆっくりなのに、すべてが速く見えたのだ。非常に興味深い。

However, if you saw a movie of de Kooning, what was fascinating about watching de Kooning paint was that when you look at his pictures they look very, very fast but if you see him paint, he paints very slowly. Because of the way he would use a big brush, he would go like this and you would see that something is thinning out here, it seems gestural—but it’s not. It’s in slow motion. It’s fascinating. I didn’t believe it. I did this movie and I was in the studio every day. I just didn’t believe it. Very slow and everything looked like speed. Very interesting.[2]

 疾走するような荒々しい筆遣いの痕跡がいくつも重なっているデ・クーニングの絵画だが、フェルドマンがスタジオで目撃したのは、実にゆっくりとした動作で描き続ける画家の姿だった。絵にはスピードが感じられるのに、そのスピード感や疾走感はゆっくりとした動きから生まれているという事実にフェルドマンは驚愕した。上記のフェルドマンの回想はその驚きが率直に表されている。デ・クーニングの絵画の中の速さと画家が絵を描く動作との関係をフェルドマンの音楽にひきつけて考えてみると、1960年代の自由な持続の記譜法による楽曲の特性を思い出すことができる。例えば第7回でとりあげた「For Franz Kline」から聴こえてくるのは、楽譜に整然と並んだ音符とは正反対の、様々な方向からそれぞれの楽器の音が絶えず鳴り響く静かな混沌だった。この曲では楽譜の外見と実際に聴こえてくる音との乖離が指摘される。「De Kooning」でも同様の乖離が見られるのだろうか。あるいはこの曲から始まった自由な持続の記譜法の変化にともなって、これまでとは違う新たな側面を見つけることができるのだろうか。この点については後ほどスコアを用いて検討するとして、次に、デ・クーニング側から見たフェルドマンの音楽について、フェルドマンとも親交のあった美術家で批評家のブライアン・オドハーティ[3]の論考を参照してみよう。

特にこの時期(訳注:1950年代中頃)のデ・クーニングの絵画はいくつもの取り消しによって散らかった状態で、トランプのカードでできた家は絶えず吹き倒されている。役者の感覚で言うならば、この絵がフィクションで、情熱に溢れた夢でもあると確証する声を絵にもたらすのは、このような吹き倒しなのだ。だから私はしばしばデ・クーニングの表現主義を「表現主義を欠いた表現主義」と呼んでいる。その声はほとんどかき消されそうな反復と残響に苛まれている。

A de Kooning painting, particularly of this period, is a mess of cancellations, house of cards continually being blown down. It’s the blowing down that brings this voice into the picture, certifying it as a fiction, as a dream of passion, in the actor’s sense. Which is why we often call de Kooning’s Expressionism “expressionism without expressionism.” The voice suffers such replication and echoes that it is almost extinguished.[4]

 ここでオドハーティは、抽象表現主義の様式がそれぞれの画家の間で既に確立された1950年代中頃のデ・クーニングの作品を「表現主義を欠いた表現主義」と称している。例えば、後にこの論考の中で語られる1955年のデ・クーニングの作品「Gotham News」を観てみると、フェルドマンがこの絵から感じ取った「速さ」と、オドハーティが見出した「いくつもの取り消しによって散らかった状態」が何を指しているのかがいくらか具体的に想像できるだろう。

De Kooning/ Gotham News (1955)
https://www.dekooning.org/the-artist/artworks/paintings/gotham-news-1955_1955 – 49

 「Gotham News」において、キャンヴァス一面に広がるすばやく荒々しい筆致(しかし、フェルドマンの記憶によれば実際はゆっくりとした動作で描かれている)は輪郭やかたちを形成する間もなく次々と現れる。何かのかたちができるかと思いきや、トランプのカードでできた脆い家のようにそれはすぐに吹き飛ばされて倒壊してしまう。倒壊による破片が片付くことなく次の家、つまりかたちや輪郭が姿を現すが、またも完成前に倒れてしまう。この繰り返しによってデ・クーニングの絵画が構成されている。オドハーティの言葉を借りると、デ・クーニングの1950年代中頃の作品を「いくつもの取り消しによって散らかった状態」と評することができる。さらにオドハーティはフェルドマンの音楽が提起する「表面」の概念に着目して絵画と音楽両方における時間と空間の問題を考えていく(「表面」については次回考察する予定)。ここでの思索はフェルドマンの音楽がもたらす時間と、「散らかった状態」に喩えられるデ・クーニングの絵画における空間を理解する一助となるだろう。フェルドマンの音楽がもたらす時間の特性を音楽以外の領域(ここではデ・クーニングの絵画における時間と空間の特性)に敷衍する試みとして、まず、オドハーティはフェルドマンの音楽を以下のように描写する。

 モートン・フェルドマンの音楽――ほとんど聴こえない音楽――から求められる注意は表面という概念を提起している点で一貫している。これは示唆にあふれている。たとえしっかり集中できなくても、人は音がどこから生じるのかを認識している。「どこ」はひとつの考え方として私たちに提示される。音は進むのではなく、同じ場所で積み上がって蓄積するだけだ(ジャスパー・ジョーンズのナンバーズ[5]のように)。このことは過去を覆い隠し、さらにはそれを破壊しながら、未来の可能性を消し去る。関係性の概念(リズムなど)を剥奪されて、現在というものがそこにあるすべてのように見える。沈黙による持続、音のしぶきと塊がある。このようにして、ある種の垂直な動き(蓄積)、水平な動き(連続しているが関係性ではない――因果関係を欠いている)が存在している。フェルドマンの音楽における空間はこれらの座標の各々がはぐらかし合って描かれる。互いに矛盾しているのでこれらの座標は打ち消し合う。また、互いに矛盾する必要がないのでこれらの座標は互いに立ち入ることもない。そういうわけで、この音楽は存在しもしないグリッドの考え方に悩まされている。ここでもたらされるのは時間の中の音楽だけでなく、時間の新たな概念だ。

The attention demanded by Morton Feldman’s music—which almost cannot be heard—is so uniform that it suggest the idea of a surface. This has large implications. One knows where the sounds are coming from, even though one can’t quite focus it; “where” is presented to us as an idea. Sounds don’t progress but merely heap up and accumulate in the same place (like Jasper Johns’ numbers). This obliterates the past and, obliterating it, removes the possibility of a future. Deprived of relational ideas (rhythm, etc.), the present seems to be all there is. There are durations of silence and sprays and clusters of sound. There is thus a sort of vertical movement (accumulation) and a horizontal movement (succession but not relationships—a missing causology). The space in Feldman’s music is described by the way each of these co-ordinates equivocates. They cancel each other because they are contradictory, and preserve each other because they need not be. The music, then, is haunted by the idea of a grid that does not exist. What is offered is not just music in time, but a new conception of time. [6]

 一読しただけでは文意を捉えるのがわかりにくい記述ではあるが、これまで本稿で解説してきたフェルドマンの「垂直」の概念と、彼が忌避しようとした「水平」あるいは連続性を思い出すと、ここでオドハーティが言いたかったことはそれほど難解でもないだろう。1960年以降の自由な持続の記譜法によるフェルドマンの音楽がもたらす時間は、過去や未来を退け、「現在」あるいは「今」が際限なく蓄積される。これは、それぞれの出来事や瞬間は前後とのつながりや関係を持たないことも意味する。音楽と異なり、絵画の場合はキャンヴァスの線や点や色が痕跡として残るので、見方によっては各々の部分を他の部分と組み合わせて関係性を見出すことも可能だろう。このような絵画の物体としての可視性にもかかわらず、オドハーティはデ・クーニングの絵にフェルドマンの音楽における時間に通じる特性を見出そうとする。これまでに本稿では1950年代の五線譜による楽曲や1960年代の自由な持続の記譜法による楽曲を明確な参照点のない「なんとも言い難い曲」と呼んできた。この「なんとも言い難い曲」も時間の観点で解きほぐすと、その生成のメカニズムがぼんやりと浮かび上がってくる。オドハーティによれば「フェルドマンの音楽では記憶と忘却が制御されている。あるいは、むしろ忘却を促している there is a control of remembering and forgetting, or rather a prompting to forget.」[7]。覚えることよりも忘れることが推奨される聴き方は、楽曲の構成要素を有機的に関連付けながら全体を構築する近代の器楽曲の「望ましい」聴取とは対極に位置する。フェルドマンの音楽では部分と全体の視点は意味をなさず、今ここで聴こえる音がその曲そのものである。したがって、それ以前に聴いた音、今聴いている音、これから聴く音を結びつけて全体像を構築する必要がない。ここでは「現在は未来かもしれないし、過去かもしれない The present may be the future or the past.」[8]。この判然としない時間と時制は「フェルドマンの楽曲に感じられる、論理と不可解が正確かつ狡猾に重なっている感覚 the feeling one has in Feldman’s work of an exact and maddening superimposition of logic and enigma」[9]と言い表すこともできる。

 以上のようにオドハーティはフェルドマンの音楽における時間の特性の解明を試みた後、「フェルドマンの音楽が空間について非常に洗練された観念を構築するのとちょうど同じく、デ・クーニングの1950年代初期と中頃の絵画が時間についての洗練された観念を構築する just as Feldman’s music constructs a very sophisticated idea of space, de Kooning’s paintings of the early and mid-fifties construct a sophisticated idea of time.[10]」と述べ、これまでの音楽と時間の議論を音楽における空間、絵画における時間にまつわる議論へと発展させていく。ここで急に空間が現れる点にオドハーティの論理の不明確さが否めない。だが、音楽的時間の特性が「垂直」や「水平」といった視覚的な表現や比喩(第8回で引用したコップに硬貨を投げ入れるエピソード)を用いて語られてきたことを考えると、時間についての思索を言語化する場合、視覚的、空間的要素を伴うなんらかのイメージや事物のあり方に依拠せざるを得ない側面があるのも確かだ。オドハーティーはさらに次のように続ける。

通常、空間を見て、時間を聴く。時間を見て、空間を聴くことはできるだろうか? これは共感覚の考え方ではない。というのも、ここでは異なる感覚の交差や統一が求められているわけではないからだ。これは形式的な分類である。

Ordinarily one sees space and listens to time. Can one see time and listen to space? This is not a synaesthesic idea, for it demands not crossover or union of senses, but their formal separation.[11]

 オドハーティは共感覚の観点で時間と空間を論じているわけではないと明言する。ここでの彼の議論は聴覚と視覚、時間と空間、音楽と絵画をひとまとめにして共通項を見出そうとしているのではなく、それぞれの事柄を現象や感覚の次元にまで掘り下げた結果、見えてくる特性を抽出しようとしている。この態度はおそらくフェルドマンがデ・クーニングら抽象表現主義の画家たちに抱いていた共感とも重なるだろう。媒体や方法の差異は分類や形式上の差異にすぎず、音楽であれ、絵画であれ、そこからどのような経験と感覚がもたらされるのかを突き詰めていくと、時間と空間の問題にたどり着いてしまう。媒体は違っていても、フェルドマンの音楽がもたらす記憶と忘却の関係はデ・クーニングの「Gotham News」におけるそれらの関係と近しい。なぜなら、「このようにして(訳注:何度も塗り重ねて)その絵は思い出すこと(何かを過去から遠ざけること)と忘れること(過去に上描きすること)との断絶によって満たされている The picture is thus full of discontinuities between remembering (keeping something from the past) and forgetting (painting over it)」[12]からだ。デ・クーニングの絵の中でいくつもの記憶と忘却の積み重ねがキャンヴァス全体を占める様子は、フェルドマンの曲の中で音が次々と現れてそれまでの記憶を打ち消していく様子と重なるといえるだろう。

 実際にフェルドマンの「De Kooning」において、記憶と忘却は実際にどのように作用しているのか、それを描き出すためにどのような記譜の方法がとられているのだろうか。次のセクションではスコアと音源を参照しながら、この曲に迫ってみる。


[1] デ・クーニングのドキュメンタリー映画「デ・クーニング De Kooning」はジャクソン・ポロックのドキュメンタリーと同じコンビ、ハンス・ネイムスとパウル・ファルケンベルクによって1963年に制作された。残念ながら、現在オンラインでは公開されていない。
[2] Morton Feldman, Words on Music: Lectures and Conversations/Worte über Musik: Vorträge und Gespräche, edited by Raoul Mörchen, Band Ⅰ, Köln: MusikTexte, 2008, p. 58
[3] Brian O’Doherty (1928-) https://imma.ie/artists/brian-odoherty/ – the_content
[4] Brian O’Doherty, American Masters The Voice and Myth in Modern Art: Hopper, Davis, Pollock, De Kooning, Rauschenberg, Wyeth, Cornell, New York: Dutton, 1982, p. 145
[5] Jasper Johns, Numbers in Color (1958-59) https://www.albrightknox.org/artworks/k195910-numbers-color
[6] O’Doherty 1982, op. cit., pp. 165-166
[7] Ibid., p. 166
[8] Ibid., p. 166
[9] Ibid., p. 167
[10] Ibid., p. 167
[11] Ibid., p. 167
[12] Ibid., p. 167

あれでもなくこれでもなく〜モートン・フェルドマンの音楽を知る(8) 垂直な経験、垂直な時間 1960年代前半の楽曲-3

3. 打ち消し合う記憶 Piano Piece (to Philip Guston)

 ピアノ独奏曲「Piano Piece (to Philip Guston)」(1963)は1963年3月3日に作曲された。初演にまつわる情報は現在のところ明らかになっていない。タイトル通り、この曲は当時フェルドマンと親しくしていた画家のフィリップ・ガストンに捧げられている。当時、フェルドマンは自宅アパートの壁にガストンの「Attar」(1953)を掛けていた。この2人の親しい付き合いはフェルドマンが抽象表現主義絵画に傾倒し始めた1951年にケージを介して始まった。しかし、1970年10月〜11月にニューヨーク市のマルボロ・ギャラリーで開催されたガストンの個展「Philip Guston: Recent Paintings」を訪れたフェルドマンは、ガストンがカリカチュア風の具象画に転じたことに失望し、2人の約20年にわたる友情がここで終わってしまう。「Piano Piece (to Philip Guston)」はまだ2人が互いに共感し合っていた時期に書かれた。1966年にフェルドマンが『Art News Annual』第31号に寄稿したエッセイ「Philip Guston: The Last Painter」[1]によれば、彼らは「ほとんど何もない想像上の芸術について語り合ってばかりいた。we all talked constantly about an imaginary art in which there existed almost nothing.」[2]おそらくケージの影響もあるだろうが、彼らは「無」について問題を共有していたようだ。音楽の場合、「最小限のアタックによって音はその出自が失われたといえる we would say the sound was sourceless due to the minimum of attack」[3]。フェルドマンは、音の出自が失われた状態が「重さを完全に欠いた絵画について説明している This explains the painting’s complete absence of weight.」[4]と述べ、音楽と絵画双方での「ほとんど何もない」作品を実現させる可能性を示唆する。フェルドマンのここでの考えに従えば、音楽においては聴こえてくる音のアタックを、絵画においては色や輪郭といった絵画に実体をもたらす要素を可能な限り抑制することで「ほとんど何もない」作品が生まれる。しかし、実際のところ、ケージの「4’33’’」(1952)と違ってフェルドマンの曲では楽器の音が鳴るし、ロバート・ラウシェンバーグの「White Painting」(1951)と違ってガストンの絵には何かしらが描いてあるので、2人が試みようとしていた「無」は即物的な無音や空白ではなく「無に近い状態」あるいは「無を喚起する状態」だったと考えられる。

 音の去り際、すなわち減衰を重要視するフェルドマンの考え方も実はガストンに依っている。フェルドマンによれば「しばしば絵画は、鑑賞者がその場を離れ始めてようやく“作動する” the paintings often “perform” only as the viewer begins to leave them.」[5]。この一見よくわからない主張はフェルドマンがガストンの倉庫で体験したエピソードに基づく。

そう昔でもないが、ガストンは私を含む何人かの友人たちに彼の近作を倉庫に見に来てくれないかと頼んだ。そこにあった絵画はほとんど呼吸せずに眠っている巨人のようだった。他の人たちがその場から去り始めた時、私は最後に一目見ようと振り返り、彼にこう言った。「そこに絵がある。絵は起きているよ。」そこにあった絵は既にその部屋を包み込んでいた。私たちは友人と一緒にエレベーターに乗り込んだ。

Not long ago Guston asked some friends, myself among them, to see his recent work at a warehouse. The paintings were like sleeping giants, hardly breathing. As the others were leaving I turned for a last look, then said to him, “There they are. They’re up.” They were already engulfing the room. We got into the elevator with our friends.[6]

 人が去る頃に眠れる巨人は目を覚ます。絵画が鑑賞の対象である間、それはまだ完全な絵画ではない。鑑賞物としての役割を終える頃に絵画は姿を現す。これをフェルドマンの音に対する考え方に当てはめてみると、アタックとともに生じる瞬間の音はまだ音ではない。音が消えゆく頃に音が姿を現す。もちろん、絵画と音楽はそれぞれ異なる媒体を用いるのでガストンの倉庫でのエピソードがフェルドマンの音の減衰に対する態度に完全に対応しているとはいえない。だが、フェルドマンができる限り抑制された音のアタックにこだわっていたことや、自由な持続の記譜法によって出来事が際限なく打ち消される音楽を書こうとしていたことを思い出すと、当時の彼はまだ抽象画だった頃のガストンの茫洋とした絵に作曲のヒントを見出そうとしていたのではないだろうか。

https://www.youtube.com/watch?v=fTW_xgoUHLo
Feldman/ Piano Piece (to Philip Guston) (1963) スコアを伴う動画

Philip Guston/ Attar (1953)
https://www.cnvill.net/mf-living-room-03.htm

The Guston Foundation内のカタログ(アカウントを作成してログインすれば作品を拡大して観ることができる)
https://www.gustoncrllc.org/home/search_result?utf8=✓&search%5Bterm%5D=attar&search%5Bcirca_begin%5D=&search%5Bcirca_end%5D=

 「Piano Piece to Philip Guston」は自由な持続の記譜法で書かれていて、テンポは音符1つあたり66-88。「極端なくらい柔らかくExtremely soft.」と記されており、フェルドマンの他の曲と同じくこの曲もできるだけ音のアタックを抑えて演奏される。装飾音は速すぎることのないように演奏しなければならない。譜表の1段ごとに出てくる音を書き出したのが下の表である。頻出する音高と音程、極端に乖離した和音と極端に密集したクラスター状の和音に着目して、この曲の音の配置と動きを追ってみよう。表の1行目はそれぞれの音の登場順に付けた番号、2行目は右手(高音部譜表)、3行目は左手(低音部譜表)。この行のセルが結合されている箇所は、点線で結ばれた同じ音を示す。この点線は通常の五線譜ではタイと同じ役割を持っている。音名に付けられている数字はピアノの鍵盤中央のCを4とした際のオクターヴの位置を示す。

Piano Piece (to Philip Guston) 音高一覧

1段目

12345678910
B4, D#5, E5, B♭5, D6D4, E4, C#5F4, A4, C#5, G♭5G7G♭2, C3 E4, F4, A4,E4, F4, A4, D#5E4, F4, A4, D#5G3, A3, F#4
 E♭3, G#3, B3D#4, E4 E♭2, F2B1C#3, D4C#3, D4C#3, D4D#2, C#3, E3
11121314151617181920
G4, A4, C#5, E5, F5C3G4, B4, E5, F5G7E5, G5, D#6C4, D4, B4G4, A4, C#5, F5C6, E6, G♭6, D♭7G2G3, A♭3, F#4
B♭3, E♭4, F4, G♭4 D#3, G#3, A#3, B3 G#4, C#5, D5B♭2, D#3, F#3, A#3B♭3, E4, F#4, G#4A4, C#5, D#5, E5, F#5 C#3, D#3, E3

2段目

21222324252627282930
D4, E4, F34, C#5F#5, G5C8D4, F4, C#5 A#4, B4, C5G♭6F4, A4, B♭4, E5F5, G5, A#5, B5A3, B3, C4, G4
D♭3, A♭3, B♭3, C4A♭4, E♭5, F5 B♭4, C4G1D4, E♭4, G#4 B♭2, F#3, G#3, A3G#4, C#5, D5A#2, C#3, E3, F3
31323334353637383940
G4, A4, B♭4, F#5F7G4, A4, B♭4, F#5C4, D4, C#5A4, B♭4, G#5G7D3B3, C4, A#4E♭5, G♭5D2
C#4, D#4, E4 C#4, D#4, E4A♭2, E♭3, G3D4#, F#4, G4 E♭1E#3, F#3, G3, A3B♭3, E4, F4 

3段目

41424344454647484950
B♭5, A6C3C4, D4, C#5C4, D4, C#5G6C4, D4, C#5G4, A4, F#5F#5F#5F#5
G#4, B4, C5 B♭2, G3B♭2, G3, B1 B♭2, G3, B1G#3, C#4, D#4, E4   
51525354555657585960
 D4, E4, C#5G5, C6E4E♭5A1D4, C#5C7A3, G#4A3, G#4
G#2E♭3, G#3, A#3, B3G#4, C#5, D6 D♭3, G#3, C4 B3 G#1, B2G#1, B2, F3

4段目

61626364656667686970
A3, G#4, E♭5, G♭6 E4, F4, A#4B3, D4, E♭4, B♭4B3, D4, E♭4, B♭4E4, F4, D#5G6   
G#1, B2, F3D1G♭3, B3, C4A♭2, F3, G♭3G♭3, B3, C4  B♭2B♭2B♭2
71727374757677
C#5, D#5, E5, D#6, E6D#6, E6 F5F5F5F5
  E3C#3, F3, G♭3, A3   

5段目

78798081828384858687
F3, D♭4 A4, G#5E5, F5, G♭4, C6 B♭6 F♭5F♭5A4, G#5
E♭1, D2C#3A#3, C#4, D4, E4, F4G#4, D♭5G1 A♭3E♭3  
8889909192939495969798
C8E4, G4A4, B4, C5, A5A4, B4, C5,A4, B4, C5,A4, B4, C5, G4, A4, G#5 E4, D#5E4, D#5
D♭4, F#4, G4D#3, A♭3A♭2, D#3, E3, F3 B♭6B♭6E1 G#7A♭2, C#3, D3 

6段目

99100101102103104105106107108
 E4, D#5E4, D#5E4, D#5 E♭7B♭3 D5, G5, B5, C6 
G1A♭3, C#4, D4D4D4E1  G#1B♭3, D#4, E4, A4A4  
109110111112113114115
 G#2F#7A4, B4, E5, G#5G#5G#5 
A4  B3, D#4, F4, G♭4  F#2

7段目

116117118119120121122123124125
 G#6F4, B♭4, G5G5G5G5B♭6B♭6B♭6B♭6
F#2 G#3, C#4, D4   A1A1A1A1
126127128129130131132133134135
 A♭4, G5A4, A5F#2F4, E5B♭0E♭4D♭6E♭4E♭4
G#3 G3, F4, A♭4 D3, C#4 C#2 C#2C#2

8段目

136137138139140141142143
G♭3, F4C#4, D4, A#4D6, C#7 B4, E5, C6B4, E5, C6B4, E5, C6B6
A1G#3, B3, C4B4, C#5, D5, E♭5G1B♭3, F#4, G4, A#4B♭3, F#4, G4, A#4B♭3, F#4, G4, A#4 

 ペータース社の出版譜[7]は見開き1ページに大譜表8段が配置されている。1段あたり20前後の和音ないし「出来事」が起きる。この大譜表のレイアウトに基づいて曲中に出てくる音の数を数えると、1段目105、2段目93、3段目66、4段目52、5段目65、6段目39、7段目40、8段目31となり、合計すると491音。この合計にはあまり意味はなく、むしろ曲が進むにつれて1段ごとの音の数が減っていることに注目したい。Bernardは、時間の経過とともに音の数が減り、テクスチュアの密度が下がるこの曲の進み方に「絵の完成が近付くにつれてあまり付け足さなくなるガストンの絵画作法 Guston’s method of painting, with less being added as the painting comes to completion」[8]との類似性を見出している。この様相は実際の鳴り響きからわかるだけでなく楽譜や表を見ても明らかだ。最初の2段までは構成音の多い半音階的な和音が立て続けに鳴らされる。3段目を過ぎると単音の持続が頻出し、曲の様相が少なからず変化していることに気付く。6段目以降は和音の構成音の数が前半と比べると極端に減っている。また、密集した音域の和音配置も少なくなっており、隙間の空いたテクスチュアへと変化しているのがわかる。最後となる8段目は再び構成音の多い和音が現れるものの、140-142まで点線で繋がれているせいか、動きが止まったのかのような効果を生み出している。

 この曲でもフェルドマンのピアノ曲に特徴的な極端な音域の配置と跳躍が頻繁に現れる。例えば1段目の4番目のG7の直後に、両手は低音域の半音階的な和音へと即座に移動しないといけない。そしてまた、高音域を中心とする和音へとすばやく移る。このような音の極端な移動はこの曲の特徴の1つだといえるだろう。ある和音を高低どちらかの音域で鳴らした後、そこから極端に離れた音域へと移る動きは楽曲全体に見られる。特に顕著なのは2段目36-37、3段目41-42、55-56、4段目70-71。後半はさらにこの傾向が強まる。5段目は81の音からこの段が終わる98の音までの範囲一帯が極端な音域で配置されている。6段目、7段目もほとんどすべてがその都度の極端な音域で跳躍している。また、和音も乖離した配置のものが多い。これらのほとんどどれもが、和音の後に極端に離れた音域の単音が続くパターンを形成している。対して、半音階的に隣り合うクラスター状の和音は楽曲の前半に集中している。このタイプの和音が現れるのは1段目5、11、17、18、20、2段目26、31、33、34、35、38、4段目63、66、後半は8段目137のみである。実際に演奏している動画で手の動きを見てみると、音域の離れた和音を打鍵する時の両手の空間的な隔たりと、クラスター状の和音を打鍵する時の両手の接近とが対照をなしているようにも感じられる。

Feldman/ Piano Piece (to Philip Guston) 演奏動画

 和音の構成音に関しては、1950年代前半からのフェルドマンの楽曲に頻出する7度音程がこの曲でも多く見ることができる。表中の灰色部分は外声(その和音の最高音と最低音)が7度音程で構成されている和音だ。なかでも目を引くのがD-C(場合によってはC#-D)の2音で、この曲の中で最も多く登場すると言ってもよい。クラスター状の和音を除いてこの2音を含む和音は1段目2、7-8-9、15、2段目21、24、34、3段目43-45-46、52、53、57。しばらくこの2音は姿を見せないが曲の締めくくりに近づいた7段目130、8段目138に再び現れる。実際に聴いている中でこの2音が頻繁に現れることにはなかなか気づかないのだが、楽譜に書かれている音としての頻度は高い。

 もう1つ、この曲全体を通して現れる音がある。それは単音Gだ(表中、赤字になっている音)。Gが単音で現れるのは1段目4、14、19、2段目25、36、3段目45、4段目67、5段目82、6段目99、7段目119-121、8段目139。Gは様々な音域に配置されているうえに、装飾音や点線による持続音でも用いられている。極めて安易な発想を承知でいうとGはGustonの「G」と読むことができる。フェルドマンがこの曲のGの用法に込めた真意は定かではないが、面食らってしまうほどとりとめのない楽譜を見ていくうちに、Gが単音でどの段にも必ず配置され、際立たせられていることがわかる。だが、このGも聴取の中ではほとんど記憶に残らない。

 以上のように楽譜に配置された音の様子から、これまでとりあげてきたフェルドマンの楽曲と同じく、何度も現れる音や特定の音程を見つけることができた。しかし、矢継ぎ早に複雑な響きの和音が繰り広げられるので、聴取の際は次々と聴こえてくる音のどの側面を寄る辺にしたらよいのかわからなくなってしまう。時折聴こえる極端に低いか高い音域の単音がこの中で比較的記憶に残りやすいが、それまでに聴いた音やこれから聴く音と関係付けられるわけでもない。まるで、ある出来事がその前後の出来事を打ち消して、私たちの記憶を阻害しているようだ。フェルドマンやKramerが言おうとしていた「垂直な音楽」、「垂直な時間」は際限なく現前する出来事をとおして私たちに否応なく「今」を突きつける。

 次回は室内編成の「De Kooning」(1963)を中心に、やや変化した自由な持続の記譜法について考察する予定である。

[1] Morton Feldman, “Philip Guston: The Last Painter,” in Art News Annual, Vol. 1966, pp. 97-99 このエッセイはフェルドマンのエッセイ集Morton Feldman, Give My Regards to Eighth Street: Collected Writings of Morton Feldman, Edited by B. H. Friedman, Cambridge: Exact Change, 2000, pp. 37-40に再録されている。本稿ではフェルドマンのエッセイ集を参照した。
[2] Feldman 2000, op. cit., p. 37
[3] Ibid., p. 39
[4] Ibid., p. 39
[5] Ibid., p. 39
[6] Ibid., pp. 39-40
[7] Morton Feldman Solo Piano Works 1950-64, Edition Peters No. 67976, 1998.
[8] Jonathan W. Bernard, “Feldman’s Painters,” in The New York Schools of Music and Visual Arts: John Cage, Morton Feldman, Edgard Varèse, Willem de Kooning, Jasper Johns, Robert Rauschenberg, edited by Steven Johnson, New York: Routledge, 2002, p. 202

高橋智子
1978年仙台市生まれ。Joy DivisionとNew Orderが好きな無職。

(次回更新は12月15日の予定です)

あれでもなくこれでもなく〜モートン・フェルドマンの音楽を知る(8) 垂直な経験、垂直な時間 1960年代前半の楽曲-2

2 垂直な時間――無限の「今」

 フェルドマンの「垂直」が意味するものと、彼がこの概念に対して抱く具体的なイメージをもう少し詳しく考察してみよう。1966年12月28日に収録されたケージとフェルドマンのラジオ対談シリーズ Radio Happenings[1]第3回の中でフェルドマンはこの時できたばかりの曲について話している。

フェルドマン: 今朝、終止線を引いて1曲完成させたばかりで……大きな規模の室内楽曲だ。その曲は私の3台ピアノのための曲(訳注:「Two Pieces for Three Pianos」(1965-66))にそっくりで、3つの違う出来事が同時に起きる。実際は3つの曲が重ねられているわけではなく、この3つは1つの曲を作るために進み行く出来事にすぎない。曲ができるまで長かった――たった6ページ書くのに何ヶ月も何ヶ月も何ヶ月も要した。

ケージ:すばらしい。空間に対してあなたは今どう考えているの? 例えばあなたはさっき3つの出来事を同時に進ませると言っていたけれど、3つの出来事をその空間内の別々の場所で引き起こそうと考えたのか、それとも、それらが一緒に起こるようにしたいのか?

フェルドマン:そうではなくて、3つの出来事は空間内のそれぞれ違う場所にある。

Feldman: I just drew the double bar line this morning on a work for… well, it’s a large chamber work. It’s very much like my three-piano piece, where there are three different things going on at the same time. They’re not really three pieces superimposed, they’re just three things going on to make one. And it took so long—months and months and months of work just to write six pages.

Cage: Beautiful. What is your attitude now toward space? Say you had three things like this, going on at once, does it enter your mind to have them happen in different points in the space, or do you want them to happen together?

Feldman: No, they’re at different points in the space.[2]

ここでフェルドマンが言及している自作曲を編成と作曲時期から推測すると「3台ピアノのための曲」は「Two Pieces for Three Pianos」(1965-66)。この対談の日にできたばかりの曲は編成が「大規模な室内楽曲」であること、「3つの違う出来事」が起こること、1966年12月28日までに初稿が完成していることから「Chorus and Instruments Ⅱ」(1967)と見てよいだろう。

Feldman/ Two Pieces for Three Pianos (1965-66)[3]
Feldman/ Chorus and Instruments Ⅱ (1967)

 「Chorus and Instruments Ⅱ」の編成も1960年代の楽曲に顕著な風変わりな組み合わせで、混声四部合唱、チューバ、チャイムから成る。フェルドマンが言う「3つの違う出来事」は性質の異なるこれら3つのパートを指している。この曲は自由な持続の記譜法で書かれており、3つのパートが単独で現れたり、重なったりと、様々な響きによる出来事が起こる。演奏を聴くと、冒頭に3つのパートがやや独立した動きを見せる以外はおおよそ同期している印象だが、上記のフェルドマンの説明によれば、この曲では3つのパートはひとまとまりとして扱われるのではなく、それぞれが異なる箇所で起きている。1つの空間、つまり楽曲の中に異なる複数の出来事を引き起こすフェルドマンのアイディアに興味を持ったケージは、フェルドマンからこのアイディアについてさらに聞き出そうとする。

ケージ:その空間内での違う場所。

フェルドマン:そう。私は様々な制御を行っていて、たいてい無音は測られる。無音は密接にまとまってというよりも、単に異なる空間で起きるだろうということ。でも、私がここで追求しているのは完全に垂直な道程。ほら、私たちは水平については知り尽くしているし。

JC: Different points in the space.

MF: Yes. I utilize various controls, mostly the silences are measured. That’s only that it will happen in different spaces rather than close together. But what I’m pursing is the whole vertical journey. You know, we know everything about the horizontal.[4]

先に引用したエッセイ「Vertical Thoughts」では自分の意志を制御していると書いていたフェルドマンは、この対談が行われた1966年12月末の時点で「様々な制御 various controls」を行っていると述べる。「測られる」無音も彼の「様々な制御」の対象に入るが、無音の状態は曲中の全てのパートが足並み揃えて起きるのではなく、異なる空間で各々起きるのだとフェルドマンは言いたいのだろうか。普通に考えれば、このような状態は制御とは逆の、あるいは違う状態を意味するはずだが、フェルドマンはこのバラバラな制御の取れていない状態を「完全に垂直な道程」として追求している。フェルドマンの「垂直」についての説明はさらに続く。

フェルドマン:だが、垂直はこんなにも奇妙な経験だ。なぜなら、子供の頃にあの遊びをやったことはある?グラスに水を満杯になるまで注いで、ペニー硬貨をそこに落とし続ける…

ケージ:それでも水は溢れないんだっけ?

フェルドマン:そう、溢れないのでグラスの半分をペニーが占めることになる。こうして私は垂直というものを発見した――そこにいくつ音を投げ入れようと、まだ満たされない。(中略)今、私は実際に3つの曲をこの同時性の中に投げ入れた。もっと多くを入れることができたかもしれないけれど(笑)。この同時性は十分な空間と空気に満ちていて、まだ呼吸している。この同時性には際限がなく、その同時性は無条件に透明性を保っている。

MF: But the vertical is such a strange experience, because it’s like, did you ever play this game, when you were a kid, where you will the water right up to the top on the glass and you keep on adding pennies…

JC: And it doesn’t spill over?

MF: And it doesn’t spill over, and you have half of the glass full of pennies. And that’s how I find the vertical—that no matter how many sounds I throw into it there is a hunger…… Now I threw three pieces, actually, into this simultaneity and it could have much more (laughs), it’s so full of space, so full of air, it’s still breathing. It’s endless and it absolutely keeps its transparency.[5]

フェルドマンは水を満杯に入れたコップに硬貨を入れる遊びにたとえて、垂直の意味するところを説明している。このたとえはわかりやすい。1つの空間と時間に複数の出来事を、つまり音をいくつ投げ込もうと、その空間と時間は決して溢れることはなく無限に受け容れられる。投げ込まれた音は1つの空間と時間の中に垂直に積み重なり、その高さが絶えず更新されていき、同時に起きる音の数にも際限がない。さらには「その同時性は無条件に透明性を保っている it absolutely keeps its transparency」ので、出来事が垂直に重なる一連の過程――音が生じて減衰し、次の音が生じる過程――を常に耳で把握することも可能だ。このような音の積み重なりの過程を、音が垂直な柱や帯のように無限に積み重なっていくイメージとして捉えることもできる。「垂直な」音楽では、その都度の音の積み重なりの瞬間が次々と起こるが、それぞれの瞬間は互いに関係性や連続性を構築しない。フェルドマンがここで言おうとしている垂直は、出来事が起きる瞬間を指し、その出来事は次に起きる出来事に打ち消されてしまうので際限がない。コップの中にいくら硬貨を投げ入れても水が溢れないのと同じく、その瞬間の中にいくら音を投げ入れても溢れることはないのだ。

 本稿は言説と楽曲の例を用いてフェルドマンの垂直の概念を解き明かそうとしている。だが、元も子もないことを承知で言うならば、この概念は楽曲の構造、作曲技法、記譜法だけでなく聴き手の経験に深く依拠しており、垂直にまつわる問いはどうしても主観的な議論にならざるを得ない。フェルドマンの文章や発言だけを論拠としていては、なおさらその傾向が強まる。そこで、次に参照するのは第6回でも言及したJonathan Kramerによる音楽的な時間についての論考である。ここでKramerは主に音楽の構造の観点から、ある特定の傾向を持った音楽に「垂直な時間」の概念を当てはめている。Kramerの議論もその音楽の聴き方、感じ方にある程度依拠しているので恣意性を完全には否定できないが、これまで紹介してきたフェルドマンの文章や発言よりは理解しやすい。フェルドマンが描いていた垂直の意味やイメージを把握するための補足材料として、Kramerの議論を参照してみよう。

 Kramerは“New Temporalities in Music”[6]の中で、連続的に発展する調性音楽の時間を線的な性質 linearityとみなし、20世紀以降に現れたいくつかの新しい音楽的時間のあり方を分類した。「垂直な時間vertical time」も新たな音楽的時間の1つとして解説されている。垂直な時間を論じる際の楽曲例として言及されているのはケージの「Variations Ⅴ」(1965)、スティーヴ・ライヒの「Come Out」(1966)、フレデリック・ジェフスキの「Les Moutons de Panurge」(1969)の3曲。ケージの曲については、フェルドマンの曲にも見られる、その都度の出来事がただ起きるだけという点で垂直な時間の特性が当てはまる。ライヒとジェフスキの曲については、物語性のない反復が絶えず積み重なる点で垂直な時間の特性が当てはまる。ここでKramerはフェルドマンの曲には触れていないが、フェルドマンが「垂直」について頻りに語り出したのが1960年頃、Kramerのこの論文が刊行されたのが1981年であることを考えると「垂直な時間vertical time」に関してKramerがフェルドマンの音楽と言説を意識していた可能性は皆無ではないだろう。[7]

Cage/ Variations Ⅴ(1965)
Steve Reich/ Come Out (1966)
Frederic Rzewski/ Les Moutons de Panurge (1969)

 フェルドマンは「…Out of ‘Last Pieces’」の楽曲解説で「水平な連続性を断ち切る」ことについて書いていた。Kramerの以下の箇所は実際にフェルドマンのアイディアを代弁しているわけではないが、音楽の連続性を作る一要素であるフレーズが最近まで全ての西洋音楽に浸透していていたことを指摘したうえで[8]、フレーズを必要としない新しい音楽的な時間、「垂直な時間」について次のように述べている。

だが、いくつかの新しい楽曲はフレーズ構造が音楽の必須要素ではないのだと示してくれる。その結果、ただ1つの現在がひきのばされてとてつもない長さとなり、それにもかかわらず一瞬のように感じられるかもしれない無限の「今」が現れる。私はこのような音楽における時間の感覚を「垂直な時間」と呼ぶ。

But some new works show that phrase structure is not a necessary component of music. The result is a single present stretched out into an enormous duration, a potentially infinite “now” that nonetheless feels like an instant. I call the time sense in such music “vertical time.”[9]

 ここでKramerははっきりと「垂直な時間」を定義している。「垂直な時間」の中では私たちが生きている現実的な時間の長さとは関係なく、そして数秒先と数秒後の時間とも結びつかず今がひきのばされる。こうしてひきのばされた無限の「今」が音楽とともに更新されていく。これも結局は聴き手の受け止め方に依拠する経験的な側面から逃れられない言説だが、Kramerがいう無限の「今」は、同時性の中にいくら音を投げ入れようと音が際限なく積み重なっていくフェルドマンのコップのたとえと類似した発想だと言えるだろう。垂直な時間の音楽が時間の経過とともにたどる道程は以下のように描写されている(以下の箇所は解説よりも描写という言葉がふさわしい)。

垂直な楽曲は徐々に蓄積される結末を見せない。このような楽曲は始まるのではなくて単に動き出す。クライマックスを構築せず、楽曲内に起きる期待を敢えて抱かせず、偶然生じるかもしれないどんな期待も満たそうとせず、緊張を醸し出すこともその緊張を解くこともせず、終わりもしない。ただ止まるだけだ。

A vertical piece does not exhibit cumulative closure: it does not begin but merely starts, does not build to a climax, does not purposefully set up internal expectations, does not seek to fulfill any expectations that might arise accidentally, does not build or release tension, and does not end but simply cease. [10]

 起承転結やなんらかの物語構造を持った音楽の場合、ひとたび楽曲が始まると途中でなんらかのドラマティックな展開を見せてクライマックスに達し、結末を迎える。音階内の音や和音がそれぞれの機能に即して動く調性音楽はあらすじを描き、その通りに曲を展開させるのに適している。一方、ここでKramerが描写している垂直な楽曲は物語構造を持たず、ただ動き出して止まる。その瞬間に鳴らされた音の響き自体に緊張感や緊迫した印象を聴き取ることができるかもしれないが、その楽曲が演奏されている間に起きる音楽的な出来事が互いに結びついて緊張や弛緩の効果を生み出すわけでもない。あくまでも音楽的な出来事はそれ自体で完結しているので、部分と全体という関係性でその曲を捉えることもここではあまり意味がなくなってしまう。垂直な音楽の成り行きは、音のアタックよりも減衰に注意を促し、響きの偶発的な混ざり合いによって聴き手を前後不覚に陥れる自由な持続の記譜法の1960年代のフェルドマンの楽曲の特性と重なる部分が多い。

 その音楽が聴き手にもたらす時間の特性にも着目した、経験的ともいえる「垂直」の概念は楽譜を凝視するだけでは把握しにくいフェルドマンの「なんとも言い難い」楽曲に迫る際の一助にもなり得る。経験的な側面を持つ「垂直」を理解するには、その音楽を実際に経験している時の聴き手としての主体、つまり自分の存在を完全に消し去る必要はない。楽譜から読み取ることのできる情報に限界がある場合、「どう聴こえたか」を詳細に検討することでようやく見えてくる。特にフェルドマンの「なんとも言い難い楽曲」においては、その曲を聴いている自分の経験や感覚も情報源として役に立つ。この連載で行っている楽曲分析は、主に楽譜に記されている情報を頼りにしているが、フェルドマンの楽曲に関しては聴取に基づく経験的な側面と、楽譜から読み取ることのできる実証的な側面の両方が常に必要だ。

 「垂直な時間」、「垂直な音楽」を完全に客観的な視点から実証するのは不可能に近いが、Kramerの議論を参照することでフェルドマンが言おうとしていた「垂直」に多少は近付けたかもしれない。この種の議論は図やイラストを使うとさらに理解しやすくなるだろう。今回はあえて文章のみでどこまで「垂直」を描写し、解説できるのかを試してみた。だが、本稿は音楽を扱っているので言説のみで完結するわけにはいかない。楽曲に戻り、「垂直」が音楽の中にどう現れているのかを見ていく必要がある。次のセクションでとりあげるピアノ独奏曲「Piano Piece (to Philip Guston)」(1963)も和音が配置されただけのフェルドマン特有のなんとも言い難い曲だが、フィリップ・ガストンとの親交の様子などを参照しながら、この曲の「垂直」を見つけてみよう。


[1] Morton Feldman and John Cage, Radio Happenings Conversations-Gespräche, Köln: MusikTexte, 1993
[2] Ibid., p. 107
[3] リンク先の動画では「Two Pieces for Three Pianos」の作曲年代が1969年と表記されているが、パウル・ザッハー・アーカイヴでの資料調査に基づいてSebastian Clarenが作成した作品カタログ(Claren, Neither: Die Musik Morton Feldmans, Hofheim: Wolke Verlag, 2000に収録)によると、この曲の作曲年代は1965-66年。
[4] Ibid., p. 107
[5] Ibid., p. 109
[6] Jonathan D. Kramer, “New Temporalities in Music”, in Critical Inquiry, Spring, 1981, pp. 539-556
[7] 例えば、Kramerの論考”Modernism, Postmodernism, the Avant Garde, and Their Audiences,” in Postmodern, MusicPostmodern Listening, New York: Bloomsbury, 2016, pp. 47は音楽的な時間に関する論考ではないが、Kramerはフェルドマンをラディカル・モダニストと位置付けている。フェルドマンの存在がKramerの研究の範疇に入っていたと考えることができる。
[8] Kramer 1981, op. cit., p. 549
[9] Ibid., p. 549
[10] Ibid., p. 549

高橋智子
1978年仙台市生まれ。Joy DivisionとNew Orderが好きな無職。

(次回更新は12月1日の予定です)

あれでもなくこれでもなく〜モートン・フェルドマンの音楽を知る(8) 垂直な経験、垂直な時間 1960年代前半の楽曲-1

(筆者:高橋智子)

 前回は1960年代前半から始まったフェルドマンの新たな記譜法「自由な持続の記譜法」について解説した。この記譜法の実践をとおして、彼は「垂直な構造」の視点で音楽を捉え直そうと試みたのだった。今回は1960年代のフェルドマンの音楽を語る際に鍵となる概念の一つ「垂直」を主に音楽的な時間の視点から考える。

1 垂直な経験

 前回解説したように、フェルドマンは音の特性を、音が発せられる瞬間のアタックではなく音が消えゆく際の減衰とみなしていた。実際、これまでの楽曲の大半にはダイナミクスやアタックを極力抑える演奏指示が記されており、音が鳴る瞬間よりも消えるプロセスに重きが置かれているのだとわかる。拍子記号と小節線を持たない五線譜に符桁(音符のはたの部分)のない音符を記す自由な記譜法の楽曲では拍節やリズムの感覚はほぼ皆無に近く、比較的ゆっくりとしたペースで音が鳴り、前後の音の響きが混ざり合い、響きが消えてゆくプロセスが繰り返される。前回とりあげた「Durations」1-5(1960-61)と「For Franz Kline」(1962)は音楽が時間とともに展開も前進もしない。たしかに現実世界での時間はその音楽が演奏された分だけ経過しているが、その音楽が聴き手にもたらす時間の性質は、進んでいく感覚や発展していく感覚とは異なる。「Durations」も「For Franz Kline」も、この非常に単純なプロセス――音が鳴る、響く、消える、次の音がまた鳴る――が曲の長さの分、開示されるだけであって、個々の要素が結合して時間の経過とともに全体像を構築する類の音楽ではないことは一聴して明らかだ。それぞれの楽器や声の音色の出自を曖昧にし、さらには音のアタックを可能な限り抑えることで、フェルドマンは自由な持続の記譜法の楽曲で音の減衰を聴かせようとしたのだ。なぜ彼はこれほどまでに音の減衰にこだわるのだろうか。ここで手がかりとなるのが「Vertical Thoughts」と題された彼の短いエッセイである。冒頭で彼は音の先在的な特性「音それ自体 sound itself」を絵画における色になぞらえて次のように述べている。

色がそれ自体の大きさを持っていると主張すれば、画家は自分の願望はさておき、色のこの主張に同意するだろう。彼は、例えばドローイングや差異を作る他の方法で色をまとめるために色の幻影的な要素に頼ることもできるし、色を「あるがままに」しておくだけでもかまわない。近年、音もそれ自体の大きさほのめかしたがっているのだと、私たちはわかってきている。この考え方を追究していると、私たちが音を「あるがままに」したいなら、差異を作り出したくなる欲求はどんなものでも放棄されるべきだと気付く。実際に私たちは、差異を作り出す全ての要素が音それ自体の中に先在していたことをすぐに知るようになる。

A painter will perhaps agree that a color insists on being a certain size, regardless of his wishes. He can either rely on the color’s illusionistic elements to integrate it with, say, drawing or any other means of differentiation, or he can simply allow it to “be.” In recent years we realize that sound too has predilection for suggesting its own proportions. In pursuing this thought we find that if we want the sound to “be,” any desire for differentiation must be abandoned. Actually, we soon learn that all the elements of differentiation were preexistent within the sound itself.[1]

フェルドマンが言う「differentiation」をここでは「差異を作ること」と解釈した。この差異は、手付かずの生来の特性や素材に何かしらの方法で特徴を加えて、別のものとして際立たせることを意味する。この営みは素材の加工、つまり材料から何かを作り上げる創作のことを指すともいえる。素材の加工は生(なま)の素材に特徴を与える差異化の営みだと言ってもよいだろう。これに対する概念が「色そのもの」または「音そのもの」だと据えることができる。「音そのもの」が具体的に音のどのようなあり方を指すのかは各人の見方や捉え方によって大きな違いがあるが、フェルドマンは人間の手に染まっていない音があるはずだと思い込んでいたか、信じていたはずだ。音の生来の姿の追求は、音楽の抽象性を追求した1950年代の彼の創作から一貫している態度でもある。音の去り際である減衰の中に聴こえる音響は、特にピアノのような楽器においては、電子音響のように完璧に人間の手で制御され得ない。人間の手の及ばない音の去り際にフェルドマンは音の本来の姿を見出した。

 作曲家自身が自由に音を操ることと、音を生来の姿のままに自由にしておくこととの関係をフェルドマンはどのように捉えていたのだろうか。

ある曲では音高の操作を、別の曲ではリズムとダイナミクスやその他あれこれの操作をあきらめるプロセスを用いる時、自分が「自由だ」と感じるわけではない。このように私は自分の役割に関して宙ぶらりんの状態にあるが、最終的に生じる結果に対して希望を持っている。私が操っているのは自分の意志である――楽譜の1ページよりはるかに難しいものを操っている。

I do not feel I am being “free” when I use a process that gives up control of pitches in one composition, rhythm and dynamics in another. etc. etc. Thus, I am left in a suspended state with regards to my role, but in a hopeful one with regard to the eventual outcome. What I control is my will – something far more difficult than a page of music.[2]

 これまでのフェルドマンの図形楽譜や自由な持続の記譜法の実践を見れば、彼の楽曲と記譜法の多くが音の何かしらの側面を自由にさせておく類の音楽だったことは明らかだ。前回解説した自由な持続の記譜法の場合は音の長さが奏者に委ねられていた。上記の引用の中で、フェルドマンは音ではなくて自分の意志を操っていると言っている。人間の意志や意図の及ばない領域での創作を実現する手段としての偶然性や不確定性の音楽は1950年代初期の大きな発見だったはずだが、この1963年に書かれた文章の中では、フェルドマンは自分の意志をコントロールしていると述べているのだ。さらにはその直前に、自分の役割、つまり作曲家としての役割を「宙ぶらりん」だとみなしている。音を自由にすることと、作曲家としての自分の意志を操ることとは一見、相容れないようにも思われる。だが、音を自由にすることは、この時点でのフェルドマンが自己との葛藤から引き出した答えの1つとして考えられる。たとえそれが自分の書いた音であっても、自分とその音とを同一視せず、さらにはその音を自分の所有物や占有物としてみなすこともなく、フェルドマンは自分と音との間に一線を引いていたとも解釈できる。

 前回解説した通り、1960年代前半当時のフェルドマンにとって音を操作して差異をもたらす最たる方法は音を水平に、つまり横の方向に配置して連続させることだった。音を水平に連ねて旋律や和声進行による1つの流れを作るのではなく、彼は音の長さを奏者に任せて散発的な音の減衰に耳の注意をひかせようとした。この試みの発端にあったのが「垂直 vertical」という新たな概念だ。この垂直という概念は、一方向に進む水平な連続性に相対する概念と位置付けられる。前回は垂直の概念の発見が記譜法と音の可塑性を追求した自由な持続の記譜法の着想にあったことを考察した。今回はより経験的な視点で、とりわけ音楽的な時間との関係からフェルドマンの言う「垂直」が意味するところを考えていく。垂直という概念が記譜法や音の響きと減衰だけでなく、音楽に内包される時間と、私たちが音楽を聴いている時に経験する時間に関係していることをフェルドマンは1964年2月にレナード・バーンスタイン指揮、ニューヨーク・フィルによって「…Out of ‘Last Pieces’」が演奏された際の楽曲解説の中で示唆しており、音の抽象性と可塑性の探求から垂直の概念にいたるまでの彼の思考の変遷をここから読み取ることができる。

 フェルドマンが書いた楽曲解説の内容に移る前に、1964年2月6日から9日まで4日間にわたって行われたニューヨーク・フィルの演奏会のついて触れておこう。この演奏会は、1964年2月の時点での前衛音楽並びに現代音楽の気鋭の作曲家に焦点を当てたバーンスタインによる企画「The Avant-Garde Program」シリーズの第5回目として行われた。現在もたまに驚くような構成の演奏会を見かけることもあるが、とりわけこの演奏会はプログラム構成自体が前衛的だ。前半はヴィヴァルディの『四季』から「秋」(2月なのに!)、チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」。この2曲の前に10分程度の演奏会用序曲を入れれば普通の定期演奏会のプログラムとして完結しそうだ。だが、この演奏会は前衛的なのでここで終わらない。チャイコフスキーの後に休憩を挟んで後半はこの演奏会のメイン企画「Music of Chance」へ。1964年2月7日の『New York Times』に掲載された演奏会評によれば、午後8時30分に始まったこの演奏会は11時5分に終わり、開演時と比べて聴衆はだいぶ減っていたようだ。[3]

 後半の「Music of Chance」では、バーンスタインによる曲目解説に続いて、ケージの電子音響を伴う「Atlas Eclipticalis」と「Winter Music」の2曲同時演奏、デヴィッド・チュードアをソリストに迎えたフェルドマンの「…Out of ‘Last Pieces’」、アール・ブラウンの「Available Forms Ⅱ for Orchestra Four Hands」[4]が演奏された。「…Out of ‘Last Pieces’」はこの曲の完成からまもない1961年3月17日にニューヨークのクーパー・ユニオンで初演されており、1964年のカーネギーホールでの演奏は再演に当たる。プログラムのケージ、フェルドマン、ブラウンの曲目解説はチュードア名義だが、「…Out of ‘Last Pieces’」の解説の中でチュードアは「下記の情報はフェルドマン氏から提供されたものです The following information has been supplied by Mr. Feldman」[5]と記し、実質フェルドマン自身が解説を執筆した。4日間開催されたこの演奏会のどこかの1日に、オーケストラでこれらの楽曲を演奏する困難を抱えたバーンスタインに代わって、当時たまたまニューヨークにいたカールハインツ・シュトックハウゼンがフェルドマンの曲を指揮したというエピソードがあるが真偽は定かではない[6]。下記のリンク先の動画の説明にあるように、自分たちの楽曲が即興とみなされることを危惧していたケージは事前にバーンスタインに手紙を送っていた。ケージの心配は現実となり、オーケストラはケージの曲で作曲家が意図しない即興演奏をしたようだ。

プログラムノート https://archives.nyphil.org/index.php/artifact/2fbec537-ec06-47ec-b99b-3296626ff5a2-0.1/fullview – page/1/mode/2up

バーンスタインによる1964年2月9日の演奏会での解説
John Cage/ Winter Music with Atlas Eclipticalis
Feldman/ …Out of ‘Last Pieces’(1961)

Earle Brown/ Available Forms Ⅱ for Orchestra Four Hands (1962)
http://www.earle-brown.org/works/view/27

プログラムノートの中で、まず彼はこれまでの図形楽譜の実践を振り返っている。1950年代の図形楽譜および不確定性の音楽では、既に確立された様式や演奏者の技巧や記憶の蓄積とは無縁の「音そのもの」を直接的に体現した音楽を作り出すことが目的とされていた。

作曲のプロセスとして認識されている機能は、音が多くの構成要素の1つにすぎない音楽を可能にすることだ。音それ自体が完全に可塑的な現象になることができ、それ自体のかたち、設計、詩的なメタファーを示唆するのだと発見したことで、私は図形楽譜の新しい仕組みの考案にいたった――それは作曲のレトリックに妨げられずに音が直接生じることができる「不確定な」構造だ。

なんらかの様式を持つ、あるいは様式化された、最も経験的で洗練された実例を記憶の中から選び出すことにもっぱら依拠している即興とは違い、図形楽譜の目的は記憶を消すこと、超絶技巧を忘れることだ――音そのものに関して直接的な行動以外のあらゆるものを無に帰すことだ。

 The recognized function of compositional process is to make possible a music in which sound is only one of many components. The discovery that sound in itself can be a totally plastic phenomenon, suggesting its own shape, design and poetic metaphor, led me to devise a new system of graphic notation—an “indeterminate” structure allowing for the direct utterance of the sound, unhampered by compositional rhetoric.

 Unlike improvisation, which relies solely on memory in selecting the most empirical and sophisticated examples of a style, or styled, the purpose of the graph is to erase memory, to erase virtuosity—to do away with everything but a direct action in terms of the sound itself.[7]

 だが、これまでも本稿で何度か指摘してきたように、1950年代の図形楽譜の楽曲は即興と混同されることが多く、フェルドマンが意図してきた演奏を実現できた機会はほとんど稀だったと思われる。これまでの図形楽譜のように音域のみを指定し、演奏すべき具体的な音高を奏者に委ねただけでは、やはり凡庸な結果を招きがちだ。音高が不確定であろうと、マス目を1拍とみなしてそれに沿って進む図形楽譜の楽曲では、時間の進み方に関していえば、左から右へと水平に一直線に進みゆく従来の西洋音楽の時間の感覚となんら変わりない。フェルドマンは、この発展的な感覚に基づく慣習的な時間に沿った水平な出来事の連なりが音楽における可塑性を妨げる原因だと考える。

これらの初期の作品(訳注「Projection 1」、「Intersection 2」、「Marginal Intersection」)は今もなお、時間が文字どおりに(慣習的に)扱われた出来事の水平な連なりと見なされていた。水平な連続性で作曲しているならば、大雑把な言い方だが、まだ差異を作り出すことに頼っているのだ――私の場合、音域の対照的な音の並置が差異を作り出すことだった。全体の空間の中での音を思い描けば、絶えず分岐し続ける空間に常にたどり着く。音にとって決定打にはならないことがまだ起き続けている。その音はさらに弾力を帯びてきているが、まだ可塑的とは言えない。次の段階は深さの中で音を探求することだった――つまり垂直に音を探求することだ。

These earlier works were still conceived as a horizontal series of events in which time was treated literally (conventionally). Working in a horizontal continuity, one is still, broadly speaking, dependent of differentiation—in my case, the juxtaposing of registers. Envisioning sound in a total space, one arrives always at a continually sub-divided space. That which is not crucial to the sound still con(s)tantly occurs. The sound has become more elastic, but it has not yet become plastic. The next step was to explore sound in depth—i.e., vertically.[8]

 彼がここで意図することを掘り下げると次のように解釈できるだろう――時間の流れに沿って音を高・中・低の音域に配置することは一見センセーショナルだったが、依然、音を時間に従属させることを意味し、音の可変性や可塑性をまだ実現していない。今度は水平な視点で音と音楽を捉えるのをやめて、垂直な視点で音に迫ってみよう――。彼の「水平がだめなら垂直へ」という発想はいささか安易にも見えるし、水平と垂直を対峙させるフェルドマンの考え方がどのくらい論理的に一貫しているかは疑問が残る。実際、音楽の構造やテクスチュアは多くの音楽の基本となる旋律と和音に始まり、トーン・クラスター、ドローン、反復パターンなど、水平と垂直だけで語りつくせないほど多種多様だ。だが、本稿はフェルドマンのアイディアの矛盾を検証することだけを目的とはしていない。むしろ彼が当時抱えていた葛藤や問題意識にも焦点を当てると、時に理解しがたい論理で展開される彼のアイディアの真意が少しでも浮かび上がってくる可能性がある。その可能性の方に注視していきたい。

 このプログラムノートが書かれた1964年という時代を振り返ると、トータル・セリーの技法がヨーロッパ以外の世界各国にも浸透し、目的に向かって発展的に進む音楽とは異なる構造と時間を提示する音楽が試行されていた時期である。ニューヨークのダウンタウンのシーンでは1962年夏頃から既にラ・モンテ・ヤングらがThe Theatre of Eternal Musicの活動を開始し、従来の演奏時間の概念を覆す、ドローンを主体とした長時間の音楽を打ち出していた。フェルドマンが水平か、垂直かで逡巡していた時期は音楽における構造、形式、時間のあり方そのものを問い直す機運にあったといえる。抽象表現主義絵画からの影響が最も大きかった1950年代のフェルドマンが、楽曲の中に出てくるそれぞれの音の役割をほぼ均等に扱う「全面的 all over」なアプローチによって音楽からレトリックを取り除こうとしたことを思い出すと、音楽的な時間のあり方に着目した1960年代前半の「水平か、垂直か」の問いは、彼の問題意識が音楽の構造だけでなく音楽を経験する主体にも向けられるようになってきた兆候とみなすことができる。

 上記の時代背景から、1964年当時の彼の関心事として主に3つの事柄――音、楽曲の構造、時間――が挙げられる。これら3つは彼の音楽が新たな位相に入る1970年代前半までの間、「垂直」の概念をもとに実践されていく。プログラムノートの続きを見てみると、「…Out of ‘Last Pieces’」ではフェルドマンの考える「垂直な経験」と「時間のない状態」が作曲家の視点からはひとまず達成されていたようだ。

水平な線(時間)が断ち切られると、垂直な経験(無時間)が出現する。水平なプロセスに不可欠な要素である差異化を今や放棄することもできる。さらに「全面的な」音の世界に向かっている。もはや音域の分割もなく、まるで1つの音域で作曲していたかのようだ。時間の隔たりはもはや音楽にかたちや輪郭を与えない。時間は音楽をかたち作らない。音が時間をかたち作るのだ。

「…Out of ‘Last Pieces’」(1961)はグラフ用紙に書かれていて、グラフ用紙のマス目1つ分がmm. 80のテンポに値する。それぞれのマス目の中に演奏されるべき音の数が記されており、演奏者はそのマス目のタイミングで、あるいはそのマス目の長さの中で音を鳴らす。ダイナミクスは曲の間中とても控えめに。アンプを用いるギター、ハープ、チェレスタ、ヴィブラフォン、シロフォンはどの音域から音を選んでよい。低音域の音が指示されている短いセクションを除いて、他の全てのパートの音は各自の楽器の高音域で演奏される。

 When the horizontal line (time) is broken, the vertical experience (no time) emerges. Differentiation, an integral part of the horizontal process, can now be discarded. One is going toward a more “all over” sound world. There is no longer the separation of registers. It is as though one were working in one register. Time intervals no longer give the music its shape and contour. Time does not shape the sound. The sound shapes time.

 …Out of ‘Last Pieces’ (1961) was written on coordinated paper, with each box equal to mm. 80. The number of sounds to be played within each box is given, with the player entering on or within the duration of each box. Dynamics throughout are very low. The amplified guitar, harp, celesta, vibraphone and xylophone may choose sounds from any register. All other sounds are played in the high registers of the instruments, except for brief sections in which low sounds are indicated.[9]

 フェルドマンの解説にあるように「…Out of ‘Last Pieces’」は図形楽譜で書かれている。作曲家自身が解説する通り、グラフ用紙が使われ、テンポが指定され、マス目1つを1拍とみなし、音域を指定する点ではこれまでの図形楽譜とほとんど同じだ。打楽器独奏のための「The King of Denmark」(1964)終結部のヴィブラフォンと同じく、この曲ではピアノパートの最後に五線譜が挿入されるので、五線譜と図形楽譜によるコラージュのような状態が作られている。また、「…Out of ‘Last Pieces’」ではこれまでの図形楽譜の楽曲に比べて持続音の登場が顕著だ。前半はそれぞれの楽器が高音域で鳴らす小さな音のジェスチャーが同時多発して重なり合い、周期的な拍ではカウントできない複雑なテクスチャーが創出されている。後半は徐々に持続音が増えていく。音をひきのばし、その音が減衰するまでの行く末を聴かせようとする傾向は、近い年代に作曲された自由な持続の記譜法による「Durations」と「For Franz Kline」にも共通している。

 記譜に関しても、「…Out of ‘Last Pieces’」は五線譜で書かれたこれら2曲と共通点を持っている。それは、音をひきのばす箇所に点線が用いられていることだ。「Durations」と「For Franz Kline」では同じ音高が点線で結ばれており、その分だけ音をひきのばす。この点線は通常の五線譜のタイと同じ役割を果たしている。「…Out of ‘Last Pieces’」はマス目の中に点線を引いて複数のマス目を結んでいる。こうすることで、音を出すタイミングだけでなく、その音をどのくらいのばすのかが具体的に示される。マス目1つ分がmm. 80と指定されている以上、どうしても通常の規則的な拍の感覚が抜けきらず、水平な連続性が生じるのではないかと危ぶまれるが、解説には点線で結ばれた「そのマス目の長さの中で within the duration of each box」と書いてあるだけで、厳密にそのマス目の長さ分だけ音をのばせとは書かれていない。つまり、点線で結ばれたマス目の長さの中のどこかに音の「入り」があればよいのだと読むことも可能だ。このような曖昧さを残した、ややわかりにくい演奏指示によって、メトロノームでは測り得ないタイミングでの音の出だしが起きる。実際にこの曲を聴いてみると、mm. 80のテンポにそれぞれの音の出だしが正確にはまっているとは考えにくく、マス目の整然とした区切りでは記されないタイミングで音が鳴っている様子がわかる。この曲は拍の単位から逸脱した音で満たされており、聴き手に前後不覚の感覚を与える。前回とりあげた、記譜と実際の鳴り響きが大きく乖離する「For Franz Kline」も各パートの錯綜と、そこから聴き手にもたらされる前後不覚の感覚という点では「…Out of ‘Last Pieces’」と類似した楽曲だ。「For Franz Kline」は五線譜を用いた自由な持続の記譜法で書かれており、「…Out of ‘Last Pieces’」は図形楽譜で書かれているという大きな違いがあるものの、どちらの場合においても、規則的な拍では測りえない時間の感覚を作り出している。測りえない時間と、それに伴う前後不覚の感覚がフェルドマンのいう「垂直な経験」ならば、やはり「…Out of ‘Last Pieces’」は一応、彼の目的が達成された曲だと言えるだろう。しかし、十分に予想できることだが、この時の聴衆や批評家の反応はフェルドマンが期待していたものとはだいぶ異なっていたようだ。

 1964年2月7日の『New York Times』のSchonbergによる演奏会評では「プログラムノートは詳細だったし、バーンスタイン氏の解説も詳しかったが、そのどちらもこの音楽を理解するには全くの無力だ。問題は音楽だ。The program notes were detailed, and so were Mr. Bernstein’s comments. But none of those are really of any help for understanding this music, it is music.」[10]と記されており、ケージ、フェルドマン、ブラウンの曲がプログラムノートを読んだとしても一聴して理解するには難しい音楽だった様子が伝わってくる。だが、Schonbergは「アクション・ペインティングのある種の形式との強い類似が見られ、多くの偶然性の音楽の作曲家たちが、とりわけ当夜の3人がジャクソン・ポロック、フィリップ・ガストン、ロバート・ラウシェンバーグの作品を絶えず喚起させていることは大きな意味を持つ。There is a strong analogy to certain forms of action painting, and it is significant that many aleatoric composers, especially these three, constantly evoke the work of Jackson Pollock, Phillip Guston and Robert Rauschenberg.」[11]と同時代の絵画との関係を指摘し、この3人の作曲家の創作の背景をある程度理解していたようだ。聴衆の反応については次のように描写されている。

だが、これだけは言っておくと、この日のプログラムは客席にいた多くの純粋無垢な聴衆に揺さぶりをかけたのはたしかだ。彼らの多くは若い前衛たちに強い衝撃を与えている類の音楽に初めてさらされた。今では彼ら純粋無垢な聴衆は、あらゆる種類の奇妙で、おそらく不道徳な物事が音楽の世界に入り込んでいることを知っている。スカートの裾を持って恐怖のあまり逃げる人もいるだろう。さらなる探求のために戻ってくる人はごくわずかなはずだ。

これらの曲の、新しい音に満ちたどの出来事にも見られる明らかなカオスと気味の悪さは聴衆を激しく動揺させた。

If nothing else, though, the program did shake the innocence of many listeners in the audience. For the first time many of them were exposed to a type of music that is making a strong impact on the young avant‐garde. Now those innocents know that there are all kinds of strange and possibly immoral things going on in the world of music. Some may flee in horror, picking up their skirts. A few may come back for further investigation.

In any event, these pieces, with their new sounds, apparent chaos and weird textures, shook the audience quite a bit.[12]

 ヴィヴァルディとチャイコフスキーを聴いた後にケージのライブ・エレクトロニクス作品、フェルドマンの図形楽譜のオーケストラ作品、ブラウンの即興的なオーケストラ作品を立て続けに聴けば、大半の聴衆はここでSchonbergが書いているような感想を抱くことは想像に難くない。ここでの指摘は専ら音響(この時ケージは電子音響を用いた)や音色の珍奇さに終始している。これは、フェルドマンがいくら言葉で「垂直な経験」や「時間のない状態」を説明しようと、時間や音楽の構造ではなく音の響きに対する印象が聴衆、つまり聴き手の経験の中で優位を占めるのだと物語っている。「カオス」という描写が示す現象や体験を掘り下げていくと「垂直な経験」に行き着く可能性があるかもしれず、おそらく聴衆に限らず作曲家自身もこの時点ではこの種の音楽の中での経験をまだうまく言語化できていなかったとも思われる。それでもフェルドマンはここで発見した垂直の概念を手放さず、1960年代は自身の言説と記譜法を始めとする実践の両面で垂直を追求していく。

次のセクションではフェルドマンとケージとの対話などを参照しながら垂直な時間について考察する。


[1] Morton Feldman, “Vertical Thoughts,” Give My Regards to Eighth Street: Collected Writings of Morton Feldman, Edited by B. H. Friedman, Cambridge: Exact Change, 2000, p. 12
[2] Ibid., pp. 17-18
[3] Harold Schonberg, “Music: Last of a Series; Bernstein et al Conduct 5th Avant-Garde Bill,” New York Times, February 7, 1964
https://www.nytimes.com/1964/02/07/archives/music-last-of-a-series-bernstein-et-al-conduct-5th-avantgarde-bill.html
[4] ブラウンの「Available Forms Ⅱ for Orchestra Four Hands」はオーケストラを2人の指揮者が指揮するので「腕4本のための」と題されている。
[5] New York Philharmonic One Hundred Twenty-Second Season 1963-1964, “The Avant-Garde” Program Ⅴ
https://archives.nyphil.org/index.php/artifact/2fbec537-ec06-47ec-b99b-3296626ff5a2-0.1/fullview – page/6/mode/2up
[6] このエピソードの出典はMorton Feldman Says: Selected Interviews and Lectures 1964-1987, Edited by Chris Villars, London: Hyphen Press, 2006巻末のフェルドマンのバイオグラフィー(p. 265)。しかし、シュトックハウゼンが実際に指揮をしたという記録は当時の新聞等を遡ってみても見当たらない。
[7] David Tudor and Morton Feldman, “…Out of ‘Last Pieces’” in New York Philharmonic One Hundred Twenty-Second Season 1963-1964, “The Avant-Gards” Program Ⅴ https://archives.nyphil.org/index.php/artifact/2fbec537-ec06-47ec-b99b-3296626ff5a2-0.1/fullview#page/2/mode/2up
[8] Ibid.
[9] Ibid.
[10] Harold Schonberg 1964, op. cit.
https://www.nytimes.com/1964/02/07/archives/music-last-of-a-series-bernstein-et-al-conduct-5th-avantgarde-bill.html
[11] Ibid.
[12] Ibid.

高橋智子
1978年仙台市生まれ。Joy DivisionとNew Orderが好きな無職。

(次回更新は11月24日の予定です)

あれでもなくこれでもなく〜モートン・フェルドマンの音楽を知る(7) 1960年代前半の記譜法−自由な持続の記譜法

(筆者:高橋智子)

 フェルドマンの作品を見渡す際に最も重要と言えるのが記譜法の変化だ。この連載の初回から見てきたように、彼の創作の変遷は記譜法の変化と重なる。1950年から始まる図形楽譜、1950年代後半から見られる音価の定まっていない楽譜や極端に音符の少ない五線譜など、彼が書いた楽譜の数々にはその時期における彼の音楽観が強く反映されている。今回は図形楽譜に次いでユニークな記譜法である1960年代の自由な持続の記譜法を見ていく。

1. 「自由な持続の記譜法」にいたるまで

 これまでのフェルドマンの記譜法の特徴と変遷を簡単に振り返ってみよう。1950年代のフェルドマンの創作は五線譜と図形楽譜の両方で試行錯誤を重ねていた。初期の図形楽譜の狙いについて、フェルドマンは「この曲(訳注:「Projection 2」)での私の願いは「作曲すること」ではなく、音を時間に投影し、ここには必要のない作曲のレトリックから音を解放することだった。My desire here was not to “compose”, but to project sounds into time, free from a compositional rhetoric that had no place here.」[1]と振り返っている。「Projections 1-5」(1950-51)「Intersections 1-4」(1951)といった初期の図形楽譜では慣習的な書法とは全く異なる地平での作曲の可能性を探求した。ただ、これまでも何度か述べてきたように、これら初期図形楽譜の楽曲では音高の選択が演奏者に任されているので即興演奏と混同されることが多く、実際の演奏においてフェルドマンの意図が完全に達成されることはほとんどなかった。この大きな問題を解決するために、前回とりあげた打楽器独奏曲「The King of Denmark」(1964)では演奏方法(この曲ではマレットやスティックの使用が禁じられている)と、曲の中で鳴らすべき音色がこれまでの図形楽譜より具体的に指示されている。一方、フェルドマンの五線譜の記譜法もその段階ごとに異なる様相を見せる。例えば第4回で解説した「Piano Piece 1952」(1952)や第5回で解説した「Piece for 4 Pianos」(1957)には小節線が書かれておらず、どちらの場合も拍節やリズムの感覚が希薄である。さらに「Piece for 4 Pianos」では4人の演奏者が同じ楽譜を見て演奏するが、演奏のペースは各自に委ねられているので偶発的な音の重なりによる響きが具現する。慣習的な五線譜、演奏結果が不確定な図形楽譜、今回解説する自由な持続の記譜法、それぞれの特性の違いがあるものの、フェルドマンの記譜法は3つの要素——作曲家の創造性、演奏者の創造性、音に内在する特性——が決して均等ではない力関係で絡まり合っている。音そのものに着目し、音に内在する特性を最大限引き出すために音高や音価(音の長さ)を不確定にした結果、実際の演奏では演奏者の創造性や個性が予想以上に前面に出てしまうのが1950年代前半の図形楽譜での試みだった。他の作曲家と同じく厳密かつ精密に記譜すれば自分の理想とする響きを得ることができるが、それは「音の解放」や「抽象的な音の冒険」といった自身の理念と矛盾するのだとフェルドマンは自覚していた。このような逡巡が図形楽譜や、小節線のない五線譜といった初期の記譜法に駆り立てたともいえるだろう。

 1953年から58年までフェルドマンは図形楽譜を一旦中止し、「正確さ」を求めて五線譜の楽曲に専念する。しかし、以下の発言から、ここでも彼は満足な結果を得られなかったようだ。

だが、正確さも私にはうまくいかなかった。それ(訳注:五線譜による正確な記譜)はあまりにも一面的だった。まるでその記譜法は、どこかで動きを「生み出さないと」いけない絵を描いているようだった——私が満足できる可塑性はそこでもまだ得られなかった。やはりこの記譜法はあまりにも一面的だった。それは、どこかに常に水平線が引かれている絵を描いているようで、正確に作業しつつも常に「動き」を作り出さなければいけなかった——それでも私は充分な可塑性を得られなかったのだ。2つの管弦楽曲で図形楽譜に戻り、今度は「Atlantis」(1958)と「Out of Last Pieces」(1960)において個々のパッセージが最小限に抑制された、より垂直な構造を用いた。

But precision did not work for me either. It was too one-dimensional. It was like painting a picture where at some place there is had to “generate” the movement—there was still not enough plasticity for me either. It was too one-dimensional. It was like painting a picture where at some place there is always a horizon, working precisely, one always had to “generate” the movement—there was still not enough plasticity for me. I returned to the graph with two orchestral works: Atlantis (1958)[2] and Out of Last Pieces (1960) using now a more vertical structure where soloistic passages would be at a minimum.[3]

 文中でフェルドマンは五線譜による記譜を2度も「あまりにも一面的 too one-dimensional」と評している。それは何を意味するのか。楽譜は音符を紙上に書きとめることによって成り立っており、通常このことは自明とされているし、楽譜は書かれた音符を演奏として具現する機能と役割を持った実用的な側面も備えていないといけない。これに疑問を挟む余地はないだろう。だが、たとえ楽譜の上に記された出来事であっても、何かが書きとめられて静止している状態、または固定された状態は、ジャクソン・ポロックによるドリッピングや、ウィレム・デ・クーニングによる荒々しい筆の動きとその痕跡をキャンヴァスに投影した抽象表現主義絵画に共感していた当時のフェルドマンにとって当たり前のことではなかったようだ。もちろん、実際に鳴り響く音に動きや方向を感じることができるが、フェルドマンは記譜にも可塑性や運動性を求めた。だが、楽譜や記譜に運動性や可塑性を持たせることは可能なのだろうか。楽譜をアニメーションで作成すれば、文字どおり音符が動く楽譜が実現するが、もちろん、ここでフェルドマンが言おうとしていたのはこのような即物的な話ではない。しかも時代は1960年代である。今のように誰もがコンピュータでアニメーションを作成時代できる時代でもない。では、この当時、フェルドマンが記譜に求めた可塑性とはいったい何なのだろうか。

 たいていの五線譜の場合、拍子に即して音符を書き連ねることでリズムが生じ、音楽の輪郭や動きも生まれる。楽譜に記された音符の連なりと、そこから予測される動きや展開は楽曲のあり方、響き方、聴こえ方にも深く結びついている。従って、通常は記譜の精度が高いほど、記譜された音符と、実際の鳴り響きとの隔たりが縮まる。多くの楽譜は音符だけでなく、様々な記号や文言を駆使しながら、このような隔たりを縮めるための工夫がなされている。西洋の近代的な芸術音楽における記譜法の歴史を紐解けば、その歩みが記号や言語で曲のあらましを具体的に記述する方法を模索する歴史だったことがわかるだろう。一方、拍子、音価、音高のどれかを厳密に規定せず、どこかを必ず「開いておく」フェルドマンの記譜法では、五線譜と図形楽譜両方の場合において整数分割にきちんと当てはまらない特性が否応なしに出てきてしまう。むしろ彼自身はこの割り切れない、不合理な特性を1950年代の自分の音楽の独自性を打ち出すために積極的に打ち出してきた。輪郭のはっきりしたフレーズやパッセージといった言葉よりも、出来事やジェスチャーといった刹那的で何かしらの動きや曖昧さを含む言葉の方がフェルドマンの音楽を描写する際に向いている理由もここにある。始まり・中間・終わりのプロットに基づき、周期的な拍節に即した時間とともに展開する五線譜は、一目すれば事の成り行きをある程度、正確に見渡せるので、フェルドマンには「あまりにも一面的」で膠着した慣習に映ったのかもしれない。

 図形楽譜を一旦休止して五線譜に専念し、それからまた図形楽譜に戻ったフェルドマンが作曲した2つの管弦楽曲「Atlantis」と「…Out of ‘Last Pieces’」は、第5回で解説したマース・カニングハムのダンス作品「Summerspace」のための「Ixion」(1958)と同じく、小さな渦のようなジェスチャーが次々と現れては消えていく散発的なテクスチュアの楽曲だ。「Atlantis」の編成はフルート、ピッコロ、クラリネット、バスクラリネット、ファゴット、コントラファゴット、ホルン、トランペット、トロンボーン、チューバ、ハープ、シロフォン、ヴィブラフォン、ピアノ、チェロ、コントラバス。「…Out of ‘Last Pieces’」の編成はオーボエ、バスクラリネット、バストランペット、バストロンボーン、打楽器(テナードラム、大太鼓、アンティーク・シンバル、グロッケンシュピール、ヴィブラフォン、モーター付グロッケンシュピール、シロフォン、テンプル・ブロック)、ハープ、エレクトリック・ギター、ピアノ/チェレスタ、ヴァイオリン、コントラバス。どちらの曲も中規模編成で、前回述べたように同時期の小編成の室内楽曲と同様にあまり見慣れない組み合わせから成っている。これら2曲はマス目に演奏すべき音の数、グリッサンドやピツィカートなどの演奏法、装飾音が記された図形楽譜で書かれている。他の図形楽譜と同じく具体的な音高は指定されていない。楽譜の外観からはフェルドマンが求めた可塑性はほとんど感じられないが、回転するジェスチャー、アタックを最小限に抑えたどこからともなく立ち上がってくる持続音、異なる音色の交差などの現象が、この2曲が生み出す動きの感覚に大きく寄与していることがわかる。これら2曲がもしも五線譜だったら、複雑な拍子とそのめまぐるしい交替、クラスターの頻出、不合理分割による連符が多用された譜面になっていたことだろう。理論上、この曲の記譜は正確で緻密な五線譜でも不可能ではないものの、一筆描きのような音のジェスチャーを実際の演奏で得るには、整数分割に基づいた既存の五線譜のシステムよりも、やはり曖昧さや不合理性に対して間口を開けておく図形楽譜の方が適しているといえる。フェルドマンが自分の楽譜の中に書きたかったのは直線や直角よりも、曲線や滲んだ線のイメージだったのかもしれない。

Feldman/Atlantis(1959)
Feldman/ … Out of ‘Last Pieces’ (1960)

 先の引用で「Atlantis」と「…Out of ‘Last Pieces’」についてフェルドマンは「より垂直な構造 a more vertical structure」と述べているが、音楽における垂直な構造の最もわかりやすい例は、音と音とが同じタイミングで垂直の方向に(縦に)重なってできる和音である。和音は単体では垂直な構造だが、規則に即して和音同士の連結を繰り返しながら全体へと発展する機能和声の場合、和音は連続性を獲得する。同じく旋律も音と音との水平な連続から生まれる。

音が出来事の水平な連なりとみなされるなら、水平な考え方に都合のよいものにするために音の特性すべてを抽出しないといけない。多くの人々にとって、今やいかにこうした音の特性を抽出するのかが作曲の過程となってきている。こんなに間隔が詰まった複雑な時間の秩序を明確にするために、ここでは差異を作り出すことが作曲の最優先事項として強調されていると言い出す人もいるだろう。ある意味、このアプローチから生まれた作品には「音」がないと言えるだろう。私たちが聴くのはむしろ音のレプリカだ。もしもこのアプローチでうまく行ったのならば、マダム・タッソーの有名な美術館の人形のいずれにも劣らず驚くべきことだ

When sound is conceived as a horizontal series of events all its properties must be extracted in order to make it pliable to horizontal thinking. How one extracts these properties now has become for many the compositional process. In order to articulate a complexity of such close temporal ordering one might say differentiation has become here the prime emphasis of the composition. In a way, the work result in from this approach can be said not to have a “sound.” What we hear is rather a replica of sound, and when successfully done, startling as any of the figures in Mme. Tussaud’s celebrated museum.[4]

 ここでのフェルドマンは、水平な、つまり連続的に流れる時間の秩序に即して作曲し、記譜することで音の特性が失われるのだと主張する。このような方法で作曲された音楽の中で鳴る音と聴こえる音は音の複製物(レプリカ)に過ぎず、音そのものを聴いているのではないというのが彼の考えだ。複製物ではない音を追求し、「水平」を忌避したフェルドマンが試みた「より垂直な構造」の中では、音が立ち現れるその都度の出来事やジェスチャーが各自の中で完結する。水平で連続する時間の中での音(ここでのフェルドマンはこれを音とは認めていないが)とは異なり、そこでは前後の論理的なつながりはほとんど重視されない。むしろ、それぞれの音は連続性を生み出すことがないように注意深く配置されている。これは1950年代、1960年代までの彼の多くの楽曲に当てはまり、彼はパターンとして認識できる音の動きをできるだけ回避することで、連続性とは異なる楽曲の進み方と時間の感覚を獲得した。

2. 自由な持続の記譜法の楽曲 「Durations」1-5(1960-1961)

 「より垂直な構造」という新たな概念を見出したフェルドマンは五線譜で書かれた小編成の室内楽曲シリーズ「Durations」1-5を1960年に始める。前回は、この時期のフェルドマンのオーケストレーションと音色の用法が楽器や声の特性を活かすよりもそれぞれの音色の出自を曖昧にする効果を狙っていたことを解説した。様々な音色をほぼ均等に扱う彼のやり方は、一見ランダムな図形楽譜の高・中・低音域が実はほぼ同じ割合で配置されている全面的なアプローチを思い出させる。「Durations」シリーズは全5曲が拍子記号と小節線のない五線譜で書かれている。拍子や拍節がなく、さらには符尾のない音符で占められたこの記譜法では、それぞれの音価(音の長さ、持続)が演奏者に委ねられていることから、「自由な持続の記譜法 free durational notation」と呼ばれている。自由な持続の記譜法は1950年代の図形楽譜に次いでフェルドマンの特筆すべき記譜法である。既に1950年代後半にこの様式の記譜が用いられていたが、「垂直な構造」の発見により、この記譜法は「自由な持続の記譜法」として定着する。この新たなシリーズについてフェルドマンは次のように語っている。

「Piece for Four Pianos」と他の同様の楽曲では、演奏者たち全員が同じパートのスコアを読む——そこで経験するのは、同じ響きの源泉から生じたリヴァーヴの連続のような効果だ。「Durations」では、それぞれの楽器が各自の独立した音の世界の中で自分たちの独立した生を生きる、さらに複雑な様式に到達した。

In “Piece for Four Pianos” and others like it, the instruments all read from the same part—and so what you have there is like a series of reverberations from an identical sound source. In “Durations” I arrived at a more complex style in which each instrument is living out its own individual life in its own individual sound world.[5]

 「Piece for 4(Four) Pianos」や「Two Pianos」(1954)は同じ楽器の複数の奏者が同じ楽譜を用いるが、それぞれのペースで曲を進めていく方法で演奏されるので、ここでフェルドマンが言うように、同じ音色が時間差でリヴァーヴ効果のように聴こえてくる。一方、彼の新たな「さらに複雑な様式a more complex style」の「Durations」は、上記2曲と同じく演奏者が各自のペースで演奏するが、今度は異なる楽器による室内楽曲編成なので、当然そこでは同時に様々な種類の音色が鳴り響く。聴こえてくる音色の種類と幅が増えることによって、響きの構造も複雑さを増すと同時に、聴き手が感じる時間の性質にも変化が生じる。Saniによれば、「Durations」でのフェルドマンの意図は「聴き手の聴覚的な記憶を消し去ること。つまり、その前に起きたことに対する聴き手の音楽的な意識を混乱させること to erase the aural memory of the listener, and that is, to confuse the listener’s musical awareness of what had come before.」[6]にある。通常の楽曲、特に調性音楽ならば曲を聴き進めていくうちに、その旋律などが記憶に残り、曲の途中や後半で再び同じものが現れるとそれを察知できるが、フェルドマンの音楽はそのような慣れや親しみを歓迎しない。一度、曲の中で以前に起きたことは二度と同じかたちで現れないか、もし再び登場したとしても、それ以前の音高と半音1つ分だけ違っていたり、音域や演奏パートが異なっていることがあるので、まったく同じものが現れる可能性はとても低い。彼の音楽はわざと覚えにくく作られていると言ってもよいだろう。楽譜を見ずに耳だけで音を追いかけていると、この覚えられなさ、馴染めなさはさらに強まる。聴き手の感覚や記憶に挑むかのような傾向は1960年代から1980年代の晩年の長大な楽曲に至るまで、彼の創作の中で徐々に増していく。「Durations」シリーズの意図的な記憶抹消効果は「String Quartet II」(1983)、「Piano and String Quartet」(1985)といった後期の演奏時間の長い楽曲の予兆としても考えられる。

Feldman/ Durations 1-5 (1960-61)

 アルトフルート、ピアノ、ヴァイオリン、チェロによる「Durations 1」(1960)は4つのパートの楽譜上での重なりによってできる156種類の和音から構成されている。これらの和音の大半はトーン・クラスターのような半音階的な重なりによってできている。そのうちのどの1つも構成音が完全に一致する同じ和音はない。「Durations 1」の標準的な演奏時間は約10分。この10分間に耳に入ってきた音の響きを記憶し、それらを呼び起こすことはとても難しい。人間の記憶は反復によって強化されるが、この曲ではある音が反復されたとしても常に微細な差異を伴うので、その現象が他の現象と同一であると認識するに至らない場合が多い。

 「Durations」シリーズをはじめとする自由な持続の記譜法で書かれた楽譜の和音は、楽譜の中に記された音符の縦の重なりとしての外見上の和音に過ぎない。実際の演奏の中では、和音としての音のまとまりや重なりよりも、それぞれのパートが各自のペースで鳴らす音の散発的な響きが多数を占め、ここで私たちが主に耳にするのは音の揺らぎと余韻である。「Durations 1」の場合は156種類の音の重なりの瞬間が記譜されているが、それらは全てがタイミングを揃えて鳴らされるわけではないので、楽譜上の音と、聴こえてくる音とは必ずしも一致しない。楽譜に記された音符でたどっている音の動きや楽曲のあらましは楽譜の中の出来事であり、演奏によって現れる響きとは別の次元にあるともいえるだろう。

 「Durations 3」も聴き手に記憶の拠り所を作らせない音楽だ。「Durations 1」同様、聴き手がこの曲の音の動きを追ったり、覚えたりすることは難しい。「Durations 3」の編成はヴァイオリン、チューバ、ピアノ。楽譜には小節線が引かれていない。曲全体はテンポ表示の異なる短い4つの部分——Ⅰ:Slow, Ⅱ: Very Slow, Ⅲ:Slow, Ⅳ:Fast——に分かれている。どのパートもアタックをできるだけ抑えて演奏されるはずだが、筆者はCD等の録音を聴くと、高音域で鳴らされるチューバの音に最も注意を惹かれてしまう。パートⅠは全ての楽器が一斉に音を鳴らすテュッティで始まり、3つの楽器が徐々に中心から離れるように各自のペースで進む。パートⅡはテュッティで始まるのではなく、チューバ、ピアノ、ヴァイオリンの順で始まる。全ての楽器の響きが渾然一体となった「Duration 1」と違い、ここではそれぞれの楽器がある程度の独立性を保っている。パートⅡと、速いテンポで演奏されるパートⅣは比較的それぞれの音の動きを追いやすいが、反復や覚えやすいフレーズが出てくるわけではないので、やはり記憶し難い音楽には変わりない。

 テュッティで始まるパートⅢは4つの部分に分けることができ、DeLioはこれらの部分をジェスチャーと呼んで分析している[7]。表の最上段の数字は3つの楽器の垂直な重なり(楽譜では和音に見える)を示す。このような垂直な重なりから生じる全体的な響きを、DeLioの方法に倣い、曲の進行に伴うテクスチャーの変化に即して4つのジェスチャーに区分けした。ジェスチャー1は1-15番目、ジェスチャー2は16-21番目の、ジェスチャー3は22-29番目の、ジェスチャー4は30-37番目の音の範囲である。表中の塗りつぶしはF#、G、A♭の3音が現れる箇所を示す。

Durations 3 パートⅢ

ジェスチャー1 *( )はヴァイオリンのハーモニクス

 12345678
violinA♭4 (D♭5)A♭4 (D♭5)A♭4 (D♭5)A♭4 (D♭5)A♭4 (D♭5)F#5 (B5)F#5 (B5)F#5 (B5)
tubaF#1F#1F#1F#1F#1G2G2G2
pianoG5G5G5G5G5A♭6A♭6A♭6
 9101112131415
violinG4 (C5)G4(C5)G4 (C5)G4(C5)A♭5 (D♭6)A♭5 (D♭6)A♭5 (D♭6)
tubaA♭3A♭3A♭3A♭3F#2F#2G1
pianoF#2F#2F#2F#2G6G6F#7

ジェスチャー2

 161718192021
violinG4F#5A♭3G3 (C4)F#4A♭6
tubaF#3A♭2F#4G3A♭1G5
pianoA♭2G5G5F#1G5F#3

ジェスチャー3

 2223242526272829
violinD4 F5G♭4A3 (D♭4)G6F4G5 G6(装飾音)
tubaA2G1C#3D2A3 G3B♭3
piano A♭6 F#2G4 A♭6C4 B5B4/A♭4 F#2/G3C1A♭4/G5 F#3A♭4/G5 F#3

ジェスチャー4

 3031323334353637
tubaC3B1D2B♭1E3D#3G#1C2

 表を見ると、ジェスチャー1とジェスチャー2に出てくる音高が半音階的に隣り合った3音——F#、G、A♭——に限られており、曲の半分以上がこの3音で占められている様子がひと目でわかる。ここまでの範囲は各楽器間での3音の受け渡しだけで構成されている。だが、3つの全く異なる種類の楽器の音色と、その都度変わる音域の組み合わせから、ここまでの範囲がたった3つの音でできていることを耳だけで把握するのはあまり簡単ではない。

 ジェスチャー3から曲の様相が徐々に変化する。ピアノの音高は大半が依然としてF#、G、A♭を占め、この曲の響きの枠組みを守っているように見えるが、ヴァイオリンとチューバはこれまで登場しなかった新たな音高を少しずつとりいれ始める。DeLioは「曲のテクスチュアがさらに異質で断片的になる結果として、それぞれの楽器が新たな、より独立した役割を果たし始める。The instruments begin to take on new, more independent roles as a result of which the texture becomes more heterogeneous and fragmented」[8]と指摘する。これは、最初は同質かつ均等に扱われてきたヴァイオリン、ピアノ、チューバの三者の間に微かな関係性の変化が生じていることを意味する。特にチューバはその後も存在感を増して行き、曲を締めくくるジェスチャー4ではついにチューバ独奏となる。ジェスチャー4でのチューバは、ジェスチャー3での極端な跳躍に比べると、旋律のようななめらかな動きさえ見せる。今までの3音による同質的なテクスチャーは、まるでこのチューバ独奏のための序章だったかのようだ。

 「Durations 1」も「Durations 3」も特に劇的な音楽的効果は用いられていない。特に「Durations 3」は一見、同質なテクスチャーが楽器や音域の配置によって微細な差異を獲得しながら静かに進むので、今聴いている音と、その前に聴いたはずの音とがそれほど遠くない関係にあるのだと気づきにくい。複雑でとりとめのない音楽に聴こえるが、楽譜を見てみると限られた音が少しだけ姿を変えて現れるだけで、実はそれほど複雑な構造ではないことがわかる。次にとりあげる「For Franz Kline」ではその傾向が強まり、楽譜と鳴り響きの関係もさらに乖離する。

3. 「For Franz Kline」(1962) スコアを眺める目が泳ぐ曲

 「Durations」シリーズと同じく自由な持続の記譜法で書かれた「For Franz Kline」(1962)の編成はソプラノ(ヴォカリーズ)、ホルン、ピアノ、チャイム、ヴァイオリン、チェロ。前回はこの曲のオーケストレーションが楽器独自の音色を活かすのではなく、むしろそれを消し去ろうとしていることを指摘した。このような音色の抽象化はこの曲が捧げられた画家、フランツ・クラインの黒と白を基調にしたモノトーンの作品と重なる。今回は楽譜と実際に聴こえてくる音との乖離に着目してこの曲を見ていく。

Feldman/ For Franz Kline (1962)

score: https://issuu.com/editionpeters/docs/fm22

 ペータース版のスコア冒頭にはフェルドマンによる演奏指示が書かれている。

最初の音は全ての楽器が同時に鳴らす。それぞれの音の持続は演奏者に任せられている。全ての拍はゆっくりと。全ての音は最小限のアタックで。装飾音をあまりにも速く演奏すべきではない。音と音の間に記された数字は無音の拍を示す。ダイナミクスはとても控えめに。同じ弦で鳴らされる音の時はピツィカートで再び鳴らすのではなく、最初のピツィカートを維持できるよう指を弦の上に強く落とす。ホルンの音については楽譜のとおり。

The first sound with all instruments simultaneously. The duration of each sound is chosen by the performer. All beats are slow. All sounds should be played with a minimum of attack. Grace notes should not be played too quickly. Numbers between sounds indicate silent beat. Dynamics are very low. For sound occurring on the same string, instead of rearticulating pizz., drop finger heavily to carry through the sound of the first pizz. Hn. sounds as written.[9]

 弦楽器やホルンの具体的な演奏指示以外は「Durations」シリーズとほとんど変わらず、ゆっくりとしたテンポ、最小限のアタック、速すぎない装飾音、全休符とほぼ同じ意味を持つ数字が記されたフェルマータ(上記の演奏指示では「音と音の間に記された数字」と表現されている)は、この時期のフェルドマンの楽曲にとっては定番の事柄といってもよいだろう。「Durations」シリーズの一部でも既に用いられていた、同じ音符を結ぶ点線の登場頻度が「For Franz Kline」では格段に増している。この点線は通常の五線譜におけるタイと同じ役割を持ち、点線で結ばれた拍の分だけ音をのばす。点線で結ばれた持続音はその場面に求められている響きの土台を作るともいえるだろう。

 曲の出だしではソプラノのE5(3拍分)、チャイムのD4(5拍分)、チェロのF3(4拍分)が点線で結ばれている。対して、残りのピアノ、ホルン、ヴァイオリンは単音を1つ鳴らす。このように、冒頭では持続音と散発的な音とが対比されている。他の自由な持続の記譜法による楽曲と同じく、全パートが始めにほんの一瞬、揃った後、それぞれが各自のペースで進む。

 スコアをただ眺める限りでは1950年代後半の五線譜の楽曲に並んでなんとも言い難い楽曲なのだが、少し詳しく見ていくと、この曲を構成する3つの要素を見つけることができる。1つ目は点線で結ばれた持続音、2つ目は他の音とつながりを持たない独立した単音または和音、3つ目はいくつかの単音のまとまりからできるジェスチャー[10]。この3つの視点で楽譜を見ると、先に言及した「Durations 3」パートⅢのように曲の進行に伴って徐々に変容するテクスチャーと、さらには先にあげた3つの要素の役割が明確になってくることがわかる。

 スコア1ページ目は3つの要素全てが満遍なく出揃った賑やかな見た目だ(実際の鳴り響きは賑やかではないが)。1ページ目前半では、幅広い跳躍のチェロの3音のジェスチャーに重なるように、ソプラノが7度音程による2音のジェスチャー(A4-B3)を歌う。フェルマータ2つ分の休止を経て、ソプラノの10拍、つまり音符10個からなる長めのジェスチャーが続く。このソプラノのジェスチャーもフェルドマンが好んで用いる7度音程(D4-C5、G5-A♭4、A♭4-B♭3、F4-E5)を主としている。7度音程を基調とするソプラノのジェスチャーは1ページ目後半にもA5-B4-C#4の3音として現れる。ヴォカリーズで声を用いる場合、フェルドマンは声と他の楽器の音色とをほぼ同質に扱う傾向にあるが、ここではピアノ、ヴァイオリン、チャイムが和音を鳴らし、ホルンとチェロが音をひきのばす中でソプラノのジェスチャーが唯一の連続する動きとして際立たせられているように見える。他に目を引くのは、徐々に積み上がっていくチャイムの和音(D4-F4-C#5-E5)と、1ページ目の後半で複数回鳴らされるピアノの和音(D3-F#3-F4-A♭4-E♭5)だ。この和音は3拍分ひきのばされた後、左手の2音が1オクターヴ上に移高し、フェルマータを挟んで3回繰り返される。

 2ページ目に入ると、ソプラノに加えてホルン、ヴァイオリン、チェロがジェスチャーを担う。ピアノとチャイムは引き続き和音に徹し、場面全体の響きの土台を形成している。この2つのはざまで、時折ピアノとチェロが和音を単発で鳴らす。混沌とした1ページ目に比べて、2ページ目以降からは混沌がやや収まり、先に述べた3つの要素を見つけやすい。

 3ページ目のジェスチャーは、ソプラノのE♭5-C5からなる反復的な音型、その後の息の長い10音(B3-E♭4-D4-A♭4-C5-C#4-E4-G5- A♭4-B3)、音域の離れた2度音程を基調としたホルンの4音(G#3-A4-D♭4-C3)、ヴァイオリンによる3音(D5-G-5-F#6)、ページ最後のチェロによる4音(A♭3-D4-A4-F4)の5箇所である。点線で結ばれた持続音は各パートに満遍なく割り当てられている。このページの最後ではチェロ以外の全パートが点線で結ばれた持続音を鳴らす。

 最後となる4ページ目にジェスチャーは現れず、チェロとピアノによるアルペジオの和音以外は持続音が全体を占めている。これまでは3つの要素がそれぞれのページに必ず現れて、動きと静止の両方の性格を曲中に見出すことができた。しかし、4ページ目では持続音が多数を占めるので、曲全体のテクスチュアが同質化し、静止している印象が強まる。

 ここまでの記述は楽譜に書かれた音符だけを頼りに行ってきた。では、実際のこの曲はどのように鳴り響くのだろうか?読譜に慣れていれば、譜面だけで音の鳴り響きをある程度想像して再現できるし、スコアを目で追いながら聴くこともそれほど難しくない。だが、この曲の場合は事情が異なる。いくら曲を熟知していてもスコアを目で追いながら聴くのが難しい。なぜなら、ひとたび曲が始まると6つのパート全てが違うペースで進むので、時間の経過とともに各パート間の差異が明確になってくるからだ。どれか1つのパートが全体のテンポから大きく逸脱することはないものの、アンサンブルやオーケストラ編成での自由な持続の記譜による楽曲では、全てのパートの動向を一度に把握することは容易ではない。随所に挿入されるフェルマータもスコアに基づいた聴き取りを難しくする要因の1つだ。あるパートがフェルマータに記された数字の拍だけ無音でいる間にも、他のパートはそれを関知するはずもなく次々と音が鳴る。他のパートの音に気を取られているうちに、そのパートの無音の部分は終わり、既に新しい音が鳴ってしまっている。どこか1つを見ているだけでは不十分だが、だからと言って全体を見渡そうとしても、常に足並みが揃わないので全てが五里霧中になるような状況に陥ってしまう。加えて、それぞれのパートの音色の特性を活かさないフェルドマンのオーケストレーションがこの状況をさらに難しくする。このことは、普段、私たちが音のどの側面を頼りに音色を特定しているのかを逆説的に明らかにしている。演奏指示に記されているように、この曲で求められているのはアタックを極力抑えた演奏だ。彼の様々な楽曲で目にするこの演奏指示は音に対する彼の考え方を反映している。

音のアタックはその音の特性ではない。実際、私たちが耳にしているのはそのアタックであって音ではない。しかし、減衰は音の去り際の風景であり、音が私たちの聴取のどこに存在するのかを示してくれる——音は私たちに向かっているというより私たちから去り行く。

The attack of a sound is not its character. Actually, what we hear is the attack and not the sound. Decay, however, this departing landscape, this expresses where the sound exists in our hearing—leaving us rather than coming toward us.[11]

 フェルドマンの考えに倣えば、音の特性はアタックではなく減衰、つまり音が消え行くプロセスにある。音の減衰は響きや余韻でもあり、これらは時間の経過と共に存在する。この曲の聴取に際しては無理に音色を特定しようとせず、声と楽器が混ざり合った響き全体を聴けということなのだろうか。だが、この連載では彼の音楽を楽しむだけでなく「知る」ことも目的としているので茫洋と聴き流すのとは違う聴き方を提示したい。

 「For Franz Kline」を聴いていて最もわかりやすい音の目印はチャイムの音である。楽譜の中では声によるジェスチャーがこの曲の中で際立った存在だが、実際の鳴り響きでは楽譜から読み取ることのできる姿とは別の姿が浮かび上がってくる。楽器の特性を加味すると、アタックを極力抑えてもハンマーで打ち鳴らすチャイムからアタックを完全に消し去ることはできず、曲中では思いがけず強い存在感を放つ。チャイムのような、どうしても消し去ることのできない楽器の特性と音色が聴き手に道標を与えてくれる。スコアを見る目が泳いでどのパートがどこを演奏しているのかわからなくなったら、アルペジオのように1音ずつ積み重なるチャイムの響きを探してみてほしい。

 楽譜は概念や創造性を具現し、表現する場であると同時に、演奏や記録のための実用性も備えている。それはもちろん「For Franz Kline」においても同じだ。この曲の出版譜は全6パートの音が垂直に整然と並んでいる。読譜から想像できるのは、6つのパートが一体となって1つの和音を作り、それが次々と鳴らされる響きだろう。しかし、先に見てきたように、「For Franz Kline」を実際に聴いてみると、スコアに整然と並んだ音符からは想像できない混沌が響きとして現れる。自由な持続の記譜法による楽曲では、楽譜と鳴り響きとの隔たりが大きくなる傾向があるが、この曲はその隔たりが「Durations」よりもさらに著しい。スコアを具に見れば見るほど、楽譜の中の音像と実際の演奏から現れる音像との距離がますます開いていくように感じるのだ。自由な持続の記譜法はむしろこの2つの縮まらない隔たりを是とし、聴き手の読譜と聴取の技量を試しているようにも思われる。

4. フェルドマンにとって記譜法とは? 伝統と革新、論理と直感との間

 もしも、フェルドマンが楽譜と鳴り響きとの隔たりを縮めようと試みたならば、どのような記譜がこの曲に適しているのかを想像してみよう。先に見てきたように、アタックをできるだけ抑えて演奏される「Durations」と「For Franz Kline」には、複数の音の響きとその減衰が混ざり合って生まれる効果を聴かせる狙いがあると考えられる。これらの曲の楽譜の外見と実際の鳴り響きのイメージとを一致させようとした場合、均質に色が塗られ、形が整えられた音符の符頭が規則的に配置された楽譜ではなく、ぼやけた輪郭と不均質な濃淡の符頭が不規則な感覚でぽつりぽつりと配置された楽譜が浮かんでくる。演奏のための実用性を考慮しなくても済むのなら、作曲家が求める音のイメージを忠実に再現した楽譜はこのような姿になり、楽曲で求められている音のイメージを演奏者に対して具体的に喚起することもできる。今ここで勝手に想像している楽譜に記された、ぼやけた輪郭と不均質な濃淡の音符はクライン、デ・クーニング、フィリップ・ガストンら、この当時のフェルドマンと親しく付き合っていた画家たちの作風を彷彿させる。彼らの作品もまた、キャンヴァスという固定された媒体に衝動や運動を描きつける方法をそれぞれの方法で模索していた。フェルドマンが五線譜による正確な記譜法を「一面的」で可塑性を欠いているとみなしたことと、抽象表現主義画家がキャンヴァスに動きの要素をもたらそうとしたことは、その根底で同じ方向を希求していたといえるだろう。だが、フェルドマンは絵画に詳しかっただけでジョン・ケージのように絵の才能があったわけではなく[12]、同時代のフルクサスのような実験芸術にもそれほど共感していなかったので、記譜法そのものを根本的に覆す自分独自のセンセーショナルな楽譜を書こうとはしなかった。フェルドマンが楽譜の外観と音の関係に注意を払っていたが、楽譜自体の見た目の美しさや革新性にさほど関心がなかったことは、彼の最晩年に当たる1986年にオランダ南西部の都市、ミデルブルフで行われた連続講義での次の発言からわかる。

私はスコアがどんな風に見えるのかで頭がいっぱいだ——ほとんど数学的ともいえる等式に気付いた。自分の記譜法が狂えば狂うほど、それはよりよく鳴り響くのだった。視覚的な見た目が必ずしもこの種の音響を把握する鍵になるわけではなかった。だから私は記譜法にとても興味があり、図像的な魅力よりも、ポリフォニーから逸した音響的な現実性を記譜から得ようとしている。

I’m very involved with how the score looks—I found an almost mathematical equation: that the crazier my notation was, the better it sounded; that the visual look not necessarily was the key towards that type of sonic comprehension. So I’m very interested in notation, of trying to get the sonic reality of the piece, rather than its graphic attractiveness, which is out of polyphony. [13]

 フェルドマンは例えばバッハが書いたようなポリフォニーの楽譜に見られる秩序や洗練を記譜に求めていなかった。このことは後述する学生への助言でも明らかだ。彼が1950年から始めた図形楽譜は歴史的に見ると革新的だが、左から右へと読むなど五線譜の仕組みを踏襲し、その外観も比較的単純だ。1960年代に本格化した自由な持続の記譜法も1つの曲の中に複数の音楽的な時間を創出する点での革新性を持っているが、五線譜を基調としているのでそれほど突飛な見た目ではない。彼は他の作曲家のように[14]音符そのものの形を変える自分独自の記譜体系を作ろうとはせず、五線譜の基本的な枠組みを維持した。

 1960年代の自由な持続の記譜法では、楽譜の中の音符から符桁ふこう(音符のはたの部分)を取り去り、音符と音符とを連桁れんこう(連符を作るために用いられる音符の旗の部分)で水平方向に繋げず、音符をひとつひとつ楽譜に置いていった。このように音符と音符とを結びつけて束縛せず、せめて見た目だけでも独立させることで、楽譜の中の音符を少しでも自由にしようとしたのかもしれない。自由な持続の記譜法は、小節線の引かれた伝統的で慣習的な五線譜に比べれば革新的ではあるものの、突飛になり過ぎることもない記譜を模索していた彼なりの最良手段だったともいえるだろう。

 より精緻な五線譜による記譜法へと完全に移行した1980年のインタヴューで、フェルドマンは「少なくとも自分にとって、記譜法がその曲の様式を決める notation, at least for me, determined the style of the piece」[15]と発言している。この発言を受けて、図形楽譜または自由な持続の記譜法が五線譜に対する断絶を意味するのかとたずねられた彼は、「私はそれ(訳注:図形楽譜または自由な持続の記譜法)を本当に全く別個のものとして見なしている。ある人が彫刻も作れば絵も描くのと同じようなことだ。I saw it, very, very, differently. I saw it somebody does a sculpture and then does a painting.」[16]と答え、記譜法の選択はその時の自分の創作に適した語彙と手段であることを強調した。彼の作曲にとって記譜は音楽の様式を決める重要な事柄に変わりないが、どれを使うかはその時々によるということなのだろう。だが、実際の彼の作品変遷を見てみると、図形楽譜は1967年頃に終わり、自由な持続の記譜法は1970年代以降ほとんど用いられていない。フェルドマンは「伝統的な記譜法に回帰したことは本当になかった。I never really ‘returned’ traditional notation.」[17]と言っているものの、実際のところ1970年代以降の楽曲に用いられている五線譜の記譜法は年代が進むにつれて精度が上がって正確さが増し、彼がいう「伝統的な記譜法」にどんどん近づいて行っている。このような発言の矛盾はさておき、彼自身が言うように、記譜法がこの作曲家の音楽の様式を決めることはたしかであり、この連載でもこれまでに何度か言及してきた。1950年代、1960年代におよそ10年周期で記譜法を変えてきたフェルドマンは楽譜を書く作業をどのように捉えていたのだろうか。先に引用した1986年のミデルブルフでの講義で彼は学生たちを前にこのように語っている。

記譜法にまつわる考え方の全ては音符の配置についてのなんらかの思いつき、音符をここかあちらかに置いて、それを動かす際のアイディアを授けてくれる。私は何か形式的なことについて話しているわけではない。本能でやってのける人もいるだろうと言っているのだ。ここに音符を書けばあそこにも音符を書く。あなたたちは対位法をあまり勉強しなかったのでは?そうでしょう?ご存知の通り、対位法は楽譜のページ設計を見せてくれる点で役に立つ。すばらしいことだ。あなた方は本能の力を伸ばしている…

The whole idea about notation is to give you some idea of placement, of putting it here or there, moving the note around. I am not talking about anything formal, really. I am talking about one might even do it by instinct. You put it here and you put it there. You didn’t study much counterpoint, did you? No. Well, you see, what counterpoint does is it gives you a look of the design of the page. It’s marvelous. You develop an instinct…[18]

 本能や直感に従って音符を書いていくことと、唐突に出てきた対位法がここで対比されている。これは作曲の基本的な訓練をどれほどしたのかを問うフェルドマンから学生たちへの皮肉のようにも見える発言だが、1960年代の自由な持続の記譜法によるフェルドマンの楽曲も完璧に構築された対位法の楽譜や記譜法とは全く相容れない。従って、上記の発言は学生への皮肉であり、フェルドマン自身に対する自己批判とも解釈できる。

 本能や直感か、それとも規則や論理なのかという問いは、既存の作曲のレトリックの超克を模索したフェルドマンの創作に一貫する命題でもあった。最終的にフェルドマンは、「あなたたちはよい耳を持っている You have a good ear.」[19]と言い、対位法に長けたバッハのような俯瞰的な視野を持たなくとも作曲と記譜を発展させていく方法を学生たちに語る。フェルドマンはその具体的な方法として「正確に記譜し、それを眺めて、その楽譜の均整が取れているかどうか悩め。notate exactly and then you see and worry about the proportions」と学生たちに助言する。「だが、さらにうまくやりたいなら… もっとうまくやる方法を教えよう。とにかくもっと慎重になれ。But if you want to do it better…I tell you how to do it better. Just be more selective.」[20]と続けて彼は学生たちを鼓舞した。上記の発言から、フェルドマンにとっての作曲は、対位法のような音の設計と構築を指すのではなく、音をじっくり聴くことを通して、音を慎重に選び取り、それを楽譜に書き付けていく作業を意味するのだとわかる。だが、ここでの学生たちへの助言も素直に受け止めてよいものではない。「Durations 3」パートⅢの冒頭からしばらく続く3音の受け渡しのように、無作為に抽出されたかに見える音の配置であっても、楽譜を詳細に見ていくとそこになんらかの類縁性や関係性が浮かび上がってくることがよくある。直感的、本能的に書かれたかのように見える自由な持続による記譜でも、そこには音と音とのなんらかの関係性が必ずどこかに隠れているのだ。このことも1960年代前半のフェルドマンの楽曲の中で、楽譜と音の鳴り響きがいかに乖離しているのかを物語っているといえるだろう。

 「垂直」を発見した1960年代のフェルドマンはしばらく自由な持続の記譜法を続ける。だが、「垂直」ばかりに気を取られていては、一見よくわからない楽譜に潜む微かな関係性や類縁性を見落とす危険があり、やはり記譜された音符を水平と垂直の両方向から見ていく必要がある。引き続き、次回は自由な持続の記譜法で書かれた楽曲と、フェルドマンのいう「垂直」についてさらに詳しく考察する予定である。


[1] Morton Feldman, “Autobiography”, in Essays, Kerpen: Beginner Press, 1985, p. 38
[2] ここでフェルドマンは「Atlantis」の作曲年代を1958年、「Out of Last Pieces」の作曲年代を1960年と書いているが、パウル・ザッハー・アーカイヴでの資料調査に基づいてSebastian Clarenが作成した作品カタログ(Claren, Neither: Die Musik Morton Feldmans, Hofheim: Wolke Verlag, 2000に収録)によると、前者の作曲年代は正しくは1959年、後者の作曲年代は正しくは1961年。「Out of Last Pieces」のタイトル表記はカタログ、出版譜、CD等では「…Out of ‘Last Pieces’」とされることが多い。本稿でも引用を除いて「…Out of Last Pieces」と表記する。
[3] Ibid., p. 39
[4] Morton Feldman, Give My Regards to Eighth Street: Collected Writings of Morton Feldman, Edited by B. H. Friedman, Cambridge: Exact Change, 2000, p. 12
ここで言及されているマダム・タッソーの美術館とは、歴史上の人物や有名人の蝋人形を展示しているマダム・タッソー蠟人形館である。ロンドンを拠点に世界各国にこの蠟人形館がある。
[5] Feldman 1985, op. cit., p. 39
[6] Frank (Francesco) Sani, “Feldman’s ‘Durations Ⅰ’: a discussion”, in Morton Feldman Page www.cnvill.net/mfsani1.htm
[7] Thomas DeLio, “Toward an Art of Imminence: Morton Feldman’s Durations Ⅲ, #3”, originally published in Interface, vol. 12, 1983, pp. 465-480, published online in Morton Feldman Page https://www.cnvill.net/mftexts.htm in 2008. 今回はオンライン版を参照したので引用した箇所のページ数は不明である。
[8] Ibid.
[9] Feldman, For Franz Kline, Edition Peters, EP 6984, 1962.
[10] ここでの「ジェスチャー」は、先に引用したDeLioの用法(3つの楽器の全体的な響きから生じるテクスチャーの意味)とやや異なり、曲中に現れる各パートの音の連続とその動きを意味する。
[11] Feldman 2000, op. cit., p. 25
[12] フェルドマンの著述や講義録に掲載されているいくつかのイラストや図を見る限り、彼には絵画の才能とセンスがなかったことがわかる。
[13] Morton Feldman, Words on Music: Lectures and Conversations/Worte über Musik: Vorträge und Gespräche, edited by Raoul Mörchen, Band Ⅰ, Köln: MusikTexte, 2008, p. 58
[14] 例えばフェルドマンやケージとも親交のあったヘンリー・カウエル Henry Cowell(1897-1965)は1930年にNew Musical Resourcesを出版し、既存の五線譜とは異なる自分独自の理論と記譜体系の構築を試みた。
[15] Morton Feldman Says: Selected Interviews and Lectures 1964-1987, Edited by Chris Villars, London: Hyphen Press, 2006, p. 91
[16] Ibid., p. 91
[17] Ibid., p. 91
[18] Feldman 2008, op. cit., p. 296
[19] Ibid., p. 298
[20] Ibid., p. 298

高橋智子
1978年仙台市生まれ。Joy DivisionとNew Orderが好きな無職。

(次回更新は11月15日の予定です)

あれでもなくこれでもなく〜モートン・フェルドマンの音楽を知る(6) 1960年代前半の創作 音色の観点から

(筆者:高橋智子)

 前回は、1954年にケージらニューヨーク・スクールとして近しい関係にあった仲間たちがマンハッタンを離れたことをきっかけに、フェルドマンの音楽にも若干の変化が見られた様子をたどった。彼の音楽様式が記譜法の変遷と連動していることは初回に述べたとおりで、このことは1960年以降の創作を語る際にも当てはまる。連載6回目にしてようやく1960年代に入った今回は、記譜法の議論に入る前に触れておきたい、フェルドマンのこの当時の音楽における音色や楽器編成に焦点を当てる。

1. フェルドマンの映画、映像音楽

 ケージたちが1954年頃を境にマンハッタンを離れてからも、フェルドマンはこの地にとどまった。ハンス・ネイムス監督によるポロックの映像作品へ音楽を書いたり、ヨーロッパ・ツアーに出たケージとチュードアを介して作品が演奏されたり、1962年にペータース社と楽譜出版の契約を結んだりと、この頃のフェルドマンは作曲家としてのキャリアを順調に積み上げているかのように見えるが、実はまだ専業作曲家になってはいなかった。当時も彼は家業である子供服会社で働いて生計を立てていた。1963年のある日、そんな彼の様子を見た作曲家のルーカス・フォスはフェルドマンが作曲に専念できるよう、彼のために大学教員のポストを探すが、この時点ではフォスの尽力は実らなかった[1]。このような事情で、フェルドマンは1960年代のある地点まで昼間は子供服会社で働きながら音楽活動を続けていた。

 1960年代のフェルドマンの創作において看過できないジャンルとして映画や映像のための音楽が挙げられる。フェルドマンは1960年から1969年の間にいくつかの映画音楽と映像作品の音楽を書いている。また、実際には制作されなかった映画のために書かれたと思われるスコアも残存している。[2]

[フェルドマンが1960年代に手がけた映画と映像の音楽][3]

Something Wild (1961) 監督:Jack Garfein 約113分
The Sin of Jesus (1961) 監督:Robert Frank 約37分
Willem De Kooning: The Painter (1961) 監督:Hans Namuth&Paul Falkenberg 約14分
Room Down Under (1964) 監督:Dan Klugherz(1964) 約64分
Time of the Locust (1966) 監督:Peter Gessner 約13分
American Samoa: Paradise Lost? (1969) Dan Klugherz 約55分

 上記のリストの1番目「Something Wild」はブロンクスとマンハッタンを中心に撮影され、当時のニューヨークの街並みを知るうえでも貴重な作品と見なされている。この映画がフェルドマンにとっての本格的な長編映画音楽デビューになるはずだった。だが、彼が書いた音楽はこの映画に採用されなかった。ジャック・ガーフェイン監督の妻だったキャロル・ベイカー演じる主人公、メアリー・アンが映画の冒頭でレイプされるシーンにフェルドマンはチェレスタ、ホルン、弦楽四重奏による変ホ長調の短い曲(「Mary Ann’s Theme」として録音されている)を書いたのだ。この曲がガーフェインの逆鱗に触れて彼はこの映画音楽を降板させられる[4]。彼の代わりを務めたのは既に映画音楽の作曲家としての実績を充分に持っていたアーロン・コープランドだった。

コープランドの音楽によるメアリー・アンのシーン
https://www.cnvill.net/SomethingWild-Copland.mp4

フェルドマンの音楽によるメアリー・アンのシーン
https://www.cnvill.net/SomethingWild-Feldman.mp4

Aaron Copland/ New York Profile (opening theme of Something Wild) (1961)

 当初フェルドマンが書いたサティ風の幻想的な変ホ長調の音楽と、コープランドによる劇的な効果を活かした緊張感の高い音楽を同じシーンで聴き比べてみてほしい。理屈のうえでは、どんな音楽もその映画の映画音楽になりうるのだとしばしば言われるが、フェルドマンとコープランドの音楽を並べてみた場合、生きる目的を失いつつも自分の道を見つけようともがき続ける若者の様子を描いたこの映画にはコープランドが適任だったと思い知らされる。後にコープランドはこの映画音楽を独立した管弦楽曲「Music for a Great City」(1964)として再構成した。

Copland/ Music for a Great City (1964)

 「Something Wild」での降板劇をふまえるとフェルドマンは映画や映像の内容と背景を一切省みず傍若無人に音楽を書いた作曲家のように思えるが、決してそうではない。1951年に制作されたジャクソン・ポロックの短編ドキュメンタリー映像でのフェルドマンの音楽を評価していたハンス・ネイムスとパウル・ファルケンベルクは、ウィレム・デ・クーニングに迫った短編ドキュメンタリーで再び彼に音楽を依頼した。この時のフェルドマンの音楽は無事に映像に使われている。フェルドマンはこの映像のために作曲した「De Kooning」を「(ポロックのドキュメンタリー映像の音楽のチェロのデュオとは対照的に)映像の文脈がなくても独り立ちできる viable even without the film context (as opposed to the Pollock duo)」[5]曲とみなし、その完成度にある程度満足していたようだ。出版された楽譜においてはデ・クーニングのドキュメンタリー映像のことは言及されていない。現に、フェルドマンの楽曲リストの中で「De Kooning」は映画音楽ではなく独立した楽曲として位置付けられている。

 結局は採用されなかった「Something Wild」のサティ風の小曲の例からわかるように、フェルドマンの映画音楽は、音楽における抽象性を探求し続けた彼の「通常の」楽曲とは明らかに趣が違う。職業映画音楽家ではない作曲家にとって、映画や映像の音楽は既に確立された作曲家としてのパブリック・イメージとは違う音楽を書く実験の場でもある。このことはフェルドマンにも当てはまるだろう。これまでこの連載でとりあげてきた彼の楽曲のほとんど全ては、標題を持たず(放棄している、背を向けているともいえる)、旋律(メロディ)や伴奏といった声部間の明確な機能と役割分担もほとんどなく、その概要の説明に骨の折れる類の音楽である。だが、例えばサモア諸島の東側、アメリカ領サモアの人々の生活を追ったドキュメンタリー「American Samoa: Paradise Lost?」のための音楽を聴くと、やはりフェルドマンも映画音楽の中で普段の彼のパブリック・イメージとは違うことを大胆に行っていたのではないかと考えられる。

 「American Samoa: Paradise Lost?」はサモア諸島の人々の暮らしと、アメリカ統治下で彼らが直面している様々な社会問題を扱ったドキュメンタリーだ。当然ながら、フェルドマンはサモアの風土や文化を彷彿させる要素をこの音楽に何一つとりいれていない。青年がカヌーで海に繰り出す冒頭のシーンには、ハープの伴奏によるコルネットの穏やかで素朴な旋律の音楽がつけられている。この旋律にはしばしばフェルドマンが単音楽器に課す1オクターヴ以上にもおよぶ極端な跳躍や、三全音などの不穏な音程がほとんど用いられておらず、人間が無理なく身を委ねることのできる自然な音楽の流れが形成されている。このコルネットの旋律はフルートなど他の楽器でもその都度少しずつ違うかたちで演奏されることから、この映画音楽におけるライトモティーフのような機能を持っているともいえる。コルネットによる旋律の他に、チェロ、トロンボーン、マリンバ、ヴィブラフォン、ピアノで構成された輪郭のはっきりした快活な曲が劇中で何度か聴こえてくる。もしも、このような雰囲気の曲を「Something Wild」のために書いていればフェルドマンは降板させられなかったかもしれないが、「American Samoa」でのフェルドマンによる仕事ぶりから彼は映画音楽の作曲家としての任務を果たしていて、その能力も充分に持っていたことがわかる。従来のフェルドマンの曲に慣れている人にはこの映画における一連の穏やかで、時にロマンティックな音楽がかえって不気味にも聴こえ、裏に何かあるのではないかと勘ぐってしまいたくなるだろう。しかし、何度聴き返してもこの映画音楽には聴き手を不安にさせる要素はほとんどないので最初から最後まで安心して聴くことができるし、映画を観る際の妨げにもならない。

American Samoa: Paradise Lost?
part 1 https://www.youtube.com/watch?v=pF3wieHjtPM
part 2 https://www.youtube.com/watch?v=ssrzxlTePfA

 旋律は従来のよく知られたフェルドマンの音楽において異例で特殊な要素だ。だが、60年代に彼が映画音楽で試みた旋律による実験は一過性のものではない。フェルドマンは映画音楽で初めて旋律を書いたわけではなく、既に1947年、ライナー・マリア・リルケの詩に曲をつけた無伴奏の独唱曲「Only」を作曲している。また、旋律の要素は60年代以降の創作の一部に引き継がれている。未出版だが、フェルドマンは1960年にボリス・パステルナークの詩に曲をつけたピアノ伴奏付き歌曲「Wind」を作曲している。70年代を代表する楽曲「The Viola in My Life 1-4」(1970-71)と「The Rothko Chapel」(1971)にも旋律が現れる。これらの楽曲での旋律はシナゴーグの鐘の音に触発されたといわれているが「American Samoa」でのコルネットの旋律ともそう遠くない関係に聴こえる。映画や映像の音楽に着目すると、その作曲家のこれまでの創作やその後の動向を知る手がかりとなる。映画音楽の中で突然出てきたように見えるフェルドマンの旋律だが、このように視野を広げて見てみると、彼の創作の変遷において旋律の要素が実は密かに連続しているとわかる。

Feldman/ Only (1947)

2. 60年代前半の室内楽曲の編成 

 先に触れた「Something Wild」や「American Samoa」の音楽ではチェレスタ、ヴィブラフォン、コルネット、ハープといった、50年代までの楽曲にはほとんど登場しなかった楽器が用いられている。この傾向はフェルドマンの映画音楽に限ったことではなく、「通常の」彼の音楽も1960年頃から楽器の編成に変化が見られる。むしろ彼の音楽全体が1960年前後を境に新たな段階に突入したといった方がよいかもしれない。1950年代のフェルドマンの楽曲に頻繁に用いられているのはピアノ、チェロ、ヴァイオリン、フルートで、図形楽譜による室内楽編成の楽曲にはトランペット、ホルン、チェレスタがしばしば登場する。1960年に始まる「Durations」シリーズを皮切りに風変わりな編成による室内楽作品がこの時期のフェルドマンの作曲の中心となっていく。1960年以降の室内楽編成の楽曲に頻出する楽器として、主にフルート、アルトフルート、ホルン、トランペット、トロンボーン、チューバ、ヴィブラフォン、打楽器、ハープがあげられる。1961年の図形楽譜の楽曲「The Strait of Magellan」でのエレクトリックギターの使用と1963年の無伴奏の合唱曲「Christian Wolff in Cambridge」も1950年代までのフェルドマンの楽曲には見られなかった試みだ。1960年代前半の主な室内楽作品の編成を見てみると、この時点でフェルドマンが用いた木管楽器は主にフルートとアルトフルートで、オーボエ、クラリネット、ファゴットはほとんど使われていない。弦楽器と金管楽器には偏りがないものの「Durations 3」はヴィオラとピアノにチューバという、やはりあまり見慣れない組み合わせでできている。「Vertical Thoughts」3と5、「For Franz Kline」など、この時期のいくつかの楽曲には声のパートもアンサンブルの一員として登場する。「Vertical Thoughts」3と5ではヘブライ語で書かれたユダヤ教の聖典タルムードTalmudの詩篇 Psalm第144篇からの1節を英訳した「life is a passing shadow」がテキストとして用いられている。「Vertical Thoughts 5」においては、チューバとティンパニと太鼓類が轟く中でソプラノがひきのばされた1音にテキストのうちの1語か2語をのせて歌う。ソプラノが1音ないし1語を歌い終わると、次の音が出てくるのはそれからしばらく間を置いてからだ。このように途切れ途切れの断片としてソプラノの声部が書かれているので、この声は歌の旋律とはいえないかもしれない。通常、楽器の音に対して人間の声は聴き手に特別な注意を引くが、曲が進むにつれて、ソプラノの声色としての認識さえ曖昧になってくる。ここでのソプラノはどちらかというと楽器のパートと同等な一声部の意味合いが強いといえるだろう。打楽器にかんしては、フェルドマンのこの時期の楽曲ではヴィブラフォンが、鍵盤楽器にかんしてはピアノの他にチェレスタが頻繁に用いられている。チェレスタは1970年代以降の楽曲にも特によく登場し、多くの場合、ピアノ奏者がピアノとチェレスタを兼ねている。映画と映像の音楽においてもこの2つの楽器の音が聴こえてくる瞬間がいくつもあり、70年代、80年代の楽曲でもこれらの楽器の登場回数が多い。

Feldman/ The Straits of Magellan (1961)
Feldman/ Christian Wolff in Cambridge (1966)
Feldman/ Vertical Thoughts 5

1960年代の主な室内楽曲の編成
Durations (1960-1961)
1: アルトフルート、フルート、ピアノ、ヴァイオリン、チェロ
2: チェロ、ピアノ
3: ヴィオラ、チューバ、ピアノ
4: ヴィブラフォン、ヴァイオリン、チェロ
5: ホルン、ヴィブラフォン、ハープ、ピアノ/チェレスタ、ヴァイオリン、チェロ

The Straits of Magellan (1961): フルート、ホルン、トランペット、ハープ、エレクトリックギター、ピアノ、コントラバス

Vertical Thoughts (1963)
1 : 2台ピアノ
2 : ヴァイオリン、ピアノ
3 : ソプラノ、フルート/ピッコロ、ホルン、トランペット、トロンボーン、チューバ、打楽器2(トムトム、ティンパニ、アンティーク・シンバル、ゴング、ヴィブラフォン、モーター付きグロッケン)、ピアノ/チェレスタ、ヴァイオリン、チェロ、コントラバス
4 : ピアノ
5 : ソプラノ、チューバ、打楽器(大太鼓、トムトム、ティンパニ、アンティーク・シンバル)、チェレスタ、ヴァイオリン
*6番、7番は未完

For Franz Kline (1962): ソプラノ、グロッケンシュピール、ピアノ、ヴァイオリン、チェロ、チャイム

De Kooning (1963): ホルン、打楽器(テナードラム、大太鼓、アンティーク・シンバル、ヴィブラフォン、モーター付きグロッケン)、ピアノ/チェレスタ、ヴァイオリン、チェロ

 上記の一覧を見ると、たしかにこの時期からフェルドマンの楽曲は編成の幅が広がっている。しかし、彼はこれらの試みを通して楽器や声固有の豊かな音色の世界を探求していたのではない。むしろフェルドマンの場合はその逆で、楽器や声の音の特性を引き出すよりも覆い隠す方に注力する傾向が見られ、それぞれのパートを出どころのわからない音として響かせようとしていた。この傾向は1962年の「For Franz Kline」でも顕著だ。この曲は1961年5月13日に脳卒中で急逝した抽象表現主義の画家、フランツ・クライン[6]を偲んで作曲された。この曲はフェルドマンが親しい友人の名前をタイトルに付けたシリーズの最初の作品でもある。グロッケンシュピールとチャイムが用いられているので、きらびやかな音の響きを期待してしまうが、実際の鳴り響きは必ずしもそうとはいえない。グロッケンシュピールとチャイム、そしてホルンが用いられているにもかかわらず、なぜかくすんだ音色が聴こえてくるのだ。もしもクラインとフェルドマンの創作の態度に通じる事柄があるならば、それは絵画における色彩と音楽における音色の関係に見出すことができるだろう。

Feldman/ For Franz Kline (1962)

 クラインの晩年はあたかも色彩を邪魔者として扱うか[7]のような、黒と白のモノトーンを基調にした作風だった。絵画なのに色彩を邪魔とみなし、用いる色を黒と白に限定するクラインのやり方は、楽器本来の音色の魅力を引き出すのではなく全体的にくすんだ響きを志向したフェルドマンの書法と重なっている。Bernardはこの曲の音色の特徴を楽器の組み合わせ、抑制されたダイナミクスと最小限のアタック、楽器と声との垂直な(和音として重なる音)組み合わせの3つの観点から述べている[8]。1つ目の楽器の組み合わせについては、フェルドマンの楽器法がその楽器の特性を活かす音型をあえて回避していることが指摘されている。たとえば、呼吸に基づいた滑らかな連続と持続は声(ソプラノ)の音楽的な特徴の1つだが、フェルドマンはこの曲において断片的な音型や単音をソプラノのパートに課すことが多い。

ホルン、歌詞のないソプラノ、チャイム、ヴァイオリン、チェロの組み合わせは最大限「カラフルに」することを狙っているように思えるが、実際、この組み合わせはまったくそんな風に鳴り響かないのだとわかる。奇妙なまでに個性が抑制されている効果の理由は、これらの楽器が「通常の」オーケストレーションの中でその楽器だとわかるような固有の音型やパッセージの中で用いられていないからだ。これらの楽器は単音で構成された声部、安定しない時間の中でひきのばされた、あるいは孤立した和音の中に現れる。時間的に隣接しているソプラノの音高は、跳躍によって分断されていて、たいていの場合大きく離されている。

The combination of horn, wordless soprano, piano, chimes, violin, and cello seems destined to be “colorful” in the extreme. Yet somehow it turns out not to sound that way at all. One reason for the curiously neutral effect is that the instruments are not displayed in any of the characteristic figures or passagework that often serve to identify them in “normal” orchestrational situations: the parts consist of single notes, sustained for varying lengths of time, or isolated chords; the soprano’s temporally adjacent pitches are all separated by leaps, usually large ones.[9]

 2つ目の、全体的に低く抑えられたダイナミクスと最小限に留められたアタックは、「パート間に生じるはずの差異を均すことにつながる (which) tends to smooth out the differences that might emerge among the instruments in these dimensions」[10]効果に一役買っている。通常、声、弦楽器、管楽器、打楽器、ピアノといった種類の異なる音色を用いる目的は多様な響きを獲得するためだが、フェルドマンは違う。彼は様々な種類の音色を駆使してモノトーンを目指しているのだ。これは絵の具を何色も混ぜていくと最後には黒や茶色のよくわからない色に行き着いてしまう現象とも似ている。3つ目の楽器と声との垂直な組み合わせは各パートが同時に響くことを意味し、Bernardは3つの中で最も重要な事柄とみなしている。

3つ目の要因はおそらく何よりも重要だ。それは楽器と声が作り出す垂直な組み合わせで、そのどちらも慣習的な楽器や声として認識されない。響きに対するフェルドマンの完全に独創的な耳(訳注:聴き方)は、どのパートが最も低く、どのパートが最も高く、どのパートがその中間なのかをしばしばフラストレーションを感じながら特定しようと試みる練習であることを意味する。

A third factor, perhaps the most important of all, is the kind of vertical combinations that the instruments and voice form, none of which are recognizable as conventional. Feldman’s utterly original ear for sonority means that it is often an exercise in frustration to try to identify which part of lowest, which highest, which in between.[11]

 この3つ目の指摘は若干の説明が必要だ。フェルドマンの多くの曲、特に50年代のピアノ曲によく見られるのが、例えばC4からD3のように隣接した音高間の移行を、あえて1オクターヴかそれ以上の広い間隔で行うことによって音の高低の間隔と感覚両方をあいまいにさせる手法だ。曲中、この手法が和音の重なりとして試みられている。これまで、この手法はある音からある音へ移る際に用いられてきたが、今度は同時に鳴らされるひとまとまりの音の中で音の高・中・低の感覚を混乱させようとしているのだ。実際に、この曲の中でどの音がどのパートによるものなのかをスコアを見ずに聴き分けるのはあまり簡単ではない。冒頭にテュッティで鳴らされる和音でさえ、ホルンとソプラノとチェロという全く違う種類の音なのに、どれがどのパートの音なのかを正確に特定するにはある程度訓練された耳でないと難しい。それぞれの楽器の音色と、その楽器の特性を活かした音楽に慣れてしまった私たちの耳は、この曲のように楽器の個性をできるだけ抑えた響きに対してBernardがいう「フラストレーション」を感じてしまうだろう。「For Franz Kline」を聴いて、それぞれのパートが特定できなければできないほど、この曲でのフェルドマンの試みは成功しているともいえる。

 詳しくは次回に解説する予定だが、この曲のスコアは拍子や小節線のない自由な持続の記譜法で書かれている。曲の随所に記された数字とその上に書かれたフェルマータは通常の五線譜における全休符と同じ役割である。Bernardはフェルマータで記された休止と静止の空間をクラインのモノトーンの絵画における白の部分に、音符を黒の部分に見立てている[12]。しかし、この曲では静寂と音とがはっきりと区分けされておらず、白と黒とが混ざり合った灰色の状態を作り出している。これをBernardは次のように描写する。

実際にこの曲の静寂の性質は音の性質と不可分で、音の響きは1つ、2つ、3つかそれ以上の楽器が同時に鳴っている事実を以ってしても、はっきりと階層付けられるわけではない(おそらくその理由の一部として、同じタイミングでのアタックであれ、楽譜の中の音符が記譜された通りのタイミングで同時に鳴ることがほとんどないからだ)。

The quality of silence in this work, actually, is inseparable from the quality of sound, in which sonorities are not markedly hierarchized by the fact of one, two, three, or more instruments sounding at once (probably in part because notes sounding at the same time are rarely if ever attacked at the same time).[13]

 前回とりあげた「Piece for 4 Pianos」と同じく、この曲でも記譜と実際の鳴り響きが完全に一致しない。一斉に始まる冒頭を除いてそれぞれのパートが各自のペースで進むので、楽譜の上では同じタイミングで垂直に整然と重なっている音やフェルマータであっても実際はそれぞれの出来事が起こるタイミングには微妙なずれが生じる。フェルドマンは各パートの随所にフェルマータを記すことで音の鳴っていない状態を作り出しているが、この曲ではすべてのパートに同じタイミングでフェルマータが付けられている箇所はなく、いくつかのパートにフェルマータが付いていようと常にどこかで音が鳴っている。このようなはっきりしない音と静寂の混ざり合いも、フェルドマンにとってはモノトーンの音楽を具現する1つの手段だったのだろう。

 通常、音楽における豊かな色彩の感覚は概ね肯定的な特性として歓迎されるはずだが、フェルドマンは「For Franz Kline」において「豊かな」音色や色彩という美的価値観とは逆のことを試みているのだ。この曲に見られるように多様な楽器を用いるが、その楽器の特性を活かすのではなくて、できるだけ抑えることで、どっちつかずのよくわからない音響を創出する手法は1960年代のフェルドマンが新たに到達した境地の1つでもある。

3. 打楽器作品における音色へのアプローチ 「The King of Denmark」

 図形楽譜の楽曲でもフェルドマンは楽器法と音色に対する独自のアプローチを追求していた。1964年に作曲された「The King of Denmark」は打楽器の独奏曲で、フェルドマンの楽曲の中では演奏される頻度が高い。この曲のスコアはこれまでに紹介してきた図形楽譜の楽曲――「Intersection」シリーズ(1951)、「Ixion」(1958)――とほとんど同じ形態をとっていて、縦の段が音域、横の方向が時間の経過を示す。他の図形楽譜の楽曲と同じく具体的な音高は記されず、マス目(スコアの指示書では四角形、またはボックスと記されている)に演奏すべき音の数と演奏指示が記されている。テンポは1つのマス目あたり1分間に66-92と幅がある。図形楽譜を約5年ぶりに再開した1958年以降の楽曲ではマス目に装飾音や八分音符も書かれるようになり、50年代前半の図形楽譜よりも緻密になったことは前回解説したとおりだ。「The King of Denmark」の最後はヴィブラフォンと、グロッケンシュピールかアンティーク・シンバルで演奏する音が五線譜で書かれており、フェルドマンの図形楽譜の書法に新たな側面が加わっている。

The King of Denmark (1964) スコアと演奏を同期させた映像
The King of Denmark (1964) 同じ演奏者による演奏の映像

 この曲で興味深いのはやはり打楽器の種類と音色との関係である。予め明記されているゴング、シンバル、トライアングル、ティンパニ、ヴィブラフォン以外の楽器の選択は演奏者に委ねられている。スコア冒頭には以下の演奏指示が記載されている。

  1. グラフに記された高・中・低の四角形1つをMM 66-92のテンポとみなす。最上段あるいはそれより少し上の場所は最高音域。最下段あるいはそれより少し下の場所は最低音域。
  2. 数字は1つの四角の中で演奏される音の数を示す。
  3. 全ての楽器はスティックやマレットを使わずに演奏しなければならない。演奏者は指、手、あるいは腕のどの部分を使って演奏してもよい。
  4. ダイナミクスは極端に抑えてできるだけ均等に。
  5. 太い水平線[14]はクラスターを示す。(可能ならば様々な楽器で演奏すべき)
  6. ローマ数字は同時に鳴らす音の数を示す。
  7. (高・中・低の四角の全部に及ぶ)大きく書かれた数字は全ての音域でどのような時間のシークエンスでも演奏できる単音を示す。
  8. 破線は引きのばす音を示す。
  9. ヴィブラフォンはモーターを使わずに演奏する。
  • 各種記号:
    • B ベルのような音
    • S 膜鳴楽器(訳注:あるいは太鼓類)
    • C シンバル
    • G ゴング(訳注:銅羅)
    • R ロール
    • T. R. ティンパニのロール
    • △ トライアングル
    • G. R. ゴングのロール
  1. Graphed High, Middle and Low, with each box equal to MM 66-92. The top line or slightly above the topline, very high. The bottom line or slightly beneath, very low.
  2. Numbers represent the number of sounds to be played in each box.
  3. All instruments to be played without sticks or mallets. The performer may use fingers, hand, or any part of his arm.
  4. Dynamics are extremely low, and as equal as possible.
  5. The thick horizontal line designates clusters. (instruments should be varied when possible.)
  6. Roman numerals represent simultaneous sounds.
  7. Large numbers (encompassing High, Middle and Low) indicate single sounds to be played in all registers and in any time sequence.
  8. Broken lines indicate sustained sounds.
  9. Vibraphone is played without motor.
  • Symbols Used:
    • B-Bell-like sounds
    • S-Skin instruments
    • C-Cymbal
    • G-Gong
    • R-Roll
    • T. R.-Tympani roll  
    • △- Triangle
    • G. R.-Gong roll [15]

 即興演奏と混同される可能性や、演奏者の手癖やパターンが入り込んでしまう余地のあった50年代の図形楽譜に比べると「The King of Denmark」は具体的で明確な演奏方法が記されているように見える。だが、スコアにはこの演奏指示には含まれていない記号がいくつか存在する。クラスターは太線で示されているが、曲中にはグリッサンドも登場する。斜線がグリッサンドを示し、1つの音域で完結していることもあれば、複数の音域をまたぐこともある。装飾音もしばしば登場するが演奏指示では言及されていない。たいていのフェルドマンの楽曲における装飾音はあまり速すぎないように演奏することが指示されているので、おそらくこの曲の装飾音にも同じ演奏方法が適用される。数字のみが記されている箇所ではその音域に即した楽器を選んで、その数字と同じ数の音を1つのマス目の中に収まるように演奏しなければならない。これは最初期の図形楽譜「Projections」シリーズから一貫した方法だ。初期の図形楽譜はほとんどがチェロ、ピアノ、ヴァイオリンなど音高のある楽器で演奏されるため、マス目に書かれた数字の数だけ指定された音域内で異なる音高を演奏すれば、音高による差異の効果が音楽にもたらされる。打楽器で演奏され、さらに楽器の選択も演奏者に任されているこの曲では、初期の図形楽譜の場合とやや事情が異なる。例えば冒頭の高音域のマス目に7と書かれた場所では、この7つの音を高音域の同じ楽器、同じ音色で演奏しても間違いではない。しかし、できるだけ違った種類の楽器や音色で高音域の7つの音を鳴らした方がより多様な音色による効果が得られるのも事実だ。リンク先の映像では、演奏者はこの7音をガラスの皿、陶器、鈴、カウベル、小型の太鼓など様々な楽器で鳴らしている。選択肢が広がった分、演奏者は効果的な楽器の組み合わせを考える必要がある。

 冒頭の7音のように、異なる楽器の組み合わせによる多様な音色を狙った箇所もあれば、同属の楽器の響きでの演奏が各種記号や文字によって指定されている箇所もある。スコア1ページ目2段目の後半はゴング、2ページ目の2段目の後半は皮(膜鳴楽器)、3段目はシンバルが指定されている。3ページ目1段目はベルのような音がこの段の半分以上を占めている。ゴングとシンバルの場合は大きさや種類の異なるそれぞれの楽器を用意すれば3つの音域に応じた音を出すことができる。だが、3ページ目の「ベルのような音」の指示はやや漠然としていて、演奏者に音のイメージの構築が求められる。リンク先のスコア付きの映像では4分11秒、演奏の映像では4分18秒頃からこの「ベルのような音」の箇所が始まる。この演奏では演奏者は大きなカウベル、アンティーク・シンバル、ヴィブラフォン、金属製のボウルなどを使ってベルのような音を作り出している。この「ベルのような音」は金属の音とも解釈できるが、この曲の演奏とその分析を行った打楽器奏者のDaryl L. Prattは、トライアングルのパートが別個に三角形の記号で書かれているので、ここに含めない方がよいという見解を示している[16]。演奏実践の視点から考えると、この曲では奏法、音色、楽器の属性が響きの性格を決める重要なパラメータとして機能しているといえる。では、フェルドマンは打楽器の音色についてどのように考えていたのだろうか。

 実際のスコアの演奏指示と違いがあるが、1983年のジャン・ウィリアムズによるインタヴューの中で、この曲を作曲した当時フェルドマンは打楽器の音を楽器の大きな一群とみなし、金属、ガラス、木の音に分類した[17]と語っている[18]。だが、これらの分類に基づくそれぞれの音は金属製の楽器で金属の音を出すことや木製の楽器で木の音を出すことを必ずしも意図しているのではなく、どんな種類や素材の打楽器でも「耳にとって金属のように聴こえる音、ガラスや木に聴こえる音sounded like metal, sounded like glass and wood to the ear」[19]を出すことができればこの分類に適った音になる。「The King of Denmark」は奏者が指定された箇所にどの楽器を割り振るかによって演奏の結果生じる音の響きが大きく変わってくる点で不確定性の音楽である。だが、演奏指示とスコア、そして上記の発言から、フェルドマンはどこをどの音色で演奏すべきか、この曲の中で自分が理想とする音色のイメージをある程度具体的に持っていたようにも思われる。おそらくここで彼が求めていたのは、その出自が特定されている「〜という楽器の音」よりも、出どころのあまりはっきりしない「〜のような音」や、既存の楽器から生じる「〜とは思えない音」だったのかもしれない。通常、打楽器は様々な度合いのアタックがその音響や音色を特徴付けるが、スティックとマレットを用いた演奏を禁じたこの曲では、従来の打楽器奏法では得られないアタックの音響的な効果も期待されている。

 フェルドマンによれば「The King of Denmark」はガムラン音楽、ジョン・ケージの1940年代初期の楽曲、ヴァレーズの楽曲をモデルにして書かれた[20]。彼はロングアイランドのビーチに座って数時間でこの曲を書き上げた時の様子を次のようにふりかえっている。

作曲していた時の記憶を実際に呼び起こすことができる――遠くで微かに聴こえる子供たちの声、トランジスターラジオの音、ブランケットを敷いた他の人たちの場所から漂う会話といった音がこの曲に入り込んできたことを覚えている。私が言っているのはこの種の断片のことだ。私はこの断片にとても大きな印象を受けた。長く続かない物事の印象がこの曲のイメージとなった。それは周りで起きていたことのイメージだ。このイメージを補強するために、いかなるマレットも使わず、指と腕を使うことを思いついた。そうすることで全部の音がそこにただ漂っては消え、長い時間そこに残らないのだ。

And I can actually conjure up the memory of doing it—that kind of muffled sound of kids in the distance and transistor radios and drifts of conversation from other pockets of inhabitants on blankets, and I remember that it did come into the piece. By that I mean these kinds of wisps. I was very impressed with the wisp, that things don’t last, and that became an image of the piece: what was happening around. To fortify that, I got the idea of using the fingers and the arms and doing away with all mallets, where sounds are only fleetingly there and disappear and don’t last very long.[21]

 これを読むと、フェルドマンがビーチで見聞きした様々な出来事とその音の断片がこの曲の音の響きのイメージを形成していることがわかる。彼は、打楽器奏者がスティックやマレットを使わず、全ての楽器を自身の指と腕で演奏しなければならないアイディアを作曲中に思いついたといっているが、これについては別の説がある。1964年秋に行われたニューヨーク・アヴァンギャルド・フェスティヴァルでこの曲を初演したマックス・ノイハウスによれば、指や手だけを用いる演奏はフェルドマン立ち合いのもとで行われた練習の中で現れたアイディアだったらしい。

2回目と3回目のセッションでも彼(フェルドマン)はまだ「違う、音が大きすぎる、うるさすぎる」と強く主張した。打楽器科の学生だった頃、コンサートが始まる直前のステージで自分たちのパートをいつもどのように練習していたかを突然思い出した。観客に自分たちの練習の音が聴こえないようにスティックではなくて指を使っていたのだ。私はスティックを下に置いて、自分の指だけで練習した。モーティは仰天して「それだ、それだ!」と叫んだ。

In the second or third session, he was still insisting, ‘no, it’s too loud, too loud’. I suddenly remembered how, as percussion students, we used to practice our parts on stage just before a concert started. In order that the audience not hear us, we used our fingers instead of sticks. I put down my sticks and started to play with just my fingers. Morty was dumbstruck, ‘that’s it, that’s it!’ he yelled.[22]

 2人の間での記憶の違いがどうであれ、打楽器曲にもかかわらず「The King of Denmark」ではフェルドマンの他の多くの楽曲と同じく、できるだけ控えめに、ダイナミクスを抑えた演奏が求められる。具体的な楽器の種類が全て特定されていないものの、太鼓類やトライアングルでアタックや音量を曲の間中できるだけ抑えて、しかも可能な限り平坦なダイナミクスで演奏しなければならない。この点からも先に触れた「For Franz Kline」と同じく、この曲はその楽器本来の特性を活かす書法とは逆の方法で書かれているといえる。

 最初から最後までダイナミクスを控えめに静かに演奏しなければならないことの狙いには、実は別の背景がある。エバーハルト・ブルームによれば、フェルドマンはニューヨークでカールハインツ・シュトックハウゼンの「Zyklus」(1959)を聴いた後、自身の打楽器曲(「The King of Denmark」)を「「Zyklus」に対するアメリカ的な返答 the American answer to “Zyklus”」[23]と述べた。シュトックハウゼンの「Zyklus」はトムトムやログドラムの強打が印象的な、どちらかというと「うるさい」類の楽曲だ。一方、「The King of Denmark」は終始アタックとダイナミクスを抑えて演奏される「静かな」類の楽曲である。誰か(シュトックハウゼン)が大きな音の打楽器曲を書いたので、自分(フェルドマン)は大きくない音の打楽器曲を書いてみたといったところだろうか。「Zyklus」の存在を視野に入れることで、打楽器曲にもかかわらずフェルドマンが静かさや最小限のアタックにこだわった理由がより明確になる。

 フェルドマンは作曲が終わってからこの曲に「The King of Denmark」とタイトルをつけた。タイトルについて彼は「長続きしないもの、はかなさ、絶対的に静寂であることへの哀愁があった。There was something about the wistfulness of things not lasting, of impermanence, and of being absolutely quiet.」[24]と語っている。作曲当時のフェルドマンはこれらのイメージと、第二次世界大戦期のナチスに抵抗してダビデの星をつけ、何も言わずに街を歩き回ったデンマーク王クリスチャン10世の逸話とを重ねた[25]。クリスチャン10世の逸話は事実とは異なるという説があるが、ダビデの星をつけた彼の行動は無言の抵抗の象徴として今も語り継がれている。なぜクリスチャン10世がビーチにいたフェルドマンに去来したのか、彼自身その理由を明かしていないが、この2つは「その時の自分の頭の中で強く結びついていた。there was a strong connection in my mind at that time」[26]。一方、ブルームは「The King of Denmark」をフェルドマンの他の楽曲には見られない唯一の政治的な性質を帯びた楽曲だとみなしている[27]。デンマーク王クリスチャン10世にまつわる逸話をふまえると、この曲は音から人間に対する無言の、あるいは小さな声での抵抗とも考えられるのかもしれず、フェルドマンが人の手によって音を操作する、秩序付けることについて逡巡し続けていた作曲家だったことも思い出される。1960年代の彼の創作においても「音そのもの」は引き続き重要な命題として彼につきまとっていた。

 今回は映画音楽、室内楽、図形楽譜の楽曲における音色の観点から1960年代前半のフェルドマンの創作をたどった。ここでとりあげたいくつかの例からわかるように、彼は音色に対しても独自の考え方を持っていた。次回は1960年代の五線譜の楽曲の大半を占める、自由な持続の記譜法について考察する予定である。


[1]Morton Feldman Says: Selected Interviews and Lectures 1964-1987, Edited by Chris Villars, London: Hyphen Press, 2006, p. 265
[2] “Untitled film music”としてCD, Morton Feldman: Something Wild-Music for Film(KAI0012292, 2003)に収録されている。この映画音楽集の詳細はhttps://www.gramophone.co.uk/review/feldman-something-wild-music-for-film 参照。
[3] Morton Feldman Page https://www.cnvill.net/mfhome.htm 内の Morton Feldman Film Music https://www.cnvill.net/mffilmmusic.htm に各作品の詳細、映像や音源の抜粋が掲載されている。
[4] Feldman 2006, op. cit., p. 264
[5] Peter Niklas Wilson, “Canvasses and time canvasses: Comments on Morton Feldman’s film music” https://www.cnvill.net/mffilm.htm このテキストは脚注2で言及したアルバムのライナーノーツとして書かれた。
[6] Franz Kline (1910-1962) MoMAによるFranz Klineのページ参照 https://www.moma.org/artists/3148
[7] Jonathan W. Bernard, “Feldman’s Painters,” in The New York Schools of Music and Visual Arts: John Cage, Morton Feldman, Edgard Varèse, Willem de Kooning, Jasper Johns, Robert Rauschenberg, edited by Steven Johnson, New York: Routledge, 2002, p. 196
[8] Ibid., p. 196
[9] Ibid., p. 196
[10] Ibid., p. 196
[11] Ibid., p. 196
[12] Ibid., p. 197
[13] Ibid., p. 197
[14] 原文に“The thick horizontal line”と書いてあるので水平線としたが、スコアではクラスターは太い垂直線で記されている。
[15]The King of Denmark, EP 6963, 1965
[16] Pratt, p. 77
[17] Feldman 2006, op. cit, p. 151
[18] Ibid., p. 151
[19] Ibid., p. 151
[20] Ibid., p. 151
[21] Ibid., p. 152
[22] Max Neuhaus, https://www.cnvill.net/mfneuhaus.htm このテキストはCD The New York School: Nine Realizations by Max Neuhaus (22NMN.052, 2004)のライナーノーツとして書かれた。
[23] Eberhard Blum, “Notes on Morton Feldman’s The King of Denmark,” English translation by Peter Söderberg, https://www.cnvill.net/mftexts.htm
[24] Feldman 2006, op. cit, p. 152
[25] Ibid., p. 152
[26] Ibid., p. 152
[27] Blum, op cit.

高橋智子
1978年仙台市生まれ。Joy DivisionとNew Orderが好きな無職。

(次回更新は10月15日の予定です)